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第百四話 フローティア観光紀 その二

 天の宝物庫より神器を賜った後。

 シリルの腕輪はともかくとして、流石にアイリーン様の『轟雷の斧』は観光には邪魔にしかならないので、一旦領主館に神器を置きに戻った。


 そうして、改めて観光である。

 最初の目的地は、フローティア中央公園。この時期、道を除雪した雪で作られた雪像がそこかしこに飾られ、しかも冬にも関わらず沢山の花が咲き誇り、歩いているだけで楽しい人気スポットだ。


 安全を確保するため道なりに先行して進んでいる僕も、仕事に集中しながらも割と楽しませてもらっている。


(も~、教会に寄ったせいで、スケジュールが滅茶苦茶ですよぉ)


 と、聞き慣れた声が頭の中に響いた。

 内容は文句を言っている風ではあるが、喜色が隠せていない。


(……いい神器が手に入ってはしゃぐのはわかるが、無闇に使うなよ。これ、慣れてないと頭痛くなる)

(はぁい、わかりました。ちなみに、前の方の危険は大丈夫ですか?)


 微妙に変な言い方しやがって。いや、ニュアンスは伝わるが。


(ああ、平和なモンだ。シリル、そっちは?)

(こちらも平気です。じゃ、引き続き頑張っていきましょう)


 ぷつ、と。僕の頭と彼方にいるシリルとを紐付けていた『線』のようなものが切れる感触がする。


 シリルが手に入れた腕輪の神器『リンクリング』。『通信』と『供魔』の二つの能力を持つ、大当たりの神器だ。

 通信の能力は、あらかじめ登録した人間と思念通話が可能な能力。限界距離等はこれから調べないといけないが、数キロ程度であれば問題ないらしい。今回のようなクエストにぴったりの能力だ。


 慣れるまでは頭の中で話しかけられるとちょっとびっくりするが、色々と応用の効きそうな能力である。

 似たような効果の魔導具もあるにはあるが、最近開発されたもので、大型で高価だ。とても冒険者が普段遣いにできるものではない。


 これまでの運の悪さを一発で帳消しにしたなあ、あいつ。


「っと、着いたか」


 そんな風に感想を抱いていると、公園の中心部に到着した。ここは噴水が設えられ、雪像も多く飾ってある。それに、小さな舞台(ステージ)もあり、イベントのある日はここで劇や演奏会をやったりするらしい。

 アイリーン様達の、ひとまずの目的地でもある。


 ぐるっと見渡して、危険そうな気配のする人物がいないことを確認。

 人は多いが、必要以上に武装している人はいないし、大体が家族連れやカップルだ。むしろ僕が一番怪しいまである。


「あー、それにしても冷えるな……」


 ぶるっ、と少しだけ身を震わせる。歩いていると気にならなかったが、立ち止まると体の芯が凍えていることに気が付いた。


 僕は戦闘服が普段着だから寒さには結構強いのだが、顔とかは露出しているから寒さを完全に防げるわけではない。

 身体強化なり、魔導なり使ってもいいのだが、仕事中に魔力を無駄遣いすんのもなあ……


「アイリーン様達が来るまで、少し時間あるしな」


 誰にするでもない言い訳を零しながら、僕は公園にやってくる人達を当て込んでいる出店の一つに立ち寄った。


「いらっしゃい。なににしましょう?」

「あー、ちょっと待ってください」


 今メニューを見ているところだ。店主さんもそう急かさないで欲しい。

 このお店は僕みたいな寒さにやられた人をターゲットに、温かい飲み物を各種取り揃えている。ホットワインなんかもあるが、流石にアルコールは駄目……っと、


「んじゃ、ホットジンジャーをください。蜂蜜ありありで」

「あいよ!」


 手早く使い捨ての木製カップに入れられたホットジンジャーを受け取り、三十ゼニスを代金に支払う。


 カップを手に持つと、じんわり熱が伝わってくる。


 しばらくカップの感触を楽しんでから、ずっ、と軽くホットジンジャーを啜った。蜂蜜の甘みとレモンの酸味が染み渡る。ゴクリと飲み込むと胃の腑に熱い感触がして、ぽかぽかと温まってきた。生姜はいいねえ。


「ふう」


 四半分程飲み干して一つ息をつく。寒い空気に触れた呼気が白くなり、空中に溶けていく。

 それを追いかけるように空を見上げると、空は雲一つなく青く染まっていた。


 耳に届くのは、子供達が広場で遊ぶ和やかな喧騒。なんともいやはや、公園で散歩するような趣味はなかったが、これは中々に心地いいシチュエーションである。


(ヘンリーさーーん! 私達、もうすぐ着きますよー!)


 キィィーーン、と。

 その全てを台無しにするかのような大声が、頭の中に響き渡った。


(……シリル、もうちょっと音量落とせ)


 実際に音が発生しているわけではないが、まあ、イメージだ、イメージ。どうも強く念じるほどより大きく聞こえるらしい。


(えー? でも、ちゃんと届いているかどうか不安でですね)

(その辺の加減も練習が必要か……)


 やれやれ、と嘆息して、残りのホットジンジャーを飲みきり、器をお店の人に返す。


 僕が来た道の方を見ると、ぶんぶんと必死に手を振ってるシリルと、それに呆れながら付いていくアイリーン様達がいた。


「はあ」


 適当に手を上げてそれに応えてやりながら、僕はぐっと背筋を伸ばすのであった。

















「へえ、これは見事な雪像ですね!」


 と、アイリーン様は広場に飾られている雪像の一つ、デフォルメされたドラゴンの像に感心し、手提げ鞄から光写機を取り出した。

 中にある特殊な用紙に光を焼き付けるための魔導具である。その用紙を元に、まるで鏡で写したかのような絵――写真を作る事ができるのだ。……どうも、正確には魔導のみならず、自然の仕組みを利用しているらしいのだが、詳しい仕組みはさっぱりわからない。


