第百二十三話 出発
リオルさんがやって来て一週間。
その間、リオルさんは折角フローティアに来たのに街を見ることもなく、つきっきりでラナちゃんへ諸々を教授していた。
そうして、予定の滞在日程をすべて消化し。大魔導士がリーガレオに戻る時がやってきた。
「まだまだ教えたいことはあるが、ラナ君であればもう一人でなんとでもなろう」
「はい。この一週間、教えていただいたことは忘れません」
グランディス教会の裏。教会のトップのカステロさんの手配で、関係者以外は今の時間立入禁止となった訓練場で、ラナちゃんとリオルさんの臨時の師弟が別れの挨拶を交わす。
「うむ。そうそう、例の仮説の検証とやら、結果がわかればすぐに知らせてくれたまえ。仮にラナ君の予想通りだった場合、革命が起きるぞ」
「あはは……そんな大げさな」
なんのことかはよくわからないが、リオルさんの言葉をラナちゃんは軽く笑い飛ばす。リオルさんは肩をすくめ、『まあいい』と返した。
「……リオルさん、娘のこと、ありがとうございました」
「私からも、ありがとうございます。いやあ、こんなお偉い先生に教えてもらえるなんて、うちのラナもやるもんだね」
「いやいや。私にとっても楽しい時間でしたよ。ノルドさん、リンダさん。宿では美味しい食事をありがとう」
リオルさん、ノルドさん、リンダさんもそれぞれ挨拶をする。
なお、今日この訓練場に集まっているのはそれだけではない。
「シリル。しっかりやりなさい」
「怪我はしないように注意しないと駄目よ?」
「はい! 頑張ります!」
……結局、リオルさんに同道させてもらうことになったため、僕たちパーティのメンバーと、その見送りの人たちも集まっている。
一番見送りが多いのはシリルで、公務で忙しいはずの領主様とアステリア様が当然のように来て、激励をし、
「シリルー、お土産よろしくねー?」
「長旅なんだから、あのヘンリーさんって人ともう一歩進展しなよ?」
「頑張ってね!」
……と、普通の友達も何人か来ている。
しかし、進展ねえ……そういうことしている暇あるかなあ。と、なんとはなしに聞こえてしまったシリルの友人の言葉に、ぽりぽりと頬を掻く。
「ジェンド。一回り大きくなって帰ってきなさい」
「はい、師匠!」
ジェンドには師匠であるリカルドさんが来ている。友達とは、昨日送別会をしたらしい。
ティオも、家族が見送りに来ているし、
「少し疎外感を感じるね、ヘンリーさん」
「まあな、少し」
そういった人がいない僕とフェリスは、手持ち無沙汰である。
いや、トーマスさんとかフレッグさんとか、知り合いには挨拶はしたんだけどね。それぞれ仕事もあるし、見送りに来れなかったのは仕方がない。
ともあれ、別れの挨拶もそろそろおしまいだ。
リオルさんはなんかシリルの友人の一人と、領主様へサインを書いているが、あれが終わったら出発かね。
「サインなんて欲しいものなんですかねー」
友達との会話を済ませ、こっちにやって来たシリルが興味なさげに言う。
「まあ、英雄だしなあ。有名な冒険者になると、結構ああいうことあったりする」
モノホンのアイドルやってるロッテさんは別格だが、国民的英雄であるエッゼさんとか、聖女(笑)のイメージのあるユーとか、割とサインをねだられていた。
別に英雄に限った話でもない。活躍した冒険者は憧れの対象になったりするのだ。吟遊詩人とかがモチーフにしたりしたら、一気に有名人になったりする。
「ほほう、それはいいことを聞きました。私も、ああいう風にサインを求められるような冒険者になります! 今からサイン書く練習しといた方がいいですかね?」
「んな無駄な努力をする暇があったら、杖術の訓練でもしてろ」
「無駄とはなんですか!」
ぎゅ~、と腕をつねられる。……シリルの握力でやられてもこそばゆいだけだが。
「大体、そう言うヘンリーさんはどうなんです? 魔将に止め刺したり、結構騒がれたのでは?」
「僕? 僕は、そうねえ……」
言葉を濁す。
確かに、冒険者通信に載るような活躍をしたことも両手の指程度にはある。外の街での評判は知らないが、リーガレオではそれなりに顔も腕も売れていた。
でもなんでかね? そういう風にチヤホヤされた記憶はとんとない。……まあ、仕方がない。僕地味だもんね。顔も、戦闘スタイルも。
……チクショウ。
「…………あっ。すみません」
「なぜ謝った。なぜ謝った?」
なにかを察して謝罪の言葉を口にするシリルのほっぺを、手の平で左右から押しつぶす。
「むにゅぅ!? にゃにすりゅんですか!」
「うむ、よし」
シリルの変顔を拝めて溜飲は下がった。ポカポカとシリルは抗議のパンチを繰り出してくるが、まあ甘んじて受けてやろう。
「ん?」
ふと視線を感じる。……シリルの友達たちがヒソヒソと話してこちらを指差していた。なんか顔を赤らめ、きゃーとか言ってる。
……やっべ。他の人たちはいつものこととスルーしているが、なんかあの子たちにはあらぬ誤解を抱かれている気がする。
