第百七話 将来
シリルの正体が明らかになり、かといって表向き仲間たちの態度が変わることはなく、そのままアイリーン様の観光案内のクエストを引き続き実施し。
アイリーン様の三日間のフローティア観光の日程は、滞りなく終了と相成った。
さて、そうすると後はアイリーン様方が帰るだけ……とはいかない。かねてからの約束通り、ジェンド用に編纂したという『地獄の特訓コース』とやらを、僕らパーティとアイリーン様とベアトリスさんでただいま絶賛実施中である。
「ひぃ~~! そ、そろそろ私、いっぱいいっぱいなんですが!」
「駄目だと思ってからが本番ですわ、シリルさん! 重りを追加して後十周です! まあ、かく言う私もかなり疲れているのですが!」
……と。各種重りをつけた上で、シリルとアイリーン様が練兵場を走っている。丁度良く、領軍の訓練の合間があったので使わせてもらっているのだ。
「ティオ、射掛けろ!」
「了解!」
「チッ、甘い!」
そして、少し離れたところでは、ジェンド対フェリスとティオのタッグとが模擬戦中。負けた方がランニングに合流し、今度はアイリーン様と勝った方が戦う。それが終わったら、また負けたほうがランニングへ、今度はティオとフェリスが戻ってくる。
これを延々と繰り返しているのだ。
なお、シリルは模擬戦には参加していない。あいつの魔法、手加減とかしにくいし。それ以上に、かなり改善したとは言えまだまだ体力面を鍛えるほうが優先なので。
地獄の、と冠についてはいるが、まあそこそこハードな普通のトレーニングである。
んで、僕はと言うと、
「小休止はそろそろいいだろう。次だ」
「……はい」
一通りの基礎トレの後。ベアトリスさんと、延々と模擬戦を繰り返している。
現在、四連敗。流石は国二番目の騎士、その実力は確かで、食らいつくことはできるが中々勝機が掴めない。……しかし、ようやくベアトリスさんの戦い方に慣れてきた。実戦であればとっくにおっ死んじゃあいるが。
……もう一戦、だ。
「行きます!」
「来い」
同時に動き始める。
「せいっ!」
開幕、槍を投げた。
間合いがやや近いため《強化》をかける暇はないが、それでもそこらの盾や鎧なら余裕でブチ抜ける威力の一撃。
「分かれろ!」
投げた槍が、神器の能力により五つに分裂する。
「ふんっ!」
しかし、ベアトリスさんは慌てずに盾を掲げた。
彼女の盾は騎士団の制式装備で確かな品ではあるが、僕の一投を耐えられる程の強靭さは備えていない。それに、五本もの槍を全て防ぐのは困難だ。
……勿論、ベアトリスさんもそれは百も承知。
盾はあくまで基点、そこを中心に蒼色の魔力の壁が渦巻くように展開される。
如意天槍の軌道はその壁によって逸らされ、かろうじてベアトリスさんの鎧を掠った二本も大幅に威力を減じられてダメージを与えることは出来なかった。
「チッ」
如意天槍を手元に引き戻し、無言で突進してくるベアトリスさんに備えて構える。
距離を取って延々とベアトリスさんが防御をミスるまで投げを繰り返す戦法も思いついて三戦目に実践してみたが、この人ミスらねえし、投げを入れてると普通に追いつかれる。
……ま、色々試させてもらおう!
「ハッ!」
ベアトリスさんの剣の間合いに入る前に、突きを繰り出す。これも盾で受け止められ……ぐにゃり、と、槍の穂先が絡め取られるような感触がし、一閃はベアトリスさんから外れた。
……通常、武具に纏わせる魔力というのは、単純な威力強化や属性付与がせいぜいである。しかし、ベアトリスさんの扱う魔力は、ありえない精度と力強さで『流動』する。
その力を防御に回されれば、激流に飲み込まれるかのように攻撃が逸らされる、という理屈だ。
「ッ!」
そうして攻撃を逸らしたベアトリスさんは、蒼色の魔力の灯った片手剣で攻撃してくる。
如意天槍を手放して素早く腕を戻す。手甲に魔力を通して、左肩を狙う一撃を防ぎ、
「うおおォォォ!?」
剣自体は防いだが、その剣に宿っていた魔力がそのまま飛んできた。切断属性の魔力刃に、僕は慌てて横っ飛び。ギリ躱した。
「っのォ! 《拘束》+《投射》!」
飛びながら、ベアトリスさんの足元を狙って魔力の矢を放つ。それは途中で鎖になり……足元に展開された魔力の渦で弾かれた。
……やっぱこの人ちょっとおかしいって! 魔導も使わず、ここまで手足のように魔力使う人初めて見たぞ!
「戻れ!」
如意天槍を『帰還』の能力で、手元に戻す。……先程の魔導はまったくの無駄だったわけではない。一歩分だけ、出足を遅らせることが出来た。
で、あればだ。
「ツェァ!」
「む……!」
引き手を強く意識し、魔力の流れに囚われる前に槍を引き戻すようにして連続突き。
剣と盾を器用に操り、ベアトリスさんは僕の攻撃を捌き続けるが、しかし間合いを詰められない。迂闊な隙を晒したら、穂先を抉り込む。……いや、実際には寸止めするけど。
「フッ」
面白い、とでも言うようにベアトリスさんが口元を緩ませ、一歩後退。
……なんだ? 距離を離してくれるなら、投げ槍でいくが。
と、考えていると、ベアトリスさんは剣を真っ直ぐ天に突き立てた。
「……蒼剣、起動」
呟きと共に、剣を基点に蒼色の魔力が噴出。たっぷり十メートルくらいに伸びた魔力の刃が、僕の脳天に降り掛かってくる。
「っ、そいつは慣れてますんで!」
しかし、これはエッゼさんの使うルミナスブレードと同系列の技だ。何度もあのオッサンが使うのを見てきたから、簡単に避けられる。
「ほう、これでも?」
剣を躱した僕に、横薙ぎ。間合いはひっでえが、そんな素直な一撃は喰らわな……は?
