第百四十八話 唐突な再会
賢者の塔の演習場。
もはや恒例となるフレッドとの模擬戦が、佳境に入る。
「《強化》+《強化》+《風》!」
槍が届く一歩外から、フレッドが魔導を放った。
中型の魔物を吹っ飛ばせる威力の突風。そのまま風の勢いに逆らわず距離を取るか、ここで踏ん張るか……
距離を離す方が安全な気がするが、フレッドは明らかになにかを狙っている。僕は如意天槍を地面に突き刺して、無理矢理その場に留まった。
「!? なら!」
目論見を外され、しかしフレッドはそのまま突っ込んでくる。僕の方は、無理に風に逆らっているせいで立て直すのに数瞬かかる。このままだとフレッドに手痛い一撃を食らうが、
「……《光板》」
フレッドの次の踏み込みに合わせて、《光板》を出現させる。
地面を蹴るはずだったフレッドの足は、その十数センチ上に出現した光の板を踏みしめることになり……当然のように、ガクリと体勢を崩した。
「ほい、おしまいっと」
フレッドが顔を上げる頃には、僕は槍を突きつけていた。
数秒睨み合い、フレッドが手を上げる。
「……参りました」
「おう」
二人、構えを解く。
「フレッド、最後僕が風に吹っ飛ばされるままだったらなにする気だった?」
「折角投槍を仕込んでもらったので、《強化》込みで投げるつもりでした」
「一発勝負かよ」
確かに多少投げの手解きはしたけど、フレッドの槍は『帰還』のような便利な能力付きの神器ではない。
投げの方が確かに生半可な魔導より鋭く早いが、ちょいと向こう見ずな感じだ。
「いえ、一発じゃないです。投げるのはほら、そこらに転がってる石の槍で」
「あー、そういう……」
……やけに《石》と《槍》、《投射》の組み合わせで牽制してくるかと思ったら、そんな布石だったのか。布石……石の槍だけに!
……コホン。
まあ実際、手元に武器がない時でも作れるのはいいな。如意天槍の『帰還』の能力が地味に優秀だから僕には必要ないのだが、手元にないものを魔導で代用するとか、そういう発想はいい。
「ていうかヘンリーさん、最後の《光板》。また凄い使い方してきましたね」
「ああ。できないかなー、って狙ってたんだ。一度使ったら警戒されるけど、足がありゃ魔物相手でも有効だろ?」
「……そもそも、あの間合いで相手の踏み込みに間に合う速度で展開できればの話ですよね、それ」
その通り。だから最近までは使えなかった。
追加で《光板》と《固定》を刻んだ呪唱石が完成したのが一週間程前。
《固定》の方はまだまだだが、《光板》の方は最近ようやく他の魔導と同じくらいの時間で発動できるようになったのだ。事前にたっぷり練習していたのが功を奏した。
まあ、《固定》の方は、おいおい慣れていこう。
射撃系上位とどちらにするか悩みに悩んだが、これも悪い選択肢ではないと思うし。
……僕がソロで冒険者やるなら、《固定》よりも《斉射》辺りの方が良かった。
しかし、僕はシリルたちとのパーティを解散する心積もりはなく。半端な遠距離攻撃であれば、シリルの牽制魔法なりティオの矢で賄える。
一方で、この前のハヌマンの時みたく、今後強敵と渡り合う上で重要なのは、いかに相手を足止めしてシリルの魔法をブチかますかだ。
そうすると、その手の手札が《拘束》だけというのはいかにも弱い。ジェンドはそういう搦め手は向いてないし、ティオは罠は得意だが直接的な妨害は厳しい、フェリスは万が一にも倒れられては困るポジション。
つーことで、チームプレイ優先で選んだというわけである。《拘束》+《固定》込みの槍投げで相手をその場に縫い止める……というのが今考えている基本的な使い方だ。
「で、ヘンリーさん。中盤に膠着状態になった時に俺が使った魔導なんですけど」
「ああ、あそこから一気に不利になったよな。あれはバレバレだったから」
