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生贄少女と王女様  作者: ココロ
9/12

仲直り

 「あー。久々で疲れた」

私は仕事を終え、アレキと夜道を歩いていた。

さっきボスの所に戻り、報告を済ませて帰るところだ。アレキに用意された家まで送ってもらっている。というより、勝手についてくるだけなのだが。

「すまねぇなぁ。さすがに組織のボスだ。頭が回る」

「そもそも、あのくらい奴、お前一人でもやれたんじゃないか?」

「まぁいいじゃねぇか。久しぶりに仕事に入れたんだからよ」

「そういう問題じゃない。場所が遠すぎるだろ。あのくそボス。なんであんな見当違いの所に行くんだ」

「仕方ねえだろ。一杯食わされたんだからよ」

「そっちじゃないよ。相手のボスの事」

「そっちか」

「早く髪洗いたい」

私は自分の前髪をつまんだ。

「相変わらず、お前の殺り方は残虐だよな」

「相手の骨をバキボキ折る奴に言われたくないよ」

「でも、やりやすかっただろ?」

アレキはニッと笑った。

「まぁな。さすがに返り血は防げなかったけど。血が一番厄介だ。黒髪ならともかく、私の場合は藍色だから少し目立つんだよな。至近距離で見られたらやばい」

「あっははは。確かに。自分じゃ見えねぇしな。髪の毛は拭いてもとれねぇ。だから射撃とかにすりゃあいいのによー」

「無理」

「即答ー!なぁ、なんでそんなにこだわるんだよ。刃物嫌いだって言ってたじゃねぇか」

「誰と間違えてるんだ。そんなこと言った覚えはない。刃物の方が確実だから使ってるだけだ」

「お前って有数の実力者だよな」

「そんなことはない」

たんたんと会話が進み、途中から私達は無言で歩いていた。

すると・・・。

「優生!」

私はそう呼ばれ、ドキッとした。

「おい、今のってお前の名前じゃ」

「さぁな。さっさと帰ろう」

「無視するな!聞こえんかったのか!優生!」

「おい、やっぱりお前を呼んでるんじゃ」

(ったく。しかたない)

