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セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい  作者: 久櫛縁
第十章 フローティアの年末年始
114/320

第百十四話 雪合戦大会(見物)

 冬のフローティアにしては珍しい陽気。

 積もった雪が溶けるほどではないものの、いつもより過ごしやすく、この季節にしては人通りも多い。


 今日はいい日ですねー! と、約束通り朝から突撃してきたシリルに引っ張られ、僕はグランディス教会にまでやってきていた。


「おおー、冬になってから教会にこんなに人が集まるのは初めてですねえ」

「天候にも恵まれたしな。冒険者って、一部怖がられてたりするけど、やっぱ派手な見世物ってなると結構人気出るんだよ」


 本日は、フローティア冒険者による雪合戦大会なのだ。今回で、第十一回を数えるらしい。

 その見物に、冒険者ではない一般の人達も教会に詰めかけているのだ。


 開場までまだ少し時間はあるので、会場である訓練場の入り口はまだ開放されていない。そこで、暇を持て余した一部の人は併設の酒場で朝から一杯やってて、随分な賑わいようだ。


 僕たちも、今日は参加する側ではなく、見物と応援に来た側である。


「整理券は忘れていないよな?」

「はい、勿論」


 入場料は無料なものの、観客席は限られているので事前に整理券が配布されている。手に入れられなかったら立ち見だ。なお、二階の会議室や三階、四階の教会の職員さん達のフロアも今日は開放されていて、寒いのが嫌ならそちらの窓から見物もできる。こっちは料金取られるが。


「……もちっと時間あるか」


 僕もちょいと暇なので、腰のポーチから一冊の教本を取り出す。中の容量を拡張できるこの魔導具は、冒険だけでなく普段遣いでも便利だ。


「? ヘンリーさん、なんですかその本」

「クロシード式の教本。今ちょいと魔導を勉強しなおしててな」


 説明してやると、シリルが稲妻に打たれたように狼狽する。


「べ、勉強? ヘンリーさんが?」


 失礼な。


「僕も、必要に駆られりゃ勉強の一つもする。ほれ、そのうちサンウェストの賢者の塔行くつったろ。魔導の予習くらいしといて、バチは当たらん」


 僕、最近はクロシード式を感覚で扱っているところがある。術者の感性が最重要である魔法ならともかく、理論と技術によって魔力を操る魔導使いにとっては良くない傾向だ。


 僕の導師に言わせれば『言葉を操るのと同じくらい自在に術式を扱えなくてどうするのだ?』とのこと。そのくらい当たり前のレベルで押さえておかないといけない……らしい。


「ほへー、すごく頑張ってるんですね。昨日もジェンドと一日中訓練してたのに」

「ま、リーガレオに戻って活躍するつもりなら、これくらいはな」


 言うと、シリルは頬を掻く。


「なんかこう……私の我儘に付き合わせて、ごめんなさい……じゃなくて。ありがとうございます!」


 礼を言いつつ、なんか感情が高まったのか、シリルが隣からぎゅっと腕を絡めてくる。

 ……むう。


「恥ずかしい、本読みづらい」

「またまたー、照れちゃってぇ」

「……この状況で照れもしないほうが問題だと思う」


 逆になぜこいつはこんなに平気そうなのか。男慣れしているわけでもなかろうに。


 シリルの奴、態度自体は付き合う前から大して変わっていないのだが、露骨にスキンシップを取ってくることが増えた。最初のキス以降、そっち方面の進展自体はないわけだが……なんつーか、こいつくっつきたがりである。


「ふふーん、私の一歩リードですね!」

「なにがリードか」


 指先をシリルの額に押し付けて、ぐりぐりしてやる。『やめろぉ~』と情けない声を上げるその姿に僕は溜飲を下げ、ふふん、と鼻で笑った。


 むう、とシリルは額を押さえ、恨めしげに僕を見上げてのたまった。


「……よくもやってくれましたね、ヘンリーさん。忘れた頃に反撃してあげますので、覚えておいてください」

「それは、僕は覚えておけばいいのか、忘れればいいのか、どっちなんだ」

「どっちもです!」


 無茶な。


 僕は呆れて、シリルをなだめるようにぽんぽんと頭を撫でる。

 ふーん、と拗ねたような顔を背けているが、これは機嫌を直している。……大丈夫だろうか、こいつ。彼氏ながらあまりのチョロさに心配になってきたんだが。


 やはり、しっかり見ておいてやらないといけないな……と内心決心していると、なにやら周りの視線に気が付いた。


 …………………………


「ヘンリーさん、どうしました?」

「……いや。もう開場するから、前の方行こうぜ」


 シリルを連れて、そそくさと移動する。


 ……冷静に、冷静に思い返してみれば。先程までの言動は、少なくとも沢山人が集まっているところでするような、そんなやり取りではなかった。


 ~~っ、恥っず!
















  普段はトレーニング用具が置かれた教会の訓練場。今日はそれらの道具は片付けられ、代わりに雪で作られた障害物の壁がいくつも配置されている。


 そんな壁の一つの上に立ち、使い古しと思われる、ボロっちい拡声魔導具(マイク)を片手に、普段は教会の受付をやっているフェリシアさんが声を張り上げた


『えー、それでは只今より、第十一回フローティア冒険者対抗雪合戦大会を開催いたします!』


 おおおー! と集まった観客の方たちは盛り上がる。結構な賑わいだ。十一回もやっているだけのことはある。


「フェリシアさん、演説も上手いですねー。そういえば、去年のこの大会も司会やってましたよ」

「そうなのか。つーか、去年も見に来てたのか?」

「冒険者になる前の下見に、よく教会には遊びに来ていたので。イベント事は逃しませんよ」


 荒くれ者もいるとは言え、仮にも教会。わざわざ危ない雰囲気の奴らにつっかかりでもしなければ、危険はないだろうが。


「……ちなみに、ジェンドと?」

「まあ、ペアで冒険する予定でしたので」


 ちょっとジェラシー。いや、会う前のことについてなにを言っているのかと自分でも思うが、こういうのは感情である。まあ、もうちょっとシリルとの恋人関係がこなれてきたらなくなるだろう、うん。


