第百二十九話 地を走る流星号
「よお、人間の冒険者共よ! よくあの気に食わねえエテ公を倒してくれた! ドワーフを代表して礼を言うぜ!」
と。
ハヌマンを倒した後。最後に援護してくれた八英雄、ゴードンさんは、僕たちの方に来るなりそう叫んだ。
「……どうも、お久し振りです、ゴードンさん」
「あン? お前さん、儂と会ったことがあったか? ……いや待て。その手甲と脚甲は儂の作だな。つーことは、客か」
あ、流石に覚えてないのか。
まあ、仕方がないといえば仕方がない。ゴードンさんは作る装備の質も凄まじいが、その製作速度も神業と名高い。年間百人を超える客を抱えているのだから、その全てを覚えていることなどできないのだろう。
……とはいえ、自分の作品のことはしっかり覚えている辺り、職人さんである。
「ヘンリーです。三年くらい前でしたかね。グランエッゼさんの紹介で、仕事を受けてもらいました」
「エッゼの野郎の紹介? ……あー、あー。思い出した思い出した。あん時の辛気臭えガキか」
ご、ご挨拶だな。
いやまあ、ゴードンさんに仕事を頼んだのはジルベルトが前線に出てきた直後で。当時の僕の辛気臭さといったら、我ながら鼻がひん曲がりそうなくらいだったとは思うが。
「ゴードンさん? って言えば聞いたことがあります。確か英雄の方なんですよね」
「おうよ、お嬢ちゃん。鉱神オーヴァインが信徒、神の槌、ドワーフ最高の職人たぁ儂のことさ。惚れてもいいぜ?」
「あ、いえ。私この人の女なので。残念ですが」
ちょんちょん、とシリルが僕の服の裾を引っ張って胸を張る。
……こいつの羞恥心の位置ってどうなってんだろ。
「はっはぁ! そうかいそうかい。まあ、儂も枯れ木みてぇな純人種の女にゃ興味ないけどな!」
「い、いきなり失礼な人ですね……。私も、生憎ドワーフの方には興味ないです!」
ドワーフは、成人でも身長百四十センチ程度と、小柄な種族である。
かといってハーフリングのようにひ弱な印象を受けるかというと、まったく違う。全身、純人種ではありえないほど発達した筋肉に包まれ、まさに小さな要塞のような種族なのだ。
種族柄、若くても豊富な髭をたくわえていることが殆どだし、純人種とのカップルは皆無ではないが、まあ容姿に対する美的感覚は相当なズレがある。
「へっ、鼻っ柱が強いお嬢ちゃんだ。気に入った、名前は?」
「……シリルです」
「おう、改めてゴードン・ゴブニュだ。よろしくな」
ゴードンさんは下手糞なウインクをする。それに毒気を抜かれたのか、シリルも渋々と『よろしくです』と返した。
その辺りで、ジェンドが口を開く。
「あー、えーっと。仲間のシリルが失礼しました。俺、ジェンドっていいます」
「フェリスです」
「ティオ」
「おう、そうかい。儂はあまり人の名前を覚える方じゃあないが、あの憎きハヌマンを打倒した勇者たちであれば覚えよう!」
カラカラとゴードンさんは笑い飛ばす。
「……それにしても。ゴードンさん、えらくいいタイミングで来ましたね」
「ん? なんのこった」
「いや、ハヌマンが逃げる瞬間に、エーテルボム食らわせてたじゃないですか」
そのことか、とゴードンさんは鼻を鳴らす。
「……あのエテ公、つい今朝までガンガルドの入り口近くで張っててな。街から出たやつをガブリってやってたんだ。防衛施設が整ってるから、街までは攻めてこなかったがな」
チッ、とゴードンさんが舌打ちをする。
……この様子だと、少なくない犠牲者が出たのだろう。
「で、昼頃気付いたら、残ってんのは配下の魔猿どもだけで、ハヌマンはいないときた。こりゃ街道から来た人間を襲いに行ったんだと思って」
「助けに来てくれた、と」
「いや違えよ? 人間捕食してる時なら隙も出来るだろうから、そこ狙ってぶっ倒すためだが? そりゃ、お前らみたいに撃退してくれんなら、それに越したこたぁなかったがよ」
……いや、うん。合理的だというのはわかるよ?
ゴードンさんは武具作りの功績で英雄になった人だから、純粋な戦闘力はそう高くはないし。隙を見つけて爆弾ぶっ込むのが最適解なのはわかる。
でも、感謝の気持ちが少し薄れたのは仕方ないんじゃないかな?
