第十話 クエスト
僕たちは冒険前に、いつもグランディス教会で待ち合わせている。
朝。三人とも体調に問題はなく、さあ行こうかと言うところで、僕はシリルとジェンドを呼び止めた。
「? どうした、ヘンリー。なんか都合悪くなったか?」
「おトイレですか」
「いや、違う違う」
手を振る。
この二人と冒険に行きだして結構経つが、未だにやっていないことがあるので、その話をしようと思う。
「二人共。今日はなにかクエストでもこなさないか?」
冒険者への依頼、クエスト。
魔物が出没する地域で、一般の人が活動することは難しい。しかし、そういった場所にしかない植物や鉱物を採取したりする必要があることがある。
冒険者も暇であればそういったものを収集して売ることもあるが、専門にしている奴は少ないし、必要な量にまったく足りない事が多い。
報酬は払うから、それを集めてきて欲しい。これが、一番多い採取系のクエストだ。
他にも、特定の魔物のドロップ品集めたり、国や領からの公的なクエストとして魔物の駆除を依頼されたり。
後、冒険者は大抵力持ちだったり魔導が使えたりするので、それを活かした仕事もある。単に一時的人手不足解消のための日雇いの仕事なんかもあったり。
まあとにかく、教会が報酬や内容に問題ないと判断すれば、大抵の雑事はクエストとなる。
クエストで別の職業に縁ができて、そのまま転職、なんてのもよくある話だ。冒険者って、立場的に結構不安定だしね。グランディス神の信徒ではあるが、大抵のやつは教会に就職しているわけではないし……大体、兼業冒険者も多数いる。
「クエストかあ。そういえば、受けたことないな。そういうの、ちゃんと冒険者としての経験積んでから、って思ってたから」
「おいおい、そんなことないぞ。むしろ、金も腕もない駆け出しなんか、装備のために簡単なクエストこなすことから始めたりするし」
勿論、信用のない冒険者には回せないクエストというものもある。
しかし、採取系は現物持っていけば引き取ってもらえないということはない。
「うーん、でも私達、お金には困っていませんし」
「将来、大きなクエスト受ける時とか、手続きとかのあれこれ知らないと恥かくぞ」
「うっ、なるほど……」
「それに、どんだけ実力があっても、教会の人に評価してもらわないと勇士になれないしな。魔物退治オンリーより、クエストをこなしたほうが実は目に止まりやすかったりする」
ドロップ品の買取だけより、クエストをこなす方が教会とのやり取りは多い。それが面倒だというのもわかるが、教会の人の覚えがめでたくなると、色々と便利なのだ。
僕も、こっちでソロでやるとなっていたら、まずは適当なクエストを片っ端からこなすことから始めていただろう。
「そういうことなら、やってみるか。どういうクエストがいいとか、あるのか?」
「んー、そうだな。本当に初仕事っていうなら、採取系が鉄板なんだが。結構真面目に討伐こなしているってことは、見てもらえていると思うし」
ちょっと来い来い、と二人を連れて教会の受付前に向かう。
ブツを持ってくればいい系のクエストは大体掲示板に貼り出されていて、指定の物を持ってきて受付であのクエストの物です、と渡せばいい。
そうではないやつを受けられないか聞いてみよう。
「どうも、おはようございます」
「あら、おはようございます、ヘンリーさん。シリルさんと、ジェンドさんも。本日は魔物の討伐には行かれないのですか?」
「いえ、なにか丁度いいクエストはないかな、と思いまして。魔物退治以外も、二人は経験しておいた方が良いと思ってですね」
「そういうことですか。少々お待ち下さい」
キビキビと働く受付のフェリシアさん。
この人も教会の神官さんの一人なので、着ているのはシスターの格好だ。
