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生贄少女と王女様  作者: ココロ
11/12

ジストとアレキ

 「ん・・・」

どれくらい経ったのだろう。私が目を覚ますと、もう日は昇り、外では賑やかな人々の声が聞こえていた。

「ふあ~あ。そうか、いつの間にか寝ちゃってたんだ・・・」

大きくのびをすると、はらりと何かが床に落ちた。

「ん?」

見ると、それは薄めの毛布だった。

「これ、もしかしてアレキが?そういえばアレキは・・・」

正面の椅子は誰も座っておらず、部屋の中にはアレキの姿がなかった。

「仕事かな。というか、今何時?」

私は机から立ち上がり、本を棚になおして部屋から出た。

やはり、リビングにもアレキの姿はない。

「やっぱり仕事か」

私はそうつぶやいて、壁に掛かっている壁掛け時計を見上げた。

時計の針は十一時過ぎを差していた。

(そんなに寝てたのか・・・なんかアレキに悪いことしたな。布団まで貸してもらって。戻ってきたら謝ろう)

私は再び本棚のある部屋に戻り、物色を始めた。

「わ、厚い本!重いし」

私は、自分の腕くらいの厚さの本を見つけた。

(何の本だろ・・・)

私は机に本を置いて、表紙を開いた。

「文字がいっぱい。・・・小説、かな?」

なんとなくその本を読み進めていくうちに段々とはまっていき、気がつくと半分は読み終わっていた。私は時間も気にせず読み続けていた。

その時・・・

「わっ!」

(ッ!!)

急な背後からの声に柄にもなく驚いてしまった。

まだ少し心臓をバクバクさせながら振り返ると、サングラスを掛けたアレキがいた。

「アレキ・・・。はっ!今何時!?」

慌てて壁の時計を見ると、十二時半を指差していた。

(一時間ぐらい読んでたのか・・・)

「何読んでたんだ?・・・ん?おぉ!お前そんなのも読めるのか!これ、俺が読めるようになったのお前より四つくらい上の時だったぞ」

「そうか。馬鹿だったんだ」

「なんだとー!」

「そういえば、どこ行ってたの?仕事?」

「そ。バイトだ。午前中だけな」

「そうか。・・・その、こんなとこで寝てしまってごめん。毛布まで貸してもらって」

少しうつむいて言うと、アレキは少しの間の後、私の頭に手を乗せた。

「?」

キョトンとして顔を上げると、アレキはニッと笑っていた。

「お前そんなことで謝んなよ。それに、どうせ言うならありがとうって言ってくれ。謝られると、なんか俺が悪ぃことしたみてぇだろ?」

「別にアレキは悪いことしてない」

「そーなんだけどさ、ごめんって言われるよりもありがとうって言われた方がいいことしたんだなって思えるんだよ」

「そういうものなの?」

「あぁ。そういうものだ」

「・・・ふーん」

私は本に目を戻した。

「・・・・・って、何も言わねぇのか!?」

「え?」

「・・・やっぱいい」

アレキはため息をついてそう言うと、正面の椅子にドカッと座った。

「それ、面白いか?」

「アレキはもう読んだんだろ?なら内容は知ってんじゃないの」

「いや、そうだが、お前にとってだよ、お前に」

「・・・面白くないなら読まないし」

「お前ほんとかわいくねぇな」

「うん」

「自分で認めんなよ!そこは『なんですって!そんなことないでしょ!』って言うんだよ!」

「なんですって。そんなことないでしょ」

面倒なので本を読みながら言うと

「めっちゃ棒読み!お前面倒とか思っただろ」

「・・・よくわかったな。そのまま今私がどうしてほしいか察してみてよ」

「ぐぬぬっ。どこまでも生意気な・・・」

アレキはムスッとして窓から外を見つめた。

(やっと静かになった・・・)

それから数分本を読んでいると、ぐぅー、ぐぅーっと寝息が聞こえた。

顔を上げると、アレキが頬杖をついて寝ていた。

(・・・朝から仕事に出てたから、疲れたんだろうな。・・・仕方ないな)

私は椅子から立ち上がり、落としたままになっていた毛布を拾い上げ、アレキにかけてやった。

(こんなこと、普段はやらないが、私もしてもらったからな。その礼だ。ありがたく思え)

私は軽くアレキの頭をはたいた。するとアレキは「ん~」と言って、また寝息を立てた。

「・・・フフッ」

私はそんなアレキを見て思わず微笑んでしまった。

「はっ!」

誰もいるはずがないのに、私はキョロキョロと部屋を見回した。

「ほっ・・・。いけない。表情筋が緩みやすくなっている。なんか筋肉に関する本とかないか?」

私は本を探しに机から離れた。

少しの間、本棚を物色したが、それっぽい本は見当たらなかった。

(んー。さすがにないか。専門的な本っぽいもんな。表情筋ってどうしたら動かなくなるんだ?)

