第百二十一話 宣戦布告っぽいもの
八英雄の一人であり、大魔導士の二つ名を持つリオルさんがフローティアの街にやって来て三日目。
リオルさんは寝る間も惜しんでラナちゃんに色んなことを教授している。流石に熊の酒樽亭では集中しづらいと、グランディス教会の貸し会議室を貸し切ってやっていた。
「そんなに頑張ってるんですか、ラナちゃん」
「ああ。昨日ちらっと様子見たけど、すんげえ集中力でな」
「……やっぱり、ラナはやるやつですね」
と、そんな二人をねぎらうため、僕はシリルとティオを連れて、甘味を差し入れに教会に来ていた。
まあ、ついでに今の仲間を紹介しておきたいということもある。あの人も、僕にとっては色々と世話になった人だからして。
「それにしても、大魔導士……ですか」
「いやまあ。ちと大仰だけど、大げさじゃあないんだよ。あの人、時間さえあれば、マジのマジでフローティアの街を一発で壊滅させかねないからな」
「ふぅん」
はて? なにやら気のない返事。シリルのことだから『それは凄いですねえ』と無邪気に驚くものかと思っていたが。
「……それにしても。英雄の方がまたこんな田舎に来て、騒ぎにはなっていないんですか?」
「ま、正体隠してっから。リオルさん曰く、無闇に騒動の種になるのは私の本意ではないのでね、ってさ。流石に、ここの教会のトップのカステロさんには話通してるけど」
リオルさん、英雄の中じゃ新聞とかへの露出は少ない人だから、普通に誤魔化せた。カステロさんの顔は引き攣ってたけど。
……いや、うん。若手英雄のユーとかアゲハとかと違い、エッゼさんを始め、古株の英雄はえらいコネ持ってっからな。ロッテさんみたく公式訪問ならまだしも、非公式にやって来たリオルさんには気を使わざるを得ないだろう。
教会に入り、冬は大体いつも昼間から管を巻いている連中がひしめいている酒場を横目に、階段を登って二階へ。
昨日と同じ部屋を借りているはずなので、僕は迷いなく第三会議室の扉を開けた。
「――とまあ、術式が肥大化する場合は、制御用の圧縮魔導陣を別途敷くのがセオリーとなる。こうすることで、術式の第二臨界を突破できるわけだ。この制御陣は別の術式に転用もできる」
「先生、それであれば最初から整理した形とした方が合理的では。方陣方程式にニムロス理論を適用して、こう、こう、こう」
「ラナ君は実に飲み込みが良い。しかし、その場合はここのサークルが破綻し、暴走するな」
「……これならどうです?」
「ふむ? ……んん、成程」
と、黒板に術式をお互いに書きまくっている二人がいた。
見た目、クロシード式の術式の一部っぽいのが混じっているのはわかるが、それ以上は全然わからない。というか、ぐっちゃぐちゃで書いていた当人たちにしかわからないだろう。
「――ふむ! やや非効率な面はあるが、新しい構築式であるな! ラナ君、ノートに取るので少々待ちたまえ」
「はい、私も書き留めておきます」
二人がお互いにノートを取り出し、凄い勢いでメモっていく。
そして、そのメモが終わる頃に、僕は恐る恐る声をかけた。
「……あのー。二人とも、こんにちは」
「ん? ああ、ヘンリーか。いつの間にやって来たのだ?」
五分前からいます。
「あれ、本当だ。ヘンリーさん、こんにちは。ティオにシリルさんも、どうもです」
ラナちゃん、君もか。
「随分議論が白熱していたみたいですけど」
「うむ! わざわざフローティアの街まで来た甲斐があったというもの。ラナ君の見識には驚かされるばかりだ。私としたことが、時に教わることもある」
「そんな、私の言っていることなんてただの思いつきで。先生にはまだまだ学ぶことばかりですよ」
……えらい勢いで信頼関係が構築されているな。
「その発想こそが、なによりも代えがたいものなのだよ。コンラッド君の教えも良かったのだろう」
「? リオルさん、コンラッド教授とお知り合いなんですか」
アルヴィニア中央大学に誘われたラナちゃんに付き添って王都に行った時に、話をした教授さん。
今もラナちゃんは文通で色々と教えてもらっているということだが、まさかリオルさんの知り合いだったとは。
「私は一時期、アルヴィニア中央大学で教鞭を取っていたことがある。当時准教授のコンラッド君とは懇意にさせてもらっていたよ」
「へえ」
まあ、十年前の魔王戴冠前は、リオルさんも普通に教授職がメインで冒険者は兼業っつってたしな。おかしい話ではないか。
で、どこそこで上級の群れがー、とか最上級がー、って事態が発生したら、文字通りすっ飛んで行ってたとか。
「それでヘンリー、何用かな? 聴講していきたいというのであれば歓迎するが」
「……僕に理解できるわけないでしょう。ただの差し入れです」
と、僕は持ってきた紙箱を掲げる。中は、フローティアでも人気の菓子店のケーキだ。
「ほう、これはありがたい。丁度いい、ラナ君、休憩としようか」
「あ、はい。そうですね、朝からぶっ続けでしたし」
なお、今はもう昼の三時。
「……ご飯はちゃんと食べてくださいね」
「なに、冒険者の嗜みとして保存食の類は揃えている」
街中なのに保存食で食事を済ませるとか……こりゃ、明日からも定期的に見にきたほうがいいかもな。リオルさんはどうせ平気だろうが、ラナちゃんが倒れでもしたら、この人をこの街に呼び込んだ身として申し訳ない。
「して? その前に、そちらのレディたちを紹介してくれないかね。こうして連れてきたということは、彼女たちが噂に聞く仲間かな?」
「はい、まあそういうことでして」
「ティオです」
「……どうも、シリルといいます。よろしくお願いします」
んん~? なんだあ? やっぱりシリル、ちょっと様子が変だ。さては腹でも痛いのか?
