第百四十四話 シリルの訓練 前編
借家のリビング。
僕とシリルは食卓を囲みながら、お互い今日あったことを報告しあっていた。
「へー、フレッドさん、とうとうヘンリーさんに一撃入れたんですかー」
「ああ。思ったより早かったな。でも、魔導の講習に参加してんのに、槍の上達の方が早いってどういうことなんだ」
「あはは、本末転倒……ってわけでもないんじゃないですかね。フレッドさん、強い騎士さんになるために来たんでしょう?」
まあ、実力が上がること自体はいいことだが……これ、僕もフレッドに受講料もらってもいいんじゃね?
などと益体のないことを考えつつ、シリル特製パスタを頬張る。トマトソースのパスタとサラダが今日の夕食である。
「作っといてなんですが、そんな沢山食べて飽きません?」
「いや、美味いから大丈夫だ」
僕の分のパスタはてんこ盛り、四、五人分くらいある。確かに、これだけの量でソースが一種だとやや単調に感じるが、そこは粉チーズをかけて味変することで解決だ。控えにペッパーやホットソースもある。
「ちなみにシリルは今日なにをしたんだ?」
「詩を書いたり、瞑想したりしてました。でも、私には合いませんでしたねー」
シリルの魔法全般の講習。
まず手始めに、様々な精神集中法を片っ端から試してみているらしい。
魔法使いは、それぞれの流派に応じた集中力を高める手法がある。シリルやロッテさんなら歌だし、楽器を弾く、特定の動作を繰り返す、斜め四十五度からのチョップの素振り十回……などなど、その方法は様々だ。マジでヤバ気な宗教儀式みたいなのもあったりする。
しかし、別に特定の方法じゃないとその魔法が使えないとか、そういうことはない。これらの行為は、あくまで魔法を使える精神状態に自分自身を誘導するための手段でしかないためだ。
……ということは、今までやってきたものより、より良い方法がある可能性があり。
とりあえず、色々やってみろ、ということらしい。
「まあでも、カリンちゃんは瞑想が合ったようで良かったです。流石にお薬使うのは体に悪そうでしたし……」
話には聞いている。ナイトブラック派魔法術、とかいうなんか陰気な感じの魔法を操るシリルの同期カリン嬢は、気分が良くなる系の薬をキメることで、魔法を使っていたのだとか。
依存性は低く、ときには医師が処方することもある程度の……大量に投与しなければそう問題はないクスリだったそうだが、まあやめられてよかったよかった。
「シリルが合ったのは踊りだったか」
「はい。歌ほどじゃないですが、ダンスやっても簡単な魔法なら使えるようになりました!」
いいことである。踊りもまあ目立つが、歌は音立てて自分がここにいますよー、って宣伝してるみたいなもんだもん。あれで魔物の注意を引いてしまうせいで、かなり気を使って戦わないといけなかったし。
それに迂闊に呼吸をしてはいけない……毒を含む空気があったりする場所じゃ使えないしな、歌。
「ふっふっふ、これはもしかしてシリルさん、ロッテさんみたく吟遊詩人道を歩み始めたのでは? ロッテさんもライブじゃ歌って踊ってましたし」
ロッテさんの踊りって、あれ舞踏というより武闘というか……
しれっと武術の奥義の動作を組み入れてたりして、名のある武道家が技を盗むために足繁くライブに通って、そのままファンになってしまったとかなんとか。そういう逸話が嫌ってほどあるんだが。
しかし、アイドルねえ。
「?」
……やってできないことはないだろうが。
こう、なんかまた変なイメージが。
舞台で歌って踊って魔力を高めるシリル。
なんか適当に楽器でも弾いている僕たちパーティメンバー。……ええと、ジェンドはなんか趣味でギター弾けるらしいし、フェリスはピアノやってたことがあるらしい。そういうのできなさそうなティオはトライアングルあたりで。同じく当然そんな教養のない僕は……そう、カスタネットしかあるまい。
大盛りあがりのライブ。更に高まる魔力。なぜか襲ってくる最上級……を、魔法ブッパで仕留めるシリル。
そうして、客たちは更に興奮し、アンコールの連発……っと。
「……いかん、疲れているのかな」
「ど、どうしました?」
「いや、なんか変な妄想が」
飯食って片付けたらとっとと寝よう。
「? はあ。まあそれはそうと、実は今日帰り道で野良のにゃんこがいたんですが、これがまた懐っこくてー」
などと、何気ない会話が続く。
……あー、なんかこう。勉強に来ているのだから気を抜くわけではないのだが。
こう、幸せな感じである。
(ヘンリーさん、ヘンリーさん。今大丈夫ですか?)