私は自分の顔を触りながら椅子に戻った。

「ん?・・・アレキ、起きてるな」

そう声をかけると、アレキはぱちっと目を開けた。

「ばれたかー!やるなぁジスト」

「手の位置がさっきと変わってた」

「だってお前が叩くからよー」

「叩っ・・・そこから起きてたのか」

「あぁ」

「ふーん」

(・・・ん?待てよ。って事は)

私の表情が硬くなったのがわかったのかアレキはニヤッと笑った。

「まさかお前があんな顔をするとはなー」

「っ!!」

「なかなか可愛かったぜ?」

そう言われ、私は顔が熱くなった。

「なっ、ななっ、何言って!私は笑ったりなんかしてない!」

「んー?おかしいなぁ。それが本当ならそんなに赤くなるはずねぇのになー」

「なってない!」

私はダンッと机を叩いた。

「じゃあ鏡見るか?持ってきてやるぜ?」

「いい!やめろ!」

「はははっ!冗談だ!そんなに怒んなって」

アレキにそう言われ、私はそぉっと手を膝の上に置いた。

「別に、怒ってない・・・」

「けど、お前せっかく綺麗な顔立ちしてんだから、もっと笑えよ。表情筋動かなくしねぇでさ。昔から言うだろ?女は愛嬌ってよ」

「愛嬌?」

「かわいらしさってことだ」

「そんなの私に求められても困る。仮にそうだとして、誰に何の得があるの。私が可愛くったって誰も喜ばないし、私への対応は変わらない」

「・・・なぁ。深入りはしねぇって言ったが、やっぱり気になっちまうんだ。お前、家で何かあったのか?」

そう聞かれ、私は黙り込んだ。何故か勝手に手が震えている。

(なんだこれ。手が、止まらない。何に震えているんだ、私は)

「どうした!?大丈夫かっ」

アレキは立ち上がって、おろおろとした。

「い、いや、なんでも」

「いやいや、どう見ても大丈夫なやつの動きじゃねぇだろ。そんなに話したくねぇことなのか?だったら、無理に話さなくても」

心配そうに私を見るアレキに、私はどうして震えているのかわかった。

(そうか。私は怖がっているのか。・・・アレキに嫌われてしまう事に)

私の目を見て、それが呪われていると知った人はみんな私の事を嫌い、軽蔑していた。アレキは確かにいいやつだ。だが、目を、呪われているこの目を見たら、きっとアレキでも私の事を軽蔑するだろう。それを私は無意識に怖がっていたのだ。

(いつの間にか、私の中でこんなに大事な存在になっていたんだな。アレキには、嫌われたくないな・・・)

そう思うと、どうしても自分の目の事を話す気にはなれなかった。しかし、嘘をつきたくないという気持ちもあった。

「・・・私は、私には居場所がない。周りの人からもお父さんからも嫌われてるんだ」

「えっ・・・」

「私は産まれた時からそういう運命だったんだと思う。神様がもしいるんだとしたら、私はそもそもその神様に嫌われてた」

「そんなことねぇだろ」

「そうだといいけどな。けどお母さんも私の事少し引目に見てるし、私をまっすぐ見てくれる人なんかいない。なのに自分が誰かに好かれてるなんて思えない」

「・・・はぁ」

「?・・・っ!」

アレキはため息をついたかと思ったら、私の顔をぐいっと引き寄せた。

「な、なに!?」

「どうだ?しっかり目が合ってるぞ?」

「っ!」

アレキはまっすぐ私の目を見ていた。

「なぁ、お前はすげぇよ。まだそんなに小せぇのに周りの視線や言動に耐えててよ。お前が妙に大人びてるのも納得だ。けどな?お前はまだ十歳なんだ。心はそんなに強くねぇ。気付いてるか?たまにお前が本音を漏らすとき、顔がすげぇ暗くなってんだぜ?」

