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セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい  作者: 久櫛縁
第十一章 進撃への準備
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第百三十一話 レジェンド

 僕たちがガンガルドに到着して、瞬く間に数日が過ぎた。

 街を救った英雄……というのはやや大げさなものの、ガンガルドにとっての大きな脅威を排除したのだから、相当に歓迎された。


 ハヌマンのせいで色々と街自体が疲弊していたため、大きな宴などは遠慮させてもらったが、土産と称して何人かのドワーフから自家製の酒を貰ったりして、なんともこそばゆい気持ちになったり。


 ……さて、それはそれとして、である。


 ハヌマンの首には、ガンガルドのグランディス教会が大きな懸賞金をかけていた。更に、ハヌマンがドロップした如意棒の一部に毛皮。

 これが目の前のテーブルに置かれており、


「で、儂に仕事を頼みたいっつーわけか」


 それを元に、僕はゴードンさんと交渉をしていた。

 金勘定担当のジェンドが隣に座り、他のメンバーは……こういう話は人数が多すぎてもな、ってことで、なんか仲良くなったリコッタとお茶している。


「はい。元々僕たちがこの街に来た目的は、リーガレオに行く前に装備を刷新するためでして」

「まあ、確かに。ヘンリー以外の装備は、そこそこの品だが、最前線にゃちと心許ない様子だったな」

「あー、そのハヌマンにブチ壊された手甲の修理も頼めると……」


 バッキバキに破壊されていたので、新規に作った方が早いかも知れないが。


「ふ……ん。まあ、縁も恩もできたし。仕事はいくつか抱えているが、優先して引き受けてやらんでもない」

「本当ですか!」

「ただし! だ。二つほど条件がある」


 早まって喜びかけたが、冷や水を浴びせるように、ゴードンさんが厳粛に言葉を発した。


「あ……はい。なんでしょうか」

「まず一つは金だ。儂にパーティ全員分の装備の面倒を頼みたいんだったら、こんなはした金じゃ話にならん」


 最上級の討伐賞金。……勿論、相当な額なのだが、確かに以前作ってもらった手甲、脚甲の金額を考えると絶望的なまでに不足している。


「悪いが、そこはまけてやれんぞ。儂は贅沢が好きだし、自分の腕を安売りするつもりはないのでな」

「……ちなみに、具体的な金額はどれほど?」


 ジェンドが尋ね、ゴードンさんが『概算だが』と前置きして金額を答える。……うっわ。


「……ジェンド、念の為聞くけど、パーティの共同資金足して、どんくらいまで届く?」

「四半分、ってとこだ」


 だよねー。

 どうしよう、いよいよ最後の手段、僕の貯金ブッパか? いや、流石に躊躇する額だし、でもゴードンさん程の職人に仕事を引き受けてもらえるのはこれがラストチャンスかもしれないし。