「あ、その噂のジェンドが出てきましたよ」


 選手の入場である。今回参加するのは全十チーム、五十人。

 チームは五人一組なのだが、ジェンドは別パーティの冒険者友達とともに出場していた。僕たちが来たのは、ジェンドの応援のためでもある。


 今回、魔導の類は禁止で身体強化しか使えないので、大体の出場者は肉体に自信アリの男冒険者だ。一組だけ女冒険者のチームも参加しており、愛嬌を振りまいていた。


 フェリシアさんがマイクで各チームの紹介をし。その後、何度か話したことのあるこの教会の冒険者関連の責任者、カステロさんが挨拶をした。


『さて、それでは早速第一試合! チーム『スノーボンバー!』対『ブッコミ雪玉隊長』の試合を開始いたします!」


 開会式が終わり、対戦するチームを残して選手たちは選手席に戻る。


 ――いきなり、第一試合からジェンドのチーム『ブッコミ雪玉隊長』の出番だ。


「っしゃぁ、行くぞォ! 旗、掲げろぉ!」

「ォォォォ!」


 雪玉隊長チームは、随分気合が入っていて、雪だるまの意匠が描かれたチームの旗まで作ってきていた。そいつを巨漢のジェンドが振り回して、チームメンバーが声を張り上げ、士気を上げている。


「あはは、あの旗可愛いですね」

「ああ。あのむさ苦しい面子には似合わないけど。……誰が作ったんだ?」

「多分ジェンドじゃないですかね? あれ、昔っからもの作り好きでしたもん」


 ……ジェンドも多芸な奴だな。冒険者以外でも立派に成功していただろう。


「しかし、チーム名ですか。そういえば、そろそろ私達もパーティ名を決めません?」

「あー、そうだな」


 一応、リーダーである僕がそのうち別れることになるからと決めていなかったが。最前線まで一緒に行くのであれば、パーティの名前も決めておくべきだろう。


「じゃあ、『シリルさんと愉快な仲間たち』、とか?」

「お前、適当に言いすぎだろう。まあ、例えばリーダーの使う武器をパーティ名に加えるのとかは定番だな」


 ジェンドの兄弟子であるアシュリーがリーダーの『輝きの剣』、僕たちと同じくアルトヒルンを攻略している槍使いのグウェインさんの『グローランス』辺りはこのパターンだ。


「じゃあ、うちはヘンリーさんだから槍……だけど、ナイフとか剣にも化けますよね、その神器」


 うん、そういう意味では武器の名前を入れるのは不適切である。


「まあ、僕らだけで決める話でもないし。候補だけ適当に考えとこうぜ」

「りょーかいです。シリルさんの溢れ出るネーミングセンスが炸裂しますよー」


 愉快な仲間たちとか言ってた奴がなんか言ってる。


「っとと、それよりもう始まるぞ」

「おっと、そうでした。ジェンドー! 頑張れー!」


 シリルが声を張り上げる。周りも応援の声を張り上げているが、シリルの声はよく通る。どうやらジェンドの耳にも届いたようで、こちらを見てぐっと親指を突き上げた。


『それでは……第一試合、始めェ!』


 開始の合図とともに、雪玉を作る係、ブン投げる係に分かれ、一同が動き出す。


 冒険者の握力で握られた雪玉はアホみたいな硬さになり、投げられると白い軌跡? のようなものしか常人の目には映らない速度でぶっ飛んでいく。


 ちなみに、パンフによると当たったら退場とかそういう甘えたルールではなく、相手をノックアウトした数が多い方が勝利らしい。同数ならダメージの多寡で審判が勝敗を判断することになるそうだ。

 まあ、雪玉程度で倒れる軟弱者は早々いないだろうから、大体が審判の判定に委ねられるんじゃないかな、と僕は予想を立てた。


 ――なお、当然の措置として、試合会場は魔導結界で覆われているため、観客席は安全です。


「ちなみにシリル、お前なら躱せるか、あの雪玉」

「と、当然です! い、一応見えていますので!」


 あ、この反応は出来なさそうだ。


 ……うん、当たっても重大なダメージにはならないし、意外と飛来物の回避の訓練にはぴったりかもしれん。今度、シリルのトレーニングメニューに加えてやろう。




 なお、ジェンドの所属する『ブッコミ雪玉隊長』チームは順調に勝ち上がり。

 惜しくも決勝戦で敗北したが、参加した若手冒険者達の顔と名前は大いに売れた。


 チームワークも良かったし、多分教会の評価も上がっただろう。


 僕とシリルも存分に拍手を送り、祝福した。


 ……うん、意外と楽しかったな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いちゃつくと周りが見えない不埒者どもw 寒いのに熱々ですねw [気になる点] 身体強化したら間違いなく凍り玉に進化しそうですが 耐久性もあがってるからいいのかな?w
[良い点] 砂糖を吐くべきか。砂を吐くべきか。 それが問題だ(血涙の真顔) [気になる点] 一位は銀の牙かグローランスのメンバーがいるところですかね。 それにしても雪玉というより氷玉っぽいですね…… …
[一言] モン〇ン程じゃなくとも物騒な世界だが、こちらの世界のような催し。最前線はやはり地獄だとよくわかる。しかし内容は・・・やる奴らがこれだと、同じ風物詩だというのにスケートとの差が酷いですね。(あ…
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