第百八話 彼が立ち上がる日
『次は最前線で会いましょう! リーガレオであれば、私もたまに行きますもの!』と元気よく挨拶をして、アイリーン殿下は帰っていった。
……しっかし、あの人リーガレオまで遠征しに来てたのか。噂すら聞いたことがないところを考えるに、余程上手く冒険者っぽく振る舞っていたのだろう。……いやまあ。あの言動からして、僕も事前情報無しに会ったら、生粋の冒険者と信じて疑わないだろうが。
ともあれ。
アイリーン様が帰ってから、僕達は日常に戻った。
相変わらず、冬の間はアルトヒルンに立ち入ることは出来ないので、フローティアの森で色々と試す日々だ。
そんな冒険と冒険の合間の日。熊の酒樽亭の昼下がり。しんしんと降り積もる雪を見ながらホットミルクを啜っていると、ふと頭の中に声が響いた。
(ヘンリーさーん。もうすぐ到着しますよー)
(……はいよ、了解)
シリルの声だ。
あいつの得た神器『リンクリング』の『通信』の能力。有効射程は結構広く、半径二キロ前後。普通にパーティ行動するのであれば問題のない範囲だ。
「ラナちゃん、ホットミルク追加で一つ。シリルがもうすぐ来るから」
「あ、はい。了解しました」
吹雪、って程ではないが、かなりの大雪のため、ピークタイムを過ぎた今は僕以外の客はいない。ちと心苦しいが、店内を清掃していたラナちゃんに注文をした。
ラナちゃんは、夜の仕込みをしているノルドさんに注文を伝えに向かい、その彼女が戻ってきた辺りで店の扉が開く。
「こんにちはー。うう~、寒いですねえ」
「いらっしゃい、シリルさん。ほら、暖炉に当たってください」
「はーい」
ぷるぷるとちょっと震えているシリルは、頭や肩に積もった雪を入り口のところで払って、暖炉の前で火に当たった。
はあ、と僕は一つ溜め息をついて、シリルの側に近付く。
「あ、どーもヘンリーさん。時間通り来ましたよ」
鼻の頭を赤くしながら、シリルがにこりと笑う。
……そう、僕とシリルは今日、会う約束をしていたわけだが、
「……天気が悪いようなら別の日でもいい、って言わなかったっけ、僕。風邪引くぞ」
この時期のフローティアは、よく天候が崩れる。なので、約束事はある程度の余裕を持ってするのが普通だ。
……別に、無理して今日来る必要なかったのに。
もしかしたら、と思って待ち構えていたが、通信が来るまでは多分来ないだろうと見込んでいた。
「あー、いえいえ。春からこっち、鍛えに鍛えたシリルさんの前ではこの程度の雪なんでもありま……っしゅん!」
「ほれ、早く体温めろ。……僕のホットミルク飲むか?」
「ここぞとばかりに間接キスを狙うのは卑怯だと思います」
阿呆め。冒険者なら、水筒の回し飲みとか普通にするぞ。うちはティオの鞄があるから、人数分の水筒持ってってるけど。
「ったく。やっぱり僕が領主館に伺った方が良かったな」
「んー、私あそこでは居候なので。お客様を招いたりするのは気が引けるんですよねえ」
居候って、お前……いや、まあ表向きはそうなんだろうが。
「まあ、平気ですよ、平気。寒かったですけど、雪の中歩くの楽しかったですし」
「左様か」
と、話していると、ラナちゃんがお盆に湯気を立てるカップを乗せてやって来る。
「お待たせしました、ホットミルクです」
「あれ? 頼んでませんけど」
