第百十九話 遠征
「バノンさん、こういう話なんですがなんとかなりませんか」
「うーん」
ジェンドの説明を聞いて、カッセル商会お抱えの鍛冶師の中でも随一の腕を持つというバノンさんが唸る。
職人街、鍛冶師の工房が並ぶ一角。今日これで訪れる工房は三軒目だが、色良い返事は未だもらえていない。
「……いや、ジェンド坊の頼みならなんとかしてやりたいとは思うんだが。流石に、オリハルコンやら純ミスリルやらをそっちの勇士さんが求める水準で扱えるやつぁ、俺どころか、この界隈にはいないと思うぜ。見せてもらった手甲も脚甲も靴も、今の俺じゃあ逆立ちしたって作れないレベルだ」
バノンさんは、こんなもん作れませんかね? と見せた僕の装備を見て手を上げる。
手甲、脚甲はオリハルコンとミスリル、後ドラゴンの骨をすりつぶした粉末がメインで、後は頼んだ鍛冶師の門外不出の配合で微量金属を混ぜた合金製。
靴の方は、これまた複数の魔獣の皮をこう上手いこと組み合わせた上で、靴底にアダマンタイトを仕込んでいる。
「バノンさんでもですか」
「普通の鋼や、中級の魔法金属ならそれなりのモン仕立ててやれるけどな。そもそも、この街じゃそんな金属、扱う経験自体積めない」
やっぱりかあ。前の二軒で言われたのと同じような説明を受け、僕はぐぬぅ、と唸る。
……この工房巡りは、みんなの装備を新調のための事前調査である。
そして、僕らの目標が最前線行きである以上、新調する装備はリーガレオでも十分以上に通用するものでないといけない。
僕はまあいいとして。
ジェンドの装備は大方が神器製。大剣ブレイズブレイド、風を吹かせる機能を全然使っていないウインドメイル、堅固の小手。
フェリスは、剣と盾が家伝の品で、一番値段の張る鎧が神器の誓いの鎧。
シリルとティオの装備は、鍛冶より服飾とか魔導技師の分野の品なので一旦置くとして。
……決して、今の装備でやっていけないというわけではないが、リーガレオで一角の冒険者になるのであれば、もう一、二ランク装備の質を上げたい。
かといって天の宝物庫を当てにするのは博打が過ぎるので、やはり一品物を職人さんに仕立てて貰う必要がある。
資金の問題もあるし、一回どんくらいかかるか調査しようぜ、とこうなったわけだが……そもそも、モノが作れないと言われてしまった。
いや、考えてみれば当たり前である。アルトヒルンの上層にでも行かなければ、この街の付近には中級以下の魔物しか出没しない。つまり、そこまで強力な武具の需要がない。そうなると、バノンさんが言った通り、鍛冶師さんは取り扱う経験値が絶対的に不足するわけだ。
……僕の手甲と脚甲、破損しなくてよかった。
「俺も、師匠ンところでの修行時代、少しだけ触ったことあるけどな。まあ、上の方の魔法金属の扱いって難しいんだよ、色々と」
「そうなんですよね……僕の装備も、加工費、目ン玉飛び出るくらいでしたし」
「だろうな」
材料を半分くらい持ち込んだからまだマシだったが、それでも相当かかった。
「つーわけで、折角の頼みを断るのはなんとも心苦しいし、職人としてのプライドも傷つくが。……できない仕事を、できるとは言えん」
「いえ……話を聞いていただいてありがとうございます。僕たちもちょっと考えてみます」
「おう。すまねえな」
と、バノンさんの工房を後にする。
ジェンドと二人、まだまだ降り積もっている雪を踏みしめながら、通りを歩く。
「あ~~、シクったな。そりゃ、ちょい考えればわかることだったよ」
「俺も、先に気付くべきだったな。そういや、ヘンリーの装備に使われてるような金属、そもそもこの街じゃ滅多に流通しねえんだった。加工後の製品なら、たまに扱うけど」
街の物流とか、当然のように押さえてんのな。流石大店の息子。
「このレベルの装備は、流石に取り寄せるもんじゃないしなあ。ノーザンティアの工房当たってみるか?」
「うーん、そうだな。商圏には食い込めてないけど、一応、うちの伝手がないわけじゃないから、手紙でちょっと聞いてみるか」
「この時期、手紙高いんだよな……前リーガレオ宛に送った時、普段の倍くらい手数料取られたぞ」
「ああ、特に北方は雪で閉ざされるしな」
なんて雑談をしながら歩いていく。
まあ、フローティアの鍛冶師さんは駄目だったが、流石に四方都市の一角ノーザンティアであれば、リーガレオ水準の装備を作ることのできる職人はいるだろう。
僕も、そしてジェンドもこの時はそう楽観しており。
空振った腹いせに帰りに一杯引っ掛けるほどの余裕を見せていたのだが。
……その考えが甘かったのだと知るのは、十日後のことである。
「……ヘンリー、こいつを見てくれ」
「ん? どうした、ジェンド。なんだよ、これ?」
パーティの定例のミーティング。
一通りの話が終わったところで、ジェンドが渋い顔をしながら一通の手紙を差し出してきた。
「この前話してた通り、ノーザンティアで強い装備作れる工房を当たってもらったんだが、その返事だ」
「ふーん? どれどれ……」
読んでみる。
とは言っても、一枚っぺらに要点がわかりやすくまとまっているので、そう時間のかかるものではない。
読み進んで……最後まで読んで、僕は目をこすってもう一度読み返した。
