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セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい  作者: 久櫛縁
第一章 フローティアの冒険者達
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第一話 花と水の都

「これで最後、っと」


 仲間を殺されいきり立った魔物の心臓部に槍を一突き。

 三メートルを超える巨体がぐらりと傾き、地面に倒れ伏す。


 周囲を一瞥。熊型の魔物の死体が十数体。

 こいつらはそこまで賢い魔物ではないので、死んだふりをしている奴はいないと思うが、数秒観察して、問題なく仕留めたことを確認する。最初の方に倒した奴は、もう気化が始まっていた。


 ふぅ、とため息一つ。僕は槍を一振りして血糊を落とし、槍を握る手に意思を込める。

 僕の意に従った槍は、柄と刃が短くなっていく。やがて、一般的なナイフのようなサイズになったところで、僕は腰に付けている鞘に愛槍――如意天槍を収めた。


「終わりましたよー!」


 そして、近場にある雑木林に避難していた人を呼ぶ。

 木の影に隠れていた恰幅のいいおじさんが、恐る恐る出てくる。


「お、おお。まさか、ワイルドベアの群れをこんな簡単に」

「まあ、これでも最前線帰りですからね。っと、爪集めるんで、少し待ってください」

「ああ、手伝いますよ」


 ワイルドベアの死体は、最初に死んだやつから黒い霧となって消失していく。

 魔力で出来た魔物の体は、死亡すると空気に溶けて消えてしまうのだ。


 しかし、強い魔力が宿る部位は、物質として残留する。魔物の種類にもよるが、ワイルドベアの場合は爪が多い。たまに運が良ければ肝が残る。


 残念ながらレアドロップはなかったようで、さくさくと爪を集めて袋に詰める。


「さて、出発しましょうか。乗ってください」

「はい」


 おじさん――トーマスさんに言われ、僕はワイルドベアの群れから守っていた馬車に乗り込む。


 トーマスさんは商人で。別の町に仕入れに行っていた帰りだそうだ。で、トーマスさんの帰る街が目的地である僕は、護衛役を引き受ける代わりに同乗させてもらっているわけである。乗合馬車でも良かったんだが、丁度良く依頼があったのでこっちにした。


 かっぽかっぽと、魔物にも怯まずそのへんの雑草食ってた図太い馬が、道を歩く。


「しかし、この辺にあんな強力な魔物が出るなんてねぇ。一匹、二匹ならたまにあったけど、あんな群れで」

「魔王が現れてからこっち、どこも魔物が活性化しているって聞きましたけど」

「いやぁ、そうは言っても、この辺は魔王領から一番遠い地域ですからね。この辺りの魔物っていえば、せいぜい暴れ兎かキラードッグくらいで」


 十年前。魔族の国で魔王が戴冠した。

 それまでは、人間の国とあまり関係が良くないまでも、それなりに付き合ってた魔国は即座に人間の国全てに宣戦を布告。国境を接していたいくつかの小国がまたたく間に蹂躙され、大国の軍隊が出張って戦争開始。

 ……以来、今日に至るまで戦争は続いている。


「そう言えば、その魔王の軍と戦っていたんですよね、貴方も」

「一応、最前線の街『リーガレオ』で冒険者やってましたけど」


 大きな戦は軍の独壇場だけど、小規模な戦闘や偵察、ゲリラ戦、強力な魔族との戦いなら冒険者向きだ。魔国との国境を接する拠点の一つ、リーガレオの街で冒険者をやっていたが、依頼探しに困ったことはない。


