第十四話 パーティ追加
「お、ヘンリー、おかえり」
「あ、女の子、捕まえられたんですねー」
ティオを連れて森から出てくると、律儀に待っていたシリルとジェンドに迎えられた。
「おう、ごめんな、待たせたか」
「いーえ、別に構いませんよ。小さな子を放っておくわけにはいきませんから」
モラル溢れるシリルの発言に、しかし、僕の隣に立つティオは、どうにも気に食わないらしく、
「……小さくありません。お姉さんも、大して変わらないじゃないですか」
「なっっっ!!」
ガビーン、と。
シリルは、今まで見たことない勢いでショックを受けていた。
「な、なにが大して変わらないって言うんですか。お、おお、大人のレディですよ、私は!」
「背と胸じゃないか」
「ヘンリーさん、シャラップ! 後、いやらしい目で見ないでください!」
僕が、とてもとても素直に忠告してあげると、シリルは激しく怒りを表した。
……ふむ、流石にちょっと不躾だったか。
だけど、いやらしい目で見てはいないぞ。
「ん、んん! こほん」
シリルは、僕を威嚇した後、咳払いをして気を落ち着け、言い放った。
「ふ、ふふーん、私は大人ですから。子供の戯言に心動かされたりはしないのです」
「……思い切り動揺していませんでした?」
「それは錯覚です」
すげぇ、言い切った。面の皮が厚い。
ティオはすごく呆れた様子で、『わかりました』と諦めていた。
「んーと、それでヘンリー、その子は?」
「ああ、こいつはティオって言って、僕が世話になっている宿の子の友達」
「……どうも」
ぺこり、とティオは頭を下げる。
「んで、二人にもちょっと相談なんだけど……この子、仲間にしてもいい?」
『はあ?』
とりあえず、フローティアへの帰路の途中で、色々と話す。
ティオの実力は、ぶっちゃけそこらの冒険者よりもずっと上であること。僕たちが求めていた斥候役に、極めて適性が高いこと。後、このまま放っておくと一人で森に入りそうなので、それなら僕たちと一緒のほうがいいのでは、ということ。
彼女の持つ、『容量拡張』、『不壊』付き神器もすごく魅力的ではあるのだが、それ目当てだと誤解されても困るので、さらりと流す。
「うーん、そんなに出来るなんて、ちょっと信じがたいけど。本当にそれだけの実力があるんだったら、俺は構わないぞ」
ジェンドは少し懐疑的だ。まあ、実際に見ないと、こんな子供がそこまで高い実力を持つなんて、信じられないだろう。そこは、後で訓練場で動きを見せてもらえばいい。
んで、シリル。……最初の出会いはちょっとアレだったが、もうコロッと機嫌を直し、ティオを構い倒している。ちょっと怒っても、すぐ機嫌を直すのがこいつのいいところだ。
「私も構いませんよー。ちょっと失礼な子ですが、小生意気な感じで可愛いじゃないですか。私、妹が欲しかったんですよねえ」
「ちょっと、撫でないでください」
「まあまあ。髪の毛ふわふわしてて、撫で心地がいいじゃないですか」
シリルが抱きつくような姿勢でティオの頭を撫でている。ティオは身じろぎしながら抗議しているが……本気で嫌がっている様子ではなさそうだ。あの子の腕なら、シリル程度の拘束、するっと抜け出せるだろうし。単に、甘え下手なだけに見える。
「ちなみに、ティオはどうだ? 俺達と一緒にやる気はあるか?」
「……一人で冒険することに、リスクを感じてなかったわけではありません。ヘンリーさんの実力は見ましたし、構いませんけど」
ジロ、とティオはシリルを見る。
「そっちの男の人はともかく、こちらの女の人は本当に冒険者ですか?」
「あ、お姉ちゃんの実力を見たいんですね。いいですよ~。ラー、ラー♪」
「……いきなり歌い出しましたけど。この人、なんなんですか。全体的に」
いや、まあ。初見では面食らうだろうけど、これがこいつのスタイルなのである。
