第百九話 これからの話
シリルと恋人同士になったその翌日。
丁度定例ミーティングの日だったので、みんなに報告することにした。
「あー、その、だな。なんとなく察しているかもしれんが、この度シリルと付き合うことになった」
……なにせ、今日教会で会った時、普段に倍する勢いでこっちに向かってきたからな、シリル。
まるで『こいつは私のモンだ』と主張するかのように腕にくっついてきたし、まあバレッバレだろう。
「はあ、それで?」
ティオが気のない返事をする。パーティメンバーの人間関係が劇的に変動したというのに、なんと無関心な!
「お、おいおい、ティオ。もうちょっとびっくりしてもいいんだぞ?」
イカンぞ、もう少し周りのことを気にかけなければ。
「いやいや、ヘンリー。今更過ぎて、俺も正直なんとも思わん」
「ジェンドに同意だ。ていうか、まだ付き合ってなかったのか」
ジェンドにフェリスまで!
い、いやさ。確かに多少そういった空気があったことは否めないが、それはそれとしてもうちょっと驚きがあってもよくねえ? そんなにバレバレだった? 嘘ん。
「あ、でも、どちらから告白したのかは気になります」
「えへへー。ティオちゃん、それは不肖シリルさんがお答えしましょう! なんと、このヘンリーさんがですね、こう、お前が好――もがっ!?」
シリルの口を慌てて塞ぐ。もうちょっと隠すことを覚えろ!
「ヘンリーさんからですか。それはちょっと意外ですね」
「……ティオ? お前それはどういう意味だ」
なにが意外だと言うのか。
問い詰めてみると、ティオはふいっと視線を逸らした。
……この反応はアレだ。口にすると僕に対する悪口になるやつだ。きっと、昨日シリルが口走っていたユーの僕への評価と似たような感じだろう。そんなに僕って押しが弱いように見えんのか?
下手に追求すると藪蛇になりそうだから、これ以上は聞かないが……覚えていろよ!
「それで、その報告のために会議室まで取ったのか?」
今僕達がいるのは、普段の教会併設の酒場ではない。
教会の二階にいくつかある、貸し会議室の一つだ。時間単位で多少の料金は取られるが、大きめの報酬の分配だったり、あまり他人に知られたくない戦術の検討だったり、騒がしい酒場を嫌うパーティのミーティングだったり、利用用途は多岐にわたる。
「むっ、そういうことなんですか、ヘンリーさん。まさか私との関係を隠したいとか、そういう?」
「ええい、違わい。これからのことを話すためだ」
隣に座るシリルがじとーっと睨みつけてくるが、それは誤解なのできっぱりと否定する。
……大体、ジェンドやフェリスの態度から察するに、他の冒険者からすると僕達とっくに付き合っている扱いみたいだし。
「これから? っつーと」
「あー、今まで散々否定しておいてなんだが、僕もお前達と一緒にリーガレオに行くことにした。その話だ」
「お、そうか! そいつは心強いな!」
ジェンドが膝を叩き、喜びを露わにする。
「ああ、そうだな。……やっぱりこのパーティのリーダーはヘンリーさんしかいない。一緒に来てくれるのなら、大歓迎だとも」
「そですか」
フェリスがジェンドに同意して、ティオは無関心そうに……と見せかけて、それなりに喜んでくれているのは、もう付き合いも短くはないのでわかる。
……今更言うのか、とか言われなくてよかった。
「それじゃ、いつ頃から行く? 俺達だけじゃあ正直不安な面もあるから延ばし延ばしにしてきたが、ヘンリーが一緒なら大丈夫だろ。身の回りの整理もあるだろうから、年明けくらいか?」
ジェンドの言うことは正しい。
正直、今でも実力面だけで言えばリーガレオで十分やっていけるが、僕抜きだと戦闘以外の諸々を仕込む必要があるし、後半年かな、と思っていた。
「まあ、そうだな。僕が側でフォローできるんだったら、今から行ってもそれなりに活躍できると思う。ただ問題は……シリルの目標のためには、『それなり』じゃあ駄目なんだ」
国の再建。流石に南大陸の旧領を回復するのは夢物語に近いので、シリルの第二目標が僕的には本命である。
領地を賜り、旧フェザードの王家が統治する……恐らく、アルヴィニア王国の一領扱いになるだろうが、そこまで行ければ大成功だ。
しかし、元王族の血筋を全面に出せばまるっきりの平民と比べればハードルは低くなるだろうが、今は亡き国の人間が諸侯となるには相当の功績を挙げないといけないだろう。
リーガレオであれば、それだけの大功を立てる機会は年一、二回……いや、三? もっとか? はあるので、最前線を目指したシリルの判断は間違っていない。
ただし、大前提として相応の実力が必要となる。今すぐに向かうより、それなりの準備を整えてからの方がいい。実戦経験は最前線の方が積めるが、落ち着いて訓練なりなんなりするにはリーガレオは不向きな街だし。
「そうか、そうだったな。シリル、微力ながら私も協力するから、頑張ろうじゃないか」
「……仕方ないので、私も」
