第百十五話 返信
如意天槍を投げ槍の形に変化させ、意識を集中させる。
「――《拘束》+《拘束》+《投射》+《投射》+《投射》」
拘束と投射の魔導を五つ掛け合わせる。
ぶっちゃけ、あまり実戦では使わない組み合わせ。できれば、単純な威力だけなら僕の手持ちでは最強である強化の魔導の五重を試したいが、あれぶっ放すと小さな要塞くらいなら吹っ飛ぶので、フローティアでは訓練する場所がない。
キッ、と僕はターゲットを見据えた。グランディス教会の訓練場に置かれた、簡素な木人形が二十五。それぞれの位置をしっかりと把握し、僕は如意天槍を振りかぶり、
「ッッッ! ラァ!!」
ブン投げる。
投射の魔導により、いつもより早く槍がカッ飛んでいき、
「分かれろ!」
その穂先が、ターゲットと同じ二十五に分裂した。
その瞬間、五重魔導の魔力消費が一気に二十五倍になり、意識が遠くなる……が、踏ん張る。
――着弾、拘束。
威力自体は下げたため、余波で木人形が吹っ飛んだりはしない。二十五のうち、二十三の人形に槍が突き刺さり、拘束の鎖が人形を絡め取っている。
……うん、よし。二発シクッたが、槍投げ少し上手くなったな。分裂する槍を投げるって、あんまり尋常の投法じゃないけど。
「お……っと」
ふらり、と魔力不足のせいで体が泳ぐ。思わず膝を屈しそうになったところを、とてとてと近付いてきたシリルが支えてくれた。
「お疲れ様です。魔力、渡しますねー」
「ああ、頼む」
シリルが触れたところから、暖かいものが流れ込んでくる。
……シリルの持つ神器『リンクリング』のもう一つの能力、『供魔』。名前の通り、自分の魔力を相手に供給する能力である。
それなりに強者の知り合いが多い僕でも、こいつ以上の魔力の持ち主は知らず――恐らくは人類屈指の魔力量を誇るシリルにぴったりの神器であった。
「久々に魔力を消耗した感がありますねえ」
「……そ、そう」
なお、僕が五重魔導での分裂投擲をブッパしたのは、今日これで十回目。一発撃つと僕の魔力はほぼ空になるから、都度供給してもらっているのだが……つまり、こいつは少なくとも僕の十倍の魔力量を使って、ようやく少し疲れた、とかいうレベルなのだ。
「やっぱり、魔力も使わないと成長しませんからねえ。ヘンリーさんはお手軽に魔力消費できて羨ましいです」
「……いや、あんまりお手軽ではないんだが」
今は五十には分裂させることのできる如意天槍だが、手に入れた直後は、二、三に分けるのが限界だった。
言葉にするのは難しいのだが、神器の能力を使いこなすにも鍛錬が必要なのだ。
……いや、まあ。攻撃系しかラインナップになく、消耗する程の魔力を込めると、この訓練場くらいなら軽く壊滅させてしまうシリルに比べれば、確かにお手軽なのだが。
でも、そもそもシリルの場合、それ以上魔力成長させてどーすんの? って気はする。
「シリル、ヘンリーさんが終わったらこちらも頼む!」
「はーい! 後二分程お待ちくださーい」
他人へ魔力の鎧を纏わせる『オーラバリア』。その訓練をしているフェリスが声を上げる。
本来であれば自分も動きながら使えて一人前だが、今は沢山の数をこなすため、じっと佇んでいる。
立ち止まった状態であれば、僕、シリル、そして二人で模擬戦やってるジェンドとティオ。自分を含めて都合五人までカバーできる。しかし、五人分の魔力の鎧を高出力で維持すると、流石に持ちは悪いようだ。
「しかし……触れてないといけないのと、ちょっと時間がかかるから戦闘中に使うのはきついけど。魔力回復のポーション、ほぼいらなくなるな、これ」
ポーションは即効性があるから、完全に不要というわけではない。しかし、通常の冒険であれば戦闘と戦闘の合間の休憩でシリルに魔力を補給してもらえれば、ほぼ利用しなくなるだろう。
……魔力の心配がなくなると、なんか戦い方が雑になりそうだな。気をつけないと。
「ふっふっふ、シリルさんの有用性がますます鰻登りですな」
「ああ。ユー辺りに知られたら、延々と魔力搾り取られるぞ。修羅場じゃあ腹が破けるほどポーションがぶ飲みしてたからな、あいつ」
「あー、まあ、そういう事態であれば手伝うことは全然いいんですが……あの、そんなことしてたんですか、ユーさん?」
「一応、あいつの名誉のために詳しくは伏せるが。ちょっと人にはお見せできない有様だった」
ポーションの色である青色のげろ吐きながら、必死に治療するあの姿は……まあ、傍目にはみっともなくとも、十二分に尊敬に値するものだった。
懐かしく思っていると、ふと訓練場に一人の神官がやってくる。
教会の職員の一人として、顔馴染みの男性だ。
「ヘンリーさん、訓練に励んでいらっしゃるところ、すみません」
「ああ、いえ。大丈夫ですよ。なんですか、クレスさん」
「リーガレオから、ヘンリーさん宛の手紙が十数通も来ていまして。他にも、パーティの皆さんへの手紙もいくつか」
……ああ、ちょっと前にまとめて送ったやつの返事か。意外と早かったな、返信。
まあ、ちょうど休憩にはいい時間だし。ちょっくら読んでおくか。
ユー、アゲハ、エッゼさん、リオルさん、ハロルド、ヴィンセント、ルビー、ビアンカ……と、手紙の送り主の名前を順繰りに確認する。
ゼストの奴からの返信は……ない、か。まあ仕方ない。
「ふんふーん」
ユーはシリル宛にも手紙を送っていた。シリルは、鼻歌を歌いながらペーパーナイフで封を切る。
「ユースティティアさんからの手紙か。光栄だが、少し怖いな……」
そして、魔導の指導をしたフェリス宛にもだ。相当スパルタにしごかれていたから、フェリスは少し開けるのに躊躇している。
同じように、エッゼさんから一時剣の指導をしていたジェンド宛に、アゲハからティオ宛にも届いている。
……うん、もののついでに送っちゃえ、って感じがビンビンするぞ。
「っと、シリル。そのペーパーナイフ貸して」
「はーい」
丁度先程話題に出ていたことだし、まずはユーの手紙から開封する。
奴との手紙のやり取りでは毎度入っている匂い紙の心地いい香りが漂い、訓練で昂ぶった気が少し落ち着く。
ええと、なになに?