「なぁ!?」
魔力の剣が『しなる』。防いだと思ったら、蛇のように刀身が蠢き襲いかかってくる。
それもなんとか避けるが、更に変幻自在な動きで四方八方から滅多打ち。
っっ! 剣じゃなくて鞭だこれ!? 蒼剣って言ってたのに、詐欺クセェ!
そうして、あれよあれよと僕は追い詰められ。
……負けた。
ベアトリスさんと全力で八戦。
最後の一戦だけ、なんとかもぎ取る事ができた。蒼剣の乱れる中、なんとか距離を取って《強化》三連からの全力投擲。
……流石に、エッゼさん相手みたいに直接当てることはしなかったが、ベアトリスさんに負けを認めさせることができた。
「ふーー。いや、久方ぶりに負けたな。いい腕だ、ヘンリー」
「それはどうも……」
僕もベアトリスさんも疲労の極致で、座り込んでいる。それでも、褒めてもらえるとそれなりに嬉しい。
「あっちもそろそろ切り上げさせた方がいいですかね」
今はジェンドとアイリーン様が戦っている。
なんかハイになっているようで疲れを忘れているようだが、そろそろ上がらないとミスって大怪我しかねない。
「ああ、もう一、二戦かな」
「そうですか」
騎士団の長として多くの訓練を見てきたベアトリスさんのこと。僕よりもその辺りの塩梅は詳しいだろう。任せることにする。
「……ところで、だ。ヘンリー。お前の仲間は、リーガレオ行き希望と聞いたが、本当か?」
「本当です。まあ、もう少し伸びれば一線で戦えるとは思いますが」
「シリュール姫も? 魔法が達者なことは聞いたが、気質的に向いてないだろうに」
あえての姫呼び。……ベアトリスさんも、シリルの目的はなんとなく察しがついているんだろう。僕程度ですら思いついたことを、騎士団長様が気付かないとも思えない。
「ヘンリーが付いていれば安心なのだろうが」
「…………」
シリルに話を聞いてからこっち。夜はそのことを考えすぎて、あまり眠れない。
それはそうなのだが、ベアトリスさんも突っ込んでくるなあ。
「そうですね……」
「フム。ああ、話は変わるが、ヘンリー。騎士団に入る気はないか?」
え、は?
「と、唐突になんですか」
「いや、実力も信用もある人材を見つけたのだから、騎士の中でも立場ある者として、勧誘はしないとな。騎士には元冒険者も数多い。そう悪い話ではないと思うが」
アルヴィニア王国の騎士は、ヴァルサルディ帝国の帝国騎士のように貴族の末席というわけではない。名誉や権利がないわけではないが、語弊を恐れずに言い切ってしまえば、『超強い兵士』のことである。
だから、騎士を目指す若者であれば誰にでも門戸が開かれている騎士学校なんてものもあるし、こうして在野の人間をスカウトすることもある。
エッゼさんにも冗談半分で誘われたことがあったっけ。当時は、自分のことを騎士失格だと思っていたから断ったが。
「まあ、冒険者上がりであれば騎士としての知識や礼儀作法を覚えるため、騎士学校の促成コースで半年から一年程学んでもらうが……元々、あのフェザード王国の准騎士だったのだろう? すぐに覚えられるだろうさ」
むう。
いや、実際いいお誘いではある。まず、冒険者と騎士では社会的信用が違うし、怪我とかで引退せざるを得なかった時の保障もグランディス教会のそれより上だ。なにより定期的な収入というのはオイシイ。
……それに、あえてシリルのことを先に出したのだ。常駐している黒竜騎士団の他にも、最前線へ騎士が一時応援に向かうこともある。そういう、たまに様子を見に行けるポジション、というのを提示されているのだろう。
どうなのだろう。何気なく提案されたが、これは僕の将来を決める重要な分岐点な気がする。
このまま、フローティアで冒険者をやる自分。
アルヴィニア王国の騎士となり、国のため、民のために働く自分。
――最前線に舞い戻り、戦いに明け暮れる自分。
他にも、やろうと思えば無数に選択肢はあるだろう。
「……ぁ」
ランニングをやめて、歩きながら息を整えているシリルへ、無意識に視線を向ける。
シリルも気が付いて、疲労困憊だろうに小さな笑顔を浮かべて、ひらひらとこちらに手を振った。
そうだな……うん。
きっかけ、なんてものは大抵些細なことだ。新しい道をベアトリスさんに提示され、将来を思い描き。そうして、あいつの顔を見て……腹は八割決まった。
「いえ、ありがたいお誘いですが、僕は冒険者の方が性に合ってるので」
「そうか。余計なお世話だったかな。まあ、勧誘を撤回する気はないので、その気になったらいつでも訪ねてくるといい」
「はい、ありがとうございます」
よっ、と立ち上がる。
さて、いつ話を切り出そうかね。




