第十一話 魔導具のお店
「う~~あ~~」
目が覚める。
窓から差し込む明かりから察するに、もう大分昼に傾いた時間だ。思いっきり寝坊である。昨日、割と夜遅くまで晩酌してたからな……
まあ、昨日魔物退治行って、今日はオフだからいいけど。あ~あ、熊の酒樽亭特製モーニングを食いそこねた。
ぼけー、っと窓の外の景色を見る。
窓際に置かれた、一輪挿しが視界に入った。名前は知らないが、なんとも可愛らしい赤い花だ。
この、花と水の都の異名を取るフローティアの宿では、部屋にこういう花を飾るのが一般的らしい。確かに、こういうのがあるとなんとなく気分が高揚する。
「さて、っと」
思いの外寝坊してしまったが、待ち合わせは昼過ぎなので問題はない。
すっくと立ち上がり、僕は身支度を始めた。
「あ、おーい、ヘンリーさん、こんにちはー」
「おう」
待ち合わせ場所で先に待っていたシリルが声を上げる。……いつもこの調子だから慣れたが、最初は恥ずいからやめて欲しかった。
「お前、いっつも早めに来るよな」
「いやはや、散歩が好きなもので。お出かけする時は周囲を散策がてら、早めに家を出るのですよ」
ふーん、散歩ねえ。
確かにこの街はそこかしこに花が飾られているから、歩くだけでも楽しそうだが。
「で、さっさと行くか。トーマスさんの店、どっちだっけ?」
「こっちですよ、こっち」
シリルの先導に従い、僕は歩く。
今日はトーマスさんの魔導具店にお邪魔するのだ。
最近、徐々に討伐する魔物のランクを上げている関係もあり、シリルは新しい魔導具が欲しいらしい。
僕は僕で面白そうなものがあれば買うつもりだが、メインの目的は呪唱石のメンテだ。魔導具店なら職人にツテはあるだろう。紹介料は取られるだろうが、必要経費である。
ちなみに、ジェンドは不参加。あいつ、今日はお師匠様がお休みらしく、稽古を付けてもらうそうだ。
「ん? おっと、これは可愛い服ですねー」
と、直進していたシリルは、ててて、と右に曲がり、ショーウィンドウに飾られた服に見入る。
僕は慌てず騒がず、シリルの後頭部にデコピンをかました。
「寄り道してないでとっとと行くぞ」
「ヘンリーさん、ショッピングはこう、色んなものを見ながら楽しむものですよ」
「目的が終わってからな。終わってから」
こう、目先の物事を片付けずにいるのは、ちょっと落ち着かないのだ、僕は。
「あ、じゃあ初デートの記念に、なんかいい服買ってください」
「デートじゃない。冒険者仲間との買い出し。どんな魔導具がいいかアドバイスが欲しい、とか言い出したのはお前だろうが」
「そうですけどー。ちっ」
僕の財布の紐がそんなに緩いとは思わないことである。
……僕があまり女性に縁がなかったのって、もしかしてこういうところのせいだろうか。
いや、でもシリル相手に甘い顔見せる理由にゃならねぇな。
「はいはい、帰りに甘いもんくらい奢ってやるから」
「あ、やった。約束しましたよ!」
まあこれくらいはね。
……甘いか?
大通りから一本離れ、それでも十分な人通りのある道を歩き。
そうして到着したトーマスさんの店は、相変わらず品揃えも雰囲気も良さそうなお店だった。
「こんにちは」
広い店内には、今の時間帯は他のお客さんはたまたまいなかった。職人さん仲介の件で相談したいから、個人的には助かる。
「おや、いらっしゃい。ヘンリーさん、シリル」
店番をしていたトーマスさんが声を掛けてくれる。
「お店に来るのは久し振りですね、ヘンリーさん」
「はは。どうも機会がなくて」
「まあ、そう頻繁に買うものでもないですからね。それより、また呑みましょう」
お店に来るのは、フローティアに来た時以来だが、たまにトーマスさんは熊の酒樽亭に呑みに来るので、何度かご一緒させてもらったのだ。商人仲間と来るので、僕も顔が売れた。
「今日はお二人共、何がご入用ですか?」
「シリルには防御系でなにか。僕は呪唱石のメンテナンスを頼める職人さんを紹介して欲しくて。クロシード式なんですけど」
魔導具の一種、呪唱石。
魔導を使うための術式を刻み込んだ道具の総称である。大昔の魔導は詠唱式――音の大きさ、高低で術式を構築していたので、このような名前となっている。
僕のはサイコロ型のペンダントだが、杖だったり、本だったり、腕輪だったり、その形は千差万別だ。
ちなみに、流派によって呪唱石の形状や材質は合う、合わないがある。
呪唱石を使う魔導の中でも最古に近いと言われるアロン流魔導法は、特定の山から取れる自然石にしか刻めないらしい。……まあ、もはや実用からは遠く離れた伝統芸能な流派だが。
で、冒険に使う呪唱石って、基本的に小型。特に僕のなんて六種しか使えないとは言え、指でつまめる程度の大きさだ。僕はどっちかと言うと近接屋だから、邪魔になるような呪唱石は持てないのである。
そして、魔力を流すことで呪唱石には微細な歪みが発生する。それが閾値を超えると、術式としての意味をなくしてしまうので、定期的なメンテナンスが必須となるのだ。物が小さければ、それだけメンテナンスのサイクルも短い。
「ヘンリーさんはクロシード式は何級ですか?」
「三級ですけど」
「二級までなら、うちで引き受けることができますよ」
あ、それは助かる。
「職人さんを雇っているんですか?」
「いえ、うちの家内が、元魔導具職人で。今も、魔導具の修理なんかで手伝ってもらっているんですよ」
ああ、そりゃそういうこともあるか。そういう人と縁のある仕事だしな。
