第百四十一話 武勇伝……?
クロシード式三ヶ月講習十組。
講習に入る前の講師デリックさんの実力検定が全員終わり。
そうすると、丁度昼の時間帯となった。ちゃんと時間とか図ってんだろうなあ。
「よし、午前はこれで終わり。午後は一時に賢者の塔四階の四〇三号室集合な。後、講習生向けのカード配るから、みんな受け取れ」
と、デリックさんがポケットから人数分のカードを取り出す。
「賢者の塔は、一階から四階は一般に開放されてるが、五階より上はこのカード持ってないと入れない。一応、食堂が五階にあるぞ。別の店で済ませてもいいけど、食堂は割と安いからオススメだ」
受付の時一括で受講料を払ったが、その辺りの料金も含まれているのだろう。
「それに、上の階には賢者の塔に所属している人間だけ利用できる図書室が……っと。まあ、その辺りは適当に案内図でも見てくれ。食堂にも、賢者の塔案内のパンフあったはずだし」
長くなりそうな気配があったが、デリックさんはそこで切り上げ、カードを配る。
まあ、『クロシード式を覚えたい』という受講生が集まる一組と違い、こっちは十人足らず。すぐに配り終わった。
さて、まずはシリルと合流かねえ、と予定を考えていると、正面にエミリーが立ちはだかった。
「ちょっと、ライバルを置いてさっさと行かないでよ」
「……あ、さっきのマジだったんだ」
デリックさんが僕を褒めた時、エミリーの名前を出してしまった。そのせいか、エミリーは僕はライバルとみなしたような発言をしていたが……あれ、冗談じゃなかったんだ。
「はは、ヘンリーさんも隅に置けませんね。じゃあ、僕はこれで」
「待てい」
この女と二人きりというシチュエーションは、ちょっと嫌だ。しれっと逃げようとするフレッドの肩を掴んで止める。
「あ、私の次に魔導が上手だった人ね」
「ど、どうも。アルフレッド・スペンサーです」
「アルフレッドだから、アルフ? それともフレッド? ……フレッドの方が呼びやすいわね。エミリー・ステイシアよ。よろしくフレッド」
すげえ、一瞬で愛称呼びし始めた。フレッドもそうだったが、社交性高いなあ。僕も低いとは思わんが、初対面の人相手にいきなりこんな風に接することはできない。
「あー、うん。よろしく、エミリー」
観念したのか、それともエミリーの笑顔にやられたのか。フレッドは僕から逃げることをやめ、爽やかな笑みで応える。
「あ、ライバルの名前を聞いていなかったわ」
「……ヘンリーだ」
「そう、ヘンリーさんね」
エミリーがうんうん、と頷く。……あ、でもさん付けなんだ。
「あー、それで、エミリー。なんの用だ?」
「そうそう! 折角同じ講習を受ける者同士、お昼一緒に食べない? ってお誘いなんだけど」
「他に女の人もいただろ、なんで僕」
「ライバルだから! ……というのはちょっと冗談で、勇士の冒険者なんでしょ? 色々話を聞いてみたくて」
ちょっと冗談……全部冗談であって欲しかった。
しかし、そうか。エミリーは冒険者志望だと言っていた。他の講習生にも冒険者はいたが、勇士なのは僕だけだったし、それで話ってわけか。
「それなら、俺も聞きたいですね。オーウェン兄と同じく最前線で戦ってたってことは、相当強いんでしょう?」
「あー、でも僕、連れがいるし」
別に約束しているわけではないが、昼は多分シリルと食う……と考えていると、
(あ、ヘンリーさん、ヘンリーさん)
(シリル?)
タイミングを見計らったかのように、頭の中に声が響く。シリルの神器『リンクリング』の通信の能力だ。
(どうした? 合流する場所とかのことか?)
(あー、いえ。私、お昼は魔法の受講生のみんなと食べてきますので、そのご連絡です)
(そ、そうか)
(ちなみに、結局私含めて魔法全般の講習は三人だけでしたが、みんな女の子です。安心してくださいねー)
誰が不安に思っているというのか。……いや、そこに男が含まれていたとしたら、念の為ツラくらいは確認しに行ってただろうけど。
(……それなら、僕もこっちの講習で知り合ったやつと食べるよ。ちなみに、こっちは一人女の子いるんだけど、大丈夫だから)
(はあ、なにが大丈夫なんです?)