「冷えてるだろうと思って、先に注文しといた。奢りだから遠慮すんな」
そういうことなら、と シリルがそのカップを両手で受け取り、一口飲んで……熱さに舌を出していた。
ふうふう、と息を吹きかけて冷まし、ゆっくりと飲んでいく。
「あー、染みますねえ。蜂蜜の甘さが丁度いい感じです」
「ああ、配分が絶妙だよな」
ホットミルクは、熊の酒樽亭の隠れた人気メニューである。ただ牛乳を温めただけでなく、蜂蜜と数種のハーブを混ぜており、よく体が温まるのだ。酔い醒ましにもいいと評判で、この時期頼むお客さんは多い。
「それではごゆっくり」
「うん、ありがとうございます、ラナちゃん」
暖炉の前に陣取り、シリルの体が温まるまでぽつぽつと世間話をする。
「そういや、もう少ししたら年明けだけど。この街の年越しってなにするんだ?」
「そうですねえ。普通だと思いますよ? その年の最後の日は、家族や友人と一年に思いを馳せながら静かに過ごして。年が明けたら新年祭です。それぞれの教会が合同で儀式やったり」
はあ、まあ普通か。
「年明けといえば。昔言ったかもしれませんが、一月五日が私の誕生日です。誕生日のプレゼントは期待していますね!」
「言われてみればそうだっけか」
で、僕とジェンドが偶然にも同じ三月。ティオは十一月なので、少し前に十五歳になった。そういや、フェリスの誕生日は知らないな……まあ、シリルが誕生日パーティ企画するだろうから、その時になればわかるか。
「そうだ、ヘンリーさん。グランディス教会主催の雪合戦大会はエントリーしないんですか? 確かエントリーは今週まででしたが」
「……教会のその手のイベントは、レクリエーションにかこつけて冒険者の戦闘力測ってるんだよなあ。評価稼ぎには悪くないけど、正直面倒臭え。この寒いのになにが悲しくて雪合戦なんだ」
「ヘンリーさん、若いくせにおっさん臭いですよ。楽しそうじゃないですか、雪合戦」
「若者差別反対」
「もう」
何気のない会話が落ち着くし、そこはかとない幸せを感じる。
……ああ、随分毒されてんな僕。と、頭のどこか冷静なところが告げ、まあいいか、と頭の呑気なところが秒で許容する。
そうして、シリルがミルクを飲み終わった頃、
「……んじゃ、僕の部屋行くか」
「はぁい。あ、部屋に二人きりだからっていやらしいことはしないでくださいね!」
軽くデコピン。
いたぁ、とシリルが抗議の視線を送ってくる。勿論無視だ。
「ラナちゃん、カップここに置いとくよー」
「あ、はい。わかりました」
さて。
……どう話が転がるかね。
「椅子一つしかないけど、まあ座れ」
「はい」
一人用の部屋なので、部屋に備えられた椅子は一つ。
そちらにシリルを座らせ、僕はベッドに腰掛けた。
「それで、ヘンリーさん。お話がある、ってことでしたけど」
「ああ、うん」
そのために、シリルと今日会う約束をした。
こいつも何の話かは大体察してはいるだろう。常にない真剣な表情になる。
「率直に言うけどさ。割と僕、お前らと一緒にリーガレオ行く方向に傾いてる」
「……その。ヘンリーさん、本当に無理をする必要は。フェザードの身分は今はもう関係ないですし」
「うん。僕も別にそこは気にしてない。……つーか、気にしてたらもうちょっと恭しい態度になってんだろ」
アステリア様相手にしたときみたいにな!
