安心と不安
「疲れた」
結局、解放されたのは十八時だった。まぁ、途中で昼食ははさんだけど。
私は、部屋に戻り、執事服に着替えていた。
ようやく返してもらった執事服に安心してしまう。
「あんなに服があるとか、さすがこの国の王女。金持ちだ」
王女様は、人をしっかり見るし、無邪気に笑うのに、人を簡単に処刑してしまう。それさえなければいい子なのに。
(でも、私はその王女様に救われたんだよね。今まで、この目を恨まなかった日はなかった。毎日、毎日恨み続けてきたのに、あの王女様は、呆気なくそれを停止させた。)
「楽しいって感情も教えてもらって、私も何かしたいけど、[悲しい]は知らない方がいいのかな。悲しいって感じる時は、何かが無くなった時か、マイナスを与えられた時」
そうつぶやいた瞬間、頭の中に王女様の泣く姿が浮かんだ。
「いやだな」
「なにがいやなのじゃ?」
「うわっ!」
急に声をかけられ、驚いて声を上げた。
振り返ると、王女様が、キョトンとした顔で私のベッドに座っていた。
「い、いつからそこに?」
「ついさっきじゃが?」
(なら聞かれてないか)
「ノ、ノックくらいしてください」
「したぞ?だが、出てこないし、返事もなかったから入ったら、そなたが一人で何かぶつぶつ言っておるから、後ろで聞いておったのじゃ」
ほっとしたのもつかの間、どっと冷や汗をかいた。
「ど、どのあたりから聞いていました?」
「そなたが楽しいというのがどうのこうの言ってたあたりからじゃ」
「だいぶ序盤!じゃあ、最後のほうも、聞いてました?」
「うむ」
王女様は、少し暗い顔をした。
私は言葉にならず、口をぱくぱくさせていた。
「それより、なにがいやなのじゃ?」
「え、いや、それは」
「わらわの両親を気遣ってくれたのか?」
「いえ、アロウ様のことを、あ・・・」
私は、否定しようとしてつい、そう言ってしまった。あわてて口をおさえたが、もう遅かった。
「わらわの?」
私は髪をかいて、ため息をついた。
「はい。アロウ様の泣く姿が浮かんで、いやだな、と」
「そうか。そなたは優しいの。そんなことを言われたのは初めてじゃ。優生は、わらわが人を殺すことを不思議に思っておる?」
「まぁ」
「・・・おばあさまのやり方なのじゃ。母上はとても優しい人であった。でも、おばあさまの言うことは絶対なのじゃ。それがこの城のしきたり。そして、それはわらわにも強いられた」
私は話に聞き入っていた。
「おばあさまの言うことはもちろん、母上の言うこともわらわは逆らえぬ。それでも、母上があのやり方をやらせたのはおばあさまが生きておったからじゃ。一週間前まではな」
「え?」
「亡くなったのじゃ。死因は、・・・毒」
そう聞いた瞬間、私は目を見開いた。
「母上が、料理にいれたそうじゃ」
「なんで、分かるんですか?」
「手紙が来たのじゃ。そこにはこう書いてあった。『私が殺してしまった』と。理由も書かれてあった。わらわのためだそうじゃ」
(それじゃ、アロウ様が責任を感じるだけじゃないか。自分の動機を娘にするなんて、卑怯だ)
私は、拳を強く握りしめた。
「わらわのためでも、母上に殺しはしてほしくはなかった。人を処してきた者が言えた台詞ではないが」
アロウ様は、さっきよりも暗い顔をした。
(さっきまで楽しそうに服を選んでいたのに、心の奥では、こんな思いをしていたのか。私よりもずっと強い人だな。この王女様は)
「なぁ、優生。なぜかわかるか?この手紙を読んだとき、目から水が出てきたのじゃ。これはなんじゃ?この気持ちはなんじゃ?」
私は拳の力を緩め、アロウ様を優しく抱きしめた。
「優生?」
「アロウ様、それは涙というものです。そして、今感じているのが悲しいという感情です。人は悲しいときに涙を流します」
「・・・この気持ちは、苦しいのじゃな。つらいのじゃな」
「だから、みな悲しい思いをしないように精一杯生きているのです」
「わらわは、その人々を殺めてしまった。わらわは生きていないほうがいいのか?」
「いえ、生きていないといけないのです。生きて、罪を償ってください。今まで殺してきた人々の分まで」
