第百四十三話 訓練の日々
賢者の塔の第三演習場の一角。クロシード式の講習、十組の実習の時間。
……僕は一つ深呼吸をして気を整える。
そうして、十分に集中力が高まったのを見計らい……足に魔力を込めて大ジャンプ。二十メートルほど飛び上がったところで、手の中にある術式が刻まれた金属のカード――呪唱石を意識し、キーワードを唱える。
「《光板》!」
二、三回失敗したが、今回は成功。僕の足元に対角線が一メートル程の光の板が出現し、その上に着地する。板は僕の体重をしっかりと受け止めてくれて、十メートル上空で僕は周囲を見渡した。
「……これ、めっちゃ使えるな」
試しに、そこからもう一段ジャンプする。更に上に行ってから、もう一度《光板》を唱える。それを数度繰り返すと……かなり高いところまで来た。
ただ、感触からして、思い切り踏み込んだら《光板》は壊れてしまいそうだ。
しかし、である。
「《光板》」
もう一度同じ魔導を用い、今度は頭上に出現させる。しかし、先程までとは違い、今度は足元サイズの大きさにした。ちょい、と足が上に向くよう反転しながらジャンプして、
「よい」
足を先程の《光板》にかける。ぐっ、と力を込めて、思い切り地上に向けて踏み込み。
「しょっ!」
弾かれたように、僕は地上に向けて疾駆する。
地面に激突する寸前、体を回転させて着地。ずん、と軽く振動が走る。
……《光板》の強度は、面積と維持時間に比例して脆くなる。踏み込みに必要なだけの面積にして、一瞬だけ展開すれば、全力でも問題なさそうだ。
一つの術式だけで足場が作れるというのはデカイ。使い道なんていくらでも思いつく。
相手の上を取るのにも使えるし、高ければ物見にも便利だ。沼とかの難所の踏破にジャンプ後の方向転換、前面に出せば簡易な盾にもなるだろう。
……開発された時から思っていたが、こいつは非常に使い勝手のいい術式だ。
「デリックさん、僕これ組み込みます」
「そ、そうか」
ちょっと顔を引き攣らせて、デリックさんが頷いた。
あー、とデリックさんは頭を掻き、
「やっぱ前衛張る人間は、身体能力すげーな。俺も剣使うけど、基本後ろだからちと憧れるよ。さっき何十メートル上からダイブしたんだ?」
「百くらいかな? でも、僕は僕で、後ろから色んな魔導で援護する人のことは凄いと思いますし、そういうもんですね」
「隣の芝は……ってやつだな。うし、魔導の発動は問題なさそうだし、失敗しないようもうちょっと繰り返し試してみろ」
「はい」
僕が扱う六つの術式。どれも割と汎用的に使えて、特に困ってはいないのだが……やはり、術式が増えると戦術の幅は広がる。
そこで、僕はデリックさんと相談しながら、追加で覚えるべき魔導をこうして試しているわけだ。
……最近開発された魔導ってないですか? と水を向けてみたら、紹介されたのがこの《光板》。
ラナちゃんがリオルさんの指導の元、作り上げた新しい魔導である。もう立派に認定されているらしい。
なお、割と扱いが難しく、二級に区分されていて、本来三級の僕は使えない。……特級であるデリックさんの監督の元であるから、練習用の呪唱石を貸与され、試すことができているのだ。
「しかし、初めての術式の割に発動安定してるな」
「はは……実はちょっと、こいつの開発に一枚噛んでまして」
作成中のテスト要員は僕だった。
「? ああ、エミル導師と知り合いって言ってたか」
「はは……」
リオルさんの奥さん――僕たちが使うクロシード式の魔導術式の母である――とも知り合いではあるが、こいつを開発したのは野生の天才児です。
……というのは混乱させるだけだから言わないでおこう。
まあ実際、素案を作ったのはラナちゃんだが、どうやら途中でエミルさんの手を介したらしく、完成度は上がっているし。
「しかし、まだあんまり出回ってないけど、前衛には人気が出そうな術式だよな。《光板》」
「ええ、一発で気に入りましたよ。で、デリックさん。僕、あと一つくらい術式増やしたいと思うんですが、オススメってありますかね?」
アドバイスを求める。
本人は後衛寄りとはいえ、特級であるデリックさんは、当然様々な戦闘スタイルに合った魔導を熟知している。僕一人で考えるより適切な術式を提案してくらるはずだ。
デリックさんはうーん、と少し悩み、
「そうだな……もうワンランク上の射出系を覚えるのはどうだ? 《投射》は扱いやすい魔導だけど、お前のレベルだと威力的にいまいちだろ」
「あー、そうですね……」
遠距離攻撃は投げ槍があるからいいや、と思っていたが、槍を離さずに遠くを攻撃できれば、便利そうではある。
「もう一つ上、っていうと」
「《狙撃》か《斉射》だな。単発だけど、精度と威力なら《狙撃》。数が欲しいなら《斉射》。どっちも二級だ」
二級クラスなら……まあ、前に出ながらも普通に使えるか。
エミリーが使っていた《弾幕》レベルになると、一瞬一瞬を争う近接戦じゃ集中時間的に使い物にならない。
「まあ、他にもないか適当に見繕っといてやるよ。今日は《光板》の習熟を頑張れ」
「はい、ありがとうございます」
と、頭を下げる。
「なに、俺はこいつが仕事だし、それに……」
つい、とデリックさんは僕の背後を指差す。
大体それで何事か読めた僕は、ふう、と一つ溜息をついて振り向く。
「……ヘンリーさん。もう一手お願いしてもいいですか?」
「フレッド、念の為だが、ここは魔導の講習を受けに来てるんだぞ」
「そうですけど。似たスタイルの、自分より上の人と手合わせし放題なんて、凄く貴重な経験ですし」
と、本日三度目の模擬戦の申し込みに、僕はもう一度溜息をつく。
……フレッドの言い分もわかる。僕も発展途上の頃にこんな機会があれば、石にかじりついてでも指南を望んだだろう。
「頼むぜヘンリー。魔導の使い方なら、終わった後に色々アドバイスしてやるし。他にも諸々便宜図ってやっから」
「……わかってますよ」
なお、僕に模擬戦申し込むのはフレッドだけではない。十組の前衛寄りのメンバーは、多かれ少なかれ実践の相手に僕を選ぶ。
……なまじ、こん中じゃ一番強いのが仇になった。
その分、連中のいいところもガンガン吸収させてもらっているし、講習の手伝いの礼ということでデリックさんも良くしてくれるし、そこまで大きな不満はないのだが……こう、疲れる。
「あ、ヘンリーさんとフレッド、また模擬戦するの?」
「エミリー」
そうして、第三演習場の端。いつの間にか十組の模擬戦用スペースになったところに向かうと、魔導の練習をしていたエミリーが興味深そうにやって来た。
「また見物か? お前も飽きないな」
「だって、他の人の戦いってあんまり見たことないもの。私も将来は誰かと組むんだろうし、どんな動きするのか覚えないと」
「……まあ、身になってるならいいけどな」
実際、クロシード式の腕前はデリックさんをも超え随一のエミリーは、魔導の実力という意味では伸びしろはあまりない。
こうして、前衛の動きを見て慣れるのも、悪くない……のかね?