「ああ、リオルさん。知ってるかと思いますが、ティオはアゲハの従妹なんですよ」
「そうか……噂には聞いていたが、縁とは不可思議なものだ」
それもそうだが、やつがもうちょっと僕の隠居先について興味を示していたら、こっちに来る前に判明していた気がする。……わざわざ周囲に吹聴していたわけではないが、親しい連中には行き先を伝えていたのに、あいつガン無視だったもん。
「そして、シリルさんがヘンリーの恋人……か。綺麗なお嬢さんを捕まえたものだ」
「え、ええと。どうも」
いつものシリルであれば、『リオルさんはお目が高いですね! ヘンリーさん、こういうトコですよ、こういうトコ!』と大はしゃぎだろうに、やはり何事かあったのか。
「で、差し入れはケーキなんですが。色々種類買ってきましたけど、どうします?」
「勿論、選ぶのはレディが優先だ。ラナ君、そしてそちらのお二人さん、どうぞ先にお選びなさい」
リオルさんの言葉に僕も異論はなく、三人に先に選ばせる。シリルは年長として、ラナちゃんとティオを優先して一歩引き……なぜかリオルさんの真正面に立った。
「り、リオルさん」
「はい、なんですかな」
すぅー、と、シリルは一つ深呼吸をして、キリッとリオルさんを真っ直ぐに見据えて、
「大魔導士、とか呼ばれていらっしゃるみたいですが、いつか追い越してあげますからね! そう、大魔法使いシリルさんが!」
ばばぁーん、と、胸を張って宣言する。
その気合の入りっぷり、なんか後ろに炎かなんかの幻影が見えた気がした。
「てい」
「あいた」
それはそれとして後ろからはたく。
「な、なにをするんですか、ヘンリーさん」
「それは僕の台詞だ。お前、初対面の人にいきなり変なこと言うな」
「むぅ、変じゃありませんよ。英雄って呼ばれる人を超えるくらいの意気があると褒めてください」
いや、やる気は買うが、いきなり喧嘩売るようなもんだろ。短気な人なら怒るぞ。
「あー、と、すみません、リオルさん。ほれ、シリルも」
「う……その、ごめんなさい」
しかし、んなこと考えてやがったのか。それでか、様子がおかしかったの。……あっさい理由だった。心配して損した。
「はっはっは、いやいや。なかなか愉快なお嬢さんじゃないか。それに……ヘンリーからの手紙からして、大言壮語というわけでもないのだろう?」
「将来的に、可能性がないとは言いませんがね……」
魔導士、ないし魔法使いは後ろで強力な術を使ってさえいればいいというものではない。前衛との連携、効果的な魔導・魔法の取捨選択、敵に近付かれた場合の対処、などなど。覚えるべきことはいくらでもある。
そういう意味では、シリルはまだまだだ。
「なに、純人種の成長は早い。すぐの話だろうと私は思うよ」
「はあ」
寿命が五百年とも、千年とも言われる長命種の考えはよくわからん。
「……おっと。それはそれとして、残ったケーキのうち、このオレンジのシフォンケーキは私がいただきました」
「取りゃしないからそう慌てるな」
更に残っているうち、シュークリームを僕が、チョコレートケーキをリオルさんが選ぶ。
食器の類は、ティオの鞄の中に入ってるのを使わせてもらった。相変わらず『容量拡張』付きは便利である。
「いただきます、っと」
シュークリームを慎重に口に運ぶ。シュークリームを食べると、よくクリームが零れ落ちてしまうので、ゆっくりと慎重に薄いシューに歯を立てる。
噛んだ瞬間、怒涛のような甘みのクリームが口の中に広がった。甘みが強いが、下品ではない。混ぜられたバニラとブランデーの風味が強く口の中に残る。
……うむ、美味い。
「あ、ヘンリーさんのそれも美味しそうですね。一口ください」
そして、余韻を味わう暇もなく、流れるようにシリルがねだってきやがった。
「……やだよ。お前にはシフォンケーキがあるだろ、シフォンケーキが」
「じゃあ、こっちも一口あげますから」
はい、と茶目っ気たっぷりにシリルはケーキを一切れ突き刺したフォークを僕に差し出す。
ピキーン、と固まる僕に対し、シリルはこの状況をなんとも思っていないのかニコニコ笑っていた。
……こういうのに羞恥心感じない性格ってオトクだよね!
ラナちゃんが、年頃の少女らしく好奇の視線をビシバシ飛ばしてきている。ティオは『なにやってんだコイツら』と呆れ顔。リオルさんは『ふむぅ、甘味は文明の味だな』などとまったく無関心。
……僕は熟慮の末、フォークごとケーキを謹んで受け取り、シリルの口にシュークリームを押し付けた。
なんか頭良さそうな会話をそれっぽく演出できる文章力が欲しい