「優生、わらわはどうすればよい?」
この国には、警察がいない。もしかしたら、この城に牢屋があるかもしれないが、場所を知らないし、確証もなかった。
私はアロウ様を体から離した。
「そうですねぇ。国民のために生きてみてはどうでしょう」
「国民の?」
「はい。今までは、自分やお母さん達のために生きていたのではないですか?だったら、今度は国民のために何かできる事を見つけたらいいのですよ」
「しかし、急にできるであろうか。わらわは知識があまりないし、なめられぬよう、偉そうな態度で皆の前に立ってきた。だから、」
「そのときは、私を呼んでください。私はあなたの召使いなのですから。どんなことでも聞きますよ」
「優生、そなたを召使いにしてよかった」
「光栄です」
「さて!優生!夕食を食べに行くぞ!」
「また、私もですか!って行っちゃった」
アロウ様は、サッと立ち上がって、笑顔で部屋を出ていった。
「光栄です、なんて、私も変わっちゃったな」
自分の手のひらを見つめて、ふっと笑って、私も食堂へ向かった。
二十一時、アロウ様は疲れたと言って、珍しく、すぐに寝てしまった。
私は、早足で庭へ向かった。冷華さんと約束したからだ。
庭に出ると、少し離れた花壇のところに人影が見えた。
「冷華さん」
その影に声をかけると、影は振り返った。
「優生様」
その影はやはり冷華さんだった。
「お待たせしてすみません」
「いいえ。正確な時間を決めていませんでしたし、王女付きの召使いなのですから、いろいろと大変でしょう」
「あはは。で、お話の続きとのことですが」
「はい。あなたが特別王女様に気に入られている、という話です。王女様は、この城でも滅多に笑いません。今朝の朝食のときも、ああやって声をかけられたのは初めてでした」
「そうだったんですか?!」
「はい。あなたが来てから、王女様は明るくなりました。たった二日なのに、あっという間に」
「でも、それは同じ年の女の子が来たからで、それが偶然私だったという可能性も」
そう言うと、冷華さんは目を細めた。
「では、わたしがここに来たときの話をしましょう」
「冷華さんが来たとき?」
「えぇ。実は、こちらが本題なのです。わたしは三年前、ここに生贄として連れてこられました。初め、あの王座の前に出たとき、随分と若い方が座っていると思いました。当時、王女様は十三歳でしたから。そして、傍らには大奥様がいらっしゃいました。彼女は、にらみつけるようにわたしを見ていました。わたしはすぐ、処刑を言い渡されました」
「それは、おばあさんが?」
「えぇ。ですが、それを止めたのは王女様でした。わたしはもちろん、大奥様もとても驚いていました。そこにいた皆が王女様の次の言葉を待っていました。そして、王女様が次に発した言葉は、わらわの食事を作れ、でした。料理はそのときからすでに得意でしたが、わたしは彼女の前で、料理の事など話しておりませんでしたし、もちろん、目の前でしたこともありません。だけど、王女様は真っ直ぐな目でわたしを見ていました」
「そのときに、わらわの召使いになりたいと思っているか?と聞かれました?」
「そういえば、聞かれましたね。懐かしいです」
「なんて答えたんですか?」
「わたしはいいえ、と答えました。できることなら、家で生活していたい、と」
(だからか)
「城に住むようになってから、毎日料理を作っていましたが、王女様は会話どころか目も合わせてくれませんでした。ただ、大奥様の隣で黙々と食べているだけ。二人きりになったときも窓から外をじっと見ているだけで会話など一度もありませんでした。わたしだけかと思い、前からいる方々に聞いてみましたが、みな同じだと言っていました。理由を聞くと、大人が嫌いだと言われました」
「だったら、大人だからということも」
「実は、そのわたしが来た日に隣にいたんです。王女様と同じくらいの年の男の子が」
「えっ」
「どうやら、わたしの前の年に連れて来られた子のようで、一年間保留にされていたそうです。そして、その男の子はわたしがここにきたその日に処刑されました」