 ……冒険者、という字面はちょっと語弊を招くが、僕らは戦の神に誓いを立てた戦士だからして。


「やはり、そのような激戦区での経験があると、『勇士』にもなれるものなんですね」

「いやあ。別に魔国との戦いに参加してなくても、大きめの街なら『勇士』はそんな珍しくもないんですが」


 首から下げている、冒険者の身分証となるタグ。ブルーのラインが引かれたタグは、『勇士』の証である。


「言ったでしょう? この辺は弱い魔物しかいなくてですね。『勇士』まで目指すような人は、だいたい別の町に行くんですよ」


 冒険者の等級は三段階。

 冒険者が一番下で、勇士、英雄と続く。とは言っても、冒険者の等級のまま昇格しないやつが九割を占めるので、残り一割の勇士は結構なエリートである。

 え? 英雄? 英雄は端数だよ。一人もいない時代もざらだ。


「というか、もしかして噂の八英雄とも会ったことがあるんですか?」

「あー、全員顔は知ってますよ。そりゃ、最前線で同じ冒険者やってんだから。臨時で組んだことがあるやつもいます」


 特別な勲功を上げたものにだけ与えられる英雄の称号を持つ人間が八人。この魔王が君臨する時代は、それだけ活躍できる機会が多いということである。

 普通の時代に英雄等級に至った人たちは、神様の試練をクリアしたり、エルダードラゴン級の化け物を討伐したり、レジェンドランクの神器を二つも引いたりしていたらしい。


「へえ~。どんな人達って、聞いてもいいです?」

「えー、と」


 あまり思い出したくない思い出がもりもりと湧いてくる。


「まあ、凄い奴らではあるんですが。一般的に言うと、変な連中でしたねえ」

「そうなんですか。こっちじゃあ、活躍しているって話は聞くけど、人となりまでは伝わってきていませんね」


 それで正解だと思う。

 英雄に憧れる少年少女の夢を、ぷちっ、と潰す奴の方が多いし。


 そんな風に雑談しながら馬車に揺られていると、トーマスさんが今更なことを尋ねてきた。


「そう言えばヘンリーさんはなんでこんな後方の街に? さっきの戦いぶりを見るに、怪我をしているわけでもなさそうだし。観光客としてなら勇士の人が来る事はあるけど、ヘンリーさんはこっちに拠点移すんでしょう?」

「あ、それはですね」


 僕、冒険者等級『勇士』であるヘンリー・トーンが、前線を離れたその理由。


「最前線にいた目的は果たしたんで……安全な街でぬるーい魔物を適当に間引いたり、遠足気分で向かえる場所にある素材を採取したりして余生を過ごすためです」


 かっぽかっぽ。

 馬の蹄の音しか聞こえない。沈黙が続く。


「……………………」

「……………………なんですか」


 かっぽかっぽ。
















 しばらく居心地の悪い時間を過ごしたが、そろそろ目的の街が見え始めた辺りで、僕はすっかりそんな空気を忘れた。


「うわあ、あれがフローティアの街ですか」


 白亜の城壁に囲まれた美しい街。色とりどりの花がそこかしこに植えられ、街の中心たる尖塔はこの遠間からでもよく見える。

 そして街の隣には、街の後背にある霊峰アルトヒルンから流れ出る川が溜まった湖、ルカン湖が空の色を反射していた。


「花と水の都、麗しのフローティア……って、吟遊詩人の決まり文句ですが」

「ああ、綺麗でしょう? 我が自慢の故郷です」


 トーマスさんも上機嫌になっている。やはり、生まれ故郷が褒められるのは嬉しいんだろう。


 しかし、本当に景観のいい街だ。なにより、視界内に魔物が一匹も見当たらないのがいい。リーガレオの街だと、街の外に一歩踏み出したらとりあえず魔物が見える、という環境だったし。

 そりゃもちろん、さっきのワイルドベアの群れのように、突発的に出現することはあろうが、常時ポップするあっちとは比べ物にならん。


「そういえば、ヘンリーさんは宿は決めてあるんですか?」

「いえ、特に知り合いもいませんので。適当な宿でも取るつもりです」

「それなら、あとで知り合いの宿を紹介しましょう。先程助けていただいたお礼、ということで」


 事前の約束で、仮に魔物に襲われた場合の追加報酬については非常に少ない額になっている。その代わりってことだろう。

 この辺り、魔物の多い地域と少ない地域では形態も違う。元いたところだと『何度撃退したか』『どれほどの強さだったか』によって厳密に報酬が決まってたが、こっちではそもそも街道で魔物に襲われること自体ほとんどないので、その辺りルーズだ。