「オリハルコンやらなにやら扱える工房は、ノーザンティアで四軒……全部予約待ちで、受付は最短で一年後……」
「値段の方も、こりゃよっぽどだ」
ジェンドが嘆息して言う。確かに、参考価格として添えられている数字は……いくら冬になるまでアルトヒルンで荒稼ぎしていたとはいえ、まだこいつらの手の出る値段ではない。
「どれどれ~? 私にも見せてください」
「ほい」
シリルが興味を惹かれて手紙を要求してきたので渡す。すぐに『うひゃあ!?』と黄色い声を上げた。
「どら……うん、ヘンリーさん、これは無理だ」
フェリスも一読し、爽やかに言い切る。フェリスは先日、とうとう親父さんの借金を完済したとのことだが、それだけに貯金はあまりできていない。確かに現時点では手も足も出るまい。
「いやまあ。予約待ちの一年、稼ぎに専念すれば十分捻出できる金額だとは思うが」
「そこまで足踏みはしたくありませんね」
ティオが言う。
……まあ、そういうことだ。
「なら、王都とか他の四方都市を調べるのはどうだ? 転移門で繋がっているんだから、調査も簡単だろ。安いとこあるかもしれないし」
「うーん、安すぎても怪しいし、大体素材費だけで足が出るよな……ちょっと待ってろ」
僕は、今まで他の冒険者から聞いた話を思い返しながら、教会二階にある資料室に向かう。
資料室の中で一際大きい本を手に取り、司書さんの許可を取り階下へ。教会の外への持ち出しは厳禁の、僕が勇士でなければ資料室から借りるための審査に数時間はかかるであろう重要資料。
「北大陸魔物分布大全……また、えらい資料持ってきたな」
「んー? 内容はタイトルでわかりますけど、コレでどうするんですか?」
シリルの質問に、僕はコホンと一つ息を整え、
「まあ、一つの提案なんだが。春頃になったら、遠征に行かないか?」
「遠征……? ヘンリーさん、どういう意図だろう」
「装備の更新のための稼ぎ場としては、フローティアはいかにも効率悪い。アルトヒルン上層の巨人とか雪の女王はイマイチコスパ悪いし、ドラゴンは滅多に遭遇しないしな。だったら、武具の材料をドロップするやつとか、金銭効率のいい魔物とかのいる地方に、ちょっくら行ってみないかってことだ」
こういうことは、多少ベテランのパーティなら割と普通のこと……らしい。僕は実はやったことない。
「ほほー、なるほど。それは楽しそうですね!」
「シリルー、別に物見遊山をするなとは言わんが、もうちょっと真面目に」
「はぁい」
冗談を言うシリルを窘め、みんなに『どうだ?』と尋ねる。
「多分、数ヶ月はかかると思う。なんなら、前言ってたイストファレアの道場と、サンウェストの賢者の塔の短期訓練の参加もついでにやっちゃいたいし。で、しばらくフローティアから離れることになるし……その後、一旦は戻ってくるにしても、後はすぐにリーガレオ行きになると思う。予想より早く街を離れることになるけど……」
僕とフェリスは、この街に住んで一年と経っていない。しかし、他の三人は長く住んで、家族や友人もいる。春に向かうとなると、後たった二、三ヶ月。
身辺整理や挨拶もあろう。それになにより、リアルにこの街を出ていく、ということに、今更ながら拒否感とか……
「そういうことなら、春と言わず、準備ができたらさっさと行こうぜ。俺はもう、大体全部用意は整っている」
「シリルさんも、お友達とのお別れとかは去年済ませてますし」
「……私も大丈夫です」
即決かよ!
「ちょっとは躊躇ったりさあ。特にティオ、お前はまだ十五なんだから」
「この国じゃ十六で成人だそうですが、リシュウは十五で成人ですので」
あ、そうなの? ……って、お前祖父さんがリシュウ出身ってだけで、生まれも育ちもアルヴィニアだろ。
しかし、こうと決めたティオを説得するのは無駄だと、僕ももう理解している。シリルとジェンドもだ。……ちと、侮った質問だったかな。
「念の為、フェリスは?」
「勿論構わない。こうなることを見越して、この街ではあまり固定の患者さんは受け持たないようにしていたからね」
そういう調整もしてたのか……
「じゃ、問題ないですね。さあヘンリーさん、どこ行くか決めましょうー」
シリルが僕の後ろに立ち、一緒に北大陸魔物分布大全を見る態勢になる。
他のみんなも勿論これから自分たちが行く場所なので興味を持ち、横から覗き込む。
ペラ、ペラと一枚ずつページを捲っていく。
「ちなみに、どういう魔物がいいとかあるんですか?」
「うーん、パーティの相性もあるし、単価が高くても出現頻度が低けりゃ意味ないし。かなり悩ましいんだよなあ」
実力的には余程変則的な戦い方をする魔物でもなければ、遅れは取らないだろうが。
「武具の材料を落とす魔物なら、金属ならオリハルコンゴーレムとか、ミスリルゴーレム……」
ひとまず、そいつらが出没する場所をまず見てみるか。
ええと、と資料の一番後ろにある、魔物別の索引からページを探し出し、
「……ヴァルサルディ帝国、『偉大なる鉱神の山脈』、ね」
種族柄、職人気質が強く。平均的に、人間の職人よりも腕の立つドワーフの住まう山。
アルヴィニア王国との国境を隔てる役目も果たす一大山脈が、最初に見つかった。
 