「・・・え」

アレキは目を丸くした私を見て、フッと笑うと手を離した。

「やーっぱ気付いてなかったか。フリで騙せるのは、他人だけだぜ」

「っ!」

「自分を騙すには、お前はまだ若すぎる。人の心理ってのがあってな?自分に自信が無い、裏切られるのが怖い。そう思ってると、相手を遠ざけたくなっちまうんだ。自分を傷つけたくなくて。ここを痛めたくなくて」

アレキは私の胸を指差した。

「・・・うん。そうだった。私は傷つくのが怖かった。だから裏切られる前に、もう好かれないようにしようって、そう思った。それに、私は自分自身が嫌いだ。だから自分が嫌っている私をみんなに近づけたくなかった」

「俺は好きだぜ?お前のこと」

そう言われ、私の胸はどくんと脈打った。

「ほん、と?」

「あぁ。だってお前、ただ怖がりなだけだもんな。かわいくねぇ事ばっか言うのは、怖がりな自分を隠すためだろ。そんなやつを嫌いだなんて突き放しゃしねぇよ」

「・・・・・きもっ」

「おい!このタイミングで言うか!?そこは『アレキ、私もアレキが好きだよ』とか言うとこだろ!」

「寝ぼけてるの?私がお前を好きだなんていつ言ったよ。別に私はお前のことなんて好きじゃないよ。変わり者の子供好きなんて」

「おい、俺をロリコンみたいに言うんじゃねぇ」

「ろり?」

「小さい女の子限定が好きなやつのことだよ!」

「あぁ!アレキそうだったのか!」

「違ぇっての!純粋にお前を普通の人間として好きだって言ってんだよ!」

『普通』

その言葉を聞いて私は胸が温かくなった。

「・・・ロリコン」

「だからっ!」

「わかってる。アレキ、ありがとう。私はその言葉をずっと言ってほしかった気がする」

「その言葉って」

「私の事を“普通の人間”だって」

そう言うと、アレキは大声で笑い飛ばした。

「ははっ!何言ってんだ。お前は普通だろ?」

「・・・さぁ。わからないな。普通の基準はそれぞれだから」

「だからお前は普通なんだ。お前の中でそれがあたりまえならそれが普通だ。ま、十歳にしては発言がいちいちらしくねぇが」

「・・・・・アレキは二十歳過ぎにしては発言が頭悪いよね」

「なっ、てめっ。今俺めっちゃ良いこと言ったのに!」

「確かにな。だから、ありがとう」

私は真っ直ぐにアレキの目を見て言った。

アレキは目を見開いた。

「少しだけなら、信用してあげてもいい」

「・・・上からな物言いだな!けど、お前がそう言うなら俺もお前を信じるぜ!これからよろしくな相棒!」

アレキはニッと笑って手を差し伸べてきた。

「相棒?」

「信頼できるパートナーってことだ」

「・・・ま、いいか」

私はアレキの大きな手を握った。

「お前、手ぇちっせぇなぁ」

嬉しそうに笑いながらアレキは力強く手を握り返した。

「痛い。馬鹿力なんだから気をつけて」

私は素っ気なく言ったが、内心では温かいものを感じていた。

しかし私は、この時は思ってもいなかった。自分からこの居場所を捨てることになるなんて。


 組織に入ってから、一年半が経った。私は・・・いや、私達は組織で最強のタッグだと言われるようになっていた。

「お前のおかげか、最近仕事が増えたってボスが喜んでたぜ?」

「私のおかげではないと思うが」

私達は仕事の集まりへ向かいながら話していた。

「いやいや、お前、組織の中で最強だってこっちの世界じゃ有名だぜ?」

「こんなんで有名になってもな・・・。それに、あのクソボスを喜ばせてるってのが納得いかない」

「お前ってほんっとにボスと仲が悪いな。俺らは最強タッグとか言われてるが、お前とボスは犬猿の仲って言われたりしてるもんな」

「あいつとは何においても合わないんだよ。根本的な所から違うんだろうな。今日はまともな服着てるといいんだが」

「はっははっ!あの人がまともな服?着るわけねぇ!」

アレキは豪快に笑った。

「だよな~。葬式の時くらいしか着ないんじゃないか?いやもしかすると、葬式さえ変な格好で行くかも・・・」

ボスは何故かいつも、派手な色や変な柄の服を着ている。この間なんて、仕事の説明の時にアロハシャツなるものを着ていた。その事で私とボスは口論になった。と言ってもさすがの私も服だけが理由で怒ったりしない。ボスにツッコみたくなる理由はもう一つ。集まる場所だ。