「っ!」
「それは、王女様の口から放たれた結論でした。後日、聞いてみたら、悲しそうな笑顔で、わらわの気にさわったからじゃ。そう言ったのです。ですから、すぐに気に入られたあなたは特別気に入られてると思うのです」
「私は、その言葉、違うような気がします。本心は、どうだったんだろう」
私がそう言うと、冷華さんは少し驚いた表情をした。
「王女様があなたを気に入った理由、分かった気がします」
「へ?」
「きっと、あなたの対応が王女様の心に響いたのでしょう」
「そうですかね?」
「えぇ。夜遅くに、長々とすみませんでした。また、機会がありましたら、ゆっくりお話しましょう」
「はい」
冷華さんは、もう少し風にあたると言って、庭に残った。私は、部屋に戻ろうと城の入り口に近づいた。
「あ、冷華さん。私のこと、様付けじゃなくていいですよ」
私は玄関からそう言って部屋に戻った。
「保留・・・か。もしかすると、私もそうなのかもしれない。まだたった二日間しか仕えていない。一年後、いや一週間後にさえ生きている保証はないんだ」
安心しきっていた。生贄の日に助かれば、大丈夫なものだと思っていた。
(アロウ様は、気にさわったから、そう言ったと冷華さんは言っていたけど、ならなぜ、保留にしていたんだ。少し気にさわった程度で殺すなんて。それも、わざわざ生贄の日に。なにより、王女様が悲しそうな顔をした、というのが気になる。本当に気にさわっただけなら胸を張って言うはず。あの人なら)
そう考えていると、ノックの音がした。
「はい。どうぞ」
ドアが開き、そこには眠そうに目をこするアロウ様が立っていた。
「どうしました?」
「なんだか、目が覚めてしまった。そしたら眠れんくなっての」
「っていいながら、すごく眠そうじゃないですか」
「これは、まぶしいからじゃ。とにかく、部屋に来てくれぬか」
「構いませんよ」
アロウ様が、小さくガッツポーズをした気がした。
アロウ様の部屋は真っ暗だった。
「電気をつけたらよろしいのでは?」
「こんな暗闇で電気をつけたら、まぶしいであろう」
「そうですが、これでは何も見えない、」
「いいのじゃ!」
「なんで・・・っうわ!」
あまり物が見えない状況で私は腕をひっぱられた。
なにか柔らかいものに落ちた。おそらく布団。
「あの、何してるんですか?」
アロウ様は、私の右腕を抱え込むように抱きしめていた。
「んふふ」
「いや、んふふじゃなくて」
幸せそうに笑うアロウ様を見ると、なんかどうでもよくなってきた。
「今日はここで寝よ。よいな?」
「えぇ!?」
「まだ、今日の約束期限は切れておらんぞ」
「・・・はい」
返事をすると、アロウ様は満足そうにして、あっという間に寝てしまった。
「はやっ!」
私も、寝ようとしたが正直、動けないから、ものすごく寝ずらい。
右手は使えないので左手で眼帯を外して、枕の横あたりに置き、目を閉じた。
「優生!優生!起きるのじゃ!」
朝、アロウ様の大きな声で目を覚ました。
「ふあぁ。何ですか、アロウ様」
眠い目をこすりながら体を起こすと、アロウ様はすでに着替えて、ベッドの横に立っていた。
そんな時間なのかと思ってあわてて起きたが、時計を見ると、七時をさしていた。私はふっと力が抜け、再び、布団に倒れ込んだ。
「何を二度寝しようとしておるのじゃ!」
「いや、してませんから。力が抜けただけです」
「?なぜじゃ」
「そういうアロウ様は、今日はなぜこんなに早起きなのですか?」
「よく分からんが、早く目が覚めたのじゃ」
「そうですか」
私は、寝たまま眼帯をとろうとした。が、昨日置いたはずの場所に眼帯がなかった。
起き上がって、枕の下やベッドの下を見てみたが、やっぱり眼帯はなかった。
「アロウ様。このあたりに置いてあった眼帯知りませんか?」
「ん?知らんぞ」
顔をそらして、そう答えるアロウ様を私はジトッとした目で見た。
「な、なんじゃ!知らんと言うておるじゃろ!」
「本当ですか?」
私が詰め寄ると、アロウ様はサッと目をそらした。
(怪しっ!)
