第百十七話 一年
年の瀬。
色々あったこの一年も、もうすぐ終わりを迎える。
昨日は、熊の酒樽亭の大掃除の日だった。宿泊客とはいえ、なにかとお世話になったので僕も屋根の上の補修とか、二階より上の窓を外から拭いたりとか、そういう危ないところの作業を買って出た。
グランディス教会も、大掃除や年明けの新年の儀式等でバタバタしており、なんか冒険者も手伝いに駆り出され……そんな諸々が終わった今日。一年の終わりの日。僕たちパーティは、フェリスの借りている部屋に集まっていた。
「ロクにものもない部屋だけど、寛いでくれ」
「ああ、全然いいよ。ほら、ノルドさんに色々作ってもらってきたから」
僕は、熊の酒樽亭特製メニューの詰まったでかい弁当箱をテーブルに置く。
「俺もいい酒を親父にもらってきたぞ」
「うわっ、フェブランの四十年モノじゃないですか。すごいの持ってきましたね、ジェンドさん」
ジェンドの取り出した瓶のラベルを見て、ティオが目を輝かせる。ウィスキーの銘柄には詳しくないが、なんかお高そうな意匠の箱に入っている酒だった。
「ティオちゃん、それって高いんですか?」
「一万ゼニスはします」
「高っ! わ、私は遠慮しときますね。味わかりませんし」
あー、確かにシリルにゃ向かないな。度数高すぎだし。
「よく親父さんが許してくれたね」
「年末の集まりで呑むからくれって言ったら、そんときは断られたけどな。部屋に飾るだけ飾って、呑みやしないんだからいいだろ、ってお袋が」
きっぷのいいお袋さんである。ジェンドんちで訓練してるからたまに会うけど、よくお菓子とかくれる。
ともあれ、折角のいい酒なのだから、ありがたくいただこう。
弁当箱を広げ、各自にグラスが行き渡り、僕たちはフェブラン、シリルは果実酒を注ぎ、
「リーダー、挨拶頼むぜ」
「ええ……僕、そういうの苦手なんだけど」
「身内しかいないんだ。そう緊張することないだろ」
ジェンドに急かされ、僕はこほんと一つ咳払いをする。
「えー、じゃあ。僕たちのパーティが結成して、まだ一年も経っていないけど。でも、色んなことがあった一年だった。誰一人、大きな怪我もなく冒険ができてよかった。来年……リーガレオに行ってもこの調子で頑張ろう」
とっちらかった挨拶になってしまったが、気にする奴はいない。
僕はグラスを掲げ、
「それじゃ、今年の無事の祝いと、来年の更なる躍進を祈念して、乾杯!」
そうして。
僕たちパーティの、年末のお疲れ様会が始まった。
このフローティアでは、その年の終わりの日には親しい人同士で集まって過ごすのが主流である。
殆どは家族で集まるのだが、ジェンドとティオんちは商会で、従業員を集めての宴会やってるし、領主様方は王様への年始の挨拶のため王都であるセントアリオ行き。僕とフェリスは……まあ、うん。
そんなわけで、今年はパーティで集まって年末を過ごすことにした。
フェリスの部屋なのは、他のメンバーの家だと家にいる人に気を使わせそうだったからだ。一人暮らししているフェリスであれば、その辺りの心配はない。
「……美味い、気がする」
そうして、ジェンドが気を利かせて持ってきてくれたお酒を呑み、僕は他の酒との違いを頑張って判断しようとする。
「ふう……いい味だ」
「ええ、お値段に負けない、いい味ですね」
でもって、そんなに気張らなくても違いのわかるジェンドとティオは、そう感想を漏らしていた。
「ふぇ、フェリスはどうだ?」
「うーん、美味しいとは思うし、普段呑んでるものと違うことはわかるけど。それ以上ではないね」
よかった、仲間がいた。
つーか、ジェンドはまだしも、なんでティオが高級酒の味とかわかってるんですかねえ?