「悪い、アレキ。先に帰っててくれ」

「え?でも家は」

「家の場所はわかる。それに、お前の言うとおり呼ばれているみたいだから」

アレキは、戸惑いながら去っていった。

私はそれを確認して、振り返った。

「外で名を呼ぶなと言ったはずですが」

目の前に立っている人物を睨んで言った。

「そうじゃったのう。すまぬ」

「で、何の用ですか?王女様」

月明かりで、アロウ様の顔が照らし出された。

「やっぱり私の首をはねに来たんですか」

「違う!」

「じゃあ、何ですか?」

そう言うと、アロウ様は頭を下げた。

「!?」

「わらわが悪かった!あんな事でクビなどと。すまぬ!また、戻ってきてはくれぬか!」

顔を上げたアロウ様の目には涙が溜まっていた。

「・・・すみません。私はそちらには戻れません」

「っ!なぜじゃ!わらわが頼んでおるのじゃぞ!わらわは、そなたにいてほしいのじゃ!」

「もう、無理ですよ。私は前やっていた仕事に戻ったんです」

「ならば、さっきのやつはその仲間か?」

「えぇ、まぁ。同業者ですよ。これから戻らなければならないので、失礼します。私も王女様の問いに答えられず、すみませんでした。謝罪しに来てくれて嬉しかったです」

アロウ様の目はさらに泳いだ。

「さようなら。レイ・アロウ様」

私はふっと笑って歩き出した。

「・・・っ!待て!」

アロウ様が叫んだ。私は振り向かずその場に止まった。

「何の仕事か、教えてくれ!」

「・・・それはできないと言ったはずですが」

「分かっておる。でも、このまま知らずに別れてしまうのは嫌なのじゃ!」

「勝手ですね。私はあなたのために黙っているんです。そんな簡単に話せたら、とっくにあの場で話してますよ」

「わらわのためなんて嘘であろう!」

「っ!嘘じゃない!」

私は振り返って叫んだ。

「そなたは自分の過去を知られとうないだけではないのか!」

「自分の思い通りにならないからって、言いがかりをつけないでください!」

「なら、わらわはどうなろうとよい!」

「っ!?」

「それを聞いて、わらわがどうなろうが構わぬ!巻きこまれようと、命を落とそうと、城が襲撃されようと、何をされようと一切構わぬ!」

「なんで・・・っ。なんで、そんなにこだわるんですか!私の過去も仕事も素性も生活も話も存在もどうだっていいでしょう!ア、王女様には一つだって関係ない!召使いを辞めた今はなおさら!私がどんな事をしてたって王女様には、何も・・・関係ない・・・」

私はうつむいた。

「・・・そうじゃな。確かにわらわには、召使いを辞めておるお前の事は何一つ関係ないかもしれぬ。しかしな、友達としてなら、最も関係あることではないか!過去も仕事も素性も生活も話も存在も、全部知った上でもっと仲良うなりたいのじゃ!理由など、それ以外にない!」

私は顔を上げて、それを聞いていた。

「お前が何をしていようとわらわは、それを聞く。その上でわらわの召使いにする」

「なんですかそれ。勝手にもほどがあります。あなたが気にしなくったって私が気になるんですよ。どうせ聞いたら引かれてしまう。引かれなくても・・・きっと。というか、いい加減察したでしょう。言いたくても言えない、言ったらその相手も危なくなる。そんな仕事なんて、限られてくるでしょう」

「わらわは、直接そなたから聞きたいのじゃ!そなたこそ察しろ!」

「なっ!私からは言えないって言ってるでしょう!」

「ならば、ついて行かせろ!」

「は!?」

「今からそなたが行こうとしている所について行かせろ」

「来ても帰るだけなので意味ないですよ。それに、王女様が思っているような所へ行くとしても尚更連れては行けません。王女様自身のためにも、アミス女王様のためにも。わかっているのですか?あなたが危険になるということは、あなたの大好きなお母様にも危険が及ぶ可能性があるということですよ。あなたはお母様をも引き込むおつもりですか?」

「そっ、それは」

言葉に詰まるアロウ様を見て、私はため息をついた。

「やはりわかっていなかったのですね。あなたが行こうとしている世界はそういう世界なんですよ。お母様を守るためにもあなたは今すぐ城に戻ってください。私が知っている王女様は、自分の願望だけで身内の方を危険にさらすような事をする人ではありません。私がいない分、お母様を守ってあげてください」

「優生・・・。わらわは」

「これ以上しつこく言うと、私も力尽くで動くしかないのですが」

「や、やれるものならやってみよ!そなたにわらわを──がはっ」

「・・・すみません」

「な、なぜ、ゆ、き・・・・」

アロウ様は私の腕の中に倒れた。

私がアロウ様のみぞおちを殴って気絶させたのだ。もちろん、手加減はした。

「すみません。私はもう、あなたの召使いではないんですよ。今までありがとう。アロウ」

私は、顔を隠して城の前までアロウ様を運んで、庭にいた冷華さんに気付かせてから去った。

(はぁ~。ボスの言ってた宿からだいぶ離れてしまった。次の仕事は明後日に集合だって言ってたから問題はないが、朝までに着くだろうか)

