第百四十話 魔導試験
突然現れた女の子、エミリーとやらに、十組の看板の元集まっていた八人は呆気に取られていた。無論、近くにいる九組の皆様もだ。
十組の講師であるデリックさんも一瞬ポカンとしていたが、『あ゛~~』と頭を掻き、尋ねた。
「ええと。今回の講習生の、エミリー・ステイシアで間違いないな?」
「ええ、私のことよ! 私、つい先日十六になってね。ようやくお婆ちゃんに冒険活動を許されて……でも、最低限一度講習は受けておくようにって言われてやって来たの!」
誰も聞いてないのに怒涛のように自己紹介しやがった!?
エミリーは、フンスフンスと鼻息を荒くし、ドヤ顔である。……あ、これなんか覚えある。『いいから褒めろ、もっと褒めろ』ってする時のシリルとそっくりだ。あいつの方がまだ慎みがあるような気がしないでもないが。
「そ、そうか、そいつは殊勝な心がけだ」
「ありがとう、おじさん。さっ、講習とやらを始めましょうか!」
ぐっ、と呪唱石の杖を構えたエミリーに、ふっぅうううううう~~~~~、とデリックさんが大きく溜息をつく。
「……了解だ。実際もう時間だし、早速始めるとしよう。演習場の向こうが俺たちのスペースだ」
「あら、元気がないわねおじさん。飴食べる?」
「……いただいておくよ。あと、おじさんじゃなくてお前さんの講師だ」
「先生ね。よろしく、センセ」
無邪気にキャンディを差し出したエミリーに、更に顔の皺を深くしつつ、デリックさんが歩き始める。
いやまあ、根は悪い子ではなさそうだが……相手するのは相当疲れる感じだな。ただの同期生である僕らはともかく、デリックさんの今回の講習は非常にハードなものになるだろう。心の中で励ましを送っておく。
「……ヘンリーさん、ステイシアって聞き覚えありません?」
「ん?」
先導するデリックさんについて歩いていると、隣のフレッドがそう疑問を口にする。
デリックさんが言っていた、エミリーのフルネーム。この国ではある程度以上の家格がないと家名は持たないから、まあそれなりの地位なのだろう。
で、ステイシア、ねえ。
聞き覚え……つっても。……あ。
「……エリザベート・ステイシアの、縁者か?」
「多分。まさかあの家名で、クロシード式の講習を受けに来て、無関係ということはないんじゃ」
エリザベート・ステイシア。
クロシード式を自在に操ったという、かつての英雄である。
活躍していたのは大体五十年程前。当時、魔国との戦端が開かれる前で最上級相手のノウハウがなかった頃に、最上級の魔物をソロでブチ殺したという実力派だ。
エッゼさんより更に上の年代であるため、当然とっくに引退しているが、死んだという噂は聞かない。
クロシード式を戦闘で用いる人間にとっては偉大なる先達で、普通に学んでいれば名前くらいは耳にする。
「でも、自称天才美少女魔導士だぞ」
「う、うーん」
逸話に語られる鬼神のような戦いっぷりと、少し先を歩く血縁と思われるちょいヘンテコな女の子は、どうにも結びつけがたい。いや勿論、別々の人間だからそういうこともあるんだろうが……
「まあ、そのうち聞けばいいんじゃないですかね。自分で美少女って言うだけあって、可愛い子ですし」
「……フレッド。お前、あーゆーのがタイプなの?」
「顔は」
こいつ、意外とストレートだな!? いや、女の前じゃ紳士ぶってたオーウェンのやつも、男だけの時はこんなノリだったけど!
