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セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい  作者: 久櫛縁
第一章 フローティアの冒険者達
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第十五話 その夜 前編

 フローティアの森での冒険。


 僕、ジェンド、シリルは、いつもより密集した陣形で進む。

 歩みもやや遅く。じゃないと、向こうが見失ってしまう可能性がある。……いやほぼないのは知っているが。


 と、考えていると、音もなく目の前にティオが降り立った。


 ……どんだけ高い木だと思ってんだ。着地だけならまだしも、無音って。


「ティオ、どうだった?」

「ん。二時の方向。ジャイアントスパイダー三、すぐ近くにワイルドベア十の群れ」

「結構多いな」


 数度の冒険を経て、ティオは立派にうちのメンバーとなった。

 偵察の腕は、もうジェンドもシリルも疑ってはいない。敵を見逃したことはなかったし、進む速度は遅くなっても、ティオがすぐに敵を発見してくれるおかげで、討伐の速度はむしろ上がっている。


 全くの順風満帆と言えるだろう。というわけで、そろそろかなー、と思っている。まあ、今はいい。


「こっちです」


 ティオの先導に従い、暫く歩く。

 やがて、敵が近くなったのか、ティオは手を上げて、


「……走って、十秒もかからないとこにジャイアントスパイダーが巣を張ってます。ほら、あそこ」

「うへぇ、相変わらず気持ち悪いですねえ……」


 ティオの指の先に視線をやると、獲物を待ち構えるジャイアントスパイダーが、木の枝にぶら下がっていた。

 あいつら、真下に巣を張っていて、獲物が引っかかったら上空から襲いかかってくるのだ。巣の糸は細くて、慣れていないと冒険のさなかに見つけるのはいささか難しい。


「丁度三匹ですね。私が一番右を、ヘンリーさん真ん中、ティオちゃん左で」

「あいよ」

「了解しました」


 ふんふんー、と鼻歌を歌う。……ふざけているように見えるが、きっちりとした魔法の儀式なんだよなあ。

 一番時間のかかるシリルに合わせ、僕とティオも準備する。ティオは弓を構え、僕は呪唱石を意識する。


「……おっけです」

「はいよ」

「せーの」


 シリルが、光の矢を放つ。

 僕は《強化(ハザク)》+《(イグニス)》+《投射(ヴェロス)》の強化版火の矢を撃つ。

 ティオは魔法や魔導ではなく、人の武器たる弓を射る。


 三つの矢が、それぞれの目標に狙い違わず着弾し、ジャイアントスパイダーはたまらず地面に落ちてきた。


「……右、真ん中、死亡確認! ジェンドさん、私が撃った奴を!」

「おう、任せろ!」

「じゃ、僕はワイルドベアの方、抑えてくる」


 先程の矢で、近くにいたワイルドベア共がこちらに勘付いた。僕はそちらを抑えに行く。


 既に手負いのジャイアントスパイダーと、元気まんまんなワイルドベア十頭。普通に考えりゃワイルドベアの方が強いんだが、蜘蛛の動きって慣れてないと対応するのが難しいんだよね。んで、ジェンドはその練習だ。

 そのうち、土蜘蛛とかアラクネみたいな上位の蜘蛛の魔物と戦うこともあるかもしれないのだ。慣れておいて損はない。


 決して僕が虫とか苦手だからじゃないよ。


「よ、っと」


 多少大げさに槍を振り回し、ワイルドベアを牽制する。一瞬、ワイルドベアの動きが止まったところで、先頭の一匹にティオの矢が刺さった。


「ヘンリーさん、左に! 『アイシクルコフィン』!」


 シリルの声に、僕は左に軽くステップ。僕の右前方にいたワイルドベアに、後ろから伸びてきた青色の光線が突き刺さる。すると、氷の檻がワイルドベアを凍りつかせた。近くにいたもう一匹も巻き込まれる。


