第百五話 フローティア観光紀 その三
さて、そろそろ食事時だ。
王族の観光。さぞかし贅を凝らした料理を食べに行くのかと思っていたが、シリルが案内した店は、まあ警備上問題が出ない程度には格のある、しかし庶民でも十分通える範囲のお店だった。
「ふっふっふ。ここは名店なんですよ。実はご領主様方もたまにお忍びで食べに来ているのです」
「へえ、フローティア伯爵様が? 食通として名高いかの伯爵様が推薦するのであれば間違いありませんね」
と、席に付きながらシリルが自慢げに解説し、アイリーン様は感心したように頷く。
……っていうか、領主様、食通で評判なんだ。そういや、前にアルトヒルンの立ち入り許可を貰いに行った時頂いた晩餐は、めっぽう美味かったっけ。いいシェフを雇っているんだなあ、と感心した覚えがある。
「ご注文はいかがいたしましょう?」
んで、例によって不審者がいないかどうか確かめるため、先に入店していた僕にウェイターさんが注文を取りに来る。
「日替わりランチで」
「かしこまりました」
優雅に一礼をして、ウェイターさんが下がる。
……うん、熊の酒樽亭のラナちゃんみたいな笑顔でフレンドリー、といった感じではないが、隙のない所作はなんというかプロって感じがする。
そういや、メニューを熟読するわけにもいかないので日替りを頼んだが、今日の日替りのメインは……クロケットか。いいね。
「それでシリルさん、ここはなにがオススメでしょうか?」
「はいはい、お待ち下さい。そこも領主様にリサーチしておきました」
メモをポケットから取り出して、シリルが語り始めた。
「ええと、この店は毎日中身が変わるクロケットとコンソメがオススメらしいです。あと、この時期のフローティアなら魚介は絶対外せないとか」
「成程。で、あれば……そうですわね」
アイリーン様がメニューを斜め読みし、うーん、と少し悩む。シリルもそのメニューを横から覗き込んで、『美味しそー』などと楽しんでいた。
「私は無難に日替りでいいです」
「ああ、私もティオと同じで」
んで、一方、その辺冷めている二人はあっさりと決める。
「あら、クロケットとコンソメ、日替りに付いているんですのね。ではそれと……タラの香草焼きに、生牡蠣を二十個ほど。ワインは……ルネ・シュテルの白にしようかしら」
食い過ぎ。んで、ルネ・シュテルって確かユーの奴も愛飲してる高いワインの銘柄だ。やっぱいい酒呑むなあ。
「私はシーフードグラタンにします!」
「私は日替りで」
シリルとベアトリスさんもそれぞれ選び、ウェイターさんを呼ぶ。
と、そこでレストランの入口が開き、次のお客さんが入ってくる。一応念の為どんな人物かと視線を向けてみると、若いカップルだった。当然武装などもなし。
そこでふと、窓の外が見えた。……店の外で警戒しながら、適当に屋台で買ったサンドウィッチを齧るジェンドと窓越しに目が合う。
「………………」
勿論声なんか聞こえているはずもないが、その訴えるような視線で言いたいことはよーくわかった。
……悪い、今度なんか奢るから。
「お待たせいたしました」
「あ、どうも」
僕がいたたまれなくなっているタイミングを見計らったかのように、注文した品が届く。
クロケットをメインに、付け合せの温野菜、コンソメスープ、ミニサラダ。白パンもふわっふわで美味そうだ。
「どれどれ」
まずはコンソメをいただく。口に入れると、なんとも芳醇な味わい。繊細で複雑な旨味がして、僕の貧困な語彙では言い尽くせない美味さだ。
お次は揚げたての芋と挽き肉のクロケット。こいつを口に運ぶと、あまりの熱さにあふ、あふと口が動く。
なんとか口の中で冷ましてからごくりと飲み込むと、口に濃厚な味が残る。その味が消えないうちにパンを齧り、もろとも胃に収めてサラダで一息。サラダもサラダで、この季節なのに見事にシャキシャキで、ともすればくどく感じかねないクロケットの味を見事に洗い流してくれる。
もう手は止まらない。
熊の酒樽亭の料理も美味いが、こちらはまた別種の美味しさだ。
ものの五分で、日替り定食は片付いた。
……うむ。美味いがやや量が不足だな。まあ、腹一杯になりすぎると動きも鈍くなるし、丁度いい塩梅か。
「お待たせいたしました」
と、僕が食っているうちにシリル達のテーブルにも料理が届いていた。
先に来ていた生牡蠣で一杯やってたアイリーン様も、目を輝かせて料理を見ている。
「わー、美味しそう」
「おっと、これは彩りも見事ですね」
アイリーン様は感嘆し、光写機を取り出す。料理も写真に撮るのか……面白いのかね?