『こんにちは、ヘンリー。そろそろ寒い季節になってきましたが、いかがお過ごしでしょうか。
早速ですが、前線に復帰するとのこと。しかも、シリルさんを射止めたということで、こちらではヘンリーの話題で持ち切りです。私やアゲハ、グランエッゼさんはヘンリーの仲間のことを根掘り葉掘り尋ねられています。
勿論、ヘンリーには勿体ない素敵な仲間でした、とお伝えしておきましたよ』
勿体ないとはなんだ、勿体ないとは。一応、リーダーだぞ、僕。
フム、しかし。今回はいつかみたいな書き損じが入っていることもなく、僕の前線への復帰を歓迎する旨と、シリルをくれぐれも大切にするように、といった忠告。そして最前線の近況など……なんの変哲もない内容だった。
なんだ、拍子抜けだな。この前の手紙で、ユーのちょっと恥ずかしい秘密を暴露する告発文を送りつけたというのに。
ふっ、あいつも成長したんだな……と、僕は遠い目になる。
『そちらは一層寒い地域柄ですので、風邪など引かないよう気をつけてくださいね。それでは、まだ復帰はしばらく先とのことですが、次に会えるのを楽しみにしています』
と、手紙が締められる。
……うん、よくよく考えれば、僕もちょっと大人気なかったかもしれない。この手紙の返信では、秘密をバラした件についての謝罪も書いておこう。
「――ヘンリーさん。これ、私の方の封筒に、ヘンリーさん宛の便箋が混じっていました」
「はあ? またその手の失敗か。あいつ、そそっかしいのは変わんねえな」
シリルから、便箋を受け取る。
? なんか、シリルの様子がおかしい気がするが……まあ、今はいいか。
さてはて、手紙に内容的に抜けはなかったように思うが、一体何が書いてあっ……て……
『シリルさんに、ヘンリーが生粋の巨乳派であることは教えておいてあげました! この前の仕返しです! ザマァッ!(シリルさん、これ、ヘンリーに渡してやってください)』
……………………
「あ、あの、シリル……さん?」
「ぷいっ」
ぎゃあああぁぁぁぁっっ!? あの馬鹿、一年前に着てた服が入らなくなって、ビリッ、ってなったことをちょっと公開しただけなのに、反撃がガチすぎじゃねぇか!?
「ど、どうしたんだい、二人共」
「なんでもないでーす。ヘンリーさんがエッチなだけでーす」
なにやら様子がおかしいことに気付いて、フェリスが心配して話しかけてくるが、シリルのツンツンした態度は変わらない。
「そ、それは誤解だぞ。だ、大体……そうだ! 男はみんなスケベなもんなんだよ。なあ、ジェンド」
「なんか知らんが、俺を巻き込むな!」
そう冷たいことを言わないで欲しい。仲間じゃないか。
しかし……それにしても、ユーの奴め。どうやら、僕の報復はヌルかったようだ。
二度と逆らえないくらいメッタメタにしてくれる。……くっくっく、こちとら貴様の恥ずかしいエピソードの十や二十、ドンドコ出てくるんだぞ。
「……ヘンリーさん。アゲハ姉からの手紙に、『ヘンリーとユーの喧嘩、適当に止めとけ。お互いにサンドバッグになって不毛だから』とか書いてあるんですが、これは一体」
……逆説、僕の隠しておきたいあれこれも、ユーは把握しまくっている。
勢い込んで便箋を買いに走ろうとした僕は、はたとその事実に気付いてストップした。
もし、ここで反撃をした場合……ヤベェ、どっちがより致命的なのを暴露するかのチキンレースになる気がする。
~~っ、し、仕方ない。ここは年上の僕が矛を収めるとするか。業腹だが、致し方ない。
えー、そうと決まれば、とりあえずは、
「し、シリルー? ほら、甘いもん奢ってやるからさ、ほら。機嫌直せって」
ひとまず、臍を曲げているシリルの説得にかかった。
最終的に、『まあ、シリルさんには未来がありますからね!』と、パフェのクリームを口につけて、シリルは立ち直った。
……正直、将来的な目もあまりない気がしているが。
僕は、胸のデカさで相手を選んだりしないので問題ない。
……まあその。大きくなってくれることに、越したことはないが。