と、今後のことを考えつつも、フレッドとお互いに気になったことを指摘し合う。
流石に、僕がアドバイスすることの方が多いが、フレッドの意見も色々と参考になる。
そうして感想戦をしていると、ふと賢者の塔の入り口辺りが騒がしいことに気がついた。
「ん? あれって……赤竜騎士団か?」
視線を向けてみると、赤い意匠の入った鎧がトレードマークである騎士の一団がいた。
街の治安を担う緑竜騎士団はよく見かけるが、街の外で魔物の掃討を主任務とする赤竜騎士団の団員がああも集まっているのは珍しい。
……まあ、賢者の塔は、この街での最重要施設で、優秀な魔導士が数多く在籍しているし。赤竜の騎士が訪れるのは別に然程不思議ではない。一時的な援軍だったり、団員に魔導の訓練をつけてもらったり、色々関係に想像はつく。
ただ、実際に赤竜騎士団が賢者の塔にいるのは、初めて見る。どうも一際豪奢な鎧をまとったお偉いさんと思しき人もいるし……
「騎士と言えば。そういえば、今朝なんか巡回の騎士が多くなかったですか」
「……言われてみれば、ちっと雰囲気おかしかったっけ」
フレッドに指摘されてみると、朝のランニングで何人もの緑竜の騎士とすれ違ったことを思い出す。
その時は特に気にしていなかったが、あんな早朝から何人もの騎士が巡回するなんて珍しい。
……ぴり、と。直感のどこかに引っかかる感覚がした。
「あー、フレッド。僕、今日午後の講習はやめて、教会に行ってくるわ」
「? はあ」
気にし過ぎかもしれないけど、帰り教会に寄ってくか。なにか強力な魔物でも出たのかもしれない。別に積極的に退治に行く必要はないが、あるかもしれないリスクを知らないままでいるのも怖いしな。
――まあ、仮に最上級が出たのだとしても、四方都市に詰めているレベルの騎士に、賢者の塔の魔導士が協力すれば、なんなく打倒できるだろう。僕の出る幕はハナからなしだ。
そう、この時の僕は楽観していた。
午後。
昼飯を食べた後、サンウェストのグランディス教会に向かう。
一人で行くつもりだったのだが、僕が午後の講習の参加をやめて教会に行くということを話すと……なんか、ぞろぞろとついてくることになった。
「そういえば、この街の教会に顔出していませんでしたし」
と、シリル。
「私、そういえば冒険者志望なのに誓いを立てるのを忘れていました。いい機会なのでこの際ちゃっちゃと済ませようと思って」
と、適当にも程がある理由でエミリー。
「俺は……まあ興味本位です」
折角なので、とフレッド。
まあ別に、断る理由もなく。
賢者の塔から割と近い場所にある教会にやって来たわけである。
「わー。そういえばこっちに来るのは初めてですけど、フローティアの教会より随分おっきいですね」
「そりゃ数が違うからなあ」
割と最近建て替えたのか、真新しい五階建ての立派な教会だ。グランディス教会の常として作り自体はその辺の商館と大差ないが、地図を見る限り裏手にある訓練場もフローティアの教会の数倍の面積がある。
……なお、ここの教会の二階は全フロアが酒場になっていて。
そこらの店より美味い料理と酒が用意されていて、冒険者以外の住民の憩いの場にもなっている……と、サンウェストのガイドブックに載ってあった。
行きたいな~、と思いつつも、この街には修行に来たのだから……と、これまで行く機会がなかった。
……うん、一級に受かって、呪唱石の新調と習熟訓練もおおざっぱ終わったのだから、たまの息抜きに帰りは呑んでくか。敬虔なグランディス神の信徒が、昼過ぎにも関わらず酒場で大いに騒いでいるようだし。
昼飯食ったばかりだが、まあここの訓練場でちょっくら槍でも振らせてもらったらすぐ腹は空く。
などと算段を立てながら教会の扉を押し開ける。
多くの人を受け入れるためか、天の宝物庫を賜る祭壇が三つ。右手にはこれまたフローティアより数が多い戦利品の買取やクエストの受付。
