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第百三十七話 出会いとおうち

 賢者の塔に辿り着く。

 見上げれば首が痛くなるほどの高さの塔。中に入って、『講習受講の受付の方はこちら』の案内の通りに進んで、僕たちは一階の大ホールに辿り着く。


 ちらっとあった案内板を見る限り、一階はこの大ホールの他、賢者の塔の事務所とかがあるらしい。


 そうして到着した大ホールには、


「はえ~、人いっぱいですね」

「ああ、ここの短期講習って、だいたい始まる月が決まってっからな。今が丁度手続きする人一番多いんだろ」


 確か、あと三日後に三ヶ月講習が始まる。人気のある魔導であれば年に何回もやるが、マイナーなのだと年一だったりもするらしい。

 まあ、僕のクロシード式は冒険者に人気のあるやつだから、年四回やるらしいが。


 魔導流派ごとに受付が異なるらしく、看板を当てにクロシード式を探し……ざっと長い行列が並んでいる三つの窓口がそれだった。


「シリル、僕はあっち並んでくるから。お前も自分の手続き済ませてこい」

「ちょ、ちょっと待ってください、ヘンリーさん。魔法の受付、見当たらなくて……どこなんですか? 魔導とは別のトコで受け付けてるんでしょうか」


 シリルはおろおろと人が多そうなところを探しているが……目の付け所が悪い。


「一目瞭然だろ。あそこだ」

「? 全然人いないですよ。あの受付、お休み中とかじゃ……あ」


 このホールで唯一、人が全然いない『魔法全般』の受付。

 他の受付の人は大忙しなのに、あそこの人だけ船を漕いでいた。


「……前も言ったけど、魔法使いは数がすっげー少ないんだ。同期が一人でもいればいいな?」


 シリルは自分が使えるからその辺イマイチ理解していないのかもしれないが、僕がフローティアに引っ込んで以降会ったことのある魔法使いは、当のシリルとフローティアに興行に来たロッテさんだけである。


「うう、そ、それは寂しいんですが……ま、まあいってきます」

「いってらっしゃい」


 適当に手を振り、僕はクロシード式の行列に最後尾に並ぶ。


 ……シリルの方は、受付の人の肩を揺すって起こし、早速手続きに入っていた。さっさと終わらせることができて羨ましいもんだ。


 まんじりと列がはけるのを待つ。少しずつ前に進んじゃいるが、この分じゃ結構時間かかりそうだな。


 そう考えていると、しばらくホールの中を興味深そうに観察していたシリルが、こっちにやって来る。


「ヘンリーさん。私、ちょっとこの塔の中見学してきますね。そっち結構かかりそうですし」

「おう。ちゃんと案内板を見てな。立入禁止の場所に入ったり、迷ったりすんなよ」

「大丈夫です」

「後、変なやつに声かけられたりしたらすぐ神器で呼ぶこと。すっ飛んでくから」

「はいはーい、頼りにしていますから」


 ひらひらと手を振って、シリルは歩いていく。

 大丈夫かなあ。どうも初めての場所で単独行動させんのは不安が残る。いや、過保護だとはわかっているのだが……


「へえ、可愛い子ですね。彼女さんですか?」

「ん?」


 ふと、前の人……というか、男の子が振り向いて声をかけてきた。


「ええっと?」

「ああ、すみません。いや、ずっと立ちっぱなしっていうのも暇で。よければ雑談でもと」

「……別に話すのはいいけど、しょっぱな人の彼女のこと可愛いとか言って、粉かけようとしてるようにしか見えないんだが?」

「あはは、誤解ですよ、誤解。俺、嘘が言えないだけなんです。大体、勇士の人の女を横からかっさらうほど命知らずではありません」


 僕の胸元のタグを見て、目の前の男の子は爽やかに笑う。


 つーか明るい性格だな、こいつ。この、すっと人の懐に入ってあっさり友達になってしまう感じ、どこか覚えがある。そして女ったらしの匂いがぷんぷんするな。イケメンだし、しゅっとした感じの軽鎧は、質も良さそうだが見た目も非常に格好いい。

 そして武器は、偶然にも僕と同じ槍。


 ……んん? なんかやっぱり既視感が。


「あ、申し遅れました。俺、アルフレッド・スペンサーといいます」

「……まあいいけど。ヘンリーだ。冒険者。家名があるってことは、貴族様……?」

「一応、スペンサー男爵家の者です。とはいっても四男坊で、自分の食い扶持は自分で稼がないといけないんですけどね! 一応、騎士志望です。その訓練の一環として、講習を受けに来たんですよ」


 初手からここまで自分のことをブッパするのか。めっちゃグイグイ来るやつだな……って、ん?