賢者の塔の図書室。いくつかある自習席でクロシード式一級の対策問題を解いていると、シリルから通信が来た。
(? 別に自習してるだけだから、大丈夫っちゃあ大丈夫だけど)
(じゃあ、よければ第六演習場に来てもらえません? 魔法全般の講習で、なんか前衛との連携がー、とかやるらしく)
(わかった、いいよ。すぐ行く)
そういう話であれば、僕も興味がある。
手早く筆記用具やテキストを片付けて手持ちの鞄に。自習席の照明を落とす。
……賢者の塔十三階にある図書室は本を保護するために全般的に薄暗く、各席にはこうして照明の魔導具が備え付けられているのである。
黙々と自習や読書をしている人達の間を抜け、見上げるほどの高さの無数の本棚を横目に、僕は図書室から出る。
この階は丸々図書室なので、外に出るとすぐ目の前に階段がある。トントン、と階下に降りていき、
「……面倒くせえな。窓から飛んで出ちゃ駄目かね」
ボヤく。
……下に人がいたりしたら危ないので駄目だろうが、《光板》を正式に覚えたらリカバリもできるしいいかもしれない。
とりあえず心のメモ帳に書き留めておき、一階に到着。第六……っつーと東側のトコだったよな。
思い出しながら第六演習場に向かうと、真っ先に僕を見つけたシリルが『おーい!』と手を振りながら呼びかけてきた。
……恥ずかしいからこういうのやめて欲しいんだが、もう言っても無駄と僕は諦めている。
「ヘンリーさん、急に呼び出してすみません」
「あー、いいよ。魔法全般の講習にも興味あったし」
視線を向けると、シリルとそう歳の変わらない女の子が他に二人。どっちがどっちかはわからないが、同期のカリン、モニカという子だろう。
そしてその後ろにいる年かさの女性は……これが講師のエレオノーラさんかな。
「カリンちゃん、モニカちゃん。エレオノーラ先生。この人がうちのヘンリーさんです」
「どうも、ヘンリーです。よろしく」
軽く頭を下げて自己紹介。
「うちの……だって。フィヒッ、ねえモニカ?」
「ええ、仲良いわね」
「もう、からかわないでください。あ、ヘンリーさん、こっちがカリンちゃんでこっちがモニカちゃんです」
どうもー、と二人がそれぞれ挨拶をしてくる。
ちょっと目の下に隈があって、ふしくれだった木の杖を持った……ちょっと不気味な雰囲気の子がカリン。
なんかきっちりした感じで、帯剣している少女がモニカ。
……シリル含め全員タイプが違うが、似た年頃だからか仲が良さそうだ。
「エレオノーラです。ヘンリーさん」
「あ、これはどうも」
講師のエレオノーラさんとも挨拶を交わす。
そうして一通り自己紹介が終わったところで、エレオノーラさんがこほんと咳払いをしてから話し始めた。
「さて、皆さん。先程も少しお話しましたが、本日は他の人との連携時の心得を教えたいと思います。魔法使いはその性質上、精神集中時は無防備になりがちです。そのため、仲間が守りやすいよう立ち回る……これが求められます」
うんうん、魔導はまだそういう隙は少ないが、魔法はね。基本中の基本ではあるが、それだけに大事なことだ。
「精神集中を高めながらも他の事が十全にできる人もいますが、これは例外なので真似をしようとは思わないように」
……歌って魔法発動させながら、自分でもブン殴りに行くロッテさんとかね。
普通、多少移動したりするのが限界のはずなのだが、あの人歌ってても達人の動きなんだよなあ。むしろ歌いながらの方が調子いいまである。
なんて懐かしんでいると、エレオノーラさんが一通り魔法使いとしての心構えを説いていく。
……前衛としても勉強になる。普段感覚的にやっていることが、言語化された感じだ。
「とまあ、口で言ってもなかなか理解しづらいでしょうから。現役の勇士の方と組んでいるというシリルさんに、見本を見せてもらいましょう」
「ふっふっふ、お任せあれ! ヘンリーさんと一緒の冒険じゃ、私直撃を受けたことはありませんからね! 立ち回りのことならわかっているつもりですよ」
「あの、シリルさん? 多分それ……いえ、なんでもありません」
エレオノーラさんが口をつぐむ。
……まあ、基本はできているが、僕や他の仲間の頑張りもあるんだぞー、っと。
「しかし、エレオノーラさん。見本を見せるとは言っても、どうやって? 普段の冒険っぽく動けばいいんですかね」
「ああ、相手は用意しています。ほら、あそこでアップしていますよ」
第六演習場の隅。黙々と剣を振っていた男性が、エレオノーラさんの様子に気付いてやって来る。
って、
「デリックさん? なにやってるんですか」
「ヘンリーか。なにって、他の講習の手伝いくらい、普通にするだろ」
……それもそうか。今日は僕のところの講習は休みだが、講師のデリックさんには仕事があるらしい。
「エレオノーラ。魔法使いと仲間の連携を実戦形式で訓練する……って聞いているけど、相手はヘンリーなのか」
「ええ。うちの生徒のシリルさんのお仲間だということなので、是非にと」
「……いいけど。ヘンリー、お前ちょっとは手加減しろよ。模擬戦見る限り、俺じゃ普通に敵わん。お前一人にやられたら、訓練の趣旨から外れるしな」
まあ、それもそうか。でも、デリックさんも相当強いと思うんだけどな。遠距離に徹されたら、普通に苦戦すると思うけど。
「そこまでですか……では、ヘンリーさん。そのようにお願いします。それ以外は実戦同様と考えていただければ」
「実戦同様、ですか。わかりました」
さて。
頑張るとするか。