「あ、ヘンリーさん、ヘンリーさん。熊の酒樽亭のお料理も美味しいですが、私も今日はちょいと腕を振るってきました。どうぞどうぞ」
「おう、ありがとうな」
流石にプロのシェフであるノルドさんには一歩及ばないものの、シリルも大概料理上手である。付き合い始めてから何度か作ってきてくれたが、今日は特に気合が入っているようだ。
「んじゃ、このミニハンバーグを」
食べやすいように一口大で作られたハンバーグを口に運ぶ。
噛むと肉汁が溢れ出て、滅法美味い。冷めても美味しく食べられるように工夫が施されているようだ。
そこで、くいっとウィスキーを流し入れ……はあ、たまらん。
……お、今なんか、高い酒の味が少しした気がするぞ。
「シリル、シリル。これ、やっぱ美味しいっぽいぞ。折角なんだから、少し呑んでみないか」
「えー、ウィスキーとか、前一舐めしただけでうええ、ってなったんですけど」
シリルに勧めてみるがやはり断られる。まあ、無理強いすることも……と思っていると、ティオが口を開いた。
「シリルさん、それはストレートで呑もうとするからですよ。水割りにしますからちょっと待ってください」
と、ティオはいつも持ち歩いている神器の鞄をゴソゴソして、なんか取り出す。
えー、アイスペール、グラス、ステアする用のバー・スプーン……えっ、この子未成年なのになんでこんなの買い揃えてんの。
「氷は少々お待ちを」
続いて取り出したのは叢雲流魔導の術符。
「氷よ」
氷の魔導らしい。空中に大人の握りこぶしより二回りくらい大きい氷の塊が生成され、
「ふっ!」
ティオがこれまた鞄から取り出したナイフを一閃。ブロック状に切り分けられた氷が、下に置かれていたアイスペールにどこどこと入っていく。
「……いや、ティオ。お前マジでなにやってんの」
「? 見ての通り、水割りを作る準備ですが。ああ、水の方はヘンリーさんに出してもらってもいいですか。うちの魔導は使い減りするので」
見ての通り……じゃねえよ。なんだ今のものすげー手慣れた動きは。さては、自分ちでもやってんな、こいつ。
「ま、まあ、折角ティオちゃんが準備してくれるんですから、いただきます」
「はい。もう少し待ってください」
と、そこから水割りを作る流れも堂に入ったものだった。僕は言われるままに《水》の魔導で水を提供し、ついでに僕の分の水割りも作ってもらった。
そうして、シリルがおっかなびっくりグラスに口をつけ、
「……あ、これなら呑めます。まだちょっとアルコールがきついですけど、複雑な味がして美味しいですね」
「ああ、結構口当たり変わるなあ」
あまり『酒を割る』っていうのがピンとこなかったので、もっぱらストレートやロックで呑んでいたが、これは僕の不明だったか。
「ティオ、俺も水割りくれ」
「じゃあ、私も」
大道芸のような準備がやはり目を引いたのか、ジェンドとフェリスもリクエストした。
「了解です」
ティオはいそいそと氷を作り足し、水割りを作り二人に渡す。当然自分の分もだ。
そうして。
持ち込みの料理や酒を存分に飲み食いし、軽い酩酊の中で雑談を交わす。
「……しかし、ヘンリーが最初に言ってたけど、本当今年は色んな事があったな」
「ええ、そうですねー。冒険者始めた頃は、この時期はまだまだ修行中なんだろうなあって思ってたんですが」
パーティの最初の二人がそう零す。
まあ、二人は地力があるから、他の冒険者よりすいすい上に行けていただろうが。贔屓目抜きに、僕が入ってなかったら……今ならグリフォン辺りかな。それでも大概な成長スピードではあるが。
「私も……お爺ちゃんが狩りに出れなくなって。それで、冒険者やろうとして、皆さんに誘われて……環境が、激変しました。そんなに、悪くない気分ですが」
ティオも珍しく本音を漏らしている感じだ。
でも、激変は激変でいいとして、少し酒は控えよう?
「私は言わずもがな、かな。住む街も、人間関係も、仕事も、なにもかも変わった」
「……フェリス。今更だけど、俺が半分無理に連れてきて、その、嫌だったりは」
「本当に今更だぞ、ジェンド。それに、私としてはこちらに来てよかったと思っているんだけどね」
それを証明するように、フェリスはジェンドにしなだれかかる。
……いや、そういう関係なのは知ってるからいいけど、二人きりのときにして欲しい。
「ひゅーひゅー」
「ええい、シリル。囃し立てるな」
「ふふーん、ヘンリーさんもして欲しいです? ああいうこと」
ああいうこと、というのはフェリスがやってるみたいなことか。
しっとりと男に寄り添う感じの……
「……お前がやっても、背もたれにしている感じにしかならなそうだからいい」
「失敬な!」
ぐいぐいと、隣に座っているシリルがこっちに体重を預けてくる……が、やっぱりコレしなだれかかるって表現は適切じゃねえよ。強いて言えばおしくらまんじゅうだよ。
「はあ……」
「溜め息なんてついてー。ちなみに、ヘンリーさんはこの一年、どうでした?」
一年、ねえ。
年初から暫くは、リーガレオを引き払う準備をしていて。そんで、春先にフローティアにやって来て。
みんなとの出会いに、冒険に、何気ない日常に……ま、まあ、フェンリルやらユーが倒れた件やら、いくらかトラブルはあったものの。
……ここまで穏やかに、楽しく日々を過ごしたのは、本当に久し振りだった。
それに、
「んう? なんですか、いきなり頭撫でて」
「なんでもない」
隣に座るこいつが、まあ会った当初からは考えられないくらい、僕の中で大きな位置を占めるようになった。
……せいぜい、来年も頑張らないとな。せめても、失望されない程度には。
そう、小さく決意をしていると、ジェンドがふと思いついたように言った。
「ああ、そうだ。年が明ける時間くらいに、フローティアの中央公園でカウントダウンやってんだ。もう少し休憩したらそっち行くか?」
「あー、それもいいけど、僕は満腹でこのままダラダラしてたい気分……」
「もう、ヘンリーさん、リーダーなんですからしゃんとしてください」
「シリルさんもヘンリーさんに賛成でーす。外寒いですしー」
「シリルさんまで……フェリスさんからも言ってあげてください」
「ふふ、まあまあ。そう目くじらを立てなくても、いい時間になれば起き上がるさ」
そんな感じで。
僕たちパーティの一年は過ぎていくのだった。
おかげさまで書籍化します。詳細は活動報告に記載しております。