「……ん? スペンサー?」

「? はい。とは言ってもうちは爵位なんて名前だけで、単なる木っ端の法衣貴族ですけどね。一番上の兄ちゃんはお城で経理やってますけど、二番目の兄ちゃんは商家に婿入りしたし、三番目の兄ちゃんは騎士だし」


 騎士……で、スペンサー。

 どこかでそんなフレーズを聞いたことがある。聞き覚えがあるってことは、多分最前線で共闘とかして、そうすると黒竜騎士団で……って、あ、


「……オーウェンの、弟、か?」


 黒竜騎士団の若手。僕とは年近く、割と仲良くしていたあいつ。


「え! オーウェン兄、知ってるんですか?」


 確かに、ほんの数回だけど聞いたことあるよ、あいつのフルネーム。確かに、オーウェン・スペンサーで男爵家っつってた! 貴族扱いは性に合わねえって公言してて、僕も今の今まで忘れてたけど!


「……僕、一年くらい前までリーガレオで冒険者やっててな。黒竜騎士団とはたまに共闘することがあって知り合って。歳が近かったし、同じ槍使いだったし、割とウマが合ったんだ。」

「へえ! 偶然ですね」


 すごい偶然である。しかしそうか、あいつの弟か。言われてみればよく似ている。……兄弟揃って面構えに恵まれてんなあ。


「ってことは。さっき騎士を目指してるって言ってたけど、アルフレッドも黒竜騎士団志望なのか?」

「はい。ただ、あそこの騎士団だけは入団が難しくて……」

「ああ……」


 アルヴィニアには赤、緑、青、白、黒、それぞれの竜の名を冠する騎士団が存在する。

 それぞれ役割によって分けれられているわけだが、黒竜騎士団以外の騎士団への入団であれば、騎士学校に通って卒業の時に志望を出して……というのが一般的らしい。


 勿論、百パーセント希望通りにいくわけではないのだろうが、騎士を夢見る若者への道は開かれているわけだ。


 対して、黒竜騎士団への入団。

 現役の黒竜騎士との決闘で結果を出した上で、団長のエッゼさんの面談を通過する。このルートしかない。


 他の騎士団は警察権を持つこともあったりするから、法律その他のお勉強ができないといけないが……最前線担当の黒竜騎士団は、実力が第一、次が信頼、以降は無視、と清々しいまでの脳筋集団なのである。


 ……まあ、団長の人となりを知っている僕からすると、さもありなんという感じであるが。


「オーウェン兄は十五から入ってますけど、俺は十六になってもまだまだ実力不足で」

「いや、あそこは普通、二十代後半とかから入るとこだし」

「それはわかっているんですけどね……」


 普通は他の騎士団でじっくり実力をつけてから挑むのが普通である。オーウェンのようにあそこで『若手』と言われる連中は、程度の差はあれ、天才の部類の人間なのだ。


 対してアルフレッド。

 実際に戦うところを見ないと正確なところはわからないが、立ち居振る舞いからして、よく鍛えてはいるがまだ黒竜騎士団の水準には遠い……と、本人の言った通りの感じだ。


 多分、兄のせいでハードルが上がってるんだろうが、他で騎士やったほうがいい気がする。まあ、初対面の相手に、そんな将来に関わるようなことは言えないが。


「ヘンリーさん。是非前線での兄のこと聞かせてください。オーウェン兄、たまに帰ってきてもその辺のこと全然話してくれなくて」

「おう、いいぞ。じゃあまず、あいつの女性遍歴から……」

「それが最初なんですか!?」


 だって一番印象に残ってんだもん。激しい時は一ヶ月で隣を歩く女が変わってたぞ、あいつ。


「……そういえば、アルフレッドもその辺得意そうだが」

「お、俺も女の子は好きですが、まだ修行中の身ですから」


 修行中じゃなくなったらどうするつもりなのかな、コイツは? ……まあ、オーウェンもあれだけ遊んでて恨みとか買うこと皆無だったし、あれの系譜ならばその辺如才ないだろうが。


「それとヘンリーさん。俺のことはフレッドって呼んでください。みんなそう呼ぶんで」

「わかった、フレッド。……で、オーウェンの初めての恋人はだな」

「……あ、さっきの冗談じゃなくてそのまま続けるんですね」


 そうして、僕はフレッドにオーウェンのやつのことを話しながら、行列を待った。


 ……このサンウェスト滞在中、なにかと付き合うこととなったフレッドとの出会いは、こんな感じであった。

















 意外と聞き上手なフレッドに、時間を忘れる程話をして。

 無事、クロシード式魔導の三ヶ月講習の受付を済ませて、僕はシリルと合流していた。


 フレッドとは先程別れたが、同じ魔導の講習を受ける者同士だ。そのうち再会するだろう。


「へー、さっきの人、あの黒竜騎士団のナンパなお兄さんの弟さんなんですか」

「ナンパなって、お前ん中じゃそんなイメージなのな。いや、否定はしないけど」

「私、あそこの兵舎にお世話になっていた時、何度か遊びに誘われましたよ? 断りましたけど」


 よし、次会ったらちょっとタイマンの訓練でボコろう。


 いや、当時のシリルは別に僕と付き合っていたわけではないのだから、勿論変な嫉妬とかではない。人の仲間を口説こうというのであれば、一言くらいあって然るべきだというごく当然の理屈で僕は憤っているのだ。のだ。