「ああ、アルヴィニア王国側か、ヴァルサルディ帝国側か、どっちの街道に行くのかはコイン弾いて決めたから。そういう意味じゃお前さんたちは運がいい」
……今更ながら、紙一重過ぎる勝利だったな。
「ま、積もる話は後にしようや。うだうだやってっと日が暮れちまう」
太陽は、もう半分くらい沈んでしまっている。
……? この時間なら、もう野営の準備をしなければいけないと思うのだが。
「ゴードンさん? 一体……」
「へっへっへ。儂自慢のクルマを見せてやるよ」
クルマ……普通の魔導車なら、こんな不整地ばかりの山道はとても走れないが、この稀代の魔導具師でもあるゴードンさんが言うのであればとんでもない代物なのだろう。
こっちだ、こっち。と案内してくれるゴードンさんに付いていき、果たして岩陰に隠すようにして、迷彩用のカバーを掛けられてそれは鎮座していた。
「おう、これだ! 名付けて、地を走る流星号・スーパーゴードンスペシャル! カッケーだろ!」
ばさっ、とゴードンさんはカバーを取り払い、そのクルマの勇姿を誇る。
なんともシャープな輪郭の、金属の塊。色々な部品がゴテゴテ付いていることはわかるが、それぞれがどんな役割を担うのかは勿論僕にはわからない。
しかし、まだ新しい概念の魔導具で、まだデザインに馬車っぽさが残る既製品と比べると……そう、滅茶苦茶格好いい。
名前の後半はさておいて!
「うおおおーーー! すげーっすね、ゴードンさん。俺も欲しい!」
「そうだろう、そうだろう」
「ちょ、僕も欲しいです。の、乗せてもらえるんですか?」
「儂の愛車の座席には本来女しか乗せないんだが、この際仕方ねえ。今回だけ特別だぜ?」
僕とジェンドは先程の死闘のことも忘れて大いに盛り上がり、ゴードンさんはそれに気を良くしてガハハと笑う。
「確かに格好いいとは思いますけど、ああまで騒ぐものなんですかね」
「シリル、こういう時は黙って盛り上がらせておけばいいんだよ」
「……ちょっと前までの緊張感は一体」
なにか、後ろの女性陣がどこか白けた雰囲気になっているのには気付いていたが、僕は全力で知らないふりをするのだった。
想像通り、地を走る流星号は山の荒れた道もなんのそのであった。凄まじいスピードで山道を駆け抜けること、おおよそ二十分程。
「おう、到着だ!」
ゴードンさんが言いながら操縦桿を傾け、足元にある制動装置を動かすためのペダルを踏みしめる。
車体が横に傾きながら、急速に速度を落とし……山肌にぽっかりと空いた巨大な空洞の入り口の近くで止まった。周囲には防衛用と思われる様々な道具や施設、魔導結界の基点などが存在している。
ここがガンガルドの入り口に違いない。
……そして、その空洞の前で、門番として立っていた屈強なドワーフ戦士たちが突如として現れたクルマに目を白黒させていた。
その中の一人、一際豪勢な鎧を身に付けた戦士が、困惑をあらわにして地を走る流星号に近付いてくる。
「ご、ゴードン? お前、あの糞忌まわしいサル野郎を倒しに行ったんじゃなかったのか。なんだ、そっちの人間たちは?」
「へい、ゲオルグ。聞いて驚け、こっちの人間のパーティが、あのハヌマンをぶち殺したんだ。儂もちょいと手伝ったがな」
「なに? おい、本当か? こっちの様子窺ってた魔猿共がいなくなったから、もしかしてとは思っていたが」
ああ、正常に発生した魔物と違い、ハヌマンの分身だからなそっちの魔猿は。ハヌマンが死亡したと同時に消滅したのだろう。
「本当だ。へっ、つーわけで賭けは儂の勝ちだぜ」
「……いや待てよゴードン。ハヌマンをぶっ殺したのはそっちの人間たちだっつってたろ。賭けは無効じゃないか?」
「いいや、儂の勝ちだね。賭けは、『儂が無事生きて帰ったら』、街の敵も排除できないてめぇら無能の戦士共は儂に酒をたらふく奢るってことだったろ。儂が倒したら、じゃあない」
なんつー賭けをしてんだ。
しかし確かに、最上級相手にして生き延びるだけで、普通はとんでもない武勲ではある。道中聞いたが、ゴードンさんが他に仲間を連れてこなかったのは、他に乗客がいなければ、地を走る流星号の全速力で逃げられるかもという算段があったかららしいし。
「……ちっ。お前がおっ死んだら、その遺産で弔い酒といって、その勢いであのエテ公を倒しに行ったのに。最上級の討伐実績を積めなかったじゃねえか、この野郎」
「残念だったな!」
カラカラとゴードンさんが笑い飛ばす。
非常に物騒な冗談を言い合っているが、どちらも笑っているところを見ると、これが日常らしい。
「おおっと、挨拶が遅れちまった。おい、全員整列!」
と、ゲオルグと呼ばれていたドワーフの戦士が居住まいを正し、配下と思われる他の戦士たちに号令を下す。
呆気に取られていたドワーフ戦士たちが、整然と並び、
「抜刀礼、構え!」
全員が各々の武器を抜き放ち、両の手で構えて顔面の前に持っていく。
流石は一族総職人であるドワーフたちの戦士。その全てが見ただけでわかる程の業物だ。
……そういえば、こうして自分の信頼する得物を存分に見せるのが、ドワーフたちの最上級の礼だと聞いたことがある。
「恐るべきハヌマンを倒せし、人間の勇者たちよ。我らドワーフの戦士は、貴方たちを歓迎する! 山脈都市ガンガルドへようこそ!」
これ以上はちょっと望めない程の熱烈な歓迎を受け。
……僕たちはドワーフたちの街、ガンガルドへと到着したのであった。