 仲間がやられて動揺している間に、三匹、突き殺す。


「ヘンリー、待たせた!」

「おう、じゃあやるか」


 いきなり半分以上やられて警戒しているワイルドベアをのんびり眺めていると、いくらもせずジェンドがジャイアントスパイダーを片付けて応援に来た。


 そして、ジェンドとペアで、順当にワイルドベアを叩き潰していった。
















「……そろそろ、次の段階に行きたいと思うんだが、どうだ?」


 冒険を終え。

 グランディス教会の酒場での恒例の反省会の場で、ジェンドはまずそう切り出した。


 ……あー、やっぱり。


「そうですね。ティオちゃんとの連携も大分馴染んできましたし、正直今の敵はちょっとヌルすぎます」

「私も、同感です」


 僕以外の三人が次々と言う。


 やっぱり、若い人は向上心旺盛だねえ。正直、四人で割ってもそれなりに稼げるようになったので、僕としては延々とこれを続けても良いんだけど。


 ……まあ、目標を見失って枯れている僕のペースに、三人を巻き込むわけにもいくまい。


「僕も、いい頃合いだと思う。ちょい待て、フローティアの森の地図借りてくるわ」


 グランディス教会の外に持ち出しは禁止だが、色んな資料がここの書庫にはあり、借りるのは自由だ。

 特に、ここらへんの冒険者の主戦場であるフローティアの森の地図は、何枚もある。


 手続きを終え、借りてくる。酒場のテーブルの上に広げた。


「さて、っと。僕たちが今活動しているのは、この辺り」


 ぐるり、と森の入口からやや入ったところを指で示す。


「もっと奥に行っても、この辺りからは実は出てくるやつは大して変わんないんだよな」

「らしい。後はたまにオーガとか。亜竜も今まで何回か出たらしいけど、他の土地から来たはぐれだってさ」


 フローティアの森の主要な魔物は、暴れ兎、キラードッグ、コボルト、ワイルドベア、ジャイアントスパイダー、グリフォン。下級から中級中位までの魔物がほとんどを占める。

 ……で、一番強いグリフォンだが、


「群生地は、森の中心辺りにある山なんですよねー」

「子供の頃から森に入っていますけど、私も行ったことありません」


 ぶっちゃけ、遠い。

 早朝から強行軍で向かったとして、一時間ほどで狩りを切り上げないと、日が暮れてしまう。


 それに、そんなハイペースで向かったら、色々と修羅場も経験してる僕はともかく、体力があるジェンドや森歩きに慣れているティオでもバテかねない。


 と、すると。


「野営するしかないかな。道具は別に揃える必要あるけど」

「おおー、野営」


 シリルがわくわくした顔をしている。まあ、気持ちはわからんでもない。食料なし、疲労困憊、周りに上級の魔物盛りだくさん……でも無理にでも休むために野宿を、って状況でもなければ、僕も楽しみである。


「一日目は山近くまで進むことを優先。キャンプ張って、次の日半日ほど戦って、帰還。怪我や疲労の具合によっては、もう一回キャンプ……って感じか」

「だな。まあ、そろそろかと思ってた。俺んち、野営道具も扱ってるから、明日でも買いに行くか」


 パーティの共有財産として溜めてる金って、今どんくらいだっけ。足りるよな。


「なら、少し休んで……明々後日には、グリフォン退治にゴー! ですね」


 ?