十秒ほど歌い、シリルは空めがけて叫ぶ。
「『エクスプロージョン』!」
シリルの指先から、小指の先程の火種が発生し、空に飛んでいく。
しばらくして、その火種が見えなくなった辺りで、
「ドッカーン!」
シリルの言葉通り、バカでかい音を立てながら、爆発が巻き起こった。地上の僕たちにまで圧力が来る。
ティオは驚きで、口をぱくぱくさせていた。
「いかがです? お姉ちゃんは凄いでしょう?」
「ま、魔法使い、なんですか」
「そーそー。こいつ、ただ頭が緩い女ってわけじゃなく、魔法も使える頭が緩い女なんだ」
「ヘンリーさん、人の悪口を堂々と言わないでくださーい。そういうの、いじめに繋がると思いまーす。訴えますよー?」
でも、お前の普段の言動見てたら、そう思うわ。
「は、はあ。わかりました」
「後は、あれだな。ティオの親御さんに許可もらわないとな」
一応、成人する前の子をパーティに入れるのだ。親の許可は必要だろう。
「……お父さんとお母さんは反対すると思います。お爺ちゃんが倒れたんだから、もう森に行っちゃいけないって」
「いや、それはそうだろ」
僕が親でも反対するわ。
「?」
「まあ、ちょっと話させてくれよ。多分、僕ら程条件のいいパーティ、ないと思うから」
「……あっさり許可貰えました」
「言ったろー」
今日は朝一でティオの家に行って、ご両親とお話をした。
結果、問題なく、『ウチの娘をよろしくお願いします』と相成ったので、グランディス教会の訓練場にやって来た。シリルとジェンドともやった、冒険前の擦り合せのためだ。
しかし、ティオは両親から冒険者としてやっていくことを許してもらえたのが不思議なようだった。
「なんでですか?」
「なんで、ってそりゃ。まず、大前提として、お爺さんと一緒なら許されてたってんなら、ティオの両親も別に絶対反対派ってわけじゃないだろ」
別の国出身の僕はちょい違和感あるが、この国ではこのくらいの放任主義は普通である。
「要は、一人でってのが問題だったんだ。んで、うちのパーティは、はっきり言って信頼度ではトップクラスの自負がある」
「ヘンリーはともかく、俺とシリルはまだ冒険者始めて半年も経ってない新人なんだが……実力に自信がないわけじゃないけど」
実力だけの問題ではない。
「まず、ジェンドはフローティアの大店の息子で、信用あるだろ」
「……ああ、そういえば。お父さんの方は、家の取引先の商家の人だったな」
ジェンドの人となりもそれなりに見知っているらしく、信頼を稼げた。
「で、実力的には勇士の僕がいるだろ」
青のラインが入った冒険者のタグは、それなりのステータスである。実力、信頼があることが前提で、大きな功績を立てたものにしか授与されない。グランディス教会に対する発言権もちょっとだけある。
「んで……やっぱ大きいのはシリルがいることかな」
「なんと。やはり、私の溢れ出る頼りがいがご両親の説得に一役買ったということですか」
「ちげーよ」
見た目の頼りがいであれば、ジェンドが一番だろ。
「単に、女の子がいるパーティだからだよ。普通、冒険者のパーティって男ばっかりだろうが」
「あー」
冒険者は、なんだかんだ戦いを生業にする仕事。そりゃ当然、一般的に筋力体力に優れる男のほうが適性が高く、冒険者はその多くが男である。
んで、まだ十四才の女の子を、むくつけき男だけのパーティに入れたがる親はいないってことだ。
なお、魔力については女性の方が恵まれることが多い。というか、中低位クラスの魔力であれば男女差は殆どないが、上位の魔力を持つのは女性の方がかなり多い。
そのため、冒険者は上位層になればなるほど男女比が女性に傾いていく。トップクラスで半々だ。
「なるほど……そういうことですか」
「そういうことなのです。じゃ、まあティオの実力ってやつ、見せてもらおうかな」
