第百四十五話 シリルの訓練 後編
デリックさんとある程度距離を離して対峙する。賢者の塔の演習場は広く、僕が一息に近付けないくらいの距離だ。全速力で二秒か三秒かな。
……っとと。イカンイカン、加減するって話だった。これは僕自身の訓練ではなく、シリルが魔法使いの立ち回りを他の二人に見本として見せるためのものなのだ。
二、三秒で接近する動きはちと速すぎるだろう。まあ、程々にやればいいか。……勿論、手抜きというわけではなく。
「シリル、準備はいいか。実戦のつもりで、って言われたんだから、ちゃんと気ぃ引き締めろよ」
「バッチリです!」
背後で頷く気配がする。
……よし。
シリルの更に後ろ。演習場を覆う魔導結界の外で、他の講習生と一緒に見物しているエレオノーラさんに軽く手を上げて準備完了の合図をする。
「はい、それでは……始め!」
開始の合図とともに、僕は加減したダッシュでデリックさんのところに駆け出した。
「《弱化》+《火》+《斉射》!」
その僕に対して、デリックさんが魔導の矢を放つ。……《弱化》なんて実戦じゃてんで使い物にならない代物まで使えるなんて、流石講師である。
しかし、事前にちゃんと取り決めている。今回、事故を防ぐために《弱化》を使う場面があるが、《強化》がかかっているものと同等と思って対処する……というものだ。
八本の矢の軌跡を見切る。そのうちシリルに直撃する二本のみを槍で迎撃し、残りは躱す。
目論見通り、僕が避けた矢はシリルに当たることなく、魔導結界に当たって消えた。
「チッ、見切りいいな! 《強化》+《水》+《侵食》!」
「とっ!」
次に踏み出そうとした地面がぬかるみになった。エミリーが初日に使ってたのと同じ手管だ。あの時より範囲は狭いが配置がいやらしく、一瞬足が止まる。
……的確に配置されたとはいえ、普段ならこの程度の泥沼普通に飛び越すだろうが、多分事前に決めた手加減レベルだと無理くさいな。
「シリル!」
シリルに一つ声をかけて、ぬかるみにはまるのを避けるため横に移動。
……ちゃんとそれに合わせてシリルも移動した。僕とデリックさんの直線状になるような位置取りをしている。この方がフォローしやすく、ペアであれば基本の動きだ。
(ヘンリーさん、牽制一発いきます……!)
(あいよ!)
僕が走ると同時、歌っていたシリルからの通信。
三、二、一、とシリルのカウントが頭に響き。
「『ファイアアロー』!」
「よっと」
シリルが魔法を放つのと、その射線を通すために僕がさっと避けるのが同時だった。
「って、おいおい!?」
デリックさんが慌てて避ける。然程鋭い攻撃ではないが、通信によるやり取りは他の者に悟られない。声掛けより数秒相手の余裕を削れるのだ。地味に便利である。
「《弱化》+《弱化》+《加速》+《加速》+《光》+《狙》……」
「ふン!」
視線をシリルにやり、なにやらごっつい魔導を組み上げようとしていたデリックさんに対して槍投げ。それを避けたせいで、魔導の構築は失敗した。
放たれたものを防ぐだけでなく、これだけ近付ければ妨害もできる。
「《強化》+《拘束》+《投射》!」
「《加速》……って、相変わらず反則くせえ早さだな!?」
『次』を組み上げさせないために、槍を引き戻しつつ魔導で牽制。加速の術式でデリックさんはさっと躱すが、本来はもう二、三は術式を組み合わせるつもりだったんだろう。
だが、デリックさんが一つ術式を起動する間に、僕は都合三つは組み合わせられる。総合的な魔導の腕は向こうが上でも、このアドバンテージを押し付けりゃあ魔導合戦でもそこそこ渡り合えるのだ。
そして、そろそろ槍の間合い。デリックさんも剣に手を掛け、近接の構えだ。
デリックさんの流派は、キーを唱えるのではなく、剣を振る動作に術式の起動キーを組み入れているクロシード式魔導剣術。……武術の腕自体はこっちが上だが、下手こくと近距離で魔導が炸裂するので気が抜けない。
……リーチの差を活かして、魔導を警戒しつつデリックさんをその場に釘付け。止めは二発目のシリルの魔法……というのが手堅いか。
そう考え、とうとう槍の間合いに入――
「シリル!」
る、直前。
あることを察した僕は足を止め、後ろにいるシリルの方を向いた。
「!? はい!」
一瞬戸惑ったものの、シリルもなんとなく察したのかばっと振り向く。
果たして……講師であるエレオノーラさんが演習場に踏み入れていた。彼女の構えた杖には魔力の光が灯っており、矛先はシリルに向かっている。
「……やらせるか!」
シリルがすぐに横っ飛びに飛び退いて、僕はそれに合わせて槍をブン投げた。手加減? 忘れた。
穂先を三つに分裂させた如意天槍は、エレオノーラさんの足元と両脇に突き刺さる。
……本来であれば、これで倒せている。もしタフな敵で投槍に耐えたとしても、シリルが魔法で追撃すりゃ流石に死ぬ。――ってことで乱入してきたエレオノーラさんは死に体。
「《強化》!」
更に続けざま、足に強化をかけ、背後から切りかかってきたデリックさんの攻撃を大きく飛び退いて躱す。
……んで、大人気ない奇襲までされて手加減をする理由は思い当たらず。
僕は引き戻した槍でデリックさんの剣を一撃の元叩き落とし、穂先を突きつけるのだった。
「エレオノーラ先生、ズルいです!」
模擬戦終了後。まさかの盤外からの刺客に、シリルが猛抗議をした。
対するエレオノーラさんは悪びれもせず、口を開く。
「すみません。でも、必要なことなのですよ? 実戦では、目の前の敵だけとは限らない。見えている相手だけに集中していると、思わぬ奇襲を受ける……と。そういう教訓を覚えてもらうため、あえてやったのですが」
……いや、理由はわかるけどさ。初っ端からやんのは意地悪くねえ?