 高価な品ではあるが、それなりの冒険者であれば十分に手が届く品だ。


「あ、その光写機、カスミ工房のものですね」

「あら、ティオ。ご存知なの?」

「うちも貿易に一枚噛んでいる商品なので。……しかもその型、高級品ですね。五十万ゼニスはするんじゃ」


 前言撤回。余程の金持ちしか手が出ない値段だ。


「ええ。光写機と言えばリシュウはカスミ工房のものが一番ですからね。少々値は張りましたが、冒険者としての稼ぎを一気に投入して購入いたしました」


 ……王女としての歳費もあるだろうに、そっちは使ってないのか。

 いや、一国民からすれば、趣味に歳費使ってもいいから、もうちょっと落ち着いてくんない? と思わないでもないが。


「さ、あの雪像をバックに撮りましょう。三人で並んで……ヘンリー、光写機の方お願いしても?」

「えー、と」


 値段を聞いたら、すごく躊躇するんですが。


 い、いやさ。リシュウの道具類は、その性能もさることながら使いやすさや丈夫さも有名だ。たかが魔導具の一つ、なんとでも使いこなしてやろうではないか。


「わ、わかりました」

「ありがとうございます。……諸々の調整は私がやっておきますわ」


 なにやら僕にはよくわからない部位をちょいちょいとアイリーン様が調整し、はい、と渡してくれる。


「ささ、お願いいたします。使い方はこれこのように」

「ふんふん」


 本格的に使おうとすると色々覚える事はありそうだが、とりあえず後はレンズ覗いて、いい具合のところでボタンを押せばいい……らしい。


「ボタンを押す時に光写機が揺れないようにお気をつけください」

「承知しました」


 うん、とアイリーン様が頷いて、ててて、とドラゴンの雪像の前に向かう。

 両隣にフェリスとシリル、自分の前にティオを置いて、ニコリと笑った。


「さあ、ヘンリー! よろしくお願いいたしますわ」

「はーい、じゃ、いきますよ。三、二、一」


 ボタンを押す。

 その際に光写機を揺らさないよう気を付ける……重量級の魔物の突進を槍で受け止める時に比べれば、なんということもなかった。多分大丈夫だろう。


 撮り終えると、アイリーン様がこちらにやって来る。


「これで撮れたんですかね? ちゃんとなんかが動いている音はしましたが」

「はい、大丈夫です。あ、折角なのでヘンリーとジェンドも撮ってあげましょう」

「ええ? いや、僕達はいいですよ」


 アイリーン様の提案に、僕は遠慮する。


「まあまあ、そう仰らず。私、自分で撮るのも好きなんですから」

「あー、ジェンド、どうする?」

「撮ってくださるのなら喜んで。実は俺、写真って結構興味あったんだ」


 少し離れたところで警戒していたジェンドが、嬉々としてやってくる。


 ……ええー。この、なんともファンシーな外見の雪像の前で、男二人が写真を撮ってもらうって。

 こう、あれだな。最前線の趣味人に撮られた経験が豊富な僕から言わせると、なんともむっさいな。絵面が。


「あー、そうだそうだ。アイリーン様。ジェンド撮るんだったら、恋人のフェリスを隣に立たせたほうがいいんじゃないっすかね」

「あら、それもそうですわね」


 ぽん、とアイリーン様が手を叩く。


「え、え? 俺と、フェリスでか? い、いや。それは恥ずいっつーか」

「うるせえ。とっとと行け」


 なにを今更恥ずかしがっているのか。僕は呆れつつ、ジェンドの背中を押す。


 ジェンドはつんのめりながら、憮然とした様子で僕を見て、渋々と雪像の前に立つ。


「さてはて、ティオちゃん。お邪魔虫はずらかりますよー」

「合点承知です」


 シリルとティオがその場から離れ、ジェンドとフェリスが残される。


「あー、その、うん。撮ってもらおうか、ジェンド」

「……おう」


 もう付き合い始めてそれなりに経つし、やることもやってるくせに、なにを恥ずかしがってるんだあの二人。


「ふふ、初々しいですわね」

「……アイリーン様。貴女、他の恋人達相手にそんなことを言っている場合ですか。そろそろ恋人の一人でも作ってください。うちの王家が恋愛結婚推奨とは言っても、そろそろ適当な許嫁を宛がわれますよ」


 ぼそっ、と。

 周囲を警戒しながら、ベアトリスさんが言葉のナイフでアイリーン様を背中からぶっ刺した。


 そういや、アルヴィニア王国ってそういう風潮だっけ。最低限の家格は必要だけど、それ以外は割と貴族の恋愛は自由らしい。……よく権力関係で破綻してないな、この国。


「あふん! ベアトリス、それは言わない約束です!」

「そのような約束はした覚えがありませんな」


 アイリーン様の抗議を、ベアトリスさんはしれっと流す。……仲いいなあ、この主従。


 と、僕は感心しながら。

 ベアトリスさんの目配せに従い、彼女の代わりに警備に入るのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シリルとヘンリーのラブコメ展開が見えるぞお?
[気になる点] サッと流されてますけど供魔って魔力を受け渡しできるってことですかね? そうだとすると、シリルさんの底なし魔力を貰ったヘンリーは化けそうですね
[気になる点] >>王女としての歳費 歳費だと国会議員の手当をイメージさせられます。皇族費の方がニュアンス的には近いかなぁ。
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