「あの、隠したり、取ったりしたなら返して下さい。あれがないと行動できません」
「なぜじゃ?」
「嫌だからと言ったでしょ。もう何度も言いましたよ?」
「でも、綺麗じゃよ?」
「そういう問題じゃないです。それに毎日言ってますよね、それ」
「いや、今日は特に綺麗なのじゃ。わらわの好きな色で」
「へぇ、何色だったんですか」
「赤じゃ」
私は耳を疑った。
「えっ・・・。今、なんて?」
「だから、赤じゃ。鮮やかな、宝石のような」
「ピンクや朱色じゃなくて?」
「しつこいのう。純粋な赤じゃ。そんなに言うなら自分で確かめよ」
アロウ様はそう言って、私に小さな手鏡をつきつけた。そこにうつった私の目は、アロウ様の言ったように、宝石のように綺麗な赤い目だった。
「ほんとだ・・・」
「なんじゃ?いつもは流すのに、今日はくいつくのう」
「今まで、一度もならなかったんです。赤には」
アロウ様は少し目を見開いた。
「そうか、今初めてそなたもその色を見たのか」
「はい。正直、私自身が一番驚いています」
「そうかそうか」
なぜかアロウ様は嬉しそうな顔をした。
「なんで嬉しそうなんですか?」
「ん?そんなことはないぞ?」
(どう見ても、嬉しそうにしか見えないけど)
そう思ったが、追求するのはやめた。
「まぁ、いいです。それより、早く眼帯を返してください」
「だめじゃ。今日は眼帯禁止じゃ」
「今、自分が取ったと認めましたね?」
「あ・・・」
アロウ様はしまった、という顔をした。
「やっぱり。返してください」
「い・や・じゃ!」
「なんでですか~!」
「好きな色だと言ったであろう。見ていたいのじゃ」
「だったら、この色と似た色の服を着ればいいじゃないですか!」
「わらわの服に、そんな鮮やかな赤はない!」
「なら、買えばいいでしょう!昨日の着せ替え服みたいに」
「今日買っても、届くのは明日じゃ!今日じゃなきゃだめなのじゃ!」
「赤を見たいだけなのに、なんで今日じゃなきゃだめなんですか!」
「そなたとおそろいがいいのじゃ!」
「えっ?」
私が言葉に詰まったからか、アロウ様は勝ち誇ったような顔をした。
「ふふん!同じ年の者はおそろいと言うものをするのであろう」
「それは、同じ物でじゃないんですか?」
「そうなのか?」
「いや、私もよく知りませんけど」
「ふむ。同じ物、か」
アロウ様は、うーん。と考え始めた。
「あの、アロウ様?」
声をかけたが、返事はかえってこなかった。
「どんだけ考え込んでるの」
私は、ベッドの上に座り、アロウ様が考え終わるのを待っていた。が、そのうち眠くなりうとうととしていた。そして、そのまま眠ってしまった。
どのくらいたったのか、私はアロウ様の声で起こされた。
「起きるのじゃ、優生」
「あ、アロウ様。すみません寝てしまって」
「そんなことはどうでもよい」
「そうですか。で、考えはまとまったのですか?」
「なかなか、よい案を思いついたぞ」
「そうですか」
「む、なんじゃ。くいつきが悪いのう。さっきまで目の色にはぐいぐいきておったのに」
「そうですか?」
「そうですかばっかりじゃのう」
正直、まだ頭がボーッとしていて、働いていない。
「そうですか?」
「・・・もうよい」
「そうですか」
「・・・」
アロウ様は、黙って私に近づいてきた。私は、ボーッとしているであろう目で目の前に来たアロウ様を見上げた。
「・・・?いだっ!」
何かと思っていると、アロウ様が無言で私の頭を叩いた。
「なにするんですか?!」
「これで、少しは目が覚めたじゃろう」
頭をさする私をいやみたっぷりの目でアロウ様は見下ろしていた。
「・・・そうですね」
「まだ叩き足りないか」
そう言ってアロウ様はまた手をあげて迫ってきた。
「いやいやいや!起きました!目、覚めました!」
あわてて後ろにひくと、アロウ様はそうか、とつぶやいて手を下ろした。
「・・・暴力的ですね」
ベッドの上で寝っ転がったまま身構えていると
「そう構えるでない。はよ起きて朝食を持ってくるのじゃ」
「え?食堂で食べないんですか?」
「昨日は特別じゃ。普段はこの部屋で食べておる」
「え、じゃあ今まで誰に持ってきてもらってたんですか?まさか、自分で?」