「いや、シリル。なに言ってんだ、お前」

「え? だって、そのために道具を買い揃えるんですよね」


 こいつ、いきなり本番に行こうとしてやがる。


「三人とも、野営は初めてだろ。道具の使い心地も確かめる必要あるし……まずは、練習キャンプだ」
















 ジェンドんちの商会で各種道具を買い揃えた翌日。


 僕らはいつも通りの冒険を終え、そしてキラードッグくらいしか出ない森の浅いところで野営の準備をしていた。


「お、っとと。なんだ、意外とテント張るのって難しいんだな」

「慣れていないとなー」


 僕はあの手のは嫌になるほど組み立てたことがあるので、今日は素人のジェンドに任せた。そのうち、こういう経験も役に立つだろう。


「魔物避けの結界と、鳴子仕掛けてきました」


 叢雲流は、野外活動術でもある。

 ティオの使える魔導の中に、魔物に発見されづらくするものがあるというので、それを敷設してもらった。それが効かずに近付かれた時のために、鳴子も。


「罠とか敷いた方が良いでしょうか?」

「あー、本番じゃ頼む。この辺りなら、冒険者の新人が薬草取りに来たりするらしいから、間違ってかかったら危ないしナシで」

「わかりました。あ、後、薪の消費抑えた方が良いかと思って、ついでに拾ってきましたよ」


 ティオは鞄からカラカラと枯れ木を出してくれる。


「じゃ、火ぃ起こして晩飯作るか。ティオ、頼む」

「はい」


 すると、ティオの鞄から出るわ出るわ。

 材木店で買ったちゃんとした薪に、鍋に包丁まな板。日持ちする食材のじゃがいも、にんじん、玉ねぎ。後、これもついでに採取したのか、森に自生する香草の類に、冒険中に仕留めてた野兎。


「兎のほうは私が捌きますね。慣れてますから」

「じゃ、僕は火起こすわ。シリル、野菜切っておいて」

「はーい」


 ……こんな恵まれた道具で野営すんの初めてだ。大体、冒険中の野営でテント使うのすら、荷運び役がいるような大きめのパーティくらいだし。ティオの鞄の凄まじさがわかる。


 冒険中に使った矢玉の代金は、パーティの共有財産から差っ引くなんて約束はしているが、こんなすげぇ神器の対価にはとてもじゃないけど釣り合わない。

 感謝を忘れないでおこう。


「よ、っと。《(イグニス)》」


 ティオの集めてきた枯れ木と、そこらにあった燃えやすい葉っぱを組んで、魔導で火を起こす。

 少しずつ、しっかりした薪にも火を移しながら、焚き火を作った。


 あー、なんか火ぃ見てると落ち着くよねえ。


 そうしていると、シリルが鍋に切った野菜を入れて持ってきた。


「野菜切れましたよー」

「おっし、煮込むぞ。《(イードル)》」


 その鍋に魔導で水を張る。


「……ちょっと、私も生活用に魔導覚えたほうが良い気がしてきました」

「魔導、魔力が強いほど覚えるの大変だって聞くぞ」


 ちなみに、僕も結構強い方なので、六種だけでもえらい苦労した。まあ、センスあるやつには関係ないそうだが。


 焚き火で鍋を沸かす。ふつふつと、水泡が上がり始めたところで、ティオが兎肉を持ってきた。


「本当は熟成させたほうが良いんですけど」

「まあそれなりに食えるようにするよ」


 野営のときの調理は手慣れたものだ。

 香草を効かし、ティオのおかげで沢山持ち込めた調味料を駆使して味を整えていく。


 そうして煮込むことしばし。


「ほれ、シリル。味見」

「はい。……んー、結構美味しいですね」


 よし、そろそろいいか。


「ジェンド。飯出来たけど?」

「ああ。こっちもテント、これで……」


 完成だ、というジェンドの言葉と、作り上げたテントが崩れるのが同時だった。

 あーあ。


 ジェンドのやつ、すげー落ち込んでるな。あんなジェンド、初めて見た。


「飯食ったら、組み立てるの手伝うから。とりあえず食おうぜ」

「……おう」


 そうして、なんとも締まらない初キャンプの夜が始まった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まだ数十話程度しか読ませて頂いておりませんが 世界観や人物等の設定が細かいながら丹念に描写されており分かりやすく また、登場人物の性格も取っ付きよく 山も谷もない日常物語を非常に楽しませて…
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