「はぁ~。どう考えてもまともじゃないだろ。なんだよ居酒屋って」

今日集合がかかったのは、客足はぼちぼちだが、いたって普通の居酒屋だった。

「いーじゃねぇか。おかげで今日は扉ノックしなくていいんだからよ」

「まぁそうだけど。って、そういう問題じゃない!まず大前提として、未成年がいるんだぞ!なのに平然と酒飲む所代表みたいな場所に呼び出すなんて。それも、単なる親睦会じゃない!仕事の話だぞ!仕事の!それなのに、どーしてあのクソボスは一般的な所ばっか選ぶんだ!普通もっと、誰も知らなそうなひっそりとした所でやらないか!なぁ!そう思うよな、アレキ!」

段々と頭に血が上り、私はアレキに詰め寄った。

「お、おお。今日はやけに機嫌悪ぃな。冷静さ家に忘れてきたのか?」

アレキにそう言われ、私はこほんと咳払いをした。

「ご、ごめん。あいつの感覚の事になるとつい・・・。でもやっぱ思うだろ!?」

「ま、まぁそうだな。けど、下手にコソコソするより目立たなくていいんじゃねぇか?」

「確かにそうだが・・・。あの顔で変な格好のやつが店に来たら、普通目立たないか?」

「まぁボスにはボスの考えがあるんだろうぜ」

「あいつは絶対に何も考えてない・・・」

 それから私達は集合場所へ行き、ボスと顔を合わせた。

「・・・・・」

私はボスの格好を見て、また頭に血が上りかけた。しかし、それを察したのかアレキは私をなだめた。

「ジスト、落ち着け。予想してた事だろ。冷静になれよ。お前の得意分野なんだから」

「あ、あぁ・・・」

私はまだボスを睨みつつも落ち着いた。

「よお。遅かったな、アレキ、ジスト」

「早くてもそんな格好なやつよりマシだ」

私はボソッとつぶやいた。

「おい・・・!」

アレキが私を肘で小突いた。

「なんや、ジスト。また何か文句か?」

「言ってほしいなら言うぞ?」

私とボスの間に火花が散った。

「そ、それよりボス!今日の用は何ですかい?」

アレキが空気を変えるように前に進み出た。

「あ?あぁ。今日は─」

その日の用はいつもと変わらない仕事の依頼だった。執行は二日後らしい。しかし、私はその仕事に行く事はなかった。


 話が終わり、皆が解散した後、私達も店から出て、暗い夜道を歩いていた。

「お前、その内ボスとやり合ったりしねぇだろうな」

アレキが空を見上げながら冗談っぽく言った。

「さぁな。もしかするとそういうこともあり得るかもな」

「えっ!」

「けど、その時はきっと私は死ぬだろうな。・・・まぁ居場所がないから死ぬことに恐怖も何も感じないけどさ」

「おいおい。冗談はよせよ。俺はお前に死なれちゃすっげえ辛ぇ」

「なっ」

(私が死ぬと、アレキがなんで困るんだ?そりゃ仕事に多少の支障は出るだろうけど、私の代わりなんていくらでも・・・。なんだ、このざわつく感じ。最近こんなのばっかりだ)

「ん?どうした?」

不思議そうな顔でアレキが顔を覗き込んでくる。

「・・・・・ロリコン」

「っ!!だから違ぇって!」

アレキは手を大袈裟に動かして訴えた。

「あーはいはい」

「ぐぬぬ・・・」

声と怒りを押し殺している様子のアレキを横目に見ながら、私はこっそりクスッと笑った。

(この気持ちが何なのかはわからないけど、なんか心地良いな)

