第百三十四話 ガンガルド散策
ガンガルドの中を散策する。
この街は、山をくり抜いてその中に作った……という由来こそ異常だが、それ以外は普通の街と然程つくりは変わらない。諸々の不都合が発生しそうなものだが、その辺りはドワーフの技術力の総力を結集してなんとかしているらしい。
……と、いうわけで、入った最初の時こそ天井が岩だったことに驚いだが、こうして街を歩いてみると、出歩いている人がドワーフ族なこと以外はなんの違和感もなかった。
「あ~、観光地みたいなのもないらしいし、どうすっかね」
勢い、出かけてみたが、なんとも目的らしきものが思い浮かばず、僕は頬をかいた。
……今、僕たちのパーティは金策のため頑張ってゴーレムをぶち壊し中である。
しかし、取り急ぎ五日ほど連続で出撃した結果、僕以外のメンバーが疲労でダウンした。
情けない、とは言うまい。地獄の一ヶ月ノー休日の狩りをこなしたりしていた最前線が異常なのだ。……いや、あれは僕含め、ついていけるのはリーガレオでもほんの僅かだったけど。
と、ともあれ。慣れていない戦場で、慣れていない連チャンの冒険。疲労が溜まってミスったら目も当てられないし、今日は休日ということにしたのだ。
一方、僕はまだ割と余裕のため、こうして街に繰り出してきたわけである。
「おう、そこを行くは我らが街の勇者じゃないか? ほれ、一本持ってけ」
「うおっと、ありがとうございます」
ふと露店のおっちゃんに声をかけられ、肉の串焼きを半ば押し付けられる形で渡される。
一時期の熱狂的な歓迎は過ぎ去ったが、今もたまにこうして声をかけられ、あれこれ貰っている。照れくさいが、好意を無にするのも憚られるし……
少し苦笑しながら、貰った串に刺さったボリュームたっぷりの肉の切り身を口に運んだ。
「っと、あちち」
焼きたての肉を放り込んだため、口の中が火傷しそうになる。
ほっ、ほっ、と上手いこと口内で転がして、なんとか噛み締め、
「あ~~、美味いっす」
「そりゃなにより。一杯いっとくか? こっちは金もらうけど」
「いただきます!」
露店のメニュー表を見て、二十ゼニスを露店のおっちゃんに渡す。よっしゃ毎度、と威勢のいい返事があり、素早く木製のジョッキに注がれたエールがやってきた。
ゴクリ、と一つ唾を飲み込み、そいつをグイッとやる。
まだ午前だというのに、露店で一杯引っ掛けるのはやや罪悪感があるが、周囲を見渡せば水代わりに呑んでるドワーフはいくらでもいる。この街はそういう文化なのだ。……と、自分を誤魔化しつつ一気に四半分を呑み干す。
「ぷはぁ……こいつもいいですね」
「おう、うちのエールは人気商品なんだぜ?」
フローティアのエールよりだいぶ重い味わい。深いコクと複雑な味わいで、どっしりと腹にたまる感覚がたまらない。
エールを飲むパンだ、と表現することもあるが、まさしくそんな感じだ。
当然、肉串との相性もバツグン。エールの強い味に負けない程こってりとした味付けの肉は、一串で余裕でエール一杯呑みきれてしまう。
「ご馳走様。美味かったです」
「おう、お粗末様。勇者殿は今日はお休みかい? ゴードンへの依頼料を稼いでいるところだって、噂には聞くが」
「……いや、勇者はそろそろやめてください。恥ずかしいので。ええ、まあ、休みは休みです。毎日冒険に出るとへばっちゃいますからね、流石に」
大活躍した人や、自分たちの危機を救った人を『勇者』と呼び習わすのは三大国では当たり前の習慣だが……一度、二度くらいならともかく、毎日言われるといたたまれない。
その称号に真に相応しいのは、あの人くらいだろう。……あの人は天然だからか、その辺恥ずかしいとは思わないらしいし。
「ふぅん、まあ、見て面白いものはあんまないかもしれないが、ゆっくりしていってくれや」
「はい、ありがとうございます」
ひらひらと手を振って、露店から離れる。
さて、なにをしようかね。
ふらふらと足の赴くままに道を進み。
やがて僕は鍛冶工房が並んでいる通りにまでやってきた。
どの工房からもモクモクと煙が立ち上っている。山の中、なんて環境だと空気が悪くなりそうだが、その辺りもヒミツの仕掛けがあって大丈夫らしい。
ふむ……そうだな。折角だし、どっかで直売とかやってないかな? 普段使い用のナイフの一本くらい買っておいてもいいだろう。如意天槍のナイフはあるけど、たまにはちょっと違う感覚の刃物も欲しい。
「ふーん」
そう考えて少し通りを歩く……と、探すまでもなかった。
少し別の通りに入ると、まだ年若い工房の丁稚と思われるドワーフの少年少女が、軒先に敷物をして色んな道具を売っている。なかなか壮観だ。
「ありゃ、お兄さん。見ない顔だけど、外から来た人かな?」
目移りするほどの品数に呆気に取られていると、純人種の少女が僕を下から覗き込むようにして立っていた。
