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第百三十八話 新居

 賢者の塔の事務所でもらった地図を当てに、歩くこと十分弱。


 到着したリオルさんの家はやや小さめなものの、小綺麗で洒落たおうちであった。


「わー! いい家ですね」

「そうだなあ。次会ったら、ちゃんとお礼を言わないと」


 赤い屋根に白い壁。庭には色とりどりの花が植えられ、世話用の小型ゴーレムが丁度水をやっているところだった。

 庭に関しては、半永久的に動くリオルさん謹製のこのゴーレムが全部世話をしているらしい。


「話には聞いていましたけど、割と可愛いですね。ドワーフ山脈で散々ゴーレム倒してきたから、いかついのを想像してましたけど」

「んなデカイゴーレム、街中じゃ邪魔だろ。こんなもんだ」


 人が作ったゴーレムは、単純作業に関しては非常に役に立つ、便利な存在だ。……そもそも、ゴーレム作れる人は超一流の魔導士かつゴーレム作りに造詣のある人に限られ、素材も相応以上に高価だという点を除けば。


「……っとと、鍵、鍵」


 同じく事務所で預かり、ポーチに入れておいた鍵を取り出して玄関を開ける。

 ふわ、とやや埃っぽい匂いが漂った。


「あー、流石に長く人が住んでないと、こうなりますか」

「だな。今日中に寝室とリビングだけでも掃除しないと」


 この状況は当然予想していた。ここに来る途中にあった雑貨屋で雑巾なりバケツなりは買ってある。


「ひとまず荷物だけ置いて……まあ、掃除する前に一通り部屋だけでも把握しとくか」

「はい。探検ですね!」


 シリルがはしゃぐ。

 ……まあ、これからしばらく暮らす家に、僕だってワクワクした気持ちがないわけではない。


 順繰りに部屋を回っていく。


 一階にリビング、キッチン、トイレ、風呂に大きめの収納スペース。

 二階は、主寝室が一つと、ゲスト用なのか寝室が更に二つに書斎。


 ベッドやテーブル、タンスなんかの基本的な家具はあるし、キッチンの家庭用魔導具は二つほど前の型だが最高級品だ。

 本当に、少し掃除すれば今すぐにでも生活できる。


「流石に主寝室使わせてもらうのは気が引けますし。他の二部屋使えばいいですね」

「そうだな」


 よし、とシリルと二人腕まくりをする。

 掃除の開始だ。


「《(イグニス)》+《(イードル)》」


 魔導で湯を出し、バケツに張る。雑巾を入れ、固く絞り、


「……うーわ、ヘンリーさん、すごい握力ですね。強化もしてないのに、雑巾ねじ切れそうじゃないですか」

「ねじ切れるぞ、普通に」


 もったいないからやらないけど。


「でもまずは箒では?」

「……そうだね」


 バケツの縁に雑巾をかけ、代わりに箒を手に取る。


「うっし、まずはそれぞれの寝室。それが終わったらリビング……で、今日はおしまいかな」

「はい、頑張りますよ~! おー!」


 掛け声とともに、シリルは腕まで上げる。すげーテンションだ。家の中だからいいが、こいつ外でも似たようなことするしな……もう少し、落ち着きというものを覚えて欲しい。


「ほら、ヘンリーさんも。おー!」


 僕まで付き合わせる気か!