ていうか僕の場合、実際に王族としてお会いしたことのあるアステリア様はともかく、正騎士に任命されてたわけでもないし。
正式な騎士として王様に任命式をやってもらっていれば違ってたのかもしれないが、王族に対する敬意はあれど、忠誠心とかはピンと来ない。
「そ、そうなんですか。それはそれでちょっと複雑ですが……」
「なに? 姫様、とか呼ばれたり、僕に傅かれたかったりするの、お前?」
「今更ヘンリーさんにそんなことされても、違和感しかないからいいです。きょ、興味がないとは言いませんが!」
……いや、そこはないって断言しろよ。なにちょっと興奮した顔になってんだ。
「こほん」
「あ、失礼しました。続きをどうぞ」
「はいはい。ま、一番大きな理由はだ。……あー、その。まだ会って一年も経ってないのに、こんな事言うのもアレだが」
僕は我ながらすごい勢いで視線を泳がせる。色々と台詞は考えていたのだが、すぽーん、と頭から抜け落ちた感じがする。
……しかし、今更話はまた今度、なんてしたら本気で呆れられそうだし。
覚悟を、決めることにしよう。
「シリル。こう、なんかお前が側にいないと、なんとなく座りが悪いんだよ」
とか言いながら、迂遠な言い回しになってしまった。
え、とシリルがぽかんとし、言葉の裏に気付かない様子で首を傾げる。
「は、はあ? それは、その。ど、どうも?」
……いかん。まったく真意が伝わっている気がしない。
「???」
ええい、こういう時は行動だ、行動。
割とテンパってることを自覚しつつ、僕はベッドから立ち上がり、椅子に座っているシリルの頭をそっと抱き寄せる。
「……え、あ、あの、ヘンリーさん」
「お前が好きだ。惚れた奴くらい、守らせろ」
しばらくの沈黙。
ややあって、物理的にボンッ、と音がしたかのように、腕の中のシリルが劇的に表情を変化させる。
「は、ははははは!? え、ええっと、ヘンリーさん!? 一体全体、いきなりなんなんです!?」
「……伝わらなかったか? いや、僕も自分から告白なんて初めてで、正直一杯一杯なんだけど」
「い、いいいえ! その、とてもよく理解はできましたがーー!」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! とシリルが身悶えする。
しかし、僕の腕の中から逃れる様子はない。むしろ、僕の胸に頭を当ててぐりぐりしてきた。
しばらくして落ち着くと、シリルは顔を真っ赤にしながら独りごちる。
「あう……ユーさんは、ヘンリーさんはヘタレだから、自分から告白なんてできっこないって言ってたのに」
今度ユーの周囲に、あいつの恥ずかしい秘密を暴露する告発文を送りつけることにしよう。
「……んで? シリル。僕は勝手言ったが、お前的にはどうだ? ……面倒だっつーなら断ってもいいし。なんなら別に、その気だけ持たせて都合良く使ってくれてもいいが」
「ヘンリーさん、意地悪ですよね……あの、今更言う必要あります?」
「必要性はともかく、僕が聞きたい」
むう、とシリルが顔は真っ赤なままに、抗議の視線を上目遣いで送ってくる。
僕自身も、普段通りを振る舞えている自信はないが、なるべく強気にニヤッと笑ってみせた。
……それに、負けたとでも思ったのか。
ゆらゆら揺れていたシリルの瞳に決意の光が灯り、『やったらー!』という気合が全身から発せられ、
「んっ!」
なんか唐突にシリルの顔が近付いたかと思うと、唇になんかやらかいのが触れた。
「…………」
「ふ、ふふーん! これで私の勝ちです!」
勝ち負けの問題なのか。
ツッコミたい気持ちは満々だったが、問題なく受け入れてもらえたようで、まずは一安心。
……そして、まだわずかに躊躇っていたリーガレオ行きへの決心もついた。
まあ、しばらくはまだこの街でみんなの力をつけることになるだろうが、今までの半引退気分とはしばしのお別れである。コトが済んだら、シリルとのんびりと過ごしたいが。
それはそれとして、だ。
「ちょっと歯が当たって痛かったし。やり直しな」
「あ、ちょ、ヘンリーさん、待っっっ!!??!?」
待ってやる義理などない。
百面相をするシリルに、僕は今度こそちゃんとした口付けをした。
「あ、ヘンリーさん。ベッドのシーツ汚したんだったら、今回はご自分で洗ってくださいね」
なお、暫くシリルと話してから階下に降りると、なんかとんでもない勘違いをしたラナちゃんが、笑顔でそんなことを言ってきた。
僕的にはバッチコイではあるが、シリルの性格からしてそういうのはまだまだ先だ。
……ラナちゃんのわかってますよー、という顔にちょっとイラっとしたので、その日は祝いも兼ねて、注文を取るのが嫌になるほど飲み食いしてやった。
「セミリタイアした冒険者」さんが死んだ!