「エレオノーラ、やっぱもうやめろって。これするからお前、生徒からの評判めっちゃ悪いんだし」
同じ講師のデリックさんはよく知っているのか、そう忠告する。
「とはいえ、ねえ。こればかりはやめられません。……私みたいな失敗は、して欲しくないので」
すっ、とエレオノーラさんが服の袖をめくる。……服に隠れていたが、そこには痛々しい傷の跡があった。
ぶすー、とした目でエレオノーラさんを見ていたシリル、そして『流石にあれはちょっと』という表情だったカリンとモニカも息を呑む。
成程、自分が似たようなシチュエーションで怪我をしたから、嫌われるのを覚悟であえてやっているということか。満更否定したものではないのかも……
「それに、生徒の『まさか!』という顔を見るのが私の密かな楽しみなので」
いや、タチ悪ぃなこの人!? それ言わなきゃ僕だって騙されたのに!
……しょ、正直に言うだけ潔い、のか?
「しかし、今回は私がその顔をするとは思っていませんでした。……参考までに、ヘンリーさんどうやって気付いたのです?」
「え? そりゃあ、後衛とペアでやってるんだったら、仲間に近付いている気配くらいはいつも気にしているだけですが」
フェリスとかティオがガードについてたら、もうちょっと意識の配分も変えるけどね。
リーガレオ時代はユーのやつとペア狩りすることが多く……あいつは危なっかしすぎるから、この辺は自然と身に付いた。
「……シリルさん、カリンさん、モニカさん。ここまでできる前衛の方は滅多にいないので、この人を基準にはしないように」
ん、まあこの辺りの戦いについては、僕も結構自信がある。あのお転婆ユーを守り抜いてきたんだからな。
……いやマジ、頭に血ぃ登ったからって、上級の群れにソロで突っ込むのは勘弁してください、聖女サン。
「特にシリルさん。確かに基本はできていましたが、今まで大きな負傷がなかったのは恐らく、ヘンリーさんのおかげという面も大きいですよ? 他の方と組む時は気をつけるように」
「はい、勿論そのつもりです。……でもまあ、ヘンリーさんと別れることはないと思いますけどね!」
あっけらかんと宣言するシリルに、周囲から生暖かい視線が送られる。
い、いたたまれねえ。
「さて、折角ですから、カリンさんやモニカさんとも組んで試していただきたいのですが……ヘンリーさん、よろしいでしょうか?」
「いいですよ」
シリルが普段から世話になっているし、普段と違う相手と組むのは僕自身も経験になる。
「ありがとうございます。……ただ、さっきよりもう少し手加減くださいね。カリンさんとモニカさんはまだ実戦経験がないので、高度な動きにはついていけません。デリックも、いいわね?」
「おう」
デリックさんが頷く。まあ、詳しくはこの後詰めるとして、
「僕もいいですけど……また乱入とかしないでくださいね」
「ホホホ、まさかまさか。日に二度も三度も、ねえ?」
……………………しない、と今断言しなかったな。
「じゃあ、もし次やったら槍をブチ当てるということで」
「やめてください、死んでしまいます!? やりません、やりませんから」
この反応、ぜってぇやるつもりだった。
まあ、流石に冗談ではあったが。……せいぜい、《拘束》かけた槍を至近にブン投げ、魔導の鎖で拘束する程度だ。
うん、平和平和。
「ヘンリー、模擬戦の流れを決めよう。さっきみたく完全に臨機応変に、ってすると初めての二人だと対処難しそうだしな」
「ですね、わかりました」
デリックさんと軽く数分打ち合わせ。
……その日は、十戦程、魔法全般講習のみんなのために、槍を振るった。