「お前さんたちなら、本気でこの山のゴーレムを乱獲すりゃあ、一ヶ月もあれば貯められんだろ」

「……ですかね」

「原材料もついでに確保できっからな。まあ、でも。一ヶ月も待ってやる義理はねえよなあ? 儂、その頃にはリーガレオに出稼ぎに行く予定だし」


 ゴードンさんは、一年のうち三ヶ月くらいはリーガレオに出向いて、トップクラスの冒険者や騎士の装備の面倒を見ている。

 知り合いの何人かもゴードンさん作の装備を身に着けていた。


 ……伝え聞く値付けからして、その三ヶ月で普通の人が一生をかけても届かない金額を稼いでいるのだろう。それだけの儲けをふいにしてまで待ってください、とは言えない。


「しかーし、もう一つの条件を呑んでくれんなら、料金は一ヶ月だけツケといてやってもいい」

「え……? その、いいんですか?」


 珍しい。

 ゴードンさんは前払いでないと仕事はしない、って公言していることで有名なのに。なんでも、十年くらい前、料金を踏み倒されかけたことがあったんだとか。


「ふン、確かに儂ぁ、金を先にもらわない限り仕事はしねえけどな。それも時と場合による」


 トン、と、ゴードンさんはそのゴツい指で、テーブルの上に置いてある如意棒の残骸を叩く。


「この自在鉱の塊、儂に扱わせろ。扱わせるべきだろ? ……なあ? なあ!? お前らの装備に活用してやっからよ!」


 ……と。

 それまでの、厳格で冷静な職人の交渉……といった風情をあっさり投げ飛ばし、頬を紅潮させながらこっちに迫らんばかりにゴードンさんが主張する。

 無論、髭面のオッサンがそんな態度を取ったところで気持ち悪いだけである。


 ……ていうか、いきなりなんなのこの人!


「自在鉱……って、この如意棒の残骸のことですか? 聞いたことないんですけど」

「そうだ! まあ、滅多にお目にかからない金属だから知らねえのも仕方ない。自在鉱ってのは、天然じゃあリシュウのほっそい鉱脈からしか産出しねえんだ。それも、年に三キロも取れりゃいい方ってくらいの希少鉱物なんだよ」


 ……大体、一メートル程だけ残った如意棒。普通の大人の手の平では容易に握れないほど太いから、それを聞くとかなりの量だ。


「ククク……自在鉱はいいぞォ。合金にすりゃあ、組み合わせ次第であらゆる性質を引き出せる。難易度はたけぇが、思念を受け取ることで形状変化するように仕込むこともできる。ヘンリー、お前の神器がそうだろ? 夢が広がりまくりだ!」


 如意天槍の素材も同じなのか。うーむ、神様の能力的ななにかで変化しているとばかり思っていたが。


「……なあ、ヘンリー。そこまで貴重な金属なんだったら、むしろこいつを売って資金を確保した方が」

「おっとォ! んなぁことしたら、折角上がった儂の好感度が爆下がりだぜ!?」


 ジェンドが提案し、その言葉を遮るようにゴードンさんが吠える。

 ……別に下がってもよくね? と思い始めてきたぞ。


「いや、あの。好感度って、ゴードンさん……」


 流石に呆れた様子のジェンドに、ゴードンさんは頬をかき、


「あー、ジェンドよ。今のは冗談だが、ぶっちゃけ自在鉱は高くは売れねえぞ? ドワーフ広しといえども、まともに扱える職人は儂くらいだからな。儂以外でまともに加工できんのは、さっき言った鉱脈を所有してるリシュウの鍛冶師一族くらいだ」


 嘘……ではないだろう。ゴードンさんはこういうことでは嘘は言うまい。


「まあ、試したがってるやつは多いから、それなりの値段にはなると思うが……それだったら、儂に任せて装備に仕立てたほうが賢いぜ?」


 むう。

 ……まあ、装備に関しては、職人の言葉を信じるか。その興奮した表情からして、イマイチ信用ならんが。


 チラリ、とジェンドと視線を交わす。ジェンドも悩んでいたようだが、コクリと一つ頷いた。


「……じゃあ、ゴードンさんにお任せします」

「ふっ、超任せろ! いやー、こいつドロップする魔物は滅多に出ねぇからな。儂も扱うのは三年ぶりだ!」


 ウキウキ気分で如意棒を手に取るゴードンさん。その金属の棒にキスをせんばかりの勢いだ。

 ……ちょっと失敗したかな? と思ったが、今更『やっぱやーめた』なんてこと言ったら、マジで血を見そうなので自重する。


「んじゃ、あとでお前らの装備一式見せろ。今のやつをグレードアップさせたほうがいいのか、新しく作った方がいいのか見てやるから! なんか要望があんならメモしとけよ!」