「ああいや、誤解しないでください、ヘンリーさん。まだ出会ったばかりで、最初のエキセントリックな言動と顔しか知らないわけじゃないですか。そりゃ、今は顔で判断するしかないですよ」
「……本音は?」
「もうちょっと出るトコ出てたらもっと良かったんですけどねえ」
「まあ、それは同感」
うんうん、とフレッドと二人、頷き合う。
「あれ? でもヘンリーさんの彼女さんは……」
「……まあ、性癖と実際に好きになるかどうかは別だから。つーか、しっかりチェックしてんじゃねえ」
フレッドの脇を軽く肘で打つ。
「ははは、ごめんなさい。でもまあ、先程の言葉はあの彼女さんには秘密にしておきますので、それでチャラってことで」
ったく。
しかし、フレッド、本当に話しやすいやつだ。打てば響くように話を返してくれるし、オーウェンのことを抜きにしても仲良くなれただろう。
ジェンドはこういう下ネタ系には付き合ってくれない真面目なやつだったし、久々に馬鹿話が出来ている感がある。
と、雑談を交わしながら歩いていくと、やがてデリックさんが立ち止まる。
「よし、ここだ」
地面に線が引かれており、その線の向こうは魔導による破壊痕が色々残っていた。魔導の実習で使うスペースってとこかな。
端っこは演習場を囲う魔導結界。更に念の為なのかその先は開けた場所だ。思いっきり魔導を使えそうである。
「初日の今日は、各自の技量の程を実際に確かめる。……あー、受付の時の申込用紙に、見栄張って実際より良く見せようとしたやつがいたら、今のうちに名乗り出ろ。恥かく前に」
しーん、と沈黙。
……しばらくすると、二人ほどが恐る恐る手を上げて、デリックさんに実際の腕前を申告する。
「……はあ。じゃ、名前を呼ぶから一人一人前に出て、俺が言う組み合わせの魔導を使ってくれ」
そうして、賢者の塔クロシード式三ヶ月講習、その第一ステップが始まった。
「アルフレッド、お前は無数の敵に囲まれた。全力で蹴散らせ」
「……! 《風》+《風》+《刃》……《倍加》+《倍加》+《投射》!」
フレッドが、言われた通りに魔導を使う。
一瞬考え込んで、その後前半の術式は素早く構築したが、後半はややつっかえていた。
フレッドはここまでデリックさんの指示に従って十回くらい魔導を使っているが、まだしたいことと実際の術式の組み合わせが直感で繋がっていない感じだ。
後衛であれば十分な速度だが、前に出て立ち回りながら使うとなると、やや不安が残る。
一方、一度決めた術式の精度は申し分なく、護身もできる魔導士、と考えればもう立派に騎士としてやっていける腕前だろう。……騎士の上澄み(腕前だけ)をかき集めた黒竜騎士団を除けば。
フレッドの放った風の刃の乱舞を見届け、デリックさんは一つ頷く。
「ふむ、まあ大体わかった。槍なんて持ってんだから、前衛寄りでやりたいんだろ? 咄嗟の判断や術式の組み上げ速度の向上を目指そう」
「はい、ありがとうございます!」
実に堂に入った礼をして、フレッドが戻ってくる。
「よ、お疲れ」
「は、はい。結構疲れました……いきなりちょっとハードですね」
「トップでやってくれて助かったよ。なにやるかわかったし」
最後のは比較的わかりやすかったが、大体はデリックさんが魔導を使うシチュエーションを伝え、それに即した魔導を使う……というのが試験の内容である。
例えば『お前が距離を取りたい場合』『中距離で、中級下位の魔物が三体』『雑魚の囲みを突破したい時』……なんてのをアルフレッドは出されていた。
そして、使った魔導の意図も聞かれるから、結構大変な試験だ。大魔導を使えばいいというわけではない。
「次。サンディ、前へ」
次の人は、フレッドとは異なり完全後衛の魔導士さんだった。数度、デリックさんと会話を交わし、同じく魔導を使っていく。
「あれ……あの人、一度の指示で何度も撃ってますが、あれってありなんですかね」
「ありに決まってんだろ」
デリックさんは前衛戦士二人との狩り、と言っていた。タッグで組んでいるとは限らないし、それぞれに援護を飛ばしただけだ。
言葉だけじゃ想定するシチュエーションも異なるから、ちゃんとデリックさんもやった後の意図を聞いているわけだし。
対応の傾向を見ると、普段は好き勝手をする前衛を細かくフォローしている、いい腕の魔導士なんだろう。
次の人は、逆に自分がブッパする人だった。素早く相手を仕留めるのに適切な威力の術式を組み上げ、一発一発大事に撃っている。
「へえ、《砲》ってあんな使い方もあったのか」
……見ているだけなんて退屈だと思っていたが、色んな考え方が見れて割と楽しいな、これ。
フレッドも刺激を受けているのか、ふんふんと頷きながらいつの間にか取り出していたメモ帳になにやら書き込んでいる。多少チャラく見えても、根は真面目らしい。
「次は……エミリー」
「はい! ようやく私の番ね。待ちくたびれたわ!」
「エミリー。念のため確認するが……申込用紙に書いたことは本当か?」
「あ、失礼ね。嘘つきは神様に怒られるって、お婆ちゃんに散々躾けられているのよ、私」
エミリーは胸を張る。デリックさんはあ゛~、と頭を掻いて、一つ目の試験を出した。
「中級上位の魔物十体と遭遇、距離は約二十メートル」
「《水》+《水》+《侵食》+《侵食》……《極大化》!」
って、《極大化》使えんのかよ!?