なお、発動速度で僕に負けているのが気に食わないらしく、模擬戦の見物以外の時間は術式構築の練習ばっかしていたりする。
「危ないからエミリーは離れてろよ」
地面に簡単な線だけ引いた模擬戦用スペースに来て、エミリーに忠告する。エミリー以外にも僕とフレッドの戦いを見物しようとしている人も数人いる(十組以外も)ので、そっちを指差した。
「はいはーい。あ、フレッド、頑張んなさいよー」
「おう、応援ありがとな!」
む。
「なんでフレッドだけ応援すんだよ。……いや別に悔しいわけじゃないけど」
別に悔しいわけじゃないけど。
「だってヘンリーさん、ギムさんとの模擬戦で一回負けただけで、後は全部勝ってるじゃない。どんでん返しの一つもないのはつまんないわ」
「そんな理由かよ」
僕だって毎回真剣に相手をしているというのに!
「はは、ギムさんはあれ、初見だと対応無理でしょ。流石のヘンリーさんでも」
「……いや、あれ負け判定食らったけど、実戦だったら傷を治しながら戦ってたし」
負け惜しみではなく、負け惜しみではなく。
……ギムさん。三十代の騎士の人。
得意技は、魔導の発動ポイントを地面の中にすること。初めての模擬戦では、完全無警戒の足元から射出された氷の矢が、僕の肩を掠ったのである。無論、大怪我させないためわざとギムさんが外した。
どうも、いくつかの魔導を組み合わせて実現しているそうだが、どんな魔導を使っているのかは流石に秘技なので教えてもらえなかった。
……で、そのギムさんも見物に入っているし。少し緩んだ気を引き締め直し、フレッドと対峙する。
「っし、フレッド。来い」
「……はい!」
「《強化》+《拘束》!」
「!?」
フレッドが槍を引くのに合わせ、魔導による光の鎖を出す。
片方は僕の手、もう片方はフレッドの手に絡まり、その動きを制限する。
そして、僕はフレッドの体勢を崩すため、その鎖を引――
「っ! この!」
かず、魔導を解除して鎖を消した。力を入れようとしたフレッドは思わずたたらを踏み、しまったと表情に出す。
「《爆》!」
僕がトドメに入る前に、指向性の爆発を起こす魔導で牽制してくるが……甘い。その爆発を大きく回避し、姿勢の制御より魔導を使うことを優先したせいで、今度こそ死に体になっているフレッドに向けて投槍の構え。
数秒、そのまま佇み、
「……参りました」
「お疲れー」
フレッドが降参して、僕は構えを解いた。
「お疲れ様だ、二人共」
途中から見物に加わったデリックさんが拍手をしながら近付いてくる。
「フレッド。最後の《爆》はまずかったな。あの体勢と間合いなら、距離を離すためにむしろ自分に向けて使ったほうがいい」
「え゛? 自分に向けてですか」
「まあ、《爆》よりお前の手持ちなら《風》かな?」
「いや、どっちにしても自爆じゃないですか……」
などとフレッドは寝言を言っているが、
「フレッド、ぶっちゃけ基本だぞ。僕もさっき《拘束》で自分の腕ごと縛っただろ。使い方だ、使い方」
「……マジかぁ」
ちとまだ頭固いな。まあ、だからこうしてガッツンガッツン叩いて柔らかくしているところなのだが。
「その反省を生かしてもう一戦……といきたいが、もう昼だな。午後からは頭の訓練だ。ちゃんと体休めとけよ」
言って、デリックさんは『一旦解散!』と講師として締めの言葉を周囲に飛ばす。
頭の、か。
僕は頬を掻きながら、フレッドに声をかける。
「……フレッド。午後の講習の時間でいいんだが。昨日、テキスト読んでていくつか詰まったところがあってな」
「あ、はい。任せてください」
頭はフレッドのほうがいいので、勉強の時間になると逆に頼らせてもらうことになる。エミリーにもだ。
……まあ、こんな感じで。
僕は訓練の日々を消化しているのであった。




