第百十一話 冬の冒険者たち
「ガアアァァァァーーー!」
「うひゃぁ!?」
対峙しているワイルドベアの爪撃を、シリルは小さな悲鳴を上げながら受け流す。
「こら、いちいちビビんな! 新しい『結界くん』も持ってんだろ!」
そのへっぴり腰に、少し離れたところで見ている僕は怒声を飛ばした。
最近シリルが買った守りのための魔導具『結界くん【頑強】』は、硬さだけなら一端の前衛並の防御力を誇る。ワイルドベア程度の攻撃、仮に直撃したとしても悪くて骨折程度で済むのだ。もうちょっと強気で行って欲しい。というか、蛮勇は論外にしても、弱気過ぎると余計に危ない。
「~~っ、わかりました、よ!」
その言葉がシリルの負けん気に触れたのか、シリルは意を決してワイルドベアと正面から向き合い、手持ちの杖に過剰な魔力を込めてぶっ叩いた。
「ッッガァ!」
……ただ、魔力は過剰すぎる程に過剰だが、上手く強化に回せていない。込めている魔力は僕の十倍はあるが、威力は十分の一以下だ。この辺りは要改善である。
「しかし、シリルの奴、ようやく近接戦もちょっとはできるようになってきたじゃないか」
「……あれでか?」
「冒険者になった直後は、そりゃあヒドかった。ヘンリーと一緒に行くようになって、そんな場面に出くわすこと自体なくなったから、実感ないかもしれないけどな」
一緒に観戦しているジェンドがしみじみと呟く。
フローティアの森、入り口からやや入ったところ。
今日も僕たちは冒険なのだが、アルトヒルンに入れない冬の間は、それぞれ新しい分野や苦手分野を鍛えることにしている。
杖一本持って、シリルがワイルドベアとタイマン張っているのもその一環だ。迂闊に後衛を危険に晒すつもりはないが、それでも万が一の時がある。その時ある程度でも動ければ、格段に生き残れる確率が上がるのだ。
「えい!」
なんとも気の抜ける掛け声で、シリルがワイルドベアの側頭部をぶっ叩く。うまいところに当たったのか、ぐらりとワイルドベアの巨体が傾いた。
……今の、大振りの攻撃を躱して一撃当てた動きは、まあまあだった。そこは後で褒めてやろう。
「あっ、よし! ……っ、やぁ!」
倒れたワイルドベアに、シリルは一瞬躊躇したものの、思いっきり杖を振りかぶって止めの一撃を放つ。
まあ、止めを刺すのに躊躇いが少なかったのもいい。魔導や魔法とは違い、魔物とはいえ自分の手で生き物を殺すというのは、意外と苦手な奴もいるのだ。
最初のぐだぐだはともかく、まあ及第点の戦いと言えるだろう。
だがしかし、だ。
「ヘンリーさん、私が射掛けます。暴れたらマズいので、シリルさんのフォローを」
「はいよ、了解」
弓に手をかけるティオに頷いて、駆け始める。
目指すはシリルの背後、木々に紛れて襲いかかろうとしていたもう一匹のワイルドベア。
(シリル! 後ろだ!)
(へ? きゃっ!?)