「それはすごくありがたいです」

「そこは料理も酒も美味くてね。きっと気に入ると思いますよ」


 そいつはますますいいことを聞いた。信用がある宿という点も重要だが、食と酒も同じくらい重要だ。僕の中では。


 そうして馬車を走らせていくと、僕たちが来た方とは別方向。東に向かう道と合流する。

 その道の向こうから、手を上げて近付いてくる男女二人組が現れた。


「あれは? トーマスさんの方見ているみたいですけど」

「ん、ああ。馴染みの客……と言っていいのかな。知り合いですよ」


 小走りに駆け寄ってきた二人は、どうやら冒険者のようだった。


 男の方は、なかなかがっしりした体付きに、要所を金属製のプロテクターで覆い、背には両手剣。

 女の子の方は、後衛らしい衣装に、でっかい宝珠が付いた杖。


 前衛の剣士と、魔導士の組み合わせか。典型的だな。


「おーい、トーマスさん。帰ってきたんですか。なんか面白い道具ありました?」

「トーマスさんトーマスさん。私、魔力増幅のアクセとか欲しいです」

「あー、はいはい。明日には店頭に並ぶから、見に来てくれ」


 なお、トーマスさんの商売は魔道具屋。生活に便利なものから、冒険者御用達のものまで、幅広く商っているそうだ。


「って、あれ。そちらにいる人は。あれー、勇士の人が、なんでこんなところに」


 と、そこで女の子の方が馬車に乗ってる僕に気が付く。


「ああ。最近物騒だから、護衛の冒険者を雇ったんだ」

「勇士って、報酬も高いんじゃ」

「丁度フローティアに来るつもりだったからって、格安でね」


 トーマスさんと男が話している間、女の子が許可もなく乗り込む。トーマスさんは注意もしない。


「へー、へー! どうも、お兄さん。私、シリルって言います。そっちのジェンドとペアで冒険者やってます」

「あー、ヘンリーだ。よろしく」

「ところで、勇士ってどうやってなったんですか!? どうやって功績立てたんでしょうか。やっぱりドラゴンとか倒したり!?」


 お、押し強いな、この子。


「おいおい、シリル。初対面で失礼だろ」

「じゃあ、ジェンドは気にならないんですか。生勇士ですよ、生勇士。ジェンドも将来は勇士、そしていつかは英雄になる! って言ってたじゃないですか」

「そりゃあ、俺も気になるけど。あのな、礼儀とかそういう問題でな」


 男……ジェンドの方は遠慮がちだが、僕としては別に構わない。かわいい女の子にちやほやされて悪い気はしない。

 ……いや、普通、男ならそういうもんだろ?


「ああ、まあ道すがら話すくらいはいいよ。そうだ、後で教会まで連れてってくれよ。初めての街だからな、それでチャラってことで」

「はいはい! お任せされました」


 元気だなあ。


今まで個人サイトで活動していましたが、新作をこちらで書かせていただくことにしました。

よろしくお願いします。


あまり書き溜めはしていないので、毎日更新とはいかないでしょうが、頑張って行こうと思います。



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― 新着の感想 ―
[一言] 奇縁譚を、久しぶりに、読み返しに訪れたら此方で連載&書籍化されていたので驚き嬉しく感じています。    凄く遅くなりますが、書籍化おめでとう御座います。
[良い点] 周辺環境の描写が躍動感にあふれている [気になる点] 翻訳機を経て読んでいるので、立派な文章が十分理解できるか心配だ。(気になる点じゃないじゃん!) [一言] 東方の二次創作小説を昔楽しん…
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