……まだ、十二、三くらいか? ドワーフメインのこの街では珍しい。
「ああ。別の街から出稼ぎに来たんだよ」
「ほうほう、お兄さん凄腕だね? この街に出稼ぎってことは、上級のゴーレム狙いっしょ」
「それなりにな」
ハヌマン退治の件でこの街の人間には名前と顔が売れたが、当然のことながら街中の人がみんな僕たちのことを知っているわけではない。
曖昧に笑って誤魔化し、
「……で、なんか用かい、君」
「ここで買いモンするんだったら、案内はいらないかな? この『ガンガルド工房街青空市場』に並んでいるのは、工房主が作ったものから普通の徒弟の作、見習いの習作までごっちゃになってるから、目利きできる案内がないとボッタくられるよ~?」
おいおいおい。
「んな真似したら、職人の信用をなくすと思うんだけど……」
「外に売りに出すやつは、ちゃぁんと相応の値付けにしているそうだけどね。ここはモノを見る目を養うための場所でもあるんだ。ほれ」
と、少女は立て看板を示す。
……確かに、少女の説明したようなことが明記されており、仮に粗悪品を掴んでも自己責任、とある。
「でも、外から来た人間にそれを強要するのもね。嫌な思い出になっても心苦しいし……そんなわけで、今ならちょっとのお駄賃で、このナーシアさんがご案内をしてあげようってわけさ。これでもちっちゃな頃からここで暮らしてるから、結構目利きには自信があるんだよ」
子供らしいこまっしゃくれた物言いに苦笑する。
そりゃ職人さん程ではないが、僕もそれなりに武具類の見極めくらいはできるつもりなんだが……まあ、いいか。自分をさん付けする辺りに、どうにもやられた。
「ナーシアだな? ほれ、前金。案内が終わったらもう半分やるよ」
「わ、五百ゼニスも! ……あのー、ホント大したことする気ないんだけど」
「いいよ、とっとけ」
「……へっへっへ、旦那さん、お荷物持ちましょうか?」
「荷物ないんだけど……」
ひらひらと手を振る。大体、もし荷物があったとして、こんな小さな子に持たせるつもりなんぞない。
「うーん、そうすると……あの、お兄さん? ヴァルサルディ帝国は確かにその辺の法律緩いけど、この街はドワーフの自治区で、私くらいの女の子買うのは禁止されてるよ?」
「するか!」
トンデモネエ勘違いを即座に正す。
「さっきも言ったとおり、ここには出稼ぎに来ててな。割と思ったよりザックザックだから、お裾分けだ」
「うーん、お大尽発言に嫉妬の気持ちが巻き起こるけど、できる女ナーシアさんはそのことをおくびにも出さず、せっせとご機嫌取りに励むのであった。まる」
こいつシリルの親戚かなんかか?
……しかし、なんというのか間合いの取り方が上手い。相手の口調とかから判断しているのか、こちらが怒ったりしないラインをきっちり見極めて、その上で軽口を叩いている。
割としたたかな子っぽいな。
……訂正、シリルとは全然違うわ。あいつなんも考えてねーもん。
「さてはて、お兄さん。今日はどのような品をご要望で?」
ナイフが欲しい旨をナーシアに伝えると、だったらこっち、と案内された。
……まあ、多少は付き合いのある店優先だろうが、あからさまな外れ店を案内するほど馬鹿でもあるまい。先導されるままについていく。
「おう、ナーシア。また観光客捕まえたんか?」
「捕まえたなんて人聞きわるーい。ちゃんと説明はしたよ!」
「へいへい。ええと、人間の冒険者さん? いらっしゃい」
気安く店番の丁稚と挨拶を交わしていたナーシアが、広げてある商品を指差す。
「んーと、お兄さん。そっちのやつは、見た目派手だけどそこのイワンが作ったのだから、やめといたほうがいいよ。それ以外はー、んー、外れはないね」
「てめ、このやろ」
憮然とする店番君だが、自分の実力くらいはわかっているのだろう。それ以上は文句は出なかった。
「試し切り、いいか?」
「そこの木屑ならお好きにどうぞ」
「はいはい、っと」
目についたナイフ三本を手に取り、お試し用に置いてあるいくつもの切り傷が付いている木屑に斬りつける。
一、二、三……っと、
「これだな。……って、随分安いな」
二本目に決定して、付いていた値札の料金を取り出して支払う。
「……一発で親方の当てやがった。冒険者さん、手練っすね」
「まあな。でも、こんな値段で利益出んのか? アダマンタイト製だろ、これ」
見た目は地味でやや重みがあるが、耐久性は折り紙付き。切れ味もよく鍛えてあり、本当なら三倍くらいの値段になってもおかしくない代物だ。
「おっと、冒険者さんもそこまではわからなかったか。そいつは、アダマンタイトくらいの耐久性の金属をもう少し安価にできないかって、親方が色々試してる合金製っすよ。配合比は秘密っす」
「実験作だから安いのか……大丈夫なの?」
