第十三話 ティオ
「どうすっかなあ」
熊の酒樽亭。ランチタイムも終わり、お客もまばらな時間帯で、僕はぐだぐだとしていた。
悩んでいるのは、仲間探しのことだ。
何度か、斥候役の冒険者と臨時で組んで、シリルもジェンドもその重要性は理解してくれたようだが、肝心の人材は一向に発見出来ていない。
何人か、この人は、という人はいたが、誘ってみると難色を示された。
……まあ、三十代の脂の乗った年代の人が、あからさまな新人二人を含むパーティに入るのはハードル高いよね。将来を見越して、自分のパーティに誘うならともかく。
僕とペアなら組んでもいいと言う人もいたが、僕は僕であの二人には冒険以外の面では随分と世話になっているし、それなりに友情も感じている。丁重にお断りした。
「はあ」
「溜息つくと幸せが逃げていきますよ」
「ラナちゃん、僕たちのパーティに入ってくれそうな冒険者って心当たりない?」
「近所のお兄ちゃん、お姉ちゃんで、冒険者になりたがっている人はいますけど」
そういうド新人に、僕たちの狩りに付き合わせるのはちょっと気が引ける。もうワイルドベアも手緩くて、グリフォンの群生地に突貫しようかと考えているような段階なのだ。単純に、危険すぎる。
ちなみに、普通の新人は、クエストこなして装備整えて、暴れ兎相手に何ヶ月か戦って勘を磨いて、その後はぐれのキラードッグを一匹ずつ……なーんて感じで冒険をこなしていく。
シリルとジェンドはそういう段階をすっ飛ばしているが、あの二人は幼少の頃からちゃんとした師匠について、冒険者として活動するための修行を積んでいる。
僕と組んだ直後くらいは、実戦経験の不足からやや危うい立ち回りもあったが、今ではそういうこともない。慣れた相手の戦闘であれば、もう一流……は、まだちょっと早いかな? くらいの強さになっている。
後は、初めて出くわす魔物相手の立ち回りや、森以外の冒険の経験、その他細々したことを覚えれば、冒険者としても一人前だ。
そして、それだけの実力があるからか、二人は割と早く上に上がりたがっているので、新人のペースには付き合えないだろう。
「こう、それなりに若くて、でも実力はあって、斥候できればそれだけでいいんだ」
「私は冒険者のことはよく知りませんが、『それだけ』って言うのは無理があるのでは」
「だーよーねー」
言ってみただけである。
「もう。注文はもう良いんですか?」
「あー、いい。この水飲んだら、部屋に戻るよ」
「はーい……とと、いらっしゃいませー」
熊の酒樽亭の入り口が開く音がする。
見ると、もう何度か会っているティオだった。
今日も肉を卸しに来たのだろうか。でも大体、午前中に来るんだけどな。
「や」
「どうも」
冒険の際にも何回か見かけることから、僕とティオは会ったら挨拶くらいはするようになっていた。
「ティオ、今日はいつもと時間違うね」
「うん。ちょっとお爺ちゃんが昨日からぎっくり腰で……年も年だし、そろそろ狩人も廃業かな、って話してて」
「あー、ティオのお爺ちゃん、もう八十過ぎだっけ」
……元気いいな、爺さん!
ティオと一緒にいるところを何度か見たが、とてもそんな年に見えなかったぞ。魔力が強い人は老化が遅いとは聞くけど。
「うん、それでお詫びに」
「お詫びなんていいよー。むしろ、今までありがとう。あ、ちょっと待ってね、お父さんに言って、お見舞いになにかお渡しするから」
「でも」
「いいからいいから」
ラナちゃんがノルドさんを呼びに行く。
ティオは、いつも通りそのまま待つのかと思いきや、僕に話しかけてきた。
「……ヘンリー、さん? でいいんですよね」
「ん?」
初めて名前呼ばれた。
「ええと、なにかな。ティオ……でいいか?」
「はい。それで、ええと」
ティオは口を噤む。
「やっぱり、なんでもありません」
「なんだよ、言いなさいな」
子供が年上の男に話しかけるのは怖いものなのだろう。しかし、僕は優しい男だぞー、怖くないない。
「その、私も冒険者になりたくて。普通の冒険者ってどう働くのかな、って」
「ああ、そういうこと」
将来の夢が冒険者。そんな子供は少なくない。
彼女は、お爺さんの手伝いをするためにグランディス神に誓いは立てたが、本当の意味での冒険者ではない。
……まあ、『容量拡張』の神器持っている上に、今まで手伝いとしてとは言え、森に潜っているんだから、将来は有望だろう。
彼女が成人するまで、後二、三年か。それまでちゃんと鍛えていれば、立派な冒険者になれる。
「ん、いいぞ。じゃあ……」
冒険者のことを色々と話す。
ちょっと大変なこととかもあるが、楽しみもあること。魔物退治ばかりが注目を集めるが、クエストもみんなのためになる仕事だということ。そんなあれこれ。
そして、ティオが大きくなって冒険者になったら、一緒に冒険しない? と社交辞令を言って、話を締めた。
「え?」
「ん? どうした」
「……なんでもないです」
なんだろうと、僕は首をひねる。
まあ、いいか。
そうして。
途中から、僕の冒険話を一緒に聞いていたラナちゃんから、熊の酒樽亭特製桃のコンポートを受け取り、ティオは帰っていった。
そんな事があった、数日後。
いつもよりやや早めにフローティアの森での冒険を終え、森から出たところ、