「? グレードアップ、ですか」

「値段、できるだけ抑えた方がいいだろ。作りがしっかりしてりゃあ、儂が最上級に仕立て直してやるっつーことだ」


 意外なサービス精神を発揮するゴードンさんは、すっくと立ち上がる。


「儂はこの自在鉱ちゃんを炉に突っ込んでくる! 丸一日は熱加えなきゃ溶けねえからな!」


 ……ってことは、アレを出すのか。


「? 鍵?」


 ゴードンさんが懐から取り出したものを見て、ジェンドが首を傾げる。


 美しく、流麗な鍵。どこか荘厳な雰囲気を感じさせる、神の手による品。

 かつて、僕がゴードンさんに仕事を頼んだ時、一度だけその鍵が発動するところを見たことがある。


「今回も世話んなります」


 両腕を胸の前でクロスさせる――鉱神オーヴァインに対する礼の形を取って、ゴードンさんは鍵を空中に差し出す。

 ……鍵穴など勿論どこにもないのに、なにかがハマるような音がして、ゴードンさんが鍵をひねるとガチャリと『扉』が開く。


「は、はあ!?」

「おう、ジェンドはそりゃ知らねえか。この鍵が儂の持つレジェンドの神器……『鉱神の工房の鍵』だ」


 世の中に数えるほどしか存在しないレジェンドの神器の一つ。その能力は、どこからでも神の工房への扉を開くというもの。

 レジェンドの神器の能力数はモノによって違う……らしい。実際、この鍵自体の能力は、工房への入り口を開くことだけ。


 ただし、中にある鉱神が使っていたという鍛冶道具も、神火が灯る炉も、外には持ち出せないが使い放題。世の職人であれば、誰しも欲しがるだろう神器だ。ゴードンさんが英雄に認定されるほどの鍛冶師となった、その理由の一つがこの鍵の存在である。


「す、すげえ。なんていうか、格が違う」


 初めて見るであろうレジェンド神器に、ジェンドが感嘆する。


 確かにジェンドの言う通り、レジェンドになるとなんていうか、規模が違う感じはする。

 例えば、リーガレオの中心にある小城に設置されているというレジェンド神器『水の女神像』は、街の生活用水を全部まかなっていたりするし。


 ……エピックまでのものは、どれだけ凄くても個人が使う武具や道具に過ぎない。そう考えると、レジェンドが本来の意味での神器、なのだろう。


「神サマに仕事を見られてる気がして、緊張するがな。……まあ、工房に恥じない武具は作れるつもりだぜ。んじゃ、ちょっくら行ってくらあ」


 鉱神の工房へは、鍵の持ち主しか入れない。

 少しだけ見える、壮大過ぎて例える言葉すら出てこない工房の向こうに、ゴードンさんは消えていった。


 空中に開いた扉も自然と閉まり、なんの変哲もない空間になる。手を伸ばしても、なんら感触などない。


「……後はゴードンさんに任せておけば間違いないと思う。みんなに話しに行くか」

「おう。さっきの神器のこと、話してやらないとな」


 言いながら、シリルたちがお茶をしているであろう談話室に、ジェンドと連れ立って歩く。


 ……さて。装備の方、早めに方針固めないとな。

本日で『セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい』の連載一周年となります。

応援してくださっている皆様のおかげで、ここまで書き続けられました。

今後も頑張ります。


後、記念に……と言っても、半分自分で読み返す時に見やすくするためですが。自サイトで連載していた東方プロジェクトの二次創作を転載しました。それなりの分量がありますので、暇つぶしにどうぞ。(二次創作は基本NGですが、東方は良いらしいです)

https://ncode.syosetu.com/n1797gm/

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― 新着の感想 ―
[一言] 街の用水を賄ってる神器も、持ち主がお亡くなりになったら没収ですよね? なるべく長生きしてもらいたい(多分出てこないキャラだろうけどw
[良い点] 1周年おめでとうございます! いつも楽しく読ませて頂いています!
[一言] なろうでマッドなものづくり職人というと神様になっちゃった関西弁の彼なんですが、なんぼなんでもあんな突き抜け方は人の身には無理ですからねぇ。 やはりこう、素材や武具にハァハァするような(ゴスッ…
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