 やらんぞ、僕は。恥ずかしい……


「ヘンリーさん?」

「な、なんだよ」

「ほら、おー」


 みょ、妙に頑固なやつめ。

 じじ~~、となにかを訴えるような目で睨みつけられ、僕は最終的に根負けした。


「……お、おー」

「んー、元気が少し足りませんが、いいでしょう。さ、始めるとしましょうか!」

「……始める前からどっと疲れたよ、僕は」


 ガクリ、と僕は肩を落とす。


「えー? 気合が入りませんかね? こう、やるぞー、って感じで」

「たかが掃除に、そこまで気合入れなくてもいいだろ」

「むむ! たかがとはなんですか。清掃を立派なお仕事にしている方々もいるというのに」


 いや、そういうプロの仕事と自分ち掃除するって行為は色々違うだろ。よく知らないけど。


「はあ……ま、ちゃっちゃと終わらせないと、日も暮れるしな……よしっ!」


 僕は無理矢理自分を奮い立たせ、掃除に着手することにする。……ヤケクソ気味であるということの自覚はあった。
















 シリル曰く、『掃除は上からしないと埃が落ちて二度手間になりますよー』、『あ、その手の汚れはこっちの洗剤を』、『ふっふっふ、この秘密の薬剤(市販)を仕掛けることで、ゴキブリとはおさらばです』『棚動かすなら中身は先に出してください!』……エトセトラエトセトラ。


 ようやく掃除が終わった後。僕はリビングのテーブルに突っ伏して、己の無力さを噛み締めていた。


「シリル……お前の言う通りだった。たかが掃除だなんて馬鹿にしちゃいけなかったな……」

「いやー、ヘンリーさんって割となんでも出来る人だと思っていましたが、意外な弱点ですね」


 ずっと宿暮らしだったんだから、意外でもなんでもない。

 野営中の料理くらいできるし、服に関しては装備の補修の延長で簡単な繕い物もできるが、掃除というのは未知のゾーンだった。


「……にしてもシリル。できるとは聞いてたけど、あそこまで上手に掃除できるとは思ってなかったよ」

「あの、私はフツーですよ? ヘンリーさんができなさ過ぎるだけで」

「そ、そう……」


 更に僕は落ち込んでいく。


「まあまあ、そう気落ちしなくても。ヘンリーさんは他に色々できるんですからいいじゃないですか」

「そうかな……」

「むう、元気がありませんねえ。では、ヘンリーさんが元気になるよう、お料理を作ってあげましょう。ちょっと待っててください!」


 へへー、となにが楽しいのかシリルは笑いながらキッチンに向かう。


 ……僕が自分の分の掃除をひいこら言いながらやっている間。自分の部屋とリビングを速攻で片付けたシリルは、キッチンまで掃除した上、晩飯の食材を買いに出ていた。

 引っ越し初日くらいそこらのお店で済ませようと僕は考えていたのだが、『こんなに立派なキッチンがあるのに料理しないのは勿体ない』というのがシリルの主張である。


「お~い、食材切るくらいなら僕も手伝うけど?」

「それじゃ、明日からはお願いします。初のキッチンでテンション上がってるので、今日は私が全部やります。やらせろ」


 僕は肩を竦め、ぐいー、と伸びをする。

 体力的には全然余裕だが、普段やらないことをしたから精神的に疲れた。


 ただまんじりと待つのもなんなので、ポーチに入れてあるクロシード式のテキストを取り出して読み返す。

 今、僕はクロシード式の三級。クロシード式は、級ごとに扱える術式の範囲が定められており、順当に行けば次は二級を目指すところだ。


 ……ただ、正直二級には僕的にめぼしい術式がないため、一足飛びで一級を狙いたい。

 ぶっちゃけ、一級にも使い慣れた術式を捨てるほどイイ術式があるわけではない。いや、専属の魔導士であれば有用なものがずらっと揃っているのだが、生憎僕は前衛寄りの人間なので、活かす機会が少ないのだ。


 しかし、一級に受かると、より魔導の効果が増幅できる素材で呪唱石を作る許可がもらえる。その分扱いも難しく、下手が使うと暴発するのでこうして制限が設けられているのだ。


 素材自体は、ゴードンさんに作ってもらった。オリハルコンとミスリルの合金をベースに、力のある宝石の粉末を混ぜ込んだ合金。子供の握り拳くらいの大きさなのに、他の装備に負けないくらい金がかかった。