シリルの『リンクリング』の効果により、心の声で警告を飛ばす。……と、同時に、軋みを上げる足を無理矢理抑えてダッシュ。
今日は、事前に速度増強のポーションをダブルでキメている。そのため、スピードや反射神経だけなら、ユーの強化魔導を受けた時と同レベルで動けていた。
一瞬の後、ティオが撃った矢が後ろからやって来るが、その気になれば僕をゆっくり追い抜こうとしているその矢を掴めそうなほどだ。
ただし、同種の能力向上のポーションを複数服用するのは、実のところ非常に危険な行為である。速度のポーションであれば、下手をすれば筋肉や神経がイカれて暫く動けなくなる。
こうして気軽に試すことができるのは、我がパーティの誇る治癒士であるフェリス様様だ。
「ギィ、ガァ!?」
胸元に矢が命中したワイルドベアが、痛みに悲鳴を上げる。
その一瞬後、僕がシリルとそのワイルドベアの間に到着し、槍を構えてガードに入った。
ティオは、魔力も通わせずに矢を放った。そのため、ワイルドベアの分厚い毛皮と筋肉に阻まれて大したダメージにはなっていない。元気マンマンで一撃、二撃、と繰り出してくる攻撃を、僕は反撃することもせずに受け止め、
「グゥゥゥ――!?」
やがて、ワイルドベアの動きが徐々に悪くなり、ふらりとよろめいて木に体を預けた。
「へ、ヘンリーさん、どーなったんです?」
「どうなったもこうなったも、実験成功だ」
――毒、である。
ティオの持つ叢雲流正統(アゲハの知ってるのは奴オリジナルの邪道)の知識の元配合した、魔物を麻痺させるものだ。
この手の毒物について、ティオは知識はあったものの実際に試したことがなく、こうして有効性を確認中というわけである。
……魔物相手とはいえ、残酷なやり方ではあるが、効果を把握できないうちからアルトヒルンで使うのはちょっと怖すぎるので、仕方がない。
即効性を重視して、麻痺の効果はそれほどでもないとのことだったが、中々のものだ。
ワイルドベアは痙攣しながらもこちらを敵意を込めた瞳で睨みつけてくる。
「悪いな」
効果は確認できた。僕はワイルドベアの心臓を一突きし、止めを刺す。
「ティオ、毒の効果は結構いい感じだぞ。下級の魔物の中じゃあ相当タフなワイルドベアをこれだけ止められるんだったら、中級にもそれなりに通用するんじゃないか」
僕が相手をしている間。毒の回ったワイルドベアの様子を見分するべく、近くまで来ていたティオに所感を報告する。
「はい、見ていました。今回使ったのは、今日の四番なんですが、想定より効果高いですね……配合、記録しておきます」
なお、ティオは毎回マメに調剤の配合比をメモっており、少しずつ効果を高めている。今日も一から十番までの小瓶に分けて毒薬を持ってきているという細やかさだ。
……凝り性というか、なんというか。やたら物騒だが、冒険者としては間違っていな……いな、いないよ? 成人前の少女としては著しく間違っているとか、そういう心の声は聞く耳持たない。
「う、うわー。怖いですねえ。ティオちゃん、その毒、零したりしないでくださいね」
「勿論、管理は徹底しますよ。資格剥奪されちゃいますし」
僕と同じく、二種危険物取扱資格を持っているティオである。その辺りの管理方法も知悉していないと、資格は取得できない。
「まあ、魔物相手に調整しているので、万が一人間が服用しても……無害とまでは言いませんが、そう致命的なことにはなりませんよ。多分」
「多分って」
「試すわけにもいかないので」
やたら毒に耐性のあるティオの従姉がいればなあ……いや、駄目だ。考えるな僕。噂をすれば影と言う。なんか暇だったから来たぞー! って走ってくる姿がありありと幻視できた。
「っと、そうそう! どうでした、ヘンリーさん。私の華麗な杖術は! 中々やるもんでしょう?」
と、シリルが思い出したように僕に主張してきた。顔には褒めろ褒めろとでかでかと書いてある。
はあ、と僕はため息をつき、
「眼の前の相手に夢中になりすぎて、特に隠れてたわけでもないもう一匹に気付かなかった時点で赤点だ、アホタレ」