 ……こほん。


「しかし、講習の受付に比べて、借家の斡旋所は空いてるな」


 一階の大ホールの受付は混んでいたが、適当な職員の人捕まえて聞いた窓口は、閑散としていた。


「塔の見学してるとき、ちょいと耳に挟みましたが。こっちは年中やってるので、普通はもっと余裕を持って手続きするらしいですよ」


 ……あー、そうなのか。

 いかんな、宿暮らしが長すぎたからか、この辺りのことについてあまり頭が回っていなかった。


 ま、とにかく話をするか。


「すみません、ちょっといいですか?」

「ああ、はいはい。少々お待ちください」


 なにやら難しそうな魔導書を読んでいた受付のおばさんが、本を閉じてこちらに向き直る。


「どういった用件でしょう?」

「僕たち二人分のアパルトマンかなんか、紹介して欲しいんですけど」

「お二人で住むのかしら」

「いや、別々のつもりです。一人暮らし用の物件、近い部屋でないですかね」


 ううーん、とおばさんは頭を悩ませ、『単身者向け』とラベルの貼ってあるファイルを取ってめくる。


「……正直、単身者向けの部屋自体、あまり残っていないんですよ。短期講習の受付時期はいつもなんですが」

「ええと、一応こんなのがあるんですが……」


 そっと。

 リオルさんに一筆書いてもらった紹介状を取り出す。


 一応、講習の受付でも出してみたが『紹介状の類は受け付けていません』とすげなく突っ返された。


「これは……初代学長の紹介状、ですか」

「はい」


 なお、賢者の塔はアルヴィニア王国の制度上、大学校に相当する。勿論、短期訓練生は学位なんて取れないが。


「あの人、今冒険者活動がメインでしょう? その関係で、少し縁がありまして」

「成程、少々お待ちください、上司に確認してもらいますから」


 あ、こっちじゃ紹介状通用するんだ。

 そういや、リオルさんも『およそ学ぶ立場の人間は皆平等だからな』とか言っていた。そういうのと関係ないとこなら……ってことなのかね。


 待ち時間、シリルがうきうきした声で話しかけてくる。


「どんな部屋紹介してもらえるんですかねー。一人暮らしって初めてなので、ワクワクします」

「あんま期待しすぎない方がいいぞ。どうやっても領主館にゃ敵わんだろうし」

「そのくらいはわかっています。わかりませんかね、この気持ち」


 だって僕、一人暮らし歴は長いし。……いや、宿住まいを一人暮らしにカウントしていいかどうかは微妙だけど。


 なんて少し話していると、受付のおばさんが戻ってくる。


「お待たせしました。一応、こちらを格安でご紹介できますが……」


 と、差し出された紙に載っているのは、それほど大きくはないが一軒家の情報だった。賢者の塔から程近く、築年数も浅い。格安なんて信じられない物件だ。


「えっと、一人暮らし用じゃない、とかもありますけど、なんでこれが格安で?」

「これ、リオル様のこの街の家なんです。一応、不在の間の管理はうちがしてますが、貸し出しはしておらず。先程の紹介状に、サンウェストにある自分のものは適当に使わせても構わない、とのことだったので」


 うお、マジか。


「管理費だけはいただきますが、それ以外の賃料などは不要です。一通り家具や生活用の魔導具も揃ってますし……正直、これ以上の物件は」


 ですよね。

 ど、どうしよう。間取りからして個室は取れるし、それほど問題はない……問題はないはずだが、


「へー、へー、こんな感じなんですか」


 ……本来、もっと危機感を覚えるべきシリルは、無邪気に喜んでいる。


「後、うちとしても。この時期の単身者向けの物件はできれば他の方に譲っていただけると。……いつも、講習受付のギリギリになって来て、住まいの手配もしていない人はいるので」

「そ、そうですか。はい、そういうことなら」


 と、僕は丁度良く言い訳らしきものを受付の人からもらい。


 素直に、紹介された家にすることを決めるのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] そう、ここなんですよ! なんかモヤモヤしてたの! 「アパルトマンでお隣さんかー、お隣同士っていいよねー」 「と思ったらふたり暮らしですか!」 「…ん?でも知り合いの持ち家で暮らすってヤマシ…
[一言] 同棲決定! 年貢の納め時だな
[良い点] ちょっとほかのメンバーの目がないとすぐ進展するぅ [一言] なんか男爵家が男色家に見えてしまって 疲れてるんですかね うっかり男爵家を男色家に書き換えて誤字報告してもいいですか(迫真)
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