シスター服を押し上げる豊かなバストは妙にエロい。しかも、すらっとした印象を受ける美人なので、大体僕が受付に用がある時は、この人のところに来る。
同じように考える男冒険者は多く、行列ができることもある。ちょっとしたファンクラブみたいなものまであるらしい。
「ヘンリーさん、男は紳士であれ、ですよ」
「いたた、やめろシリル」
そして、後ろのシリルにそんな好色な視線が見抜かれ、耳を引っ張られる。
「ふふ、仲が良いですね。まだパーティをお組みになってから、一月くらいなのに」
「そうですかね」
シリルは誰とでもすぐ仲良くなれそうな女だが。
「はい、お待たせしました。ヘンリーさんたちなら、これらのクエストを斡旋できます」
教会は冒険者の能力や信用度を裏でちゃんとチェックしている。教会での立ち居振る舞いや訓練場での動き、他の冒険者の噂、神様が与えているため誤魔化せない功績点などからだ。
僕たちも当然のことながらちゃんと評価がつけられているはずであり、それを踏まえて任せられるクエストが提示されているというわけである。
一枚紙にクエストの内容、期間、報酬などが記載されている。五枚ほどあるそれを、三人で見比べる。
「二人共、どうだ?」
「うーん、俺にはよくわからないけど……これって冒険者の仕事なのか? なんか全然関係ないようなのが混じってるけど」
「ですねー。私、あっちの掲示板にあるワイルドベアの肝の収集がいいかと」
「レアドロップ品の収集は、ハマったら一ヶ月掛けても集まらないからやめとけ」
ああいうのは、たまたま拾ったやつがそのまま納品するもんなんだよ。
「ちなみに、僕はこれがおすすめだ」
ピラリ、と依頼票の一枚を取る。
『え~~』
「まあまあ、騙されたと思って」
「うーん、まあヘンリーがそう言うなら」
「私も、別に構いませんけど。でもこれ、私役に立ちます?」
なにを言うんだろう。むしろシリルが主戦力である。
さて、即日取り掛かれるようだし、依頼主のところに向かうとするか。
クエスト受注の手続きを行い、僕たちは冒険装備のまま、指定された場所に向かった。
フェリシアさんに提示された依頼は以下の通り。
廃屋の撤去。
港町までの護衛。
街道警備。
下水掃除。
開墾の手伝い。
僕たちはこのうち、開墾の手伝いを選んだ。
フローティアの田園地帯の拡張。荒野広がる場所を、作物を植えられる状態にする作業である。
責任者に命じられ、僕たちはまず開墾の邪魔となる大岩をどかす作業に従事していた。元はこの辺りは林だったらしく、木の伐採は終わって、こういう邪魔なものを撤去する段階である。
「なあ、なんでこのクエストを選んだか、聞いてもいいか」
ジェンドと二人がかりで、五メートルはある大岩をえっちらおっちらと運ぶ。
「んー? そりゃ、アピールだよ、アピール」
「アピール?」
「そうそう。街の人に冒険者としての顔を売るんだよ。真面目に働いて、ちゃんと能力もあれば、次に良いクエストで指名してもらえるかもしれないからな」
フローティア有数の商会の息子として、ジェンドはそれなりに知られている。
しかし、冒険者としては魔物を狩っているだけなので、『あそこの息子さん冒険者やっているらしいぞ』『へー』で評価が終わってしまう。
そこで、この依頼である。
はっきり言って、この大きさの岩を二人だけで運ぶのなんて、並の冒険者じゃ言葉通りの意味で荷が重い。
他の開墾に参加している人たちも、目を丸くしていた。身体強化を嗜んでいる人は冒険者じゃなくてもいるだろうが、僕たちレベルはそうそういない。
「こうすることで、『っべー、マジヤベーよジェンドクン』『流石はジェンドクンだ』『こりゃあ、あの仕事を任せられるのはジェンドクンしかいないな!』と、こうなるわけだ」
「……そのわけわからん評価はともかく、言いたいことはわかった」
え、わけわからない? そうかなあ。わかりやすいべ?