考えていてもしょうがないのでとにかく歩いていると

「元召使いも大変だな」

と目の前の路地裏からアレキが出てきた。

「お前、こんなとこで何してるんだ」

「待ってたんだよ。あんな帰し方されたら誰だって気になるぜ?」

「そうだよな。って事は、さっきの会話も聞いてたのか」

私は歩き出した。アレキはそれについてきながら

「あぁ。悪いが聞かせてもらった。驚いたぜ。お前に友達がいたなんて」

「そこなのか」

「だってよ。お前見てたら友達とか縁がなさそうで」

「私もそう思ってたよ。友達なんて出来るはずがない。必要ないって。でも、あの王女は特殊だった。私と友達になりたがって、さっきもあんな事言ってくるし」

「そうそう!あれで心が揺れ動かないお前は凄いと思ったぜ。俺だったら友達とかにあんな事言われたら、少しは心が動いちまう」

そう言われて、私はそっと胸元を押さえた。

「私だって、少しも揺れなかったわけじゃないさ。アミス女王の事だって誤魔化すために言っただけだし。どれだけ王女がこちらに近づこうと、何も関係していないアミス女王が狙われる可能性はほぼゼロに近い。王女本人も、普通の生活に溶け込むための相手だと言えばなんの問題もない。お前にもいるんだろ?普通の関係の知り合い」

「もちろん。バイト仲間は結構いるぜ。こないだも遊びに行った。当然、俺がこんな事しているなんてこれっぽっちも思っちゃいねぇ」

「だろ?私は、あの人の言ったとおり、自分の過去を知られるのが怖いだけなんだと思う。私の今までなんて、ろくなもんじゃないから。お前くらいだよ。こんな事話せるの」

「おっ嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか!俺には嘘だとか言ってたくせによー!」

そう言ってアレキは私の頭をクシャクシャと撫でた。

「触るな」

私はその手を払った。

「冷てーなー。さっきの台詞はどうしたよ」

「失言だ」

私はプイッそっぽを向いた。

「お前・・・・・ほんとに女らしくなったなー!ちょっと可愛いとか思っちまったじゃねぇかよー!」

「やめろ気持ち悪い」

私は引いて少し距離をとった。

「ガチで引くのやめてくれよ。さすがに傷つく」

「お前が気持ちの悪いこと言うからだろ」

「でも、本当によかったのか?城に行かなくて」

「誘っておいて今さら何言ってんだよ」

「いや、あん時は行くあてがなさそうだったからで、もしお前があっちに行きてぇなら行けばいいんじゃねぇか?女王様も仲直りしたそうだったしよ」

「二度も私に危険を冒せと?」

ギロッと睨むと、アレキは慌てて

「そういうつもりじゃねぇよ!」

「そういうつもりだろ。一度ならず二度までもあの組織から抜けたら、次こそ私は助からない。なにも私は死にたがりじゃない。ただ、やむを得ない死なら受け入れる覚悟は出来ているというだけだ」

「だ~か~ら~!抜ける以外であそこに行く方法はないのかって事だ!」

「えっ?」

目を丸くする私に、アレキは深いため息をついた。

「お前ってあっちの作戦とかはキレるのに、こういうのには点で駄目だな」

「な、何だよ。こういうのって・・・」

「いいか?乙女心ってのはな意外にも単純なんだ」

(お前、男じゃねーか)

心の中でそう思いながらも話を聞いた。

「好きになったらどんな奴でも構わねぇんだよ。それが、殺し屋でも王女でもな」

「好きになったらって・・・私は女だぞ」

「あのな~。こういうのに男も女も関係ねぇし、俺が言ってんのは友達としてって事だ」

「それと私が王女の元に戻る事と何の関係が?」

「だから!暗殺者をやってても、お前がいればいいんじゃねえの?女ってのはそういうもんだろ」

(だからお前は男だろ。・・・でも、私は女なのにそういうのはわからない)

私が顎に手を添えて考えていると

「わからねぇって顔してんな。だったら、自分ならって考えてみろ」

「自分なら?」

「そう!お前が逆の立場だったら、どうしたいかを。どう考えるのかを」

「私だったら・・・・・。あ」

「わかったか!!」

なぜかアレキは目を輝かせた。

「そもそも私が王女なんてあり得ない」

そう言うと、アレキはズルッとこけた。

「大丈夫か?」

「お前なぁ~ぁ」

「なんだよ」

「逆ってのはそうゆうんじゃねぇ。もし、王女様が言えないような事を過去にやっていたり、今やってたりしたらって事だ。そんな時、お前はどうしたいんだ」

「私は」

(どうしたい?アロウ様が、私のような仕事をしていたら・・・・。一緒にいる、そっちの仕事に専念させる、辞めさせる・・・・・?)