左手には……ああ、なんかちっちゃな商店街みたいになってるな。軽食を出す店とか、冒険用の消耗品を売ってる店とか。工房の出張修理受付なんかもある。
大きな教会にはこうやって中に店があることもあるとは聞いたことはあったが、実際見るのは初めてだ。
シリルも珍しげにそちらをジロジロ見ていた。
「便利そうですねえ」
「その分、ちょっと割高っぽいけどな」
張り出されている値段表を見ると、消耗品とかは少し気持ち値段に上乗せされている。買い忘れの調達を簡単にできる、という利便性分だな、こりゃ。
「地元の教会以外は初めてだけど、こういう雰囲気なのね……あっ、あの人宝物庫引くみたいよ!」
祭壇の一つに向かう冒険者を見て、エミリーがはしゃぐ。
その年若い冒険者はエミリーの視線に気付き、ぐっ、と親指を立てる。『見とけよー』と、希望いっぱいの表情だ。
そうして、数十秒後。出てきた神器が全部コモンでがっくり肩を落としていた。……まあよく見る光景である。
しかし、『ドンマイよ!』とエミリーがエールを送ると、露骨に元気になる。……若い男なんてあんなもんだ。
「さて、っと。んじゃ、ちょっくらなんか出てないか、受付に聞いてくる」
ぱっと見、教会の様子に不自然なところはないし、もし危機が迫っていたとしてもまだ公開はされていないのだろう。
しかし、こういう時に効いてくるのが勇士の称号だ。一般の冒険者には知らされない情報も、高確率で聞くことが出来る。
なるのは大変だが、その分のメリットもあるというわけだ。
……勿論、いいことばかりではなく、教会発行の指名クエストがあれば、正当な理由がない限り拒否ができなかったりする。
まあ、僕が最前線を離れることができたように、グランディス教会も勇士に無理を強制することはあまりない。冒険者自体や~めた、ってなったら、そっちの方がよっぽど損だからだ。
受付の一つは二人組の冒険者で埋まっているので、それ以外に……って、ん?
「あ」
「……んん?」
ちらりと、その受付に立っている冒険者と目が合う。
二人揃ってフードを目深に被っており、顔はよく見えないが……今の小さな声はとてもとても聞き覚えがあり、ついでにこの二人の背格好もなんか見慣れた組み合わせな気がする。
もう一人が、相方の視線に気付いて僕の方を見て……バッ! と、トンデモナイ身のこなしで間合いを詰めてきた。
「ハァ!」
「ッッ! オラァ!」
思考より先に体が動く。
相手の首を狙った手刀を弾き、蹴りをくれてやる。
素早い動きでそれを躱した相手は改めて構え直し――
「……やめなさい」
相方の小さな静止の言葉――には似合わない、下手な前衛顔負けの杖の一閃で動きを止めた。
「ユー、なにすんだ。当たったら危ねえだろ」
「当たれよ。……コホン、当たりなさいよ」
「当ててみやがれ!」
さっき襲った僕のことを無視して相方に気炎を上げる冒険者――つーか、アゲハの馬鹿野郎の後頭部に、僕は後ろから拳骨を降らす。
流石に後ろからならあっさり当たった。
「いった! くそ、お前ら二人がかりで卑怯だぞ」
「……誰が卑怯だ」
ていうか、二人がかりって言うのか、これ。
僕が呆れていると、フードを少しだけ開けて、アゲハと一緒にいたユーが微笑む。
「こんにちは、ヘンリー」
「……おう、こんにちは」
無駄に……そう、無駄にいい笑顔で挨拶するユーに、胡散臭いものを感じながら僕も挨拶を返す。
「あれー、ユーさん? アゲハさん?」
「シリルさんも、お久しぶりです」
「あ、はい。お久しぶりですー」
シリルは無邪気に笑っているが……さてはて、リーガレオにいるはずの英雄が二人も、なんでこの街に。
ぐんぐん、ぐんぐんと。
僕の中の嫌な予感は膨れ上がっていくのであった。