「あれ? ヘンリーさん、あの子」
「ん?」
シリルに言われて、気付く。
「あ」
ティオだ。動きやすそうな革鎧を身に付け、神器の鞄を肩にかけ、腰にマチェット、背に短弓と矢筒。
森で活動する冒険者として、過不足ない見事な装備である。身に付けているものの背格好にさえ目を瞑れば。
「おい、ティオ。もしかして、お前さん一人で森に入るつもりか?」
「……はい」
まあ、そうだよな。その格好で、まさかこの辺りに散歩に来たということもなかろう。
「危ないからやめとけ。まだ子供のティオが行くもんじゃない。ほれ、丁度僕も冒険帰りだし、暴れ兎退治くらいなら付き合ってやるから」
これだけしっかりした装備なら、暴れ兎くらいなら危険はないだろう。
それで、とりあえずの冒険気分を味わって、ついでにドロップ品を小遣いにして、アイスでも食って帰ればいい。
「いえ、私は森に行きます」
オイオイ。
「あー、親かお爺さんの許可は取ったのか?」
「親には、言ったら反対されるので……。お爺ちゃんは行っとけ行っとけ、と」
爺さん……
「あのなあ。この森は、大の大人でも命の危険があるんだぞ。怪我をしたり、万が一があったら親御さんも、ラナちゃんだって悲しむぞ」
「それは……でも、私は決めたので」
どうして僕がこの街で出会う冒険者は、揃いも揃って頑固者なんだ。
じり、とティオが腰をかがめ、僕の隙を伺う。
って、なに思い切り警戒してるんだ。
「あの、おい。ちょっと?」
声をかけると、弾かれたようにティオが駆け出した。
「あ、こら!」
捕まえようとするが、するりと僕の手から逃れ、そのまま森に入っていく。不意を突かれたとは言え、まさか躱すか。
「って、だから危ないんだっつーの! ジェンド、シリル! 先帰ってろ。僕はあの不良娘とっ捕まえて説教くれてやる!」
「え、おい、ヘンリー」
「いってらっしゃ~い」
戸惑うジェンドと、ひらひらと手を振って見送るシリル。
返事だけ聞いて、僕もティオに少し遅れて森に入った。
まだまだ背中は見えている。すぐ追いつ――あれ、速くね?
僕もかなりのペースで飛ばしているのだが、一向に距離が縮まらない。
走る、走る、走る。
鬱陶しい藪を力任せに突破し、横から飛び出してきたキラードッグを裏拳で仕留め、ティオは通れるが僕は通れない木の間を迂回して追いかける。
スピード自体は、割と僅差ながら僕が上だが、ティオの走りには無駄がない。流石に昔から森に入っていたと言うだけあって、地形を熟知した走り方だ。
……それに、今気づいたが、僕は時折魔物に出くわすが、彼女の道を遮る魔物が一向に現れない。
運、じゃないな、あれ。音を出さない走り方に、一度目を逸らすとそのまま見失ってしまいそうな気配の薄さ、そして多分、魔力の練り上げ方が隠密を重視したやり方なんだろう。
暗殺者やってる知り合いが、あんな感じだった。
「うーん」
あれ本当に子供か? ハーフリングの大人じゃないだろうな。
ちら、とティオが後ろを振り返り、僕を振り切っていないことに気付くといきなり方向転換する。
ええい、ラチがあかん。大人げないとは思うが……
「《強化》+《強化》」
この前、グリフォンとやりあった時のように、足に強化魔導をかける。蹴り足が力強くなり、速度が上がる。
ぐんぐんと迫ってくるのが音でわかるのか、ティオは逃走方法を変えた。
「やっ!」
手頃な木の枝にジャンプで飛び乗り、次々と木の枝から枝へ飛び移っていく。
身軽すぎだろ!
「くっそ!」
僕にはあんな真似はできない。いや、やって出来ないことはないが、地上を走るよりぐんと遅くなる。あんな移動方法、やったことねぇもん。
上を見上げながらだから、追いかけるのがきつくなる。……って、あっ、
「ワイルドベアかっ」
五匹もいやがる。
連中も、自分たちの方に向かってくる僕を見つけたようで、威嚇の声を上げながら突進してきた。
ナイフ状にして腰に差していた如意天槍を引き抜き、短槍へ変化。
「ガァァア!」
叫び声を上げながら振り下ろされる爪を、緩急によるフェイントで躱す。次を振り上げるまえに、体当たり気味の突進で心臓を一突き。
槍を引き抜き、左右から攻め立ててくる攻撃を防ぐ。
ちっ、一匹やったら躱して通り抜けるつもりだったのに、足が止まってしまった。
「ええい!」
二匹目、刺し殺し。三匹目、頭蓋を柄で叩き潰す。四……
トス、と。
次に仕留めようと思っていた四匹目の首に、矢が突き刺さる。矢は二本、三本と続けて突き刺さり、ぐらりとワイルドベアの巨体が傾いた。
「……おっと」
感心していると、五匹目が攻撃してくる。ひょい、と躱す。
で、反撃を……しない。
僕が手を止めた直後、最後のワイルドベアの真上から、影が落ちてくる。
その影は、落下の勢いのまま、手に持った鋭利な刃物でワイルドベアに斬り付けた。
硬い獣毛も皮膚も意味をなさず、深く切り裂かれ、五匹目もそれで即死。
ずずん、と倒れるワイルドベアから、降ってきた影――ティオは離れる。
「……丁度、私一人でも大丈夫だって、証明できそうな相手だったので」
「あー、よくわかったよ」
最後方の街なのに、若い才能に溢れすぎやしてませんかね、フローティア。