「それじゃ、これお願いします。素材はミスリル四、亜鉛三、銅一、鉄二です」
「お預かりします。……このサイズで、その素材ですと、お値段三千ゼニスになります」
「はい」
ペンダントを渡し、料金も支払う。
「出来上がりはいつぐらいになるでしょうかね」
「今はそれほど立て込んでないですし、明日の夕方には」
「じゃ、また明日来ます」
ふむ……僕の用事は終わってしまった。
シリルのやつは、
「お前はなに家庭用の魔導具なんて見てるんだ」
「あ、ヘンリーさん。これこれ、このコンロよくなくないです? お部屋で簡単にお湯が沸かせるみたいですよ」
シリルが示したのは、直径二十センチ程の円盤だった。どうも、上に薬缶か何かを置いて湯を沸かす魔導具らしい。
「熱湯なら魔導の《水》+《火》で出せるからいい」
「あー、良いですねー。エンデ流は、どうも大味な魔法ばっかりで」
最弱で、僕で言うと《強化》かけた火の矢くらいの威力だもんな……家の中での便利使いには著しく不向きだ。
「って、そうじゃなくて。今日お前が買うべきなのは防御のための魔導具だって」
「えー、でも、必要なくないです? 私の装備、結構な代物ですよ」
そりゃ知っている。
シリルが普段身につけている服にマントは最上級の代物で、生半可な攻撃は通さない。
でも、万が一があるんだよ、万が一が。
「魔力はだだ余ってんだから、そういう魔導具は有用だろう」
「そうですけど」
魔導具については、おおよそ三種類ある。
使用時に、利用者の魔力と意思を必要とするもの。要は呪唱石。
魔力を魔石で賄い、スイッチ等の簡易的な仕組みで起動するもの。家庭用の道具はこれ系が多い。
そして、身につけている間、常に装着者の魔力を吸い上げ、何らかの効果を発揮するもの。今回シリルに買わせようとしているのはコレ。
身に付けすぎると魔力不足で動けなくなるが、シリルほどの魔力があれば、五、六個は余裕だろう
「わかりました。なにか買ってみましょう。じゃ、どれが良いですかね? 私、魔力増強用の魔導具くらいしか興味なくて」
「ああ。じゃあ、これなんかどうだ。常に対魔物用の結界を張ってくれる、『結界くん』」
と、いくつか同じ種類のが置いてある、見慣れた腕輪の魔導具を僕は指した。
「ネーミングがそのまんまじゃないですか。どんなセンスしてるんですか、開発者の人」
「冒険者に人気のシリーズなんだぞ。魔物以外は素通しで、探索とかの邪魔にならないし。上位製品に『結界くんマークツー』『結界くん【頑強】』『結界くんフォーエバー』と、シリーズも沢山出ているんだ」
身体強化できればそっちの方が効率いいが、後衛職とか、そういうのが苦手な人はよく使っている。
「『結界くん【頑強】』以上の製品は受注生産ですから、うちには置いていませんけどね」
トーマスさんが補足をしてくれた。
「う、うーん。でも、なんかダサくないですか?」
「お前、見た目で装備を選ぶな。性能で選べ、性能で」
「えー、でも、格好いいとテンション上がって、調子良くなりますよ」
いや、そりゃ、気分を馬鹿にするわけではない。前向きなメンタルで行った方が、よりパフォーマンスを発揮できるのは確かだ。
それはそれとして、そんなにダサいか、これ? 僕的にはなかなかに悪くないデザインだと思うんだが。
「ああ、確かに。性能はともかく、デザインは不評ですね」
……え、そうなの?
「ですよねー」
「実は、次のバージョンが先日入荷しましてね。効果は変わりませんが、デザインがリニューアルされているんですよ。いいデザイナーを雇ったようで、中々良く仕上がっていますよ。そちらです」
そういえば、こっちの『結界くん』には値引き札が付いてる……
「あ、確かにこっちは結構いいじゃないですか」
シャープなシルエットになり、術式の刻み方もなんか流麗になっている感じな腕輪が置いてあった。
シリルが『試着していいですか?』と聞き、トーマスさんが『どうぞ』と答える。
「どうですか、ヘンリーさん。可愛いでしょう?」
「腕輪一つでそんなに印象は変わらないと思うんだけど」
わかってませんねー、とシリルに馬鹿にされる。本人は、店にある姿見で見て、うん、と頷いていた。
なんとなく、男と女のこだわりポイントの違いを発見した気分だ。
「じゃ、これ買いますね。おいくらですか」
「一万ゼニスになります」
「うっ、結構しますね……」
いや、効果の割には安い。人気製品で、大量生産されているからこそだ。
まあ、魔導具の相場くらいは知っていたのか、シリルは財布からちゃんと支払った。
「お気に召しましたら、是非上位製品に買い替えてください。今の品を下取りに出せば、多少はお安くなりますよ」
「とりあえず、使い心地を確かめてから考えておきます。……お高いんですよね」
「『結界くんマークツー』は五万ですね」
ひええ、とシリルが驚いているが、順当にこのまま冒険を続ければ、すぐにそれくらい稼げるようになる。
不安だったシリルの防御面も、これで多少の改善はすることだし、次は少し奥に行ってみるよう話してみるかな。
なお、帰りの甘いもの食べ比べでは、シリルおすすめのお店をいくつも紹介され。
酒呑みにして甘党である僕は、食いすぎて次の日胸焼けになった。
ここまでの話は、結構設定話も多かったですが、今時点で説明すべき内容は以上って感じです。
さて、多分明日は更新お休みになります。
土曜にはお届けできると思いますが、しばらくお待ちくださいませ。