「いや、各使用人に交代で持ってきてもらっていた。だが、これからは毎日そなたにやってもらう」
「それは、構いませんが、それでは他の使用人達の仕事が・・・」
「本当にそなたは人のことばかりじゃのう。安心せい。それ以外にもまだまだ仕事がある。むしろどちらかといえばそちらの方が本来の役割じゃ」
「そうですか。よかったです」
「そんなに安心するとは、どこまでお人好しなのじゃ」
「え?そんなに顔に出てました?」
私は自分の頬を手で覆った。
「無意識か。本当にお人好しじゃのう」
「そんなことないですよ。じゃあ、朝食を取ってきますね」
「うむ、頼むぞ」
部屋を出て、こっそり自分の部屋に戻り、予備の眼帯をとって食堂に向かった。
(予備持ってきててよかった。それにしても廊下長いな。今まではアロウ様と行動してたから気がつかなかったな。っていうか、心の中でも様付けしてるな、私。癖がついちゃったのかな)
食堂に入ると、すでに料理が置いてあった。
「相変わらずすごい」
「ありがとうございます」
「わっ!」
静かな声で後ろから声をかけられて、また驚いてしまった。
「ウフフ。驚きやすいのですね。優生さん」
「・・・様付け、やめてくれたんですね」
「頼まれましたので」
冷華さんは、にっこり笑った。
「そういえば、王女様って、普段はここで食べないんですね」
「はい。奥様がまだいらっしゃった頃は、こちらでお食べになっていたのですが。お一人になられてからはお部屋の方で。ですので、昨日は食べに来られたのは珍しいなと思いました。それもあなたが気に入られてると思った理由の一つなんです」
「言ってなかったんですね。王女様」
「はい。突然来られたので少々驚きました」
「それなのに、対応があんなに速いなんて、ほんと、何でもできるんですね」
「ありがとうございます。ですが、そんなことないですよ。わたしにもできないことは山のようにあります」
「え、なんですか?」
「それよりも、早く行かないと、王女様に怒られてしまいますよ」
「あ、そうですね。持って行きます」
「では、このワゴンにのせて下さい」
私は、料理をワゴンにのせて、冷華さんにお辞儀をして食堂を出た。
(あれ?なんか話そらされたような・・・。気のせいか)
私は深く考えず、アロウ様の部屋に戻った。
「アロウ様、朝食を持ってきました」
ドアをノックしてそう言うと
「おお、入るがよい」
と返事が返ってきた。部屋に入ろうとしたが、私は足を止めた。
「おっといけない。眼帯忘れてた」
(外してないと、予備持ってたことばれてしまう)
私は眼帯を外して部屋に入った。
「おお!今日のも美味しそうじゃのう」
そう言ってアロウ様は朝食を食べ始めた。
「そういえば、そなたは食べないのか?」
「私は、大丈夫です」
「そうか?あまり食べないのはよくないぞ」
「ちゃんと、後で食べますよ。安心してください」
「ならよいが」
アロウ様は、少し心配そうな顔をして、再び料理を口に運んだ。
「そういえば、アロウ様。さっきは何を思いついたのですか?」
私は部屋にあった椅子に座って尋ねた。
「そうじゃ!それをまだ言ってなかったのう。買ったのじゃ」
「買った?何をです?」
「アクセサリーというやつじゃ」
「なぜ?」
「おそろいは同じ物でするものだとそなたが言ったから、簡単につけられるものがよかったのじゃ」
「今日中じゃないと嫌なのでは?」
「近くの店に頼んだから、すぐに届く。まぁ、今後のために赤の他に多数の色の物も買ったがの」
「お金があるからってそんな無駄遣いしてていいんですか?」
「なにが無駄なのじゃ!そなたの装飾品でもあるのじゃから無駄ではない!昨日の服も、初めはただそなたの着る物を増やしたかっただけなのじゃ!」
「そ、そうだったんですか」
私はなんだか、急に顔が熱くなった。
「ん?どうした?顔が赤いぞ」
「恥ずかしいこと言っておきながら、何言ってんですか・・・」
私がボソッとそう言うと、アロウ様は、少し、ん?と考えた後、ようやく自分の言ったことを自覚したのか、だんだん顔が赤くなっていった。
「なっなな何を勘違いしておるのじゃ。そなたのためではなく、わらわのために決まっておるであろう。わらわに仕えるいじょう、変な格好などさせられぬし、同じ服はがりでも、国民にわらわがセンスのない人間だと思われてしまうと思うたから、服を増やしたのじゃ!別にそなたが、おしゃれなどをできるようにとか思って買ったりなどしておらん!」