ま、まあ。これからドワーフ山脈行って、その後は賢者の塔だ。帰ってくる頃には忘れられているに違いない。
「り、リオルさん、そろそろ出発しませんか?」
「うむ、そうだな。名残は尽きぬが、そろそろ行かねばなるまい」
その言葉に、僕たちパーティはリオルさんの側に集まる。他の人たちは少し距離を取った。
「それでは、フローティアの良き人々、しばしの別れだ。ありがとう」
リオルさんが言い、ステッキで地面を突く。
先端の黒水晶から溢れ出る術式が僕たちを取り囲み、まるで巨大な鳥のような形を取る。
「飛行術式:導きの鳥、起動」
その言葉とともに、身体の重みが消失していく。なにか見えない力に持ち上げられるような感覚がして、僕たちはふわりと宙に舞った。
術式『導きの鳥』。なお、この言葉自体に意味はまったくない。リオルさんは、大体いつも即興で必要な術式を組むが、流石に何度も使うような術式は覚えておいたほうが効率がいい。こうして術式に名前をつけることで、記憶から引き出しやすくする……らしいよ。
「お、おお?」
「こ、これは初めての感覚だな……」
「ジェンド君、フェリスさん、落ち着きたまえ。暴れると、余計に危ない」
「は、はい」
「わかり、ました」
初めて『導きの鳥』を経験するみんなは大なり小なり慌てる。リオルさんは少しだけ浮いた状態で待機して、みんなが落ち着くのを待った。
そうして、みんなの気が落ち着いた頃、
「……はっ!? そういえば私スカートなんですが!」
シリルが今更な事に気付いた。
「なに、そこは安心してくれ。空を飛んでいるところを見られると騒ぎになるからね。下からは見えないよう、カムフラージュの術式も仕込んでいる」
「そ、そうなんですか」
ほっ、とシリルは一つ安堵のため息。……もうちょっと早めに気付けよという話である。
「さて、それでは行くぞ」
「はい、みんな、いってきまーす!」
ふわりと上昇する。高度はぐんぐんと上がっていき、やがて見送りの人たちの姿が小指の先程の小ささになる。カムフラージュの術式もあるため、もう下からは僕たちの姿は見えないだろう。
「た、高い、ですね」
「なんだ、ティオ。アゲハならこのくらいの高さから放り出されても平気な顔して着地するぞ」
無論、僕も受け身失敗したら怪我するだろうが、そもそも失敗しない。
「……勿論、私だって高所での訓練は積んでます。経験したことがない高さだったから少し驚いただけです」
「そうか。まあ、すぐ慣れるよ」
他の三人も、この高さには勿論ビビっているようだ。順に声をかける。
……懐かしいな、僕もこんな反応していた時もあった。
ふと初めて飛んだ時の思い出が脳裏をよぎる。
僕が十八の頃。とある魔物の大攻勢があった。
その時、ユー、アゲハを含む当時のパーティメンバーと共に、僕はリオルさんと臨時で組んで魔物の大群の上空にこうして移動し……魔物たちのど真ん中に向かって、リオルさんにフリーフォールを敢行させられた。
『上空からの奇襲だよ。なに、支援はするし、弾はまだまだある』
……落下を始めた僕たちに向けて、同じく連れてきていた他のパーティを『弾』扱いしながら、リオルさんはそうのたまった。
英雄と一緒なら安全に戦果を稼げるだろう、とノコノコ付いてきたそいつらが青い顔になるのは傑作だった。笑えないのは、多分僕たちもまったく同じ顔をしていたことだろう。
……まあ、流石に歴戦の英雄の戦術眼というか。的確な場所に適切な戦力を送り込んでいたため、その攻勢は無事に食い止められたわけだが。
ど~も、この人。こと戦いとなると、色々と常識とか配慮とかをブッチする傾向にある。
「さ、そろそろ皆も慣れたろう? 移動を始めるぞ」
「はい。それはそうとリオルさん、唐突ですがあとで殴らせてもらえません? ちょっと初めて空飛んで、放り出された時のことを思い出しまして」
「急になんだね、ヘンリー。そんな昔のことを。あの時のことは軽率だったと謝罪したではないか。紳士たるもの、暴力に訴えるのはやめたまえ」
アンタのあのクッソ雑な戦力投下が紳士的だったとでも言うのか、この野郎。
「それに、あの後も何度もやった戦術ではないか。なにを今更」
「はあ……まあ、確かに有効じゃありますからね」
敵陣の急所にピンポイントで攻撃に向かえるのはデカい。流石のリオルさんでも、導きの鳥発動中は大きな魔導はあまり使えないが、多少の航空支援くらいはしてくれるし。
あと、個人的に飛行系の魔物を上から奇襲するのはすげぇスカッとする。
「さて、馬鹿なことを言っていないで、そろそろ出発するぞ」
リオルさんがステッキを一振りすると、術式で編まれた鳥がその翼をはためかせる。
そうして、加速。一気にフローティアの街が遠ざかる。
「お、おお~。凄く速いですね」
「さらば我が故郷、ってか」
シリルとジェンドがそれぞれ感嘆の声を上げる。
……こうして、今回の僕たちの旅が始まった。




