第百三話 フローティア観光紀 その一
さて、アイリーン様の観光のお時間である。
地元民かつ色々と情報通のシリルは『フローティアに来たならここを見ないと!』というスポットをいくつもピックアップしており、今日のスケジュールを三十分単位で立てていたのだが、
「ういっす、フェリシアさん」
「あら、ヘンリーさん、こんにちは。でも、どうしてここに? 今日は確か……あの方のクエストを受けていたのでは」
グランディス教会の表の掃除をしているフェリシアさんに挨拶をする。シスターである彼女の担当は冒険者の窓口の受付なのだが、この時間帯は割合暇なのだろう。
そして、一応僕らパーティの専属みたいになってるフェリシアさんは、今日のクエストのことも承知している。領主様からの指名クエストとはいえ、建前上教会を通さないと、その、面子みたいなのがね?
なので、アイリーン様の地位は基本隠しているが、フェリシアさんとこの教会の責任者であるカステロさんはご存知だ。
「あー、そうなんですけど。そのお方のリクエストで、まずはグランディス教会で天の宝物庫を引きたいと」
「……また、なんで」
アイリーン様曰く、『初めて訪れた街で溜まった分を引くのが私のジンクスなのですわ!』ということらしい。
そのことを伝えると、フェリシアさんは深々と溜息を付いた。
「一応、グランディス教に世俗の地位は関係ない、ということになっていますけど。それは面ど……気を使いますね」
「フェリシアさん、本音隠しきれてないっす」
勿論、気持ちはわかる。教会の中は当然外より暴力が得意な奴が多いし、柄の悪いのもいるし。なにかあったらここの責任問題になりかねない。
まあ、冒険王女とまであだ名されるアイリーン様のことだから、恐らくそんな輩も慣れっこなのだろうが……周りにいる僕らが気を使わないかどうかとは別の話である。
「とりあえず、そんな感じで。僕が先行して様子を見に来たってわけです。どうです? 今日の教会の様子」
「そうですか。ん~、今日も別に、いつも通りって感じですけどね。特に喧嘩とかも起きてませんし」
「普段見ない奴がいたりとかは?」
「私が見かけた限りではそんなことはないです。ああ、つい二日前冒険者になった子がいますけど、その子地元の子ですし」
ふむ。勿論、実際に中を見るが、フェリシアさんがそう言うのであればまずは一安心か。
「教えてくださってありがとうございます。じゃ、僕も中に入りますよ」
「はい、どうぞー」
わざわざフェリシアさんが教会の玄関を開けてくれた。軽く頭を下げて、中に入る。
正面に祭壇、右に冒険者向けの受付や掲示板、左を見ると酒場。
うん、普段見慣れている光景だ。変わった物や人はなし。受付にはフェリシアさんとは別だが、いつものシスターが一人。酒場の方は、数組の冒険者や普通の信者が酒を酌み交わしている。
……うん、酒場にいる連中も一人を除いて顔知ってる。ベテランに絡まれているあの男の子が新人だろう。うむ、王女様を狙って紛れているような怪しい奴はいない。
ふと、酒ではなくジュース片手に他の冒険者と雑談をしていた一人の顔見知りが僕に気付く。
僕は手を上げながら、その人――フレッグさんに近付いた。
「どうも、こんにちは」
「ああ、ヘンリー、こんにちは。……は、いいんだけどよ。お前、今日からしばらくお貴族様の護衛つってなかったか?」
王族であることは隠す。しかし、平民の観光客が護衛を付けて、しかもそれが領主様からの指名クエストとなれば不自然極まりない。当たり障りなく、フローティア伯爵家と親交のある貴族の娘さんがやって来た、というカバーストーリーを周りに吹聴していた。
「それが、そのお嬢様、結構なお転婆さんで。冒険者としても結構活動してるそうなんですよ。んで、まあ彼女なりのジンクスで」
フェリシアさんにしたのと同じ説明をする。
「はあ、そりゃ変わったご令嬢だな。まあ、うちの国の場合、王家にも似たようなお姫様がいるしなあ。感化された子が続出して、年頃の娘さんがいる貴族様は大変だって話はたまに聞くか」
「ははは……」
そのご当人です、と口を滑らせるわけにはいかない。僕は笑って誤魔化した。