「何をもめてるんや?」

その声を聞き、私の顔は自然と引き締まった。

「・・・クソボス」

背後に立っていたボスをギロリと睨む。

「悪い目つきやな~。組織のボスに対して向ける目か?」

「私はお前をボスとは認めてない。クソボスとは認識しているが」

「おいジスト!」

「本当の事を言って何が悪い。私は嘘偽りは大っ嫌いだ。気に食わないやつにはそれなりの対応をする」

「この職に就いてるやつの台詞とは思えんな。この仕事、身内には隠してるんやろ?」

「隠し事と嘘は別物だ」

「はっ、物は言い様やな。その隠し事をするために嘘をついたりしてるんやないんか?」

「・・・親と会話なんてないさ」

私はボスから目をそらして言った。

「そういや、入る時にそんな雰囲気の事ゆうてたな・・・さぞ冷たい家族なんやな」

それを聞いた瞬間、私の中の何かがプツンと切れた。

「お前。今何つった?」

声のトーンが自分でもわかるくらい下がっていた。

「あ?冷たい家族だとゆうただけや」

「私の家族は冷たくなんかない!」

私は肩を震わせ怒りにまかせて叫んだ。

「お、おいジスト。落ち着け─」

「お前は黙ってろ。アレキ」

私はアレキの言葉を遮って、そのままのトーンで睨んだ。

アレキはビクッと肩を跳ね上げた。

「・・・クソボス。もう一度言うが、私の家族は冷たくなんかない」

「どこがや?娘と会話なし。父親に至ってはお前の事を煙たがってるってゆうとったよな?十分冷たい両親やないか」

「違う!二人は、お前とは違う・・・」

「オレが優しかったらこの組織は壊滅するわ」

「お前のそのセンスと性根の悪さですでに壊滅の道にまっしぐらだろ」

「誰の性根が悪いって?」

ボスの眉がピクッと動いた。

「お前だよ。人の家族を遠慮なく貶すようなやつの性根がいいわけないだろ。自覚あんじゃないのか?」

「言わせておけば・・・」

「なに怒ってんだよ。こんな仕事してるやつにとっては褒め言葉みたいなもんだろ?喜べよ」

私は、はっと鼻で笑った。

「~っ!・・・そう言うお前はどうなんや?こんな仕事にそんな歳で就いて、まともな精神とは思えんけどなぁ」

「あぁ。私はまともじゃない。ここに来る前からそんな事はわかっている。だから私はここに来たんだ。初めに、そう言ったはずだけど?」

「そーいや言うとったなぁ。居場所が欲しいと。お前、居場所をもらっといてその態度か?」

私はその言葉になんとなくカチンときた。

「・・・・・嫌、と言うなら、抜けてやるけど?」

(えっ?今、私なんて・・・)

どうして今、自分がそんな事を口走ったのか自分でもわからなかった。

「おいおいおい!何を言い出すんだお前!」

アレキが慌てて私の肩を掴んだ。

「わかっているのか!暗殺組織を抜けるって事の意味を!そこらの商店や企業じゃねぇんだ!普通に辞表出して、はい、辞めます。なんてそんなぬるいもんじゃねぇんだぞ!」

私は血相を変えて訴えてくるアレキの手を払った。

「わかっている。入った時からそんなこと」

(違う。私が言いたいのは、そういうことじゃない)

そう思っているのとは裏腹に、口からは心とは違う言葉が出てしまう。

「私は、生きたくてここにいるんじゃない。でなきゃ、生と死がいつも隣り合わせのこんな仕事に就くわけがない。いつ死んでも、私は後悔しない」

「ジスト・・・」

「・・・そう、思っていたのに」

ようやく、本心が少し口からこぼれた。

「え?」

「お前と・・・アレキと会って、アレキと喋って、アレキと仕事して。不覚にも楽しいなんて、思ってしまった。このまま、こうしていたいと。自分の生きる意味なんてないと思っていたはずなのに、このために産まれたのか、なんて考えてしまったんだ。死ぬ覚悟でこの組織に入って、死ぬ覚悟で仕事をして・・・それなのに、生きたいと思っている自分がいる。全部、全部お前のせいだ。私は、こんなの知らない。こんな、気持ちなんて知らない・・・」