「他の仕事もな。真面目にやりゃあ、ちゃんと評価はしてもらえるだろうけど」
廃屋の撤去。……シリルの魔法一発で終わるし、見てくれる人、監督する人しかいない。僕とジェンド、仕事ない。
港町までの護衛。……護衛する人しか見ない。後、複数日掛かる仕事は、気軽には受けられない。
街道警備。地味。
下水掃除。下水に人がいればいいですね。
とまあ、あの五択ならこれしかない。
結構広い範囲の開墾作業で、後回しになってた大岩の運搬を一手に引き受けているから、みんなから感謝されている。
「で、まあ。魔法使いがいる利点を、生かさない理由はないだろ」
「……あんな風にも使えたんだな」
ちら、と余計な石とかの撤去が終わった区画に立つシリルを見る。
『……グラウンドバーン! あははー!』
満面の笑顔でシリルが魔法をぶっ放すと、ドカッ、と大地が爆発する。
表面の硬い地面が吹き飛び、下層にある柔らかい土質が露呈する。ついでに、伐採はされていたものの、根を張っていた切り株がまとめて宙に舞う。
広さからして、巻き上げた土は一体何百トンか。並の魔導士だと二、三十人がかりの大仕事だ。
魔導を使うのは結構精神が削れる。それは魔法も同じだが、一度の魔法で全部掘り返すシリルと、同じ範囲を掘り返そうとしたら何回も魔導を使わないといけない魔導士では、その負担は比べ物にならない。
魔法のための歌に五分くらいかかっているから、いつもの冒険では使いもんにならないが、こういった大規模作業をさせたら魔法使いはとてつもなく有用なのだ。たまに魔導で同じようなことやる変態もいるけど。
「よ、っと」
大岩を、開墾の邪魔にならないスペースまで運び、降ろす。
「大物はだいたい片付いたかな?」
「ああ。後は俺らなら一人で運べる大きさだ」
『ら』ってつけないでくれ。僕じゃ一人では厳しいのもいくつかある。
身体強化について、ジェンドは力寄り、僕は速度寄りなのだ。しかも、魔力総量自体は僕が勝ってるっぽいが、ジェンドの方が身体強化に回せる魔力の割合が多い。
かけっこなら圧勝だが、荷運びでは敵わん。
シリルが掘り返した切り株もさっさと集めにゃならんし。
まあ、もう報酬の三、四倍分くらいの仕事はしたし、ぼちぼちやるか。
太陽が真上に来た辺りで、昼休憩に入った。
このクエストは昼食が支給される。
ライスを丸めて塩を振りかけた、島国リシュウの料理、おにぎり。それと塩漬け肉と野菜の酢漬け。
……当然のことながら、全体的に肉体労働者向けの料理である。
まあ、フローティアに来てから食いもんの外れはないので、安心して口に運ぶ。
「ふぅ、労働の後のご飯は美味しいですねー」
「シリル、ばっかんばっかん魔法使ってたけど、魔力大丈夫なのか?」
「ふふ、私を甘く見ないでもらいたいです。それなりに消耗はしましたが、午後からも同じペースでやれますよ」
こいつ、控えめに言って化け物だな。
魔力量なら、僕の知っている誰よりも上かもしれん。身体強化のへっぽこさは、なんとかしてもらいたいところだが。
「ふふん、次にシリルさんの魔法の餌食になりたい土地はどこでしょうかね」
「ないぞ」
「はい?」
こてん、とシリルが首を傾げる。
「いや、だって……午前中で、開墾予定の範囲、全部掘り返しただろ。これからは肥料とか撒いて土壌を豊かにしたり、区画を整理したり、そういう作業だ」
いや、まさか午前中で終わるとはね……まあ、僕とジェンドも、撤去作業には大活躍。ぼちぼちやろうか、なんて思っていたが、やんややんやと囃し立てられて、切り株十個くらいまとめて運んでしまった。
そのおかげで、僕らの作業はもうないので、飯食ったら帰って良いらしい。何日もかかる予定の作業を前倒し出来たので、報酬に色も付けてもらえるそうだ。
「ええ~、こんなに好き放題魔法撃てるの、初めてなのに。同じ魔法ばっかりなのはちょっと退屈ですけど」
そりゃそうだろうよ。こんな魔法、バカバカ撃たれてたまるか。なんもないところでも、自然破壊になるわ。
「……はっ、閃きました。フローティアの森を、外から魔法でぶっ壊すのはどうでしょう。功績点ウハウハでは?」
「てい」
「いたー」
チョップを入れる。
あの森は、魔物のドロップ品とか薬草とか野生動物とか、そういうのを取るためわざと残されているんだっつーの。それを勝手に破壊したら重罪だ。
ていうか、シリルも絶対知っているはずのことだ。
「お前、ツッコミ入れて欲しくて言ってないか? 実はMなのか?」
「ちーがーいーまーすー。ちょっとした、会話を弾ませる冗談じゃないですか」
今日のシリルの魔法を使うときのノリノリさ加減を思い出せば、まるっきり冗談とは思えない。
「もう、そこまで見境なしじゃないですよ。ときにヘンリーさん、最前線では私のような高火力に需要はありませんかね」
「あるけど、勝手に行くなよ!? フリじゃねぇからな!?」
こいつ、まさか最前線に拘っているのは魔法を思う存分使いたいからじゃなかろうな。
――そんな疑問を抱きつつ。
初クエストの日は、過ぎていった。
なお。
シリルを指名した土木系の依頼が、以後殺到するようになったが。
奴は大きな魔法を撃ちたいだけなので、広範囲のクエスト以外は、丁重にお断りすることとなった。