「私は、王女様の意見を尊重する。離れろって言われたら離れるし、辞めたいって言うなら協力する」

「それはなんでだ?」

「・・・信じてるから。アロウ様の進む道はアロウ様にしか決められない。そのアロウ様の選んだ道は正しいと信じてるから」

アレキは私の言葉を黙って聞いていた。

「でも、悔しいけど一度は私もアロウ様と同じ事をするかもしれないな」

「だろ!」

くい気味に言うアレキに少し引きながら

「あぁ。私だって離れたいわけじゃない。隣にいて、あの王女と話をして、喧嘩して、笑ってってたくさんしたい。城にいる間、楽しかったのは事実だ。・・・でも、もう無理だ。私は一度でもクビを宣告された。そして、一度クビになったこの組織に再び入った。組織に二度入って、城にもだなんて贅沢にもほどがある。居場所がなかった私に二つも居場所なんて」

そう言うと、アレキは嬉しそうに私の背中をバシバシと叩いた。

「痛っ!痛い痛い!おまっ。力考えろ!馬鹿力なんだから」

私は思いっきりアレキの手をはたき落とした。しかし、アレキはそれに構わず、ニコニコ顔で

「んだよー!方法わかってんじゃねぇかよ!」

「は!?」

「お前が今言った通りだぜ!組織に居ながら城の召使いやりゃいいんだよ!さすが元組織のエリートだな」

「は?いやいや、そんなの出来るわけが」

「頼んでみろって。ボスはああ見えて、仲間の話は結構聞いてくれるぜ」

(それは暗殺組織のボスとしてどうなんだ・・・?)