私はうつむいて言った。自然と声が震えてしまう。

「・・・・・ボス」

「なんや」

「こいつを、組織から抜けさせてやってくれねぇですかい?」

「っ!」

私は目を見開いて顔を上げた。

「なんやと?まさかお前、情が移ったんとちゃうやろな」

「そうかもしれません」

「アレキ・・・」

「・・・・・ええやろう」

「えっ」

「ボス!」

「ただし、や」

少し緩んだ緊張の糸が再び張り詰める。

ボスは懐から銃を取り出した。そしてその銃口を私に向けた。

「今からオレと勝負しーや。そんでお前が勝ったら組織を抜けさせてやるわ。もちろん後から追っ手をよこしたりはせん。負ければ・・・わかるよな」

「・・・あぁ」

私は短刀を取り出した。

「ま、マジでやる気か?」

「あたりまえだ。ここまで来て、いまさら引き返せない。・・・アレキ、今までありがとな」

「っ!」

私はアレキにそっと微笑んで、ボスに向き直った。

「勝負だ!クソボス!」

私の叫び声と共に、勝負開始の銃声が鳴り響いた──。


 何時間経ったのだろう。まったく人のいない、建物も遠くに見える程の場所で私とボスは戦っていた。

「おいもうやめろって!」

アレキが叫んで止めようとする。しかし、私もボスも耳を貸さない。

「はぁ、はぁ。ちとはやるやないか」

「ハッ、組織のボスともあろうお方が随分体力無いんだな。指示のしすぎなんじゃないか?少しは自分で動きなよ」

私はニヤッと笑った。

「そうやな。今度からはそうさせてもらうわ。が、余計なお喋りしとると、舌噛むぞ?」

そう言うと、ボスは銃を発砲させた。

私は即座にかわす。

組織のボスなだけあって、銃の腕は凄腕だ。かわしていなければ完全に心臓に穴が空く。息が切れているにも関わらずその正確さだ。ここまで戦いが続いている自分にもそこそこ驚いている。

が、銃がうまいせいであまり動かないらしい。動きが遅い。私はそこを狙ってさっきから隙を見ている。私が息を切らせていないのはそのためだ。

(あの銃は、次の弾で最後のはず。次の発砲がチャンスだな・・・)

そう思った時、ボスが最後の発砲をした。同じく避ける。

(よしっ今だ!)