「はい、ありがとうございます、フェリスさん、ティオちゃん!」
うちの女性陣は仲がいいなあ。
「……ん、まあ英雄になりたい俺としても、ドでかく活躍はしたいから異論はないけど。具体的にはどうするんだ?」
「まだ昨日の今日だから、細かいところまでは決めていないけど」
それでも、いくつか考えていることはある。
「まず、リーガレオの知り合いに片っ端から手紙送って協力をお願いして。装備を二回りくらいアップグレードして。後、技術を鍛えるために、イストファレアの道場辺りに行く……ってのを考えている」
とりあえず、頭に中にある計画をそのまま話した。他にもするべきことはあるだろうが、取り急ぎこの三つである。
「コネを使うのも、装備を整えるのもわかるけど……なんでイストファレアなんて遠いところまで」
「僕もそうだけどさ。ジェンドのお師匠様のリカルドさんも、他人に教えることが専門じゃあないだろ」
兵隊に対する教練であればリカルドさんはプロだが、武人を育てた経験はジェンドとアシュリーしかないらしい。
リカルドさんの実力を疑うわけではないが、何十、何百もの門弟を抱える道場の師範と比べると、指導力には差があるだろう。
短期での集中訓練。他に本業がある冒険者相手に、そういう商売をしている道場もある。そして、イストファレアが道場の数も質もトップクラスなのだ。
「はいはーい! 私も行くんですか? いや、別に嫌ってわけじゃないんですが、私が杖術に磨きをかけても、焼け石に水というか」
「ああ。シリルはジェンド達がイストファレアに行っている間、サンウェスト行きかな……アルヴィニア王国で魔導、魔法を極めようとしたら、一度は行くっていう」
東に武の街イストファレアがあれば、西には魔の街サンウェストがある。
こと、魔導、魔法の研究においてはアルヴィニア中央大学を超えるという『賢者の塔』は、実戦的な魔導使い、魔法使いの育成にも力を入れており、こちらも短期の訓練コースが用意されているのだ。
「えっ、一人だけ? ……あ、魔導って言えば、フェリスさんは行くんですよね?」
「『ニンゲルの手』の魔導はニンゲル教が独占していて、賢者の塔でも教えていないそうだからな……行っても意味がない」
「ちなみに、叢雲流は言うまでもありませんね?」
がーん、とシリルが落ち込む。
「……多分、僕は槍より魔導のほうが伸び代あるから。僕と一緒だな、うん。まだ決定ってわけじゃないけど」
あまりの様子に見かねて、僕はフォローを入れた。いや、実際、間違ったことを言っているわけではないぞ? 五つ術式を組み合わせられるのはクロシード式としては結構な腕だが、一方術式の種類が六つは然程多いわけじゃないし。
と、内心言い訳していると、
「あ、本当ですか!」
「まだ決定じゃないっつってるだろ!」
一転して顔を明るくさせてぎゅー、とシリルがくっついてくる。あ、なんかやわっこい
…………い、いや! 全然嫌ではないのだが、仲間のみんながいるところで過剰なスキンシップはやめよう!
「ほー」
「へえ」
「恋人ですか……私はどうしようかな」
ほら、めっちゃ生暖かい目で見られてるぅ!
そして、クスクスと笑いながら、フェリスが口を開く。
「まあ、これからのことは、詳しくはまた今度でいいじゃないか。二人の記念すべき日なんだ。昼間だけど、下で一杯といかないかい?」
「ああ、いいな。奢るから、ヘンリー、色々聞かせろよ」
……ん、まあ。
祝福してくれる気持ちは本物だろうし。
ま、素直に受け取ることにしようかね。
「あ、すみませーん。蜂蜜酒、おかわりください!」
「お、おい、シリル。お前、あんまり強くないんだから、もうちょっとペース考えろよ」
「へへー、もし酔い潰れても、ヘンリーさん、運んでくれますよね?」
「……あー、まあ、勿論、そのくらいはな」
昼間っから酒をかっ喰らって、酔い潰れた娘を領主館に運ぶ……と、ヒデェ文字面だが、勿論見捨てたりはしない。
「なら、安心ってモンです」
「はは……まあ、今回くらいはいいじゃないか、ヘンリーさん。ほら、シリル、蜂蜜酒が届いたよ」
「わーい」
フェリスがウェイトレスさんから注文を受け取り、シリルに渡す。
「多分、こうなるとは思っていましたが、あのシリルさんがねえ。……ヘンリーさん、大切にしてあげてくださいね。もし蔑ろにしたりしたら……フフ」
ここは教会の酒場なので、ウェイトレスさんも本業はシスターさんである。……前々からシリルのことを知っていたのか、僕にぶっとい釘を差してきた。
……勿論、そんなことをするつもりは一切ないが。
「あ、ヘンリーさんも空いているじゃないですか。エールでいいです?」
「おう、頼む」
「すみません、エールください」
「はいはい」
シリルが注文をする。その顔は笑顔で、なんの憂いもない。
さて、これから。
色々と、頑張らないとな。せめて、こいつがいつまでも笑顔でいられる程度には。
……と、酔った頭で、僕は決意した。