(浮気とかはしないぞ)
(はなっからヘンリーさんにんな度胸があるとは思っていません。ではまたあとでー)
あ、通信切れた。
……なんだろう、信頼されているとポジティブに受け止めればいいのか、ヘタレと蔑まれていると思えばいいのか。
「? どうしたの、ヘンリーさん。お腹痛いの?」
いきなり黙りこくってしまったから、エミリーが心配そうに聞いてくる。
頭の中で話しながら口で別の話するの、結構難しいんだよなあ。
「んにゃ。ちょっと連れから通信入ってな。あっちはあっちで自分のトコの講習生同士で食うって話。だから、付き合うよ」
「ああ、シリルさんからですか。そう言えば、会った初日も使っていましたね」
フレッドに頷く。賢者の塔見学をしていたシリルが僕と合流する際、通信を使っていたのだ。
でも、知らないエミリーは当然首を傾げる。
「通信?」
「神器でな、離れてても、頭の中で話せるっつー便利なシロモンだ」
「神器! そういうの知りたいのよ。お婆ちゃんの神器はよく見たけど、ああいう凄いのが欲しいわ!」
はしゃいでる、はしゃいでる。
しかし、何度かエミリーの口から出ている『お婆ちゃん』……
「なあ、エミリー。もしかして、そのお婆ちゃんって、エリザベート・ステイシア……なのか?」
「ヘンリーも知っているのね。そうよ、私の自慢のお婆ちゃん! 訓練のときは厳しいけど、普段は優しいのよ」
確定かー。
いや、だからなんつーこともないんだけどね。あの『魔導姫』の異名を持つ英雄の孫がこんなオモシロキャラなのは、ちょっと意外だけど。
「それじゃ、飯……折角だし、賢者の塔の食堂とやらで食べるか」
エミリーもフレッドも異論はないらしく。
とっくに散らばっていた講習生たちに遅れて、僕たちも歩き始めた。
「おー、広いな」
賢者の塔の五階は丸々ワンフロア食堂であった。端の方は人の顔が判別できないほど遠い。
ここの研究者、教師、生徒、各種短期講習生を合わせると数千人もいるというのだから、まあこのくらいのキャパシティは必要なのだろう。ただ、それだけ広い食堂であっても、昼時ともあってそれなりに混み合っている印象だ。
「なに食べようかな」
入り口のところにあったメニューを思い出す。
いくつかの定番のメニューの他は、毎日違うものが出されるらしく、一週間の献立が記載されていた。
今日なら、魚料理は白身魚のフライ、肉料理はポークソテー、パスタはほうれん草とベーコンのクリームパスタ、といった具合である。
盛り付けられた皿がテーブルに並んでおり、各自好きなものを取って、後会計……というシステム。まあ、いちいち配膳してたらいくら手があっても足りないのだろう。その分、料金はお安くなっている。
「っと、俺は魚かな」
フレッドが、魚料理の皿とパンを適当に。
「ふんふーん」
鼻歌を歌いながら、エミリーはパスタとミニサラダをチョイス。
……んー。
と、悩みながら僕はトレーに各種料理を乗せていき、三人揃って、空きテーブルにかけた。
「……ヘンリーさん、よく食べますね」
「まあ、冒険者は体が資本だし。朝も結構動いたしな」
魚料理、肉料理を両方に、大盛りのライス。控えにポテトサラダと本日のスープ。
「それはお婆ちゃんもよく言っていたわ」
「それにしては、お前さんは小食みたいだけど?」
パスタも少なめに盛られたやつをあえて選んでいた。
「私、昔はちょっと病弱でね。その頃から食は細いの」
「そ、そうか。悪いこと言ったな」
「? もう治ったわよ。まだまだ成長の余地はあるし、これからガンガン食べる予定だし」
ふふーん、とエミリーは胸を張る。前向きというか、なんというか。
「そうそう、それよりヘンリーさん。お話聞かせてよ。勇士にまでなるのだから、武勇伝の一つや二つ、あるんでしょう?」
「武勇伝ねえ」
つっても、僕に派手な活躍はあんまないんだけどなあ。強いて言えば魔将ジルベルトの討伐だが、あれはほとんどサポートで、たまたまトドメ刺しただけだし。
……でも、キラキラした目をして話をせがんでくる冒険者の後輩に、あまりがっかりさせるようなことを言うこともあるまい。
「そうだな、例えばエリザベート・ステイシアが倒したっていうフレズベルグなら、実は僕も倒したことあるぞ」
鷲に似た姿の最上級の魔物である。
「本当!? その魔物退治なら、お婆ちゃんがたまに寝物語で聞かせてくれたわ。ヘンリーさんはどう倒したの?」
「ああ、まず仲間のアゲハっていうやつがな……」
多少誇張しつつ、フレスベルグ退治のことを話す。
実は完全無欠の遭遇戦だったにもかかわらず、準備万端整えた奇襲……と語ったり。空飛んでる相手に向かって首刈りを敢行しようとした馬鹿のことは、牽制に徹していたと誤魔化したり。
完全に機を見計らって僕の分裂投槍で仕留めた……という部分については、実はそれで倒せたことに僕自身が一番驚いていて、『マジで!?』と素で叫んだことは伏せたり。
……まあ、そんなに嘘は言っていないんじゃないかな? 言ってないってことにしとけ。
「いいわね! 綿密に立てた作戦、仲間との絆と連携、それにヘンリーさん、思ったよりカッコイイ活躍してるじゃない!」
「は、はは……は」
やっべ、エミリー、全然疑ってねえ。
ま、まあ。アゲハとかユーとか、あの時の戦いの参加メンバーとエミリーが会うことはそうそうないだろうから、大丈夫……とか考えていると、なんか知らんけど悪夢的な偶然で出会ったりするんだよな! 念の為、次連中に会ったら口裏合わせをお願いしておこう。
「……っていうか、最上級の討伐経験あって、ぽんぽん英雄の名前が出てくるって……ヘンリーさん、一年前からリーガレオ離れたって言ってましたけど、どうしてなんです? それだけ凄かったら、英雄も十分目指せたと思うんですが」
ふいっ、と僕は純粋な疑問を突きつけてくるフレッドから目を逸らす。
盛りに盛った手柄話の直後に、フローティアに引っ込んだ理由を話すのは流石に憚れる。上昇した評価の分、落ち幅もヒドそうだ。
「い、色々あったんだよ、色々」
「……あ、失礼しました」
なにかを察して、フレッドが謝る。
いや、謝る必要なんかないよー、ガチで。……っていうか、兄であるオーウェンと話したら速攻バレるしな。フレッドにはあとでこっそり本当のことを話しておこう。
っと、
「話に夢中になってたら、もうあんま時間もないな。さっさと食っちまおうぜ」
食堂の時計を見ると、次の集合時間まで三十分を切っている。
僕たちは急いで食事を済ませ、食堂を後にするのだった。




