第百四十七話 その頃のジェンドたち
アルヴィニア王国の中でも特に発展しているといわれる四方都市、その中でも王都から東に位置する武と血潮の都イストファレア。
大小様々な道場が乱立するこの街でも、特に精強で知られる『烈火院』。
この火神一刀流の道場に短期の入門を果たしたジェンドは、屋外の修行場の隅で、一心不乱に素振りを繰り返していた。
「フッ! フッ! フッ!」
一振り一振り、全身の神経を総動員して完全に制御する。
「ジェンド。脇、もっと締めろ。振り下ろしから振り上げまでが遅い。肩に力入りすぎだ」
ジェンドとは別の院生の打ち込みの受け手をしている、烈火院の院長ガラが淡々と指摘する。
「はい!」
ジェンドは応えて、言われた点を意識して素振りを続ける。
……この道場に入門して、約一ヶ月。ジェンドは修行の全てを素振りに費やしていた。
入門時のガラ曰く、『お前、その歳じゃ大した腕だが、まだ剣に慣れてねえ。とりあえず、向こう一、二ヶ月は毎日素振りな』とのことである。
最初は流石にこの方針に若干の疑心を抱いていたジェンドだが……今は違う。
一ヶ月前より、一撃が明らかに早くなっている。
一ヶ月前より、威力が格段に上がっている。
――なにより、一ヶ月前より、剣の隅々にまで意識が届くようになった。
ブンッ、と。訓練用の重し入りの木剣が風を切る音。
(……今のは、失敗だな)
振り上げて、振り下ろす。
風切り音が甲高く、鋭く響いた。
成功、と内心呟き、続ける。
段々と、剣と自分が一体化していくような感覚。疲労など感じることもなく、ますますジェンドは剣に没頭していき、
「よォシ! 今日はここまで!」
――ハッ、と。
ガラの終了の合図に、ジェンドは我に返った。
訓練をしていた院生が整列する。ジェンドも慌てて列の端に直立……しようとして、ふらりと倒れかけ、気合で姿勢を維持する。剣を振っている時には気付かなかった疲労がどっと襲ってきていた。
深呼吸で息を整え、合図を待つ。
「それでは、礼ェ!」
『ありがとうございました!』
副院長の号令に、全員がガラに頭を下げる。
火神一刀流においては、目上の者への礼儀も大切とされる。目上の者……つまり強いやつだ。なので、院長も尋常なる決闘でもって決まる。
ジェンドの聞いたところによれば、この烈火院の院長は大体半年周期で現副院長ルードと現院長ガラが入れ替わるらしい。
……トップがそんなころころ変わって、よく混乱しねえな。
商会で働いていたジェンドはそう強く思うのだが、口には出さない。短期の入門生の分際で道場の体制にまで嘴を挟むわけにもいかない。……面倒だし。
「~~っ、ぷはぁ!」
バケツに張った、この季節だとまだまだ冷たい水を頭からかぶり、雑に汗を流す。
訓練で火照った体が一気に冷まされ、心地よい気怠さが身を包んだ。
このままダラダラしたいところだったが、ジェンドはふぅ、と一つ息をついて、身なりを整えるべく更衣室に向かう。
歳の近い、仲良くなった他の門下生と軽く雑談を交わしながら着替えを済ませて、ようやく人心地ついた。
「それじゃあな、ジェンド。また明日」
「おう!」
街の南に位置する烈火院から、更に南に。城壁の側……魔物が乗り越えてくる可能性があるため、家賃が比較的お安めの地区に向けて歩いていると、見慣れた小さな影を見つけた。
「よう、ティオ。お前も今帰りか?」
「あ、ジェンドさん。お疲れ様です。ええ、うちも少し前に終わりました。今日は面白そうな歩法を覚えましたよ」
ティオは『建速会』というところに通っていた。リシュウの武術全般を研鑽する道場である。
彼女の叢雲流は、家伝の流派なのでそのものを使える人はいないが、やはり同じ国の技術の方が馴染みが良い。実際、天才肌のティオは他流派の技術をうまく取り込んで、独自に昇華していた。
「そういえばティオ。お前、叢雲流改造しまくってるアゲハさんのことで渋い顔してなかったか? いいのか、そんな色々弄って。結構伝統ある流派なんだろ」
「? 渋い顔なんてした覚えありませんけど。アゲハ姉は凄いなあ、とは思いましたが」
「そ、そうか。俺の誤解だったか」
あの執拗に首だけを狙う冒険者のことは、数度しか会っていないが、ジェンドもよく覚えている。
英雄ということで尊敬はしているが、しかしあの首だけ狙うロマン戦術は凄いと憧れるものなのだろうか……と、首をかしげるジェンドであった。
「やあ、おかえり。二人とも」
二人が家に到着すると、夕飯の支度をしていたのか、エプロンを身に着けたままのフェリスが迎えてくれた。
「ああ、ただいま」
「ただいま、フェリスさん」
ひく、とジェンドは鼻をヒクつかせる。今日は肉料理らしい。……ニンニクをキツく効かせた香りが玄関まで漂ってきていた。
口臭など気にする前に、スタミナが必要なのだ――と強く主張するような香りである。
「悪いな、毎日飯作ってもらって」
「ありがとうございます」
「はは、構わないさ。うちは朝早くて、その分終わりも早いからね」
フェリスは『慈母の剣』というところに通っている。道場ではなく、この街にしかないニンゲル教会の一部門。『ニンゲルの手』の魔導を使える人間向けに戦闘教練を施す部署のことだ。
――魔物共をぶった切って戦場に怪我人を癒やしに行ける、通称強襲医療神官を育て上げるところである。重要な人材だけに、教官も下手な勇士や騎士顔負けの人ばかりらしい。
「それに、掃除や洗濯は任せているじゃないか」