そう思って駈けだした。しかし

「っ!?」

もう一度発砲音がして、鋭い痛みが腹部を襲った。

私は顔を歪ませながらも、そのまま駈けた。

渾身の力を込めて、ボスの腹部を思いっきり蹴り飛ばした。

「がはっ!!」

ボスは唾を吐いて後ろに倒れ込んだ。その時、銃がボスの手から離れ、地面に転がる。何故か二つ。私はその銃を二つともボスの手が届かない所へ蹴った。

「二つ持ってたのか・・・」

どくどくと血が流れる腹部を押さえて、ふらふらとボスの元へ歩く。

「私の勝ちで、いいよな」

私は呻くボスを見下ろしてつぶやいた。

「・・・殺さんのか?慈悲なんて、お前が持ってたとは意外やな」

そう言って口の端ををつり上げるボスの顔を見て、私はもう一度腹を蹴った。

「ぐっ」

ボスはうめき声を上げ、目を閉じた。

「はぁ、はぁ。お前の勝ちや。好きにせい・・・」

「あぁ」

私はボスに背を向け歩き出した。

ふと立ち止まり、振り返る。

「今まで、ありがとう。世話になった」

そうつぶやいて私はその場を去った。


 「はぁ・・・はぁ。さすがに、腹は効くな・・・」

私は路地をふらふらと歩きながらつぶやいた。足に力が入らず時折壁にもたれかかる。

「おいジストー!」

後ろからアレキが追いかけてきた。

今の私に振り返る気力はなく、そのまま歩き続けた。

「おい待てよ」

アレキは俺の前に回り込んで私の歩みを止めた。

「はぁ、はぁ。何?アレキ。やっぱり、殺してこいって、あのクソボスに頼まれたの・・・」

「違ぇよ。あの人は後から意見を変えるような男じゃねぇよ」

「じゃ、ぁ、何。もう、私は、組織の一員のジストじゃ、ない。用は、ない、はず」

私はそう言って、また進もうとした。しかし、アレキは私の肩を掴み、それを止めた。

「何なの・・・」

「聞けって。あ、おい!」

私は立っていられなくなり、その場にずり落ちた。

アレキがしゃがみ込んで私の顔を覗き込んだ。

「大丈夫、なわけねぇか」

「わか、てるなら、聞くな。それより、ボスは」

「手当てしてるぜ。何度かお前の武器でもダメージ受けてたからな」

「だったら、早く戻りなよ。私に構ってちゃ、マズいんじゃ、ないの」

「お前こんな時もかわいくねぇな。ほんと、十一だってこと忘れそうになるぜ。素直に助けてって言えよなっと」

「っ?!」

そう言うとアレキは急に私をおぶった。

「なに、してるんだ!下ろせ!」

「うるせぇ!黙っておぶられてろ!」

そう怒鳴られ、私は諦めた。

アレキは私の傷を気遣っているのか、ゆっくりと歩いた。

「・・・血、つくよ」

「構わねぇよ。この仕事してたら血の一滴や二滴今さら気にしねぇさ」

「滴って量じゃ、ないけど」

「お前ほんとかわいくねぇな」

「・・・怒ってる?」

「当たり前だ。こちとら急に相棒失うわ、ボスの機嫌を直さなくちゃならねぇわ大変なんだ」

「ごめん」

「・・・冗談だ。今は、お前もボスも死ななくてよかったって気持ちでいっぱいだ。どっちも、俺にとっては大事な人だからな」

「・・・・・ロリコン」

「だから!違ぇって言ってんだろ!それに、今はボスも入ってただろうが!」

「ふふっ」

「っ!」

私は小さく笑った。

「アレキ。お前はほんと、なんでこの仕事、してるの・・・」

私はそうつぶやくと、気を失った。

「あ、おい!・・・ったく」


 気が付くと、見たことあるような無いような天井が目の前にあった。

「こ、ここは・・・イッ」

私は体を起こそうとした。しかし、腹部がズキッと痛み、私はそこを押さえた。

「私、どうして・・・」

私は思い出そうと、思考を巡らせた。

「思い出した。昨日、ボスとやり合った後、路地でアレキに抱えられて私は気を・・・ってことはここは、アレキの」

私が寝かされていたのは、アレキの家のソファだった。

私の腹部は手当てされていて、包帯が巻かれている。

「これ、アレキがやってくれたのか・・・?そういえばアレキは・・・」

部屋を見回すが、アレキの姿はない。家の中からは物音は聞こえてこない。時計の時を刻む音だけが部屋に響いている。

外を見ると、夜が明け始めていた。

「ボスの所にでも戻ったのかな・・・っ!?」

何気なく、目を擦った時、違和感を感じた。

「眼帯が、ない・・・」

私はサッと血の気が引き、膝辺りにかかっていた布団を剥いだ。しかし、眼帯は見当たらない。私は腹が痛むのも気にせず、立ち上がり部屋中を探した。

「ないっ、ないっ。どうしてっ?お願いだから出てきて!」

(この目をあいつに見られたら・・・)

私の脳裏に、私を蔑むような目で見るアレキが浮かんだ。私はそれをかき消すように頭を振った。

(早く、見つけなきゃ!)

人の家だということも忘れ、至る所を引っかき回す。

(早く、早く)

最後に見た書斎。あるはずもないのに、本を手に取って探す。

その内、“ここにはない”という現実を頭が理解し、私の手は止まった。持っていた本が、ぼとぼとと床に落ちる。

私はその場にぺたんと座り込んだ。

(ダメだ。見つからない・・・。まさか、外で外れた・・・?それならもう、見つからない。アレキがどの道を通ってここまで帰ってきたのか、私は知らない。どうしよう。この目は、この目だけは、アレキに見られたくない)

私は今にも泣き出しそうだった。でも、いつアレキが帰ってくるかわからないため、必死にこらえた。

(とにかく、代わりになる物、探そう。眼帯は無くても、目を隠す物くらいならあるかもしれない)

私はスクッと立ち上がって書斎から出た。

 その後、結局何も見つからなかったため、仕方なく包帯を右目だけに巻いた。

(まったく。この家には何もないんだから・・・)

ソファに座り、一息つく。

(あ、部屋が・・・)

今さらになって気が付いた。

(わ、忘れてた・・・早く片づけないと)

その時、玄関の扉が開く音がした。

(アレキ?)

「ただーいまー」

やたらのんびりした控えた声でアレキが入ってきた。

「お、起きたのか、ジスト!」

アレキは私と目が合うと、嬉しそうに駆け寄ってきた。

「ア、アレキ・・・。ごめん。手間かけさせたみたいで」

「なーに。気にすんなよ!俺とお前の仲だろ?」

「・・・そんな親密じゃない」

「それよりお前、なんで顔にまで包帯巻いてんだ?」

「そ、それは、その、起きたら、眼帯が無くて・・・代用で」

「眼帯?・・・あ!」

「何?」

「悪い悪い!すっかり忘れてたぜ」

そう言うと、アレキは上着のポケットを漁った。

「ほい」

そこから出てきたのは私の眼帯だった。

私は慌ててその眼帯を奪うように取った。

「な、なんでこれをアレキが?!」

「いやー、昨日な、手当てが終わった後、お前がいつも眼帯してるのが気になって、目の周りに何か傷とかあんのかなぁと思って外したんだよ。それをテーブルに置くつもりが無意識にポケットに入れてたんだ。悪かったな」