ピン、とぐぐいと近付いてきていたシリルの額を小突く。
……いや、これがプライベートだったら、多少の失敗くらい愛嬌ってことで、適当に褒めてたのだが。生憎と冒険の場でまで恋人関係を持ち込むつもりはない。
「むう~」
「膨れっ面をしても駄目」
シリルもその辺りは切り分けているのだが、しかしこいつは告白前であってもどうせこういう反応する。
あー、と僕は頭をかいた。
……うん、僕の言った内容は間違いなく正しいのだが、その正論でパーティの仲間のやる気を失わせるのであれば、それは言い方が間違っているということになる。
「はいはい。ワイルドベアとタイマンで戦えるようになったのは、まあよく上達したよ。この調子でな」
「あっ! はい!」
ちょっと褒めると、シリルは顔を輝かせてガッツポーズを取る。
……まあ、実際、戦果だけを考えれば大したことであることは確かだ。ワイルドベアを一対一で倒せるようであれば、前衛としては駆け出しを卒業、ってレベルだからして。
「よう、お疲れ」
「お疲れ様。……ヘンリーさん、ポーションの副作用は?」
ジェンドとフェリスも、こちらに合流してきた。
「おう。……効果が切れるのは後十分ってところだけど、ひとまずそこまでは持ちそうだな。速度上昇のやつの方が、僕との相性は良さそうだ」
「まったく、無茶をする。この前の筋力増強のポーションは、効果の途中で筋肉が断裂したというのに」
いや、まあね?
この手のポーションは高いから、懐的にも結構なダメージなのだが、いざって時これが使えると色々と便利なのだ。医療者としてあまりいい顔が出来ないのはわかるが、見逃して欲しい。
「っし、次は俺だな。実戦での魔導……今日こそ成功させてやる」
ジェンドが気合を入れている。
こいつもこいつで、魔導の訓練の真っ最中だ。僕のを見て、なにかと使い勝手が良さそうだと、クロシード式を使えるようになろうとしている。先日、クロシード式の六級を無事取得したのだ。
……まあ正直、魔導はジェンドの気質にあまり合っていない気はしているが、試すことはマイナスにはならんだろう。魔導を勉強した経験があれば、魔導士との連携でも生きるし。
「それはいいんですが。ジェンド、いつも思うんですが、それでっかすぎて邪魔じゃありません?」
「言うなよ。ヘンリーの持ってるような本式の呪唱石は高いんだから」
シリルの指摘に、ジェンドはぶすっと答える。
……まあ、シリルの言わんとすることもわからんでもない。ジェンドが持ち運んでいるのは、三十センチ四方の金属の板。僕の胸元のサイコロのような呪唱石には六つの術式が刻まれているが、ジェンドのそれは板一枚に一つの術式。ちなみに、素材は安価な鉄。
うん、まあ練習用だな。小さなものに術式を刻もうとすると高い技術料が取られるが、これだけのサイズであれば見習いの職人が練習代わりに刻めるので、ほぼ素材分の値段しかしない。
そんな重そうなのが、ティオの鞄に後三枚入ってる。
「《砲》ねえ。大雑把にブッパするにはいい術式だけど」
「ヘンリーの《投射》は色々組み合わせやすいみたいだけど、こいつは単発で威力あるから……」
ジェンドはクロシード式の術式の組み合わせに非常に苦労している。
二種でも、三回に一回は失敗しているので、とりあえず一つの術式である程度効果の高いものをチョイスしているのだ。
クロシード式の術式は、大体『込められる魔力量』『他の術式とどれだけ沢山組み合わせられるか』『単独の効果』の三つの要素により成り立っている。例えば《強化》とかは、効果がすげー単純な分、込められる魔力量が多いタイプだ。
対して、《砲》は三種までの組み合わせが原理的に限界な術式。しかし、単発での使い勝手はいい。
……まあ、開発者に言わせると、この三要素をあげつらうのは本質がわかっていないからだ、ということらしいが。
「私も、もうちょっと剣の鍛錬がしたい。次のワイルドベアか……グリフォンでも探そう」
フェリスが言って、僕たちは行動を開始する。
……まあ、こんな風にして。
冬の間も、僕たちは活動をしていた。