そう思いながらも、昔組織にいた私もボスのそういう性格は知っていた。

「・・・そうだな。明日言ってみる」

「どこにいるかわかんのか?」

「明日は家について詳しく聞くことになっている」

「え、ならこの時間にまだこんなとこにいるのまずいんじゃ」

「大丈夫。昼からだから朝までに帰れれば問題はない」

「そうかー」

「そういうお前は明日、何もないのか?」

「ねぇなー。と言いたい所だけど、明日はバイトなんだ」

「大変だな」

「大したことねぇよ。俺に出来るんだ。お前にだって両方の世界の両立、出来るんじゃねぇの?むしろ余裕だろ」

「・・・そうだな」

 その後、私達は無言で歩き、夜明け前にそれぞれの家に帰り着く事が出来た。

私は目の前の建物を見上げていた。

「あのくそボス、こんなでかいとこ管理してんのか。ほぼ旅館じゃないか。・・・・・ムカつく」

私はボスの顔を思い浮かべて舌打ちをした。

「嫌なら選ばせてやろう」

突然、後ろから声がした。

「なんでここにいる。くそボス」

振り向きざまに睨むと、ボスは「おー怖っ」と言いながら笑った。

「道に迷ってへんか見に来たったんや」

「選ばせるってのは?」

「ほら、あっちにも建物が見えるやろ?」

「ん?あぁ」

ボスが指差した方にはこの建物とは対照的な小さくて部屋がいくつかあって二階建ての建物があった。

「あれもおれの管理しとるんや」

「へぇー。儲かってるな」

「おかげさまでな。ほんで、あの建物かこの建物か選ばせたるって言っとんのや」

「じゃあ、あっちの小さい方で」

私は考える間もなく答えた。

すると、ボスはつまらなさそうな顔をした。

「欲のないやっちゃのー。普通はこっち選ぶやろ」

「選ばせるって言ったじゃないか。こっちは空間を持て余しそうだし、私はこんなとこ住む気はない。それに、あっちの方が後から金を払うときに少ない金で済みそうだから」

「なんや、えらい現実的やな。夢はないんか」

「夢なんて持ってたら、こんな組織にガキの頃に転がり込んでないさ。じゃ、宿ありがとう。じゃあな」

私は小さい建物の方へ歩いた。

 こちらの部屋はさっきの建物とは違い、一人で生活する専用といった感じの広さだった。

「私にはこっちの方が合っているな」

私は床に寝転がり、そのまま寝てしまった。

 夜が明け、鳥の声が聞こえてきた頃、私は扉を叩く音で目が覚めた。

「ふあ~ぁ。なんだ、こんな朝早く」

眠い目をこすりながら私は玄関へ向かった。

「誰?悪いけど後で出直して・・・」

扉を開けながらそう言った。そこにいたのは

「おはようございます。優生さん」

優しく笑う、冷華さんだった。

「れ、冷華さん!?なんでここに?!あぁ、とにかくあがってください」

突然の予想外の客に眠気は吹き飛んだ。

「すみません。失礼いたします」

冷華さんは丁寧に扉を閉めて、靴も並べた。

 「それで、冷華さんはどうしてここに?」

私達はお互いに正座して向かい合っている。

「はい。昨晩、王女様をつれて城に来られましたよね?」

「な、何の事ですか?」

「知らないのなら構いません。ただ、昨夜来た方は優生さんだと、わたしは思いました。あんなに夜遅く外にいた王女様をわざわざ放置する事なく、わたしに気付かせてから去っていくあの方が」

「へ、へぇー」

「そして、尾行させていただきました」

「えっ」

(冷華さんってほんとに何者?!)

「わたしがここに来た理由、お分かりいただけましたか?」

「いえ、来た方法は分かったんですけど、来た理由は・・・。なんで来たんですか?もう知っているんでしょう?私が召使いをクビになった事」

「はい。王女様から聞いております。だから来たのです」

「え?」

目を丸くしていると冷華さんは、私の執事服を出した。

「えっ今どこから出しました?!」

「懐ですよ」

「いやいや、入らないでしょう」

「冗談です。実は後ろに袋を置いてたんですよ」

冷華さんはクスクスと笑いながら後ろから紙袋を出した。

「ですよね。で、それが何か?」

「お渡しに来たんですよ」

冷華さんの言いたいことを察して私は目をそらした。

「私は、もうあの城に戻る気は・・・」

「ですが、王女様も反省しています。寝てる間に寝言でも謝っていましたよ。優生さんの名前を呼んで」

私は少し気恥ずかしくなって頬をかいた。そしてすぐに真面目な顔になり

「王女様が反省しているのはわかっていますよ。ですが、もう駄目なんです。もう、私は前の仕事に戻ってしまいました。なのであの城にはもう」

「もう、アロウ様とはお呼びにならないのですか?」

「・・・もう召使いではありませんから。私はただの国民になったんです。国民が自国の王女を名前呼びなんて失礼極まりないでしょう」

そう言うと、冷華さんは少し悲しそうな顔をした。

「そうですか。・・・優生さんはどうしたいんですか?」

「えっ?だから王女様を」

「王女様の事関係なく、優生さん自身は?」

「・・・っ?!」

私はそう聞かれて目を見開いた。

「優生さんが城に戻ろうとしない理由を聞いていたら、王女様の名前が必ず出てきていますよ。今回のこと限らず、あなたが述べる内容にはいつもアロウ様やお母様、お父様と自分以外の方々が出てきています」

私は否定が出来なくて、黙り込んだ。

「だから、聞かせてください。あなた自身の気持ちを。“誰かが”でも“誰かに”でもない。“私は”を聞かせてください」

優しい、でも少し寂しそうな目で冷華さんは私を見た。

「冷華さん・・・。わ、私は・・・・・」

私は自分の気持ちを発しようか迷って口ごもったが、すぐに意を決して真っ直ぐ冷華さんを見つめた。

「私は、アロウ様を守りたいです」

そう言うと、冷華さんは少し目を見開いた。そして、再び穏やかな目になると

「王女様に聞いていましたが、本当にいつも誰かのために動いていらっしゃるのですね。結果としては同じ意味ですが、それが優生さんのお気持ちなのでしたら仕方ありませんね」

