第百四十九話 脅威
サンウェストのグランディス教会。
挨拶を交わした後、ここにいるはずのないユーとアゲハの出方を伺う。
……フードを目深に被ってて表情はようと知れないが、ぜってー厄介事だ。
「ヘンリーさん。どうしたの、いきなり喧嘩なんかしちゃって。そちらの人達、知り合い?」
と、不意に押し黙った僕に、エミリーが声をかけてきた。
……うん、リーガレオ流のさっきの挨拶、慣れてない人から見ると完全に喧嘩だよね。
「あー、そう、知り合い。後、今のは喧嘩じゃなくて、ちょっとした挨拶なんだ」
「成程! 冒険者というのはこうして日々研鑽を積むものなのね」
研鑽……研鑽? まあ、そういうこと……なのか? 確かに、『おめー、訓練サボって腕落ちてねえよなあ?』とか、そういう意味合いが一応あるんだから。
「あらヘンリー、また可愛い子と知り合って。リーガレオではそうでもなかったのに、離れてから随分と軟派になったのねえ」
「からかうのはやめろ」
ユーが笑いながら言ってくる。んーな器用じゃないことは知ってるくせに。
「えっ……と。ヘンリーさん、知り合いと会ったんだったら、俺とエミリーは失礼した方が?」
「いや別に……っと、そうそう。ユー、アゲハ、こっちのアルフレッドは、オーウェンのやつの弟なんだってさ」
二人も黒竜騎士団と共闘したことは多く、当然オーウェンの顔も知っている。
「へー、あのとっぽいにーちゃんの弟か。うん、そういやなんか似てんな」
「と、とっぽい」
「あいつ、可愛い女にはよく粉かけるんだが、アタシを一回も口説こうとしないんだよなー。あ、思い出したらムカついてきた」
お前にそういう意味で声をかける男がリーガレオにいるわけねえだろ。
寝惚けて首を狙う癖のあるアゲハなんぞと付き合って、万が一ベッドインしたりしたら、次の日には体が冷たくなってるわ。
「うーん? フード被って、お顔が見えないけど。冒険者なのよね? それなら私これからグランディス神様に誓いを立てるから、見ていてもらってもいいかしら」
ぽん、と手を叩いてエミリーが提案する。
新しい冒険者が誕生する際、その教会にいる冒険者みんなで見守るのが、どこの教会でも共通する慣習だ。
その時に見守っていた者達が精強であるほど、新しい冒険者も成功しやすくなる……というジンクスがあったりして、わざわざ激戦区の教会で誓いを立てるために旅行する者もいる。
……流石に、移動するだけで命の危険があるリーガレオで誓いを立てるやつはあまりいなかったが。
「ええ、いいですよ。新しい冒険者の誕生に、グランディス神の祝福があることを祈っています」
「アタシもいーぜ。これからヘンリー探す予定だったから、時間余ってっし」
二人は快く受け入れるが……アゲハの言葉が不穏だ。僕を探す……なんで? 単にたまたまこっちに来る用事があるからツラ見とこう、みたいな理由ならいいのだが……いいのになあ!
「? ヘンリーさん、さっきからなんか悩んでるみたいですけど。どうかしました?」
「どうかしたというか……これからどうにかなりそうというか……」
「変なヘンリーさんですねえ。あ、エミリー、頑張ってー」
のっしのっしと力強い足取りで教会の祭壇に向かうエミリーに、シリルがエールを送る。エミリーは背を向けて歩きながら、ピースサインで返事をした。
「あの、ところでお二人。さっき、ヘンリーさんがユーにアゲハ、って言ってましたけど……アゲハって名前、もしかして」
「お、アタシを知ってるのか。いやー、やっぱアタシも有名人なんだな。ユーやエッゼのオッサンはきゃーきゃー言われんのに、アタシそういうことなくてさー」
……まあ、暗殺仕事で英雄になったやつだしな。功績は確かなものだが、やはり世間の見方はちょっと違う。
「こら、アゲハ。騒ぎになるから私達のことはもう少し伏せておくってことだったでしょう」
「あ、そっか。……口止めするか?」
ぎゅっ、と拳を握りしめるアゲハ。
……口止め(物理)はやめろ。流石に理不尽すぎるので止めに入るぞ。
「もう、そこまではいいの。ええと、アルフレッド君? 私とアゲハのことは、しばらく黙っていてもらってもいいかしら」
「は、はい。……ええと、ユーさんってことは、もしかしてあの」
「まあ、想像の通りということで」
ユーが人差し指を口元に当て、それ以上は言葉にしないようフレッドに促す。
……まあ、救済の聖女と謳われる英雄ユースティティアの名は、広く知れ渡っている。愛称で呼んでも、アゲハと一緒にいればピンと来るだろう。
「その、俺ファンで。冒険者通信に写真載ったら、欠かさず切り抜いてノートに貼ってます」
「そ、そう。あ、ありがとう……」
「よろしければ滞在中、食事でも一緒にいかがでしょうか」
フレッド、お前それ口説いてんの? でも、写真の切り抜きとか、本人の前で言ったら引かれると思うぞ。
まあ、誘い方自体は紳士的だし、ユーもどう断ったらいいか迷っている様子。これで強引に迫ったりしたら神器『破壊の星』が唸るが、そうはならなくて一安心。
と、そこでアゲハがずい、と前に出た。
「よーし、お前がこの後の件ででかい功績を立てたら、アタシが許可してやる」
「ちょ、ちょっと。適当なこと言わないの。ってか、どうして貴女が許可出すのよ」
……『この後の件』ね。
あー、聞きたくないなー、でも聞かないとだよなあ。
「ちょっと、皆さん。エミリーが誓いを立てるところですよ。静かに」
『……はい』
シリルから窘められ、それもそうだと全員がハモる。
いや、人にとって人生に一度のことだ。ちゃんと見ていてやらないと。
……そして、そう思っているのは他の冒険者も一緒で。
エミリーが祭壇の前で膝立ちになり祈りの形を取ると、教会にいた冒険者たちはしんと静まり、新しい同胞を見守る。
エミリーが誓約の言葉を述べ、シスターがそれを祝福する。
ゆっくりと、常より柔らかい感じの光が祭壇の上から溢れ、キィ、と天の宝物庫の扉が開く。
最初の下賜品。コモンの武器が宝物庫から出てきて、祭壇に着地。それをシスターが取り上げ……って、んん!?
