第百二十五話 イストファレアのゆうべ
「まずは宿探しだよな? 衛兵の人は、この街は宿は沢山あるから簡単に見つかる、って言ってたけど」
正門のところで手続きをし、イストファレアの街に入って。
ジェンドがまずそう口火を切った。
「そうだな。僕もこの街は初めてだけど、噂くらい聞く。短期の集中訓練のために滞在する冒険者とかが多いらしいから、宿も相応に揃ってるんだってさ」
短期と一口に言っても、一ヶ月コース、三ヶ月コース、半年コース……など、細かく別れているらしい。勿論、道場によってシステムも変わる。
変わったところでは、一週間ごとに別々の道場をローテーションして、一~三年かけてあらゆる武器に精通する武人を育てるという『武芸百般』コースとか。
「宿が集まっている街区には心当たりがある。ここは私が先導しようか」
「あ、リオルさん、よろしくお願いします」
リオルさんも今日はイストファレアに一泊だ。リオルさんであれば一晩中飛んでリーガレオに向かうこともできるが、折角なのでということらしい。
流石に長命種ということとあって、この街に訪れたこともあるらしく、案内をお任せすることにする。
「それにしても。フローティアより大きな街なのはともかく。……全般的に、なんかこう、汗臭いですね」
ティオがストレートに街並みを評する。
……いや、実際に汗の臭いがするわけじゃない。単に道行く人の半分以上が筋骨隆々な武人の方々で、お店とかも武器や防具の類を扱うところが多くて、数十メートル歩くごとに別の道場の看板が見えるという……多分、そんな状況を総合して『汗臭い』と表現したのだろう。
いやでも。言いたいことはわかるが、そういうのは心の中だけに留めておいてくれよ。
「ふむ、私は嫌いではないが」
「フェリスさんはそうなんですか。シリルさんはちょっとこの雰囲気苦手です」
残りの女性メンバーもそれぞれの印象を語る。……まあ、気質的にシリルはそうだよな。
「っと、なんだあれ?」
「ん?」
ジェンドが声を上げる。
「どうした?」
「いや、あそこの男。……なんか看板立てて、地面に丸書いてっけど。大道芸、ってわけでもなさそうだし」
? 確かに、ジェンドの言う通り、通りにそのような風体の男が仁王立ちしている。
男が描いたと思われる地面の円を通行人は避けており、いかにも邪魔そうだが……そういう割には、周りの人は気にもしていないようだ。
「ああ、あれか。辻決闘の募集だな」
「……リオルさん、今なんの募集って言いました?」
「辻決闘。要は『そこの貴方、ちょいと私と決闘しませんか?』という誘いだ。決闘の条件を看板に書くのが習わしでな」
アホ臭え!
いや、実戦訓練のための試合ならわかる。でも、誰彼構わず決闘を申し込むなんて、そんな危ない真似よくできるな。自分よりずっと強いやつが面白半分で挑んできたりしたら大変なことにならね?
「へえ、そうなんですか。どれどれ」
……と、僕なんかは思うのだが。
我がパーティーの一員、ジェンドクンはそういえばバトルに関しては割と向こう見ずな男なんだった。興味深そうに件の辻決闘の男の元に向かっていく。
「おう、若者よ。見たところ、この街に来たばかりのようだが、俺の挑戦を受けるか? 今回の決闘ルールは、武器のみ、魔力なしのルールだ。そちらが負けても特にペナルティはないが、俺に勝てば二千ゼニスを進呈しよう」
賞金まであるのか。いや、確かにそういう旨味でもなければ、余程のバトルジャンキーでなければこんなんスルーするだろうが。
「細かいルールは看板の方を見てくれ」
……まあ、常識的なことが書いてある。故意に重傷を負わせないこと、この決闘での恨みつらみは忘れること、仮に怪我をしても自己責任、などなど。
うーん、と悩むジェンドを、通行人の人たちが足を止めて見ている。無責任に『やれ、やれー』と囃し立てる人までいた。
……もしやるとなったら見学していくつもりらしい。
「あー、っと。みんなスマン。ちょっとだけ待っててくれないか」
「いいですけど、どうせやるんなら勝つんですよー?」
「わかってら!」
シリルの激励に、ジェンドは不敵な笑みで応える。
「ジェンド」
「……おう!」
フェリスはというと、一声かけるだけ。……それで十分に気合が入ったのか、パシン! とジェンドは自ら頬を叩き、背中の大剣を抜く。
「やーれやれ。まあ見物かね」
「ヘンリー、この勝負どう見る? 私は武術については門外漢だが」
「そうですねえ」
隣のリオルさんの質問に、僕は少し考える。
……決闘を募集している某さんの獲物は槍。同じ槍使いとして彼の腕を計るに、
「ま、問題ないんじゃないですかね」
「そうか。なら、安心して見守ることにしようか」
ジェンドと槍使いの男が、地面に書かれた円の中に立つ。一応、場外もありのルールだ。