「・・・泥棒」

「だから悪かったって言ってんだろ!」

「私がどれだけ探したと思ってるんだ!起きたら無くて、すっごく焦ったんだぞ!」

「お、おお。悪かった。って、探したって・・・」

アレキは部屋に目をやった。

すると、アレキは部屋の惨状に目を見張った。

「なっ、なんだこりゃあ!」

「ごめん。今から片づけようとしてたんだけど」

「お前な・・・。お前の方が泥棒っぽい事してんじゃねぇか」

「ごめん・・・」

さすがに反省して私は小さくなった。

「・・・ま、無意識とはいえ、お前の眼帯を勝手に持ち出した俺も悪いから、別にいいけどよぉ」

「・・・ごめん」

「だからいいって」

「違う。そうじゃない。私、アレキに迷惑ばかりかけた。急に組織に入って、勝手にペア組まされて、急に組織抜けるってなってペアを失って、傷を負った私を抱えさせて、手当てもさせて、部屋荒らして。だから、全部、ごめん」

「・・・・・」

黙っているアレキの顔が見られず、私はうつむく。すると、ヌッと手が伸びてくる気配がしたと思ったら、髪をくしゃくしゃと撫でられた。

「ちょっと、何っ。やめて、おい!」

私はその手を払って顔を上げた。

「っ!」

その時のアレキは、ニッと笑っていた。

「辛気くせぇ顔してんじゃねぇよ。らしくねぇ。そんなこと気にする程の事じゃねぇだろ!組織にお前が来たとき、確かに驚いたし、一緒に組むってなったときもなんで俺?!って思った。けどな、お前と一緒に仕事して、何気ない話して、家で本読んで、俺はすげぇ楽しかったぜ。急にお前がいなくなっちまったのは、確かに嫌だったけどよ。でも、怪我は俺が勝手にやっただけだ。迷惑なら手当てしねぇし、そもそも追いかけねぇよ。だからそんなに気にすんな」

「・・・・・仕事が楽しいのは、マズいと思う」

「お前っ!今、それ言うか?!」

「事実でしょ」

「確かにそうだが。そうなんだがなぁ・・・」

アレキはぶつぶつと文句を言っている。

「アレキ」

「あ?」

「ありがとう」

「!」

私はその時、どんな顔をしていたのだろう。少しは微笑んだつもりだったけど、うまく笑えていたかな。


 「じゃあね、アレキ」

私はアレキの家の前で振り返った。

「ほんとにもう行くのか?傷、治ってねぇだろ」

アレキは心配そうな顔をしている。

「確かに傷はまだ癒えてないけど、そろそろ帰らないと、お母さん達に迷惑かけちゃうから。あと、アレキにも」

「俺は迷惑じゃねぇって。けどまぁ、親御さん達を心配させるのはあんまりよくねぇな」

「んー。心配はしてないんじゃないかな」

「そんなことはねぇだろ」

「さぁ。どうかな。私は呪われているらしいから」

「・・・ジスト」

「ん?」

「俺は、お前が呪われてるなんて、これっぽっちも思ってねぇからな!」

「っ! ありがとうアレキ。私、アレキのこと、好きだよ」

私はそう言って微笑んだ。

「~っ!」

「どうしたの?」

「お前さぁ!最後の最後で別れが惜しくなるような事言うなよ!くそぉっ。嬉しいじゃねぇか!俺も好きだぞこのやろう!」

筋肉の塊みたいな腕で目もとを塞ぐアレキを私は呆れた目で見た。

「気持ち悪いよ。ロリコン」

するとアレキはバッと顔を上げて

「だからって貶してくんじゃねぇよ!」

「はははっ。・・・アレキ」

「なんだよ」

「今まで、短い間だったけど、私といてくれてありがとう」

「っ!」

「アレキと過ごして、少しだけど楽しかったよ。・・・さようなら」

私はアレキに背を向けて、歩き出した。

「ジスト!」

そう呼ばれ、私はその場に立ち止まる。

「また、会おうな!今度は一般人として!」

その言葉が私には、どうしようもないほど嬉しかった。また会おう、なんて言われたのは初めてだった。

私はふふっと小さく笑って、振り返った。

「その時は、優生って呼んでよ。それが私の名前だから」

そう言うと、アレキは目を見開いた。そして、ニッと笑うと

「そうか、優生か!」

「あ、でもお前忘れそうだな。やっぱりジストでいい」

「なんだとー!・・・けど俺も、ジストでいい!」

私達はお互いに笑いあった。

ココロです!ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます!次回がいよいよ最終回です。ぜひ、最後まで読んでください!投稿は変わらずマイペースにしていくので、気長に待ってくださると嬉しいです。では、改めまして、生贄少女と王女様を読んでくださりありがとうございまいした!

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