王女への生贄
とある国に毎年一度、老若男女問わず王女の召使いをさせる者を町から王女のもとへ一人連れていくという制度のようなものがあった。その召使いに選ばれた者は、王女の世話さえしていればお金をたくさんもらえるし、食事も部屋も与えられ、暮らしに不自由はない。
しかし、自分から王女のもとへ行きたがる者は一人もいない。なぜなら・・・殺されてしまうからだ。もちろん、突然理由もなしに殺される訳ではない。王女の機嫌を損ねるような態度をとらなければ殺されることは無い。簡単そうに思えるが、この国の王女は、人間嫌いで有名だ。つまり、王女が気に入る人間などほとんどいない。今まで何十人もの町の人々が王女のもとへ行ったが、ほとんどの人々が殺された。王女を不快にさせた内容は小さい事から大きい事まで様々だった。だから、町の人々はこの制度か嫌で仕方なかった。知らない人ならいざ知らず、友人や家族が行かされるのは誰にとっても苦痛でしかなかった。それでも人々は、毎年、町の住民から一人選び王女にさしだした。
嫌なのにそうする理由は、一度でも従わない年があればその十倍、つまり十人殺されるから。それも無差別に。だから住民はみな、殺される人を少なくするために一人をさしだしすのだ。
そのため、この制度はこう呼ばれた。
“王女への生贄” と。
私はこの残酷な国に生まれた。制度のことは昔から聞かされていた。私も今まで、何人もの人が城へ連れていかれるのを見送ってきた。小さい頃は、それが怖くて仕方なかった。もし自分が選ばれたら、そう思うと毎年、王女への生贄の日が過ぎるまで、気が気ではなかった。
でも、明日十六歳をむかえる私は、もう恐怖はなかった。選ばれるときは選ばれるんだ、といつしかもう何も感じなくなった。今日は改めてそう思った。なぜなら私は明日生贄となるから。そう、私は今年の生贄に選ばれたのだ。
「誕生日に生贄って・・・」
そうつぶやいて私は机の上の鏡にうつる自分の顔を見つめた。
(もしかしたら、二度とこの顔も、この“目”も見れなくなるんだな)
私は右目の眼帯を外した。鏡には右目だけ青い私がうつった。
この目は生まれつきのもので、お母さんが初めてこの目を見たとき、気絶しそうになったと話してくれた。医者に相談したが、病気でもないし、原因もわからない、といわれたそうだ。
周りの人からはよく、呪われた目だ。と言われた。お父さんも、そう思っていたようで私とだいぶ距離を置いていた。私もそう思っていたから、この目は大っ嫌いだった。でも、お母さんだけは私のことを愛してくれた。いつも笑って
『あなたは呪われてなんかないわ、ただほかの人よりちょっと特別なだけ』と言ってくれた。私にとってその言葉が唯一の救いだった。
だけど、お母さんはもう、その言葉を言ってくれない。病気で弱ってしまい、昼でも部屋のベッドで寝ているのだ。お父さんがお母さんの看病をしている。私も手伝うと言ったが『呪われた目をしている奴を近づける訳にはいかんだろ』と言われて何もさせてもらえなかった。そんなときはいつもこの目を恨んだ。
“こんな目じゃなければ”
いつからか、それが口癖となった。
単なるオッドアイなら、お母さんが気を失いそうになることも、お父さんに煙たがられることもなかっただろう。しかし、この目は単なるオッドアイではなく、何故か毎日色が変わる。規則性はなく、二日間連続同じ色な時もあった。黒の目だった時は、治ったのかと少し嬉しかったが次の日にはまた色が変わっていたから、黒も変化の一つなのだと思った。ただ、この目は赤にだけは何故かならない。黄色やピンクにはなるのに赤にだけは。
(明日、黒にならないかな)
そう思いながら私は電気を消して布団に入り、目を閉じた。
朝、目を覚まして鏡を見ると、そこにうつった私の目は薄い紫だった。
(やっぱり思った色にはならないか)
少しがっかりしながら私は眼帯をつけた。
着替えてお母さんの部屋に行くとお母さんは起きていて窓から外を見ていた。
「お母さん」
私が呼ぶとお母さんはゆっくりとこちらを見た。
「優ちゃん」
お母さんは私の名前を呼ぶとポロポロと涙を流した。
「お、お母さん?どうしたの?」
私が少し慌てて駆け寄るとお母さんは涙を拭いながら
「だって、優ちゃん、王女様への生贄にえらばれて、誕生日なのに」
と言った。
「大丈夫。まだ殺されるって決まった訳じゃないし」
「でも、大丈夫だったとしてもお城に住まなきゃいけないから、どっちにしても、もう、優ちゃんには、会えない」
少量だった涙は一気に大粒の涙になった。
私は心配させまいと、笑ってみせた。
「安心して。もし殺されなかったら、絶対にまた会いに来るから」
「絶対、絶対よ。約束ね」
「うん。約束」
私たちはゆびきりをした。
「じゃあ、行ってきます」
そう言って部屋を出ようとした。すると
「あ、優ちゃん」
とひきとめられた。
「ん?」
「誕生日、おめでとう」
とお母さんは満面の笑みで言った。
私は少し涙が出そうになったがこらえて
「ありがとう」
と、笑顔で返して部屋を出た。
お母さんにはああ言ったけど正直、自信は一ミリもなかった。
「お父さん、行ってきます」
玄関の前でお父さんに向き合って言った。
「ああ」
お父さんは目をそらして、素っ気なく返した。
私は、少し寂しさを感じながらも、ふっと微笑んで家を出ようとドアノブに手をかけた、その時、
「優生!」
そう叫んだかと思うと、お父さんが振り返りかけた私を抱きしめた。
「お、お父さん?」
「今まで、すまなかった!おれにこんなこと言う資格はないが、愛してる!昔からずっと!周りに合わせてお前のこと突き放してた。お前を全然可愛がってやれなかった。まさか、こんなことになるなんて・・・本当にすまない・・・!」
「お父さん・・・」
よく聞くと小さな音だけど、鼻をすする音がした。
(泣いてる、あのお父さんが)
「そんなことないよお父さん。今、初めて知った。私は、二人にこんなに愛されてたんだって」
私がそう言うと、お父さんは私を離した。
「ありがとう。この家族が町の人たちから嫌われなかったのはお父さんのおかげだよ。お父さんが町の人側についたから、お母さんはここにいられる。これからもお母さんを守って」
「優生・・・。こんなに立派になって。お前は名前の通り優しい子だよ。誰よりも優しく生きている。母さんの言ったとおりの子