「では、俺から名乗ろう。ラインバッハ流槍術、ジェイガンだ」
「火神一刀流、ジェンドです」
名乗りあげて、互いに武器を構える。
「おうい! 誰か開始の合図を頼む」
ジェイガンが呼びかけると、足を止めて見物に走っていた人たちの一人が、『それなら俺が』と名乗り出る。
っていうか、慣れまくってんな、この街の住人。こういう辻決闘、もしかしてよくあるの? ……文化が違ーう。
なんて呆れ半分、感心半分に思っていると、先程名乗り出た人が手を振り上げ……下ろす。
「始め!」
そうして、道端での唐突な決闘が始まった。
ジェンドの決闘騒ぎで宿探しは多少遅れたものの、無事に今夜の宿を確保することはできた。
いくつか宿の候補はあったが、さっさと飯も済ませたかったので、選んだのは熊の酒樽亭と同じく一階が食堂になっているところ。
宿探しの途中、まだ宵の口だというのにここは酔客でごった返していた。この客の入りからして味に間違いはなかろう。前菜のピクルスもなかなか美味いし。
「へへ、美味ぇなあ」
ジェンドがエールをぐびりと呑んでニヤつく。
偶然にも、先程の決闘を見物していた人が客として訪れていて、『いいもん見せてもらった礼だ』とジェンドに一杯奢ったのだ。
……勝利の美酒、というやつだろう。
ジェイガンとの決闘。流石武の街で鍛えているだけあって向こうも相当強かったが、ジェンドは終始有利に攻め立てて無事勝利を収めていた。
巨漢であるジェンドの派手な戦いっぷりは大いにウケ、決着がついた時は万雷の拍手が起こっていた。
……普通の街なら、道端でそんな騒ぎになったら官憲が飛んできそうだが、そんな気配もなく。まあ、武と血潮の都、なんて物騒な二つ名にぴったりの街だと思い知らされた。
「さて、っと。とりあえず、食事がてら明日の予定の確認するぞー」
テーブルについたパーティの面々がこちらに注目する。リオルさんは僕らとは別の旅程なので、我関せずと珈琲を啜っていた。
「僕とシリル以外は、この街で短期訓練の予定もあるけど、そいつは後回し。まず僕たちが目指すのはドワーフ山脈だ。このイストファレアから東、走って半日弱ってトコかな? それで、ヴァルサルディ帝国の国境近くに着く」
そして、国境を一歩越えればそこがドワーフ山脈……正式名称、偉大なる鉱神の山脈だ。
通常の交易とかのルートを行こうと思えば南回りでぐるっと山脈を迂回する必要があるが、ドワーフ山脈自体を目的地とするのであれば一直線に行ける。
「ドワーフ山脈の登山口? って言っていいのか。とにかく、そこの少し前のところに国の関所があるからそこで手続きして山入り。できればその次の日くらいにはドワーフの街、山脈都市ガンガルドに着きたい」
……アルヴィニア王国側からは、街の入口遠いんだよね。いくつか山越えないといけないし。ヴァルサルディ帝国側からなら割と近いのだが、山脈を迂回しないといけない関係上、イストファレアが出発地点であれば帝国経由より山越えした方が早い。
「山歩き……ですか。アルトヒルンで慣れてはいますが、想像するだけでしんどいですね」
予定を聞いて、シリルがげんなりする。しかし、
「しんどいだけならいい。油断すると、オリハルコンゴーレムとかに襲われるから……ティオ、進行方向は三十分ごとに、僕と二重でチェックするぞ」
「はい、了解です」
ドワーフ山脈は八割方魔境であるが、ちゃんとあまり魔物の出ないルートというものもある。
山脈全域で上級上位の魔物なんかが出ると、かなりの腕の冒険者や騎士が護衛につかないとまともに街を行き来できないので、当然の措置だろう。決まったルートだけは定期的に浄化をかけているらしい。
で、そのルートを外れないようにしないといけない。案内板もあるはずだが、自分たちでもちゃんと確認しないと……例えば、魔物が案内板を壊していたり、タチの悪いいたずら者が偽の案内板を作ってたりしたら、目も当てられない事態になる。ゴーレムを狩るのが目的の一つではあるが、まずはガンガルドで腰を据えてからにしたい。
「ああ、一晩は野営で。アルヴィニア王国側から向かう人用の休憩所があるらしいから、そこまで到着するのが明日の目標になる……まあ、こんなトコか?」
細かいところは出発前に詰めている。基本的なところだけ確認が取れれば、それ以上は不要だろう。特に、ドワーフ山脈で遭遇する可能性のある魔物への対処方法の予習はしっかりとやったし。
「んじゃ、明日以降の旅の無事を祈って、もっかい乾杯」
適当にジョッキを掲げると、みんなもノッてくれる。
フローティアのものより、だいぶ重厚な味わいのエールを呑み干し、おかわりを注文した。
さて、明日からの活力を得るためにも、沢山食べないとな。
……と、明日起こることを知らない、平和な僕はそう考え。
イストファレアでの夜は過ぎていった。