僕が驚いていると、エミリーの発動した魔導は瞬く間に演習場の地面を泥沼化させる。
……空を飛べる魔物というのは意外と少ない。恐らく、仮想敵の魔物はなすすべなく足を取られているはずで、
「《強化》+《氷》+《槍》+《弾幕》!」
追撃の氷の槍が何十と射出されきっちり二十メートル先の魔導結界に当たって砕け散る。威力的に、耐久力が普通の魔物であれば、中級上位でも問題なく仕留められているはずだ。
「《弾幕》って、射出系の最上位の術式じゃ」
「……《極大化》も一級にならないと使えない、強化系の最上位だぞ」
僕が使う《強化》の、ざっと三つ分である。それだけに、術式の規模や取り扱いの難しさも相当のものだ。
……よくよく見ると、エミリーの杖、打撃には使えなさそうだがその分ガッツリ術式が刻まれまくっている。
「よし、次」
その次のデリックさんの指示にも、エミリーは高度な魔導で応える。
魔導の腕、判断力、ともにこれまでやった講習生の中でぶっちぎりだ。初対面の言動とは裏腹な実力に、僕たち含め他の講習生はぽかーんとしている。
「そこまで。……まあ、これ以上見ても変わらんだろ」
五つ、終えて。もう十分だとばかりにデリックさんはそれで打ち切った。
「あー。……自信に見合った実力だな。魔導そのものに関しては、教えることはなにもない」
「ええ、天才美少女魔導士だから! それに、センセのこの試験、似たようなのをお婆ちゃんにもよくやらされたもの」
天才、という部分には一切の誇張はないな、これ。美少女……でもあるにはある。さっき嘘つきが云々と言っていたが、本当のことだったか。
「だが、少し全般的にオーバーキル気味だ。魔力の節約をもうちょっと考えたほうがいい」
「むむ……むう、わかったわ」
そして、意外と素直である。これだけ使えてあんだけ若けりゃ、もっと自信過剰になってるのが普通だと思うが。
「次、ヘンリー」
「あ、はい!」
なんて感想を抱いていると、僕が呼ばれた。
……さて、頑張るか。
「魔導の腕はまだ向上の余地がありそうだが……エミリーと同じく、あんまり教えることないな、お前も。特に魔導の構築速度はなんだその早さ」
一応、最前線で十年戦ってきたのだ。僕は割と上々の評価をもらえ、
「むむ……! 私が引き合いに出されるなんて。……そう、あなた、私のライバルね!」
……なんか、絡まれることになった。
ヘンリー:腕は普通の一流だけど、前衛しながら魔導使いまくってたので、構築速度だけはトップ
フレッド:優秀だが、使うべき魔導の取捨選択、及び構築速度にかんしてやや不得手
エミリー:既に魔導の実力はトップクラス。ただし実戦経験不足。