無論、割当はジェンドが掃除、ティオが洗濯である。流石に恋人といえど、フェリスは自らの下着をジェンドに任せる気にはなれなかったようである。なお、ティオは『別にどっちがどっちでもいいですけど』と素で言ってのける程の無関心さだった。
「はは。んじゃあ、食うか」
「ああ。先に手を洗ってね」
了解、とジェンドは肩を竦めてティオと共に洗い場に向かう。
……思えば、三人暮らしにも、随分と慣れたと思う。
元々は宿でも取る予定で、十分な貯蓄も積み上げていたのだが……鍛冶の腕だけで八英雄に上り詰めたゴードンの仕事は、同年代の平均を大きく引き離すジェンドの貯金にも大きなダメージを与えた。
元々借金のあったフェリスはいうまでもなく、ティオも勿論金欠で。
ヘンリー達を送り出して、さあこれからどこに住もうか、と考え。
……結局、家賃を折半して共同生活をするのが一番安く上がると気付き、こうして一軒家を借りているわけである。
まあ、一緒に生活することで連帯感も養えているのだし、悪くはないだろう。……ないとは思うが、仲間の目があれば自堕落な生活にならずに済む。
手を洗い、食卓に並べられた七、八人前はあった食事を、三人でぺろりと平らげ。
食後のお茶を飲みながら、ジェンドたちは雑談に興じる。
「そういえば、シリルさんから手紙届いてましたっけ」
「ああ、そこにあるよ。私はもう読んだから、どうぞ」
フェリスがリビングの棚の上にある手紙を指差す。ティオがそれを取り上げ、ふんふんと読み進めた。
四方都市と王都は転移門により繋がっている。人が移動するために使うには高いが、手紙程度ならばそこそこの値段で最短その日のうちに届くのだ。
なので、一、二週間に一度程度はサンウェストのヘンリーたちと手紙のやり取りをしている。パーティの近況報告は大事だし、励みにもなる。
「……シリルさん達も楽しそうにやっているみたいですね」
「ああ、そうだな」
どれどれ、とティオから手紙を受け取り、ジェンドも読む。
「……ヘンリー、クロシード式一級に受かったのか」
少し悔しさをにじませてジェンドは呟く。
冬に魔導を覚えようと訓練し、最低限の六級には受かったジェンドだったが……結局、実戦で使える程の練度にはならなかった。
ゴードンが神器を改造してくれて、飛炎剣を使えるようになった今、遠距離攻撃手段を確保できたので、これ以上覚えても然程メリットがないというのもある。
ただ、安く作ってもらった呪唱石で《水》は覚えた。冒険時の水の確保ができるのは大きいだろう、魔導を覚えたのは無意味なんかじゃない、とジェンドは自分を励ます。
そうして、彼方で同じく頑張っているであろう仲間のことを話していると……ふと、フェリスが好奇心溢れる笑顔を浮かべる。
「ときにジェンド。あの二人、なにか進展があったかな。どう思う?」
「どうかなあ」
ヘンリーとシリルは今、自分たちと同じように一つ屋根の下暮らしているらしい。
ティオが一緒だから、ジェンドとフェリスはこの家の中でそういう雰囲気になることは滅多にないが……あちらは誰憚ることない二人暮らし。
しかし、相手はその方面については滅茶苦茶奥手なシリルと、経験はそこそこあるはずなのになんか腰が引けているヘンリーである。ジェンドは熟考を重ね、
「五分五分、かなあ」
まったく想像がつかず、適当にお茶を濁した。
「おや、そうかい? 私は七割くらいかな、と思っているんだが。ティオはどうだい?」
「二人とも、存外見積もりが高いですね。私は二割あればいい方だと思います」
三人して、ここにはいない仲間のことを好き勝手に言う。
まあ、どう転んでも面白いだろう。ヘンリーにはフェリスとのことで散々からかわれたりしたし、次に会う時は反撃の一つでもしよう。
そうジェンドは決定し、ふと時計を見る。
「っとと。俺、そろそろ出るわ」
「おっと。つい話し込んでしまったね。いってらっしゃい」
「おう!」
ジェンドは剣を取り、意気揚々と準備する。
「……しかし、毎日毎日飽きませんね。そんなに楽しいですか、試合」
「まぁな。折角ご近所でやってんだ、参加しないと」
イストファレアは武の街。各地域ごとに、夜な夜なバトル野郎が集う広場があったりする。
そこで腕を磨いたり、賭け試合で一儲けしたり、毎日大いに盛り上がっている。ときには地域対抗トーナメントなんてものも催されるらしい。
素振りばかりの訓練は受け入れているが、それはそれとして実戦もやりたい。
そんなジェンドにとっては、非常にありがたい存在である。
「はあ、フェリスさん。私達はお風呂行きましょうか」
「そうだね」
ジェンドたちの借家には風呂は付いていない。タオルで汗を拭うだけでもまあ問題はないが、熱い湯に浸かると次の日の疲労度が違う。徒歩五分のところに公衆浴場があるということもあって、二人は基本毎日通っていた。
勿論ジェンドも、夜の野良試合の帰りにはひとっ風呂浴びて帰るのが日課である。
「んじゃ、いってきます」
ジェンドが外に出る。
さて、今日はどんな相手がいるだろうか。
「ふう~~~」
三試合程こなして公衆浴場に寄って、その帰り。
のんびりと夜空を見上げながら、ジェンドは歩いていた。
今日は雲一つない。星がよく見え、なんとも活力が湧いてくる。
「明日も頑張るかあ」
呟き。
ニッ、とジェンドは強気な笑顔を浮かべるのだった。
なろうで報告するのすっかり忘れていましたが、コミカライズします。
活動報告に詳細書いております。