「お客様。こちら、お皿をお下げしてもよろしいでしょうか」
「……あー、お願いします。後、追加で珈琲とベイクドチーズケーキを」
一応、護衛の仕事のため店からは離れられない。
しかし、繁盛店らしく続々とお客さんがやって来ており。なにも追加しないまま居座るのはちょっと気が引けたので追加注文をした。
……だからジェンド。悪いとは思ってんだって。でも、役割分担的に仕方ないだろ。
と。
ものすごくわびしそうな顔になったジェンドに、僕は内心言い訳をしておいた。
腹もくちくなったところで、次の観光スポットまでは少々長めの歩きだ。
食後の運動も兼ねたシリルの奴の見事なスケジューリングである。
フローティアの中央近くにあった店から出て西門へ。フローティアの街中は、積もった雪と飾られた花々で、歩いているだけで楽しい。
そして、この通りは観光客を当て込んだ土産物屋もそれなりにあり、アイリーン様は気ままに店を冷やかしながら散策なさっていた。
まあ、目についたところにとりあえず入る、ってのは気持ちはわかるが……護衛する側からするとやりにくいな。この程度で文句を言うわけにもいかんが。
んで、アイリーン様はお城のみんなのお土産にと、花弁の砂糖漬けを散らした名物であるフローティアクッキーを十箱。自分用にフローティアのワインとなんかよくわからない木工細工を購入していた。
持ち歩くには多いので、領主館に運んでもらうよう手配している。
なお、見た目めっちゃ高貴な感じなので、特に運び入れ先について質問されることはなかった。
「あら、シリル。街の外に出るのね。ということは、ルカン湖かしら」
「はい! この街の観光スポットと言えば、外せませんからね」
「そうね。大陸の名湖十選に選ばれているもの」
後ろで話す声が聞こえる。
……名湖十選なんてあるんだ。初めて聞いた。
西門を出て、フローティアの西側に出る。
少し南に目を向けると、アルトヒルンを源流とし、フローティアを縦断している川が見える。この川の水が街の西側に溜まり、湖と成している。
更にそのルカン湖から南へと水は流れ、フローティア伯爵領の村々を潤しているのだ。
この領はアルヴィニア王国でも有数の穀倉地帯であるが、それはこの恵まれた水源に依るところも大きい。
(ヘンリーさん、外どうです?)