そう言って、冷華さんは立ち上がった。

「急に押しかけてすみませんでした。王女様を守る方法、見つけてくださいね。優ちゃんらしい方法を」

にこっと笑って冷華さんは扉を開けた。

「えっ、ちょっと、その呼び名なんで・・・あ」

問いかけたが、冷華さんはあっという間に外へ出ていってしまった。

「・・・・・アロウ様か」

私は呆然とその場に立ち尽くして、そうつぶやいた。

(あ~あ。まさか冷華さんにまで心配されるとは。それにしても、本当に冷華さんって何者なんだろう。心を見透かされているような、覗き込まれているような、そんな感じだったな。冷華さんってどんな生活してきたんだろ。あんなに人の心を見る人なんてそうそういない)

冷華さんが置いていった執事服を見つめて相変わらず不思議な冷華さんに首をかしげた。

 その日の夜。

(やっと帰った・・・)

改めて組織に入ったせいで、ボスが根掘り葉掘り聞いてきた。そして、ようやくさっき帰って行った。ただ、少し気になることがある。それは、ボスの最後の去り際の顔だ。

私は城にいながら暗殺の仕事を出来ないかボスに相談してみた。話が長くなったのはそのせいでもある。初めは普通に話を聞いていた。私の考えを聞いて、納得していた。でも、帰る寸前でボスが影のある顔をしたような気がした。

(何か企んでいるのか・・・?それとも気のせい?)

私は部屋の中に居るのもなんだから、外に出て考える事にした。

 少し冷たい夜風にあたりながら私は外を散歩していた。

「夜はやっぱり気温が下がるな」

私は頭上に広がる星空を見上げた。

「天気がいいけど、そろそろ曇ってきそうだな」

少し遠くに雲を見つけてそうつぶやいた。

私は星が好きだった。昔から窓から見える星空を見上げては目をキラキラとさせていた。自分の色の変わる目にその星を映して。城に居る時も星をよく見ていた。こっそりと庭に出て上を見上げていた。冷華さんが手入れしている花に囲まれて。

私が“目がなければ”じゃなくて“色の変わる目じゃなければ”って思ったのは星のおかげだ。見たい物があるからいらないって思わなかった。無かったら、じゃなく、違ったらって。

(アロウ様はこんなふうに考えたこと、あるのかな。もし、今年の生贄が私じゃなかったらって)

そう考えていたその時。

「あ、いた!」

と後ろから声がした。

振り向く必要などない。声の主は誰なのかすぐにわかった。

「昨日ので懲りているかと思いましたが。あなたは学習をなさらないのでしょうか・・・王女様」

振り返らず、正面を向いたまま言った。

「わらわは、自分の願いは叶えてきた。いらぬ者を処刑し、いる者を従わせた。だから、今度もそなたをわらわの召使いに戻すのじゃ」

「また勝手なことを。いいですか?昨日も言いましたが、あなたはこちらに来ていい人間ではないのですよ。御身内を巻き込むおつもりですか?」

「・・・今日の朝。冷に話を聞いた」

私はハッとした。

「そなた、また他人を守るために動いておるそうじゃな。自分のために動こうとは思わぬのか?」

私は少し考えて返した。

「思いません」

「・・・そうか。なぁ、優生よ。そなたは考えた事があるか?」

「何をですか?」

「もしも、あの日に選ばれたのが優生ではなかったら、と」

「っ!」

「もし、あの王座に座っていたのがわらわではなかったら。もし、あの日、王座に座っていたのが母上やおばあ様だったら。わらわはそう考えていた事がある。そなたはどうじゃ?」