今日の本題に入ることにする。
「わー、ぱちぱちー」
「口で言うな、口で」
シリルにつっこむ。
あ、ティオのほうは完全無視だ。
「はい。私が学んでいる技術は叢雲流といって。その、こちらではあまりメジャーではありませんが、武術、魔導、野外活動等の総合流派になります」
……聞いたことあるやつー。
「知ってる。リシュウ発祥の流派だろ」
島国、リシュウ。大陸とは海を隔てているため、独自の文化が発達している国だった。アルヴィニア王国とは結構交流が盛んで、こちらに移住している人間も少ないがいる。
そういえば、ティオの父親の商会は、リシュウからの輸入物を扱っていたな。
「知ってるんですか」
「同じ流派を使う女に、心当たりが」
……リシュウの技術をこっちで使う奴なんて、すげーマイナーなはずで。しかも、同じ流派なんて、特に稀なはずで。
いきなり話の腰を折る羽目になるが、
「……名前、アゲハっつーんだけど。もしかして知ってる?」
「従姉です。あちらが本家で、リシュウ風の名前ですけど」
世間せめー! あの首刈りアゲハの従妹かよ! そういやあいつ、アルヴィニア王国の北の方出身って言ってたわ。
「お前の従姉のお姉ちゃん、今最前線で英雄やってるぞ」
「知ってます。私も憧れて冒険者目指しています」
あれは憧れにするような女ではないと思うが。
万を越える魔物の大群を隠密でやり過ごし、指揮官の魔族の首だけ刈って帰ってくる女だぞ。しかもご丁寧にその首を持ち帰って、髑髏杯にしようとか言い出すし。
魔族から余計な恨み買うからやめろって、みんなと一緒に止めるの大変だった。
「英雄の親戚なのか」
「あ、いえ、アゲハ姉が凄いだけで、私自身はさほど」
「まあまあ、とりあえず、動き見せてくれよ」
ジェンドが興味を持った風だったが、本題が進まないので先を促す。アゲハの話なら、僕が後でたっぷり語ってやろう。ドン引きするエピソード満載だぞ。
「じゃあ、まずは……あれをターゲットにしますね」
ティオは訓練場に置かれている木人を指差し、すぐさま背の弓を構えた。
矢を一矢、二矢。頭と胴体へ吸い込まれるように突き刺さる。半秒と時間差はない。
魔力の込め方も円滑だ。魔力を飛び道具に込めるのは、剣とかより難易度が高いのだが、ちゃんと均一に行き渡っている。
そして、ティオが駆け出す。
走り方が独特だ。緩急のせいか、時折揺らしている上半身が鍵なのか、こう、惑わすような動きである。
……自分に向かってこられたらともかく、傍から見るとよくわからんな。
でも、総合的にめっちゃ早い。
そして、木人への間合いにあと一歩、というところで、
「おっ?」
「身軽だな……」
「はえー、すっごいですねえ」
真正面から斬りかかるかと思いきや、実際に斬り付けられたのは木人の後頭部(に当たる場所)だった。
ティオが、直前に飛び上がり、回転しながら木人を飛び越し、ついでに斬り付けた。
「爆!」
止めとばかりに、鞄から取り出した符を投げつけ、木人を爆破する。
呪唱石の符は使い捨てだが、発動速度に優れる叢雲流の魔導だ。
ふぅ、と一息を入れて、てくてくとティオが戻ってくる。
「こんな感じです」
「うわー、ティオちゃん凄いじゃないですか。私がよしよししてあげましょう!」
「やめてください」
ティオは、褒められてまんざらでもなさそうだが、シリルの過激なスキンシップには困惑している様子。
まあ、仲は悪くなさそうだから、いいか。
「んじゃ、ジェンド。僕らもいいところ見せるか」
「ああ、そうだな」
今日の訓練のついでだ。ジェンドとの模擬戦で、僕らの力をティオに見てもらおう。
そうして。
僕らのパーティに、メンバーが一人増えた。
仕事が予想外に忙しくなっています。こんなはずでは……
とりあえず、二日に一話はアップしたいですが、どうなることやら。