かむことなく早口で言って、誤魔化すかのように料理を一気に口に頬張った。
(聞いてないことまで言っちゃったよ。この王女。余計恥ずかしいし)
「アロウ様、そんなに急いで食べたら、体に悪いですよ」
「構うでない!わらわが食べ終わるまで黙って待っておれ!」
「は、はぁ」
その後もアロウ様は、勢いよく朝食を食べ続けた。そして、食べ終わると、すぐさま返してくるように命じた。
私は部屋を出て、ポケットから眼帯を取り出し、右目につけて食堂に向かった。
(まったく。同じ年の人間と関わったことがないのは分かるし、私も経験ないけど、あんなに恥ずかしいことを無意識に言うとか、羞恥心的なものは持っててほしかった。こっちの身がもたない。寿命縮む)
ワゴンを押しながら、そんなことを考えていると、食堂に着いた。
「冷華さん、食器を返しに来ました」
そう言って、中に入ったが冷華さんはいなかった。
「どうしよう。この食器とワゴン。黙って置いていくわけにはいかないし」
いろいろ考えたが、結局待つことにした。
「どこに行ったんだろう、冷華さん。部屋に戻っちゃったのかな」
静かな食堂に、カチッ、カチッと時計の音だけがなっている。
(この城、ほんとに人がいない。冷華さん以外の人を見たのは、初日だけ、それも二、三人だけだし。私が来てよかったのか?人手が確実に足りていないこの城に、何もできない私がいても余計な仕事が増えるだけなんじゃ。部屋も、私がいなければ空いたままだっただろうし。アロウ様は私が気に入ったと言っているが、別の子でも、女の子なら気に入るんじゃ。冷華さんから聞いた子供は男の子だったみたいだし。私の目がやっぱり気に入ったのかな。私自身を気に入ったのだとしたら、一体どこを気に入ったのだろう。普通の一般人だし、冷華さんみたいに料理できないし、仕事も速くないし、顔だって美人なわけでもない。自分で言うのもなんだけど、めんどくさい性格だし、暗いし、楽しませる術ももってない。アロウ様は私といて楽しいのだろうか。私を使用人にしたことを後悔しているのではないだろうか?私もいずれ、処刑されるのだろうか)
一度、悪い方向に考えると、それは止まらなくなった。それが私の性格なのだ。
(そういえば、今日は目が赤くなってたな。なんで赤くなったんだろう。今まで赤くなったことは一度もなかったのに。この城に来たこととなにか関係しているのかな。でも、何も変わってない。人間不信なのも、ネガティブなのも。変わったものといえば、この城に住むようになったことと、前より話すことが増えたこと、楽しいを知ったこと。それと・・・あれ?意外といろいろ変わってた)
「優生さん?」
後ろから声をかけられた。振り返るとドアのところに冷華さんが立っていた。
「冷華さん。よかったです」
冷華さんは、一瞬首をかしげたが、ワゴンを見てすぐにフフッと笑った。
「すみません、お待たせしてしまったようで。食器は置いていっていただいてよろしかったのに」
「いえ、そういうわけにはいきませんよ」
「真面目ですね」
「冷華さんほどではありませんよ。それよりどこに行ってたんですか?」
「庭の手入れに行っていました」
「庭の手入れも冷華さんが!?」
「はい」
冷華さんは、返事をしながら食器を奥に持って行った。
そして、一分ほどで戻ってきた。
「片付けてからでいいですよ?」
「いえ、もう終わりましたよ」
「相変わらず、速いですね。仕事」
そう言うと、冷華さんは、優しく笑って
「何かありました?」
と聞いてきた。
「え、なんで」
「わかりますよ。顔を見れば」
「顔に出てますか?」
「出てなくてもわかります」
「すごいですね冷華さんは。仕事だけじゃなくて人のことにも気づけるなんて」
「わたしでよければ聞きますよ?」
「いえ、大丈夫です。王女様も待っていますし」
「そうですか。では、また」
「はい。ありがとうございます」
食堂を出て、アロウ様の部屋に戻った。
「遅かったのう。って、なぜそなた眼帯をしておるんじゃ?!」
(あっ忘れてた)
「あ、いや。これはその」
「・・・まぁいい」
(え?)