「……はい。信者エミリー。貴女に与えられた武器です」
「ありがとうございます」
受け取ったエミリーは、それの感触を確かめるように一振り。
……ぴゅん、とエミリーに振られた『鞭』が、鋭い音を立てる。
「あいつ、鞭なんか使えたのか……」
「あー、私はちらっと聞いたことあります。なんでも護身用にお婆様に仕込まれたとか」
……ここでも元英雄かよ。エミリーをどう育てたんだ、マジで。
「……で、お前らなんでサンウェストに来たんだ」
あの後。
エミリーが冒険者になった祝いと称して教会の二階の酒場へと呑みに繰り出し。
しかし、ユーとアゲハの存在が不穏すぎたので、僕は乾杯しているシリル、エミリー、フレッドとは別のテーブルで、二人とツラを突き合わせていた。
「失礼、ヘンリー。その前に」
コト、と。テーブルの中央にユーがチェスの駒のようなものを置く。
魔導具『音殺し結界』。ティオも持っている自身の声や足音などを掻き消してくれる『音殺し』の結界版。周囲数メートルの音を消してくれるものだ。
まあ、完全な密談……とはいかないが、普通の秘密の話くらいであれば十分な品である。
「正式な通達はサンウェストのグランディス教会と議会から出すようなので、それまでは今から話す内容は他言しないでくださいね」
「言うなって言われたことをわざわざ言い触らす趣味はない」
口の堅さも冒険者として必要な能力である。いくら有能でも、この辺りがちゃんとしていないと勇士にはなれない。
……まあ、普通に真面目にやってりゃいい話である。
「ただ、ちょっと心の準備をさせてくれ、ユー。ヤバ気な話だってことはわかってる。でも、少し時間を貰えれば衝撃も少な――」
「魔将がリーガレオを突破しました」
………………マジすか。
最上級がこの辺りに複数同時発生したとか、そういう話のほうがよっぽどマシだ。思わず頭を抱える。
「……だから、心の準備させろっつったんだ。どうすんだよ」
「どうもこうも、撃退しかありません。ただ、どこを狙うのかはわからず。サウスガイアはスルーしたようなので、後アルヴィニア王国で重要な拠点というと」
王都と四方都市。後は穀倉地帯である北。
勿論、他にも落とされて困るところはいくらでもある。だが、魔将が『枯渇』前提で攻めるなら、せめてもこの辺りを狙いたいはずだ。
「そういうわけで、サンウェストに私とアゲハが魔将撃退の援護のために派遣されました。後、王都にはエッゼさん始め黒竜騎士団が。イストファレアは丁度ライブ予定だったシャルロッテさんとファンの精鋭がそれぞれ」
ファンの精鋭……ああ、勇士の上澄み連中ね。
「北は?」
「問題の魔将ギゼライドは負傷していまして。北は、到着する前に『枯渇』するだろうと、一旦は無視です」
負傷、っつーことは。
「……自爆特攻が魔国の戦術に組み込まれたわけじゃないのか」
「はい。エッゼさんと勇者さんがタッグで致命傷近くまで追い詰めて……仕方なく、包囲網の薄かったアルヴィニア王国方面に逃げたようです」
逆に、負傷してあの二人から逃げられるレベルかよ。
シリル連れて逃げたいところだが、しかし。
「ほい、っつーわけでだ」
黙って注文したジュースを啜っていたアゲハが、懐から一枚の書状を取り出す。それを僕に見えるように広げて……ってやっぱか。
「ヘンリー。グランディス教会からの協力要請だ。まあ、観念して力を貸すんだな!」
「私がリーガレオ残留じゃなくてこちらに来たのは、貴方と私のコンビがアテにされてのことです。それだけ期待をかけられているのだから、頑張りましょう」
魔将ジルベルト倒した実績がこんなところで響いてきた!
ユーのティンクルエール込みなら、確かに負傷している魔将くらいは相手できるだろうが……くそ、やるしかないか。
「……で、いつ頃来るんだ、その魔将は」
「転移門で追い越してきましたから、戦いの時の動きからして、少なくとも後二日は余裕があります。……というわけで、英気を養うためにも、今日は呑んじゃいましょう。なにを隠そう、私これにかこつけたおかげで久し振りの休みなんです」
治癒士は増員したはずなのに、相変わらず忙しいんだな。
まあ僕も、死ぬかもしれない戦いの前は、楽しく過ごしたい。
……とりあえずの話も終わったことだし、シリルたちと合流して、大いに呑み明かそう。
そう考え、ちらりとシリルたちのテーブルを見る。
明るそうな顔で楽しく酒を酌み交わしている連中。
「……やるか」
腰の如意天槍の柄を、ぎゅっと握る。
――あいつらの笑顔くらいは守るため、頑張らないとな。
そんな。口に出すのは気恥ずかしい誓いを胸に、僕は立ち上がった。