「わ、私は・・・。正直、考えていました。もし、あの日に生贄に選ばれたのが私じゃなかったら、王女様はこんなことになっていなかったな、と」

「確かにそうじゃな。そなたと会わなければ、あの日、止めずにそなたを処刑していたら、きっとわらわはこんな時間にこんな所に立ってはいないであろう」

私はうつむいた。

「だったら・・・」

(今から離れても、まだ間に合う。今後、アロウ様がこんな夜遅くにこんな所に立つことは二度となくなる。そのためには、私達は会わない方がいい)

「しかしな、優生よ」

その言葉に私は顔を上げた。

「もし、あの日、そなたを処刑してしまっていたら、わらわは今も独りぼっちだったと思うぞ。きっと、“悲しい”もわからなかった。友達なんて存在きっといなかった。毎日がつまらないものだった。ずーっと周りからの嫌われ者で残虐な王女として、敵視されていたであろう。母上がおばあ様を殺してしまった事に一人で悩んでいたであろう」

私はアロウ様の言葉を黙って聞いていた。

「でもあの日、処刑を止めてわらわの召使いにしたから、わらわは独りじゃない。“悲しい”がどういう事かもわかっておる。優生と友達にもなれた。毎日が楽しかった。国からの不評も少なくなった。おばあ様の事を一人で悩まなくてよかった。これらは全部、他の誰でもない優生だったからなった事じゃ。優生のおかげでわらわの生活は変わったのじゃ」

横目に見た、いつにも増して真剣な顔に私は、クスッと笑った。

「それはよかったですね」

それを見てか、アロウ様は安心したような顔をした。けれど、その表情は私の一言で張り詰めた。

「なら、なおさら私じゃないほうがいいですよ」

「っ!」

私は、冷たい声で言った。

「私なんかが生活をいい意味で変え、王女様を支えられたのなら、それはもちろん嬉しい事です」

「!じゃ、じゃあ」

「でも、それは今までの話です。これからはその変わった生活を送らないといけない。今の生活では不自由はないのでしょう?冷華さんとも仲良くやっているようですし、お母様ともうまくいっているようですし、私がいなくても大丈夫でしょう。むしろ、私がいれば、王女様が危険な目に遭うかもしれない。あなたの心地よい生活を崩す事になりかねない」

「だっ、だから、わらわはどうなろうと」

「冷華さん達もですか?」

「そ、それは・・・」

「・・・それに、どっちにしろ私は王女様と一緒にいる価値などありません。なんの力もなくて、この目のせいでアロウ様が悪目立ちしてしまって、迷惑ばかりかけて、友達どころか、召使いだって失格です」