怒られると思っていた私は、少し拍子抜けした。と同時に不思議に思った。だが、その謎はすぐに解けた。
「それより、これをつけてみよ」
渡されたのは、赤い小さな石がついた髪留め。
どうやら、さっき言っていたアクセサリーが届いたようだ。
「わらわとおそろいじゃ」
そう言ってアロウ様は、私が持っているのと同じ髪留めを手のひらに置いて見せた。
そして、自分の髪を結びだした。だが、髪が短いため、結ぶのに手間取っていた。
「・・・貸して下さい」
私が手のひらを出すと、アロウ様は髪留めをそこに置いた。私はくしをとりだして、ドレッサーに座ってもらいアロウ様の髪をといた。
「丁寧じゃな」
「痛くしてほしいなら、そうしますが」
「いらぬいらぬ!そのままでよい」
「冗談ですよ。それに、アロウ様の髪は綺麗なのでできませんし」
私が笑ってそう言うと、アロウ様は、ムゥっとした。
「あはは。あ、この髪留め、もう一つあります?」
「あるぞ。そこの箱に入っておる」
アロウ様は、部屋の入り口のほうを指差した。
見ると、白い大きめの箱がドアの横に置いてあった。
(どんだけ買ったの・・・)
そう思いながらたくさんあるアクセサリーの中から同じ髪留めをとった。
綺麗に髪を整えて、二つに結んだ。
「どうですか?」
アロウ様はドレッサーの鏡を見ながら、首を傾けて髪を見ていた。
「おお!すごい!いつもと違うわらわがおる!」
「気に入っていただいてよかったです」
「わらわもやってやろう」
「私の髪をですか?いいですよ、自分でするので」
「いいから、座るのじゃ!」
強制的にドレッサーの前に座らされ、立場が交代した。
アロウ様に髪を触られ、肩にビクッと力が入った。
「そんなに怖がらんでもよい。そなたは、髪が長いから一つでも結べそうじゃな」
そう言ってアロウ様は、私の髪を整え始めた。
「できたぞ!」
アロウ様は、頭の上のほうで髪を結んでくれた。
「あ、ありがとうございます」
「どうじゃ!なかなかよいであろう」
私は髪を揺らした。
「確かに綺麗に結べているんですが、この服にこれって合うんですか?」
「鏡を見ればわかるであろう。違和感はないぞ」
「そうですか?ならいいんですが」
「今後は、そなたがわらわの髪の手入れをしてくれぬか?」
「してほしいなら、構いませんよ」
「本当か!」
満面の笑みではしゃぐアロウ様を見て、微笑ましいと、思った。
(ありがとうアロウ様。私にいろんな感情を出させてくれて)
そう思いながら、私は嬉しそうに話すアロウ様を見ていた。
ココロです。三部まで読んでくださってありがとうございます。
アロウ「アロウじゃ。最近優生と冷が何やら話しているようじゃが・・・。わらわも入れてくれてもよいではないか!・・・コホン。とにかく、今回も生贄少女と王女様を読んでくれて感謝なのじゃ!これからもよろしくたのむぞ!」
今回はアロウ様に挨拶をしてもらいました。敬語を使えと後で優生に怒られそうですね(笑)
改めまして、今回もこの作品に目を通していただきありがとうございました!