「ん、そういうことならこっちは俺に任せておいていいぞ。ちょっかいかけそうな馬鹿は適当にあしらっておいてやる」
「ありがとうございます。僕が脅しつける手間が省けます」
「なに、呑み友達の仕事を手伝うくらいはするさ。大して面倒でもない」
……刺客の類と思われる人間がいないことは確かなのだが。
この時間から酔っ払っている連中の中には、こう、控えめに言ってやんちゃな奴が何人か含まれている。酔った勢いで、見かけないお嬢さんに絡んでいきそうな感じがひしひしとする奴らだ。
フレッグさんがそいつらを止めてくれるならありがたい。
僕は礼を言って、王女殿下御一行を出迎えるため、教会の入口へと戻った。
表の掃除をしているフェリシアさんと雑談して数分。
お待ちかねのアイリーン様が、うちのパーティの女性陣を引き連れてやって来た。
本来の予定ではティオも離れて護衛するはずだったが、普通に一緒に歩いている。勿論、アイリーン様のリクエストだ。この後、存分に服屋で飾り付ける予定らしい。
そして、その集まりに一歩引いたところで、甲冑を脱いで剣だけを携えたベアトリスさん。さらにその後方にはジェンドがいる。
「ああ、ヘンリー。先に出向いての安全確保、ありがとうございます」
「……いえ、仕事ですから」
到着したアイリーン様は、ふわりと笑って労ってくれる。
……しかし、最初に見たときも驚いたが、アイリーン様の変貌っぷりがすげえ。
三つ編みにしていた長い髪を解いて、伊達眼鏡をかけ、薄い化粧を施すだけでまるで別人だ。そういった簡単な変装術だけであれば僕も多少心得ているが、なんていうのか、雰囲気まで朝までとは全く違う。
王族として、アイリーン様の写真はたまに新聞とかに載るが、これであればよっぽど親しい人でない限り気付かないだろう。
「イリアさん、ここが私達が普段お世話になっている教会ですよ。いいところなんです」
「はい。規模はそうでもないですけど、良く手入れされていて綺麗な教会ですね」
シリルが自慢げに言うと、アイリーン様はその様子に微笑ましそうに笑って答える。
なお、イリアはアイリーン様の偽名だ。アイリーン、の先頭三文字のアナグラム。非常に安直ではあるが、まあ朝出る時に三秒で決めた名前だし。
「どうも、こんにちは。お話には聞いております。私は本教会のシスターのフェリシアです。さ、折角ですのでご案内しますね」
「ええ、ありがとうシスター」
フェリシアさんの案内に付いてアイリーン様が教会に入る。
「ヘンリー、中はどうだった? チンピラがいないといいが」
「ああ、知り合いのベテラン冒険者さんが、そういうの止めてくれるそうです。人柄も実力も信頼できる人ですよ」
「そうか。それならば安心だな」
ベアトリスさんと雑談しつつ、僕達も中に入る。
シリル達のことはここの冒険者はみんな知っているが、中心にいるアイリーン様はやはり注目を浴びていた。酒場にいる冒険者がなにやら色めき立っていて、ヒュゥと口笛を吹いている奴までいる。
まあ、今のアイリーン様は実に深窓の令嬢といった雰囲気で、こう、口説いてみたくなる気持ちはわかる。
何人かが実際にナンパでもしようとしたのか席を立つが、そこはフレッグさんが素早く押し留めてくれた。小さく頭を下げておく。
「宵の口であれば、エールの一杯でも景気づけに引っ掛けてから引くところですが……この後の予定も詰まっていますしね。早速グランディス神様にお伺いを立てましょう」
……深窓の令嬢なのは見た目と雰囲気だけだった。天の宝物庫を引く前に酒で勢いづけるとか、それオッサン冒険者の発想。
「頑張ってください、イリア」
「フェリスもどう?」
「一応、我々はパーティ全員で引くことにしておりますので。最近はオーガを累計五十倒すごとに、と決めているんですよ」
「あら、勇ましい。オーガを五十って。そんなに簡単に言えるパーティは、王国全土を見渡してもそうおりませんわよ」
うん、まあ全員才能に溢れすぎているからな。いつになるかはわからんが、全員勇士の称号は固いだろう。怠けずに研鑽を積み、どこかで大きな手柄を立てられれば、英雄もそんな夢物語ではない。
ま、その大きな手柄ってのが難しいんだけどな。エッゼさんみたいな本物の英雄クラスの実力がなければ、ユーとかアゲハみたいな一芸がないと……そう考えると、シリルは結構行けそうだな。