 大切にポーチにしまってある素材に思いを馳せながら、ペラリ、ペラリとページを捲る。


「ふんふーん♪」


 BGMは、料理をしているシリルの鼻歌だ。

 魔法を使う際の集中の時にも歌うから、シリルは結構な歌上手である。耳慣れた声にリラックスしながら、僕は集中してテキストを読み込む。


 そうして、小一時間も過ぎたか。


 段々と芳しい匂いがしてきた。ぐう、と慣れない掃除で酷使した身体が、はよなんか食わせろとせっついてくる。


「シリル、まだかー?」

「もうちょいです。……お腹の音、ここまで聞こえてきましたよ。存分にお腹を空かせているようでなによりです」


 聞こえてたか。やや恥ずかしい。


 ぽりぽりと頬を掻いていると、『完成~』とシリルの声が響いた。


「ヘンリーさん、ヘンリーさん。運ぶの手伝ってください」

「あいよ」


 そうして、リビングのテーブルにシリル特製の料理が並ぶ。


 中央にでん、と鎮座するのはシチューの鍋。後は色とりどりのサンドウィッチに、ポークソテーにサラダにオムレツに……


「作り過ぎじゃね?」

「あはは……ちょっと張り切りすぎました」


 まあ、昔は食の細かったシリルも、鍛えてからそれなりに食うようになったし。僕は今猛烈に腹を空かせているし。

 この二人前どころか五、六人分はありそうな食事も、問題なく完食できるだろう。


「あ、それと。実はこんなのも一緒に買ってきたのです。ユーさんと呑んだ時、美味しくて」


 と、シリルがそっと取り出したのはワインの瓶。

 銘柄は……ルネ・シュテル。ユーのやつが好んでいる銘柄で、確かシリルとユーが一緒に呑んだ時にこれの瓶が何本も転がっていた。


「珍しいな、お前が自分から酒なんて」

「まあ、お祝いですし。ヘンリーさんと一緒に暮らす記念です」


 ……マジでコイツ、一欠片も危機感抱いてねえでやんの。

 はあ……ちょっと内心ドキドキしてたが、この信頼を裏切ることはできない。……そう、まあその辺りはなるようになるだろ。いや、なれ。


「あー、とりあえず。食費の請求は僕に回せよ?」

「ん? 食費くらいなら、残っている貯金で余裕ですが」

「いいから」


 今はシリルが立て替えているが、流石にここは譲れない。


 まあいいですけど、とシリルが呟いてワイン瓶を手に取り、固まる。


「……あ。コルク抜き、そういえばキッチンになかったような」

「おい」


 ええい、色々と見直した僕の気持ちを返せ。

 はあ……まあ、行儀は良くないし、ワイン好きからすれば噴飯ものかも知れないが、


「貸してみ」

「? はい」


 シリルからワイン瓶を受け取り、腰のナイフ状の如意天槍を抜いて一閃。ややあって、ズルリと瓶の先が落ち……キャッチした。勿論、無駄な罅割れが起きるような雑な切り方をしたわけではない。


「……ワイルドな開け方ですね」

「コルク抜き使うのめんどくせっ、ってなった時によくやってたんだ」


 件のユーも、面倒な時はやってた。あいつは下手で、酔ってる時にやると瓶粉砕したりしてたけど。


 トクトクと、互いのグラスにワインを注ぎ合う。


「っと、さて。んじゃま、シリルの料理、いただくとするかね」

「はい、どうぞ召し上がれです」


 考えてみれば、野営の料理や手作りの弁当なんかは食べたことがあるが、ちゃんとしたキッチンでできたての手料理ってのは初めてか。

 まあ、今までの実績からして、味に不安など全くない。口に運び……ワインを一口。


「どうですか? 実はゴードンさんちにいた時にリコッタに色々教わって、ヴァルサルディ帝国風の味付け試してみたんですけど」

「ん、美味い!」


 やった、とシリルは小さくガッツポーズをする。


 そうして。

 ……新しい家での初日は、二人だけだというのににぎやかで、楽しい夜だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読み返してたけど >やらせろ >いや、なれ ヘンリーさんも突然の命令形脳にだんだん染まってますな
[良い点] 新婚さん、いらっしゃぁい [一言] 如意天槍コルク抜き形態という選択肢
[一言] 新婚生活の予行練習スタート!w 予行練習にもかかわらず既に尻に敷かれているヘンリーさんでした 頑張れ、ヘタリーさん! ・・・あれ?w
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