「一応、耐久性は諸々確認済みなんで。まあただ、そいつ作るのチョー大変なんで、採用はされなさそうですが」
ならいいか。
っていうか、色々面白いの並んでんのな。
「お兄さん、どうする? 目的のナイフは早速手に入ったみたいだけど」
「もう少し眺めていくよ。……そうだな、仲間への土産でも買っていこうかと思うから、それに向いた店に案内してくれ」
「はいな、お任せあれ」
ナーシアに案内されるまま、青空市場を歩いていく。
鍛冶工房以外もここで露店を出しているらしく、布製品、木工品、食糧品に酒……と、なんでもござれだ。観光地っぽいのはないって話だが、ここは十二分に見応えがある。
んで、土産にジェンドにはクロシード式の練習用呪唱石、ティオには良さげな鏃一式、フェリスには研ぎ石……と、無難な実用品を購入していく。
……しかし、シリル用はどうするか、と悩む。
「お兄さん、最後の人用のお土産、どうするの?」
「あー、そうだなあ……」
他のみんなと同じようなの選んでもいいのだが、もうちょいなんかないかね。
「……そうだな。別に冒険用じゃなくても、それなりに見れるアクセかなんかあるか?」
「ほっほう。……お兄さんの恋人さん?」
「まあ」
照れ隠しにそっぽを向く。ナーシアは笑って、『だったらこっち』と迷いのない足取りで歩き始めた。
「いやー、そういうのいいねー。私も憧れるよー」
「そうなのか。……相手とかいるのか? この街だと、純人種は少ないけど」
「それねー。まあ、割と冒険者の人とかが装備を求めて来たりするから、そのうちおっきくなったら捕まえるよ。お兄さん、五年早かったね!」
「はいはい」
適当にあしらう。
「それより、どこに向かってんだ? 青空市場抜けちゃったみたいだけど」
「ああ。私が世話になってる服飾工房がすぐそこにあるんだ。ドワーフで一番有名な職人は英雄ゴードンだけど、布製品に関しちゃあうちの親方の方が上なんだよ」
……話半分、ってわけでもなさそうだ。
「流石に、そんな親方の製品買えるほどの持ち合わせはないぞ」
「大丈夫大丈夫。徒弟さんのレベルも高いから。私が口利けば、きっといいの売ってくれるよ」
ならいいか。
……と、話しているうちに、件の工房に到着する。それはいいのだが、
「ありがとうございました。……っと、あら?」
丁度その工房から出てくる人に、見覚えがある。大切そうに荷物を抱えた、その人は……
「リコッタ?」
「ヘンリー様ではないですか。奇遇ですね」
荷物を持ったまま優雅に一礼するその人は、ゴードンさんちのメイドさんで、最近お世話になりっぱなしのリコッタだった。
「ありゃ、お兄さん。リコッタさんと知り合い?」
「ああ。最近、僕ゴードンさんとこに世話になっててな」
「……ってことは、お兄さんが噂の最上級退治した人か! 凄い人を案内してたんだなあ」
ひゃー、とぱちぱちナーシアが拍手をする。
「その分だと、ヘンリー様はナーシアに青空市場の案内を?」
「ああ、うまいこと乗せられて、頼むことになった。ここにはまあ、シリルへの土産を買いにな。そういうリコッタは?」
「そのシリル様の装備を仕立てるための布地をこちらの工房にお願いしておりまして」
確か、シリルは服の方は今のを仕立て直す感じにするが、マントは新しいのにするんだっけか。
……そして、図らずとも先程のナーシアの言葉が証明された。あのゴードンさんが仕事を頼むのだから、相当の腕前なのだろう。
「そうか。なら、ちっと待っててくれるか? 帰るんなら、荷物持ちくらいするよ」
「いえ、そのようなことをしていただくわけには。それほど重いわけでもないですし」
「……ごめん、こっからゴードンさんちまで帰れるか、微妙に自信がないから残ってて欲しい」
「……あ、はい」
いや、初めての街でうっかり色々歩きすぎた。多分大丈夫だとは思うのだが、道案内があったほうが助かる。
そうして、ナーシアの案内で、中の工房にお邪魔し。
色々と勧められたが、最終的に淡い色合いのストールを購入して工房を出た。
ナーシアともそこでお別れ。後金もちゃんと払ったからか、満面の笑みで見送ってくれた。
「それにしても、なかなかいい子だったな。ナーシア」
「ええ、私も仲良くさせてもらっています」
「ああ、そっか。同じ純人種の女同士だもんな。この街じゃ、貴重な同類か」
はい、とリコッタは頷く。
「あそこの工房に独占的雇用権がある辺りも一緒です。……ああ、ただ。ちょっと残念なのは、ドワーフ萌えをイマイチ理解してもらえないところで。いいのですけどねえ、お髭。……あ、勿論私は旦那様一筋ではありますが!」
「そ、そう」
ナーシアは健全に成長しているようだ。
……この同類っぽい女に感化されないまま、そのまま大きくなってほしい。




