第百三十六話 サンウェスト
「ん……」
ふと目が覚める。
部屋の時計を見ると、七時前。いい感じの時間だ。
もう少し寝ていたい誘惑を跳ね除け、僕は身体を起こした。
「ふぁ~っあ」
欠伸を一つ。のそのそとベッドから起き上がり、窓のカーテンを開ける。
目に入ってきたのは洗練された街並み。王都の方が都会ではあるが、なんていうのだろう……お洒落感はこっちの方が上だ。
建物も真新しい物が多く、どれも景観を考えられて作られている。
そして。
丁度窓が向いている方角に立つ、アルヴィニア王国の魔導と魔法の研究の総本山。『賢者の塔』が自然と風景に溶け込んでいた。
西の四方都市サンウェスト。昨日の夕方の転移門でこの街に来た僕とシリルは、ホテルの部屋を取って一夜を明かしていた。
……勿論、別室である。
「っと」
そう考えていると、トテトテと僕の部屋の前にまで歩いてくる気配。
「ヘンリーさん、おはようございまーす。起きてますかー?」
「おう、起きてる起きてる。少し待て、着替えるから」
「はーい」
シリルのやつは野営じゃあ割とねぼすけだったりするが、街中じゃきっちり早寝早起きする。ちゃちゃっと寝間着から服を着替え、部屋のドアを開けた。
「おう、おはようシリル」
「はい! ささ、朝食といきましょう。お腹ペコペコです」
「はいはい、そう急がなくても大丈夫だよ」
部屋の鍵をかけ、シリルと一緒に階下へと降りていく。
ここは、熊の酒樽亭のように飲食店が一緒になった感じの宿ではないが、宿泊客向けの食事は出している。初日だし、割と高めのところに泊まったが……さて、味はどうかね。
一階のホール。いくつもの丸テーブルが並べられ、それぞれに部屋番号が書かれた名札が置かれている。
僕とシリルのテーブルは……っと、あった。
「シリル、あそこだ、あそこ」
「はい!」
二つある椅子にそれぞれ掛けるとあらかじめ用意してあったであろう朝食一式が、ホテルのウェイターによって素早くサーブされる。
なにかしらの家庭用――この場合は業務用か――魔導具を使っているのだろう。温かいまま運ばれてきたのは、オムレツにカリカリのベーコン、サラダ、人参のポタージュに、クロワッサンが籠盛りで。そしてデザートのフルーツ。
「お、美味そう」
「ヘンリーさん、食べ物食べる時いつもそれですよね。好き嫌いとかないんですか」
「ない、と言いたいところだけど……アゲハの料理は無理」
「好き嫌いではなく、無理ときましたか」
だってあいつヒッデェよ?
あいつに調理させると、出てくるのは涙が出る程苦い丸薬か、唾が止まらなくなる程酸っぱい丸薬か、口から火が出そうな程辛い丸薬かだ。
自信満々に『栄養満点で丸一日は他になにも食わずに済む、ありがたい秘薬なんだぞ!』と胸を張って言っていたが、いくら栄養があって腹持ちがしても、冒険の最中にあんなもん食ったら士気が最低を割る。
まともな料理を作れ! と仲間みんなで説教かまして、渋々と作りやがったのが猪の丸焼きだ。……しかし、表面しか焼けておらず、あいつは生のところも構わず『うめぇうめえ』と食っていた。
……なお、数分後には血の臭いに惹かれて魔物が殺到し、食事どころではなかったことを付け加えよう。
そう訥々と言い聞かせると、シリルは顔をひきつらせて、
「それはその、なんというのか。そ、そうだ。野外じゃなければちゃんとしたものを」
「あいつが野営以外で包丁握ってるところ、見たことない。……シリル、あいつのフォローはする必要ないぞ。キリがなくてそのうち虚しくなるから」
ふう、と僕は遠い過去に思いを馳せる。
「じ、実感こもっていますね」
「まあ、な」
しーん、と、なにやら沈黙が落ちる。
「と、とにかく。冷めないうちに食べましょう。わ、わーい、美味しそうだなあ」
「……うん、そうだね」
なんとなーく、朝から少しテンションを落としながら。
僕は朝食を口に運ぶのであった。
あのホテルの朝食はお高い宿泊費に恥じぬくらいには美味く。
ぎゅいーんと精神力を回復させた僕は、チェックアウトして意気揚々と賢者の塔に向けて歩いていた。
しっかし、ちと歩きづらいな。シリルの荷物は大きめのバッグが三つ。僕の分は中サイズのバッグ一つ。ひとまず全部僕が抱えているが、重量的にはともかく体積的に持ちにくい。
……改めて、ティオに頼りっきりだったことを強く実感する。途中で一旦別れると、こうして自分で荷物持たないといけないことをすっかり失念していた。
「それにしても、昨日着いたのは夕方でしたからあまり見て回れませんでしたけど……綺麗な街ですねえ」
「だなあ。そこの公園とか、有名なデザイナーが手をかけたらしいぞ」
見事な噴水を中心に、花壇が立ち並ぶ公園。芝生は柔らかそうで、散歩にぴったりって感じだ。
「へえ、確かにいい感じですね。……ゴードンさんちの庭には、ちょっと負けますけど」
世界最高峰の職人が、自宅だからって採算度外視で作り込んだ庭と比べるのはやめてあげなさい。
「あ、そうだ。休みの日にはここにデートに来ましょう。訓練に来たからって、休みなしってわけじゃないんでしょう?」
「いいけどなあ。まずは生活を安定させるのが先だぞ。三ヶ月って、短いようで結構長いし」
「それもそうですねー。……ん? そういえば、その辺詳しく聞いていませんでした。ヘンリーさんはフローティアにいた頃みたいに、宿暮らしですか?」
まあ、僕一人ならそれでもいい。……ただ、
「ちなみにシリルはどうする?」
「うーん、私はお財布的に三ヶ月も宿暮らしはキビシーですね。ゴードンさんの装備のために、結構貯金取り崩しましたし」
だよなあ。
「ハッ、でも、こんなことでヘンリーさんにタカりはしませんよ。宿暮らしは難しいですが、アパルトマン借りて生活する分には問題ないですし」
「……なあ、シリル」
「なんでしょう。あ、私が生活できるか疑ってます? ご心配無用。お料理は何度も披露しましたが、領主館ではアステリア様のメイドの親戚として、臨時で手伝いするくらいはありましたから。掃除洗濯、なんでもござれです」
うん、アステリア様のメイドの親戚……ということになっているんだよな。
意外と生活力はあるやつだし、そこを心配しているわけではない。
「じゃあ質問。夜、家に一人。ふとノックがありました。どうする?」
「んー? なんです、心理問題? 普通に開けますが」
「はい、アウトー」
ボフ、と手荷物の一つをシリルに軽くぶつける。
「わわ? なにをするんですか」
「いや、夜遅くの来客に警戒くらいしろ」
ここまで無垢な回答が来るとは思ってなかったわ。
「……あ」
「と、いうわけで。お前に一人暮らしはさせられんというのが僕の意見だ。お前、もう結構強いけど、人相手に抵抗できるかっつーと難しいだろ」
腕っぷし的にはそこらの男など軽くノせるはずだが、人間を相手にするのと魔物を相手にするのとでは心構えが全然違う。特に今は高い装備持ってんだ。強盗に押し入られたりしたら、あまり愉快な未来は想像できない。
「だから、僕が隣辺りに住んで、防犯の方はなんとかする」
家事とか面倒極まるが、シリルのことを考えるのであれば致し方がない。
「……あのー、そう言うヘンリーさんは、人が襲ってきた時の対処は?」
「まあ……それなりだ、それなり」
「そ、そですか」
あ、シリルが若干引いている。
いや、一応、殺しはしたことないよ?
……明らかな犯罪行為をする冒険者を、半殺しにして官憲に突き出したことは何度かあるけど。
僕のパーティにはユーがいたから、『やべ、やりすぎたっ』ってなっても治してくれたしな。あれで手加減を覚えた。
総合して……口にはしない方がいいなコレ。
「それに、魔族相手の戦争の最前線にいたんだぞ。魔族も、僕たちと似たような姿していて、普通に喋るんだし。お前も慣れ……る必要はないけど、覚悟は決めとけよ」
「そ、それもそうでした……」
……まあ、魔族については今はこれでいい。詳しいことは、またいずれ伝えればいいし。ヘンに思い悩んで、修行に集中できなくなってもあれだ。
「それじゃあ、賢者の塔で短期講習の手続きしたら、家探しですか?」
「んにゃ。なんでも、賢者の塔は短期講習受ける人向けに借家の斡旋もしてるらしいんだよ。そこ通して借りる予定。初めての街で、信頼できる不動産業者も知らないしな」
短期滞在者なんて格好のカモだろう。
この街のグランディス教会を頼ってもいいが、業務としてやってる賢者の塔の方がいいはずだ、多分。
「なるほどー。あ、賢者の塔、もうすぐですね。ここまで来るとよく見えます」
「ああ、そうだな」
高い建物のある辺りを通り過ぎ、さあ、と視界が開ける。
この街は、賢者の塔を中心にすり鉢状の地形となっている。伝説によると、大昔の大魔法使いが最上級の魔物との決戦で使った魔法によって、こうしたクレーターめいたものが出来上がったのだとか。
……そして、二百年程前。その魔法とやらの影響か魔力の濃い土地であったこの場所に、時の賢人たち(リオルさん含む)が目を付け、魔導・魔法を解き明かす研究機関、賢者の塔が創設された。
後は雪崩のように、その周囲に民家が商店が次々と建っていき。
こうして最も新しい四方都市、サンウェストが誕生したのだ――と、ホテルに置いてあったパンフに載っていた。
「つーか、でけぇ」
「王都の城より大きいですね……」
塔はバカみたいにでかい。普通なら自重でとっくに潰れてそうなほどの高さに、塔の円周も下手な城の二、三個分はありそうだ。
そして、その塔を囲むように、四角い演習場がひの、ふの……八面。そのどれもが結界に覆われ、数十人もの人が魔導や魔法を使った訓練に励んでいた。
勿論、機密度の高い研究なんかは塔の中でやっているのだろう。でも、僕とシリルが用事があるのは外の演習場の方っぽいな。
「さて、ヘンリーさん、行きましょう!」
「おい、いきなり走るな、僕は荷物持ってんだから」
なんかワクワクが止まらなくなりだしたのか、小走りになったシリルを、仕方なく追いかける。
……さて、この街ではどんなことがあるかね。
新章突入です。