「そういうことであれば私一人で挑戦しますわ。ではシスターさん、お願いいたします!」
「は、はあ。わかりました」
いきなり現れた謎の貴族風の女性に、多分事情を知らされていない天の宝物庫担当のシスター、レティさんが困惑しつつも頷いた。
「コホン……それでは、お名前は」
「イリアです。偽名ですが、ごめん遊ばせ」
「そ、そうですか。いえ、グランディス神様は把握されているのでしょうから、我々としては問題ありませんが」
ホント、功績点とかどう計算してんだろうね。統計とかとっても、怖いくらい平等とのことだし。
まあ、僕みたいな人種は『そういうもの』で納得しているが、この辺りを真剣に研究している人もいるらしい。
「……イリアさん、本日は二点、神器が下賜されるようです」
「ええー、この前ワイバーンを三十ばかりブチ殺したんですのに。四回はいったものかと」
「わ、ワイバーンですか」
「ええ、私の武勇伝、お聞きになる?」
ちょいちょい、とティオがアイリーン様の背中をつつく。
「イリアさん、話がズレています」
「おっと、失礼いたしました。それでは二回、お願いいたしますね?」
はあ、とレティさんは『なんだコイツ』という感情を押し込めた様子で、天の宝物庫にアクセスする。
アイリーン様が魔物を倒して得た功績点が抽出され、『門』が開いた。
光とともに、祭壇の台座にゴテ、とゴツいのが……
「えー、靴と斧が一つずつ……え、斧?」
「ホホホ」
アイリーン様は細身で、とてもこんなデカイ武器を振るえるようには見えない。まあ、魔力の扱いに長けた人であれば、見た目と実際の膂力に差があるなんて普通だが……やっぱり、イメージがね?
ほら、酒場の方から見てる酔漢どもも、めっちゃ驚いてる。
「え、ええと。靴はコモンですね。で、斧は……え!」
「あら、すごい神器でしたか?」
「豪雷の斧……『雷纏』が二重にかかったレア神器です」
うお、強い。
雷は、ほぼ全ての魔物に有効だ。それが二重となると、半端ない攻撃力となる。
「うーん……いい武器なのですが、愛用のハルバードから乗り換えるほどではないですね」
「……えーと、返還するのですか?」
「いえ、予備として持ち帰りますわ。でも、部屋を整理しないと……」
あー、あるある。
フローティアに来てから、二本程それなりの槍が天の宝物庫から出たが、如意天槍から持ち替えるほどではなかった。なので、僕の中では外れ扱いなのだが……でも、どこかで役に立つかもしれないし、一応宿に転がしている。
宿暮らしだとこういう予備はいくつも持っておけないが、リーガレオに持ち家を持っていたとある冒険者なんて、神器の剣をずらっとコレクションみたいに並べていたりした。
「おー、すごいですね。これは、今いい流れが来ているのでは?」
「シリル、引くのか?」
「引かいでか! これはシリルさんタイムが来た感じがビンビンしますよー」
「……そうか。勿論シリルの自由だけど、私の考えるに天の宝物庫に流れなんていうものはだな」
フェリスの忠告を無視して、シリルがレティさんに宝物庫一丁! と注文する。
「まあ、好きにすりゃいいけど」
僕は呆れながらその様子を見る。
僕も、引いた数の割に有用なものが出ないほうだが、シリルの運勢はその僕を余裕で下回るのだ。
運のいい奴であれば、シリルが賜った数からして、能力の有用性は別にして、レア神器の五、六個は手に入っている。しかし、シリルは未だレア以上を引いたことがない。
ま、今回もコモンワンドか低級ポーション、あるいは雑貨辺りで……
「……おや?」
果たして。
シリルの祈りに応えて台座に降りてきたのは……なんだあれ、腕輪? よく出てくるコモンブレスレットじゃないな。
「あ、シリルさん、おめでとうございます。これ、レアですよ!」
「本当ですか!」
……流れって、本当にあるのかな?
まさかあのシリルがレアを引くとは。
なお、これは僕もいいのを引ける! という確信のもと、僕も天の宝物庫に貯めていた二回分を突っ込み。
コモンスピアを二本手に入れるというオチがついた。
……アイリーン様は割とウケていた。