「そんなこと・・・・・」

アロウ様はとても不安そうな顔をしていた。

「大丈夫ですよ。なにも、絶交するわけではありません。ただ、私が召使いではなくなるだけだす」

私は嘘をついた。ここで別れた後は今後一切、アロウ様に会うつもりはなかった。だから実際は絶交に等しい。

「それでも・・・」

「あ、もしかして、召使いがいなくなる事を心配してますか?」

私はアロウ様の言葉をさえぎった。

「大丈夫です。また、前みたいに私以外の召使いを見つけてください。まぁ、今度は生贄として、ではなくね」

そう言ってその場を去ろうとした。

その時──。

「嫌だ!ワタシは、あなたと、優生といたいの!優生じゃないと駄目なの!優生が何をしててもいい!ワタシは、優生!あなたがいいのーっ!」

初めて口調が完全に崩れ、アロウ様は普通の女の子のように泣きながら叫んだ。

私はハッとして不安げにアロウ様を見つめた。

「本当に、私でいいんですか?」

「だから、優生がいいの!」

「私なんかですよ」

「優生だからよ」

「今まで私は何人も殺してきたんですよ」

「その償いはこれからすればいいって優生が初めにワタシに言ってくれたじゃない」

「私は、あなたを満足させることが出来ません」

「優生といれば毎日大満足よ」

「秘密だって、まだまだあります」

「これから全部教えてもらうわ。そして、二人だけの秘密にしよう」

「私は、口ごたえたくさんしますよ」

「だからワタシは優生のことを友達だと思ったのよ。ねぇ優生。呼んでよ。ワタシの名前」

目に涙を溜めながらにっこり笑うアロウ様、いや、アロウに私は大粒の涙を流した。

「うん。アロウ」

私もにっこりと泣きながら笑った。

しかし、その時─。

一発の銃声が辺りに響いた。

─私はその場に膝をついた。

「えっ、ゆ、優生?」

アロウは私の所へ駆け寄ってきた。

「残念や。お前が組織の事をばらしてしまうなんてな。秘密主義のお前やから抜けても放っておいたが、あかんやったようやな」

荒く息をしながら、相手を睨んだ。

撃ったのは組織のボスだった。

「く、くそボス」

「まだ口がきけるっちゅう事は急所は外してしもうたか」

私は腹を撃たれていた。

「ばらした覚えはねぇ、よ。私は仕事をしてた事しか、言ってねぇから、な。人殺しが仕事とは、言って、ねぇ。まぁ、死ぬ覚悟くらい、戻った時から、していたが、こうも、急とはね」

「そうやったか?でも、どちらにせよ、そこの王女は俺らの事を知ってもうたからな。生かしておくわけには・・・あ?」

私は肩で息をしながらアロウの前に立った。

「どういうつもりや?」

「優生・・・?」

「アロウに、手出しはさせない」

私は懐に手をいれ、銃を取り出した。

「お前、飛び道具は苦手やったんとちゃうんか?」

「苦手?笑わせるな。いつ、私が苦手だと言った?私は」

私は冷や汗を流しながら、銃を発砲した。

「飛び道具は嫌いだと言っただけだ!」

それに続いて、ボスも発砲した。

二つの銃声が辺りに響いた。

しばらくの間。

すると、ボスがバタッと倒れた。

「お前はやはり、腕利きの・・・・・」

奴は動かなくなった。

「やった!やったー優生!すごいよ!あんな大男倒しちゃうなんて!」

大はしゃぎするアロウを見て、フッと笑った。

(まったく。王女が人の負傷を喜んではいけませんよ。たとえどんな奴でも)

そして、私は───倒れた。

「え、優生?ねぇ、優生。ねぇってば」

アロウは私の体を揺すった。

「ねぇ、ねぇ優生。勝ったんでしょ?なんで、なんで倒れるの?ねぇ」

私は二度目も腹部を撃ち抜かれていた。どうやら出血多量のようだ。

アロウはぽろぽろと涙を流した。

「やだ、やだやだやだやだ!やだよ優生!せっかく、仲直り出来たのに。嫌だ!嫌だよ!ねぇ!優生!」

私は、泣きながら呼びかけてくるアロウに微笑んだ。

「よかった。アロウには弾、当たってないね」

「馬鹿!ワタシの心配より、自分の心配しなさいよ!」

私は、優しく笑いながら彼女の頬に手を添えた。

「あのねアロウ。私、自分が大っ嫌いだったの。でも、アロウが私の事、好きだって、友達だって言ってくれて、少しは自信がついたんだよ。ありがとう」

「そ、そんなこと言わないでよ!そんなのは後でゆっくり聞くから!自信が完全につくようにこれからいっぱい好きだって、友達だって言うから!だから、今、そんなこと言わないで。お願いだから」

「アロウ。私の事、好きになってくれてありがとう。私を呼びに来てくれてありがとう。私に、信じる事を教えてくれて、ありがとう。私も、アロウの事、大好きだよ」

私はそう言って笑った。そして、私の手は彼女の頬から離れ、落ちた。

「優生?・・・っ!優生!優生!いや、嫌!いやーーーー!優生ーーーーー!」

消えゆく意識の中、彼女の泣き声の混ざった叫び声が聞こえていた──。

ココロです!今回も作品を読んでくださいましてありがとうございます!今回はオールシリアスな感じですね。設定や経緯がド下手ですが、これからも読んでくださると嬉しいです!これからもよろしくお願いします!

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