(ん、特になんもないな。ぐるっと見渡しても、危険そうなのはない。僕、先行してルカン湖まで行ってるぞ。そっちはゆっくり来てくれればいい)
(はい。あ、でもルカン湖の案内板があるところでストップお願いします)
神器リンクリングによる思念通話で、そうシリルから指示があった。
? ええと、確か西門からルカン湖へ向かう途中、湖の由来や言い伝えなんかを書いた案内板が確かにあったが、なぜに。
(ふっふっふ。地元っ子の秘密スポットにご案内するためですよ)
(……お前、フェザード出身だろ)
(地元は二つあっても三つあってもいいものです)
いやまあ。シリルの年齢的に、もうこっちで過ごした時間のほうがずっと多いのだから気持ちはわかるが。
とりあえず、言われた通りに案内板のところまで歩いてから待機する。
この時期のルカン湖は、澄んだ水で湖底まで見えてそれだけで綺麗だし、ごく一部を人工的に凍らせてスケート場にしたりしているので、西門から湖に向かう人はそこそこ多い。
「ヘンリーさん、お待たせしました」
そうして、少し待っているとシリル達がやって来る。
「おう」
「いやー、しかしあれですね。護衛って、ぶっちゃけ意味あるんですかね」
ぶっちゃけるな。僕もここまでバカ正直に仕事する意味を見失いつつあるのに。……うん、危険のきの字も感じないしな。
もとい、
「意味がなかったらなかったでいいんだよ。大体、依頼人の前でそういうこと言うな」
「あら。私としては観光案内がメインのつもりでしたので。ヘンリーも、退屈であれば一緒に回りませんこと?」
そうアイリーン様があっけらかんと申された。
「ちょ、ちょっとアイリーン様。……ベアトリスさんもなにか言ってあげてください」
「一冒険者として一人で飛び出すこの人を、『流石は我らが姫』と讃える騎士達の長ですが、なにか」
そうだった! 全体的にこの人達危機意識が足りねえ!
ふっ、とベアトリスさんは周囲に人がいないことを確認し、
「まあ、アイリーン殿下が万が一拐かされたり、冒険中になにかがあったとして。助ける努力はいたしますが。不幸があってもそれはそれということで」
「そ、そうなんですか?」
「ご自分の意志で冒険に出かけられているのです。その武勇は讃えますが、自分のケツくらいは自分で拭いていただかねば」
思った以上にシビアだった。
しかし、そう言われたアイリーン様の方も、それが当然という顔をしている。
「勿論、自分のおケツは自分で拭きますわ」
「あ、あの、アイリーン。その、下品な言葉遣いは、やめたほうが」
内容はともかく、『ケツ』発言にフェリスが物申す。
「ああ、フェリス、失礼。しかし、女もいなくはないとは言え、基本男所帯の騎士団や冒険者達と組んでいると、この程度は」
「私達はそんなことありません!」
「そういえば、珍しく女性の方が多いパーティでしたわね」
と、そこでパンパン、とシリルが手を叩いた。
「はいはい。お話もいいですが、そろそろ出発しましょう」
「シリル、ところでどこへ行くんだ? ルカン湖の観光なら、このまま道なりに行けば」
「ふふー、まあ付いてきてください」
と、シリルは道を逸れ、南のほうに歩き始める。
除雪されていない普通の平原だ。多少歩くのに難儀するが、ここに集まっているのは全員冒険者や騎士。然程苦労することもなく歩ける。
そうして歩くこと十数分か。
割と大きなルカン湖の周囲を歩き、湖の南西側に辿り着く。
ほら、とシリルが指先をとある方向に向ける。
それは、フローティアの北にあるアルトヒルン。その山もまた絶景であるが、ルカン湖の水面に逆さとなったアルトヒルンの像が映り込み、なんとも幻想的な風景を演出していた。
こう、自然のでっかさを思い知らされる光景である。
「まあ、雪があるから冬の間に行く人はあまりいませんけどねー。ちょっと歩きますけど、夏とかは結構な人気スポットなんですよ?」
「ああ、これは歩いた甲斐があった」
よく積もった雪も、いい具合だ。
アイリーン様は当然のように光写機を取り出し、一枚、二枚と撮っていく。
「うん……ありがとうございます、シリル。本当にいい景色ですわ」
「へへー、どういたしまして!」
アイリーン様のお礼の言葉を、シリルは満面の笑みで受け取る。
「…………?」
「? どうかしましたか」
ふと。
アイリーン様が、怪訝な顔になる。
「その笑顔……やっぱり、どこかで」
とん、とん。と、アイリーン様はこめかみに指を当て、考え込む。
そうしてしばらく。
僕は、もしかして、と思い至る。なぜだか緊張して、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「……フェザード王国の、シリュール、姫?」
ピキーン、と。
アイリーン様の言葉にシリルの表情が固まり、僕達パーティの面子も、全員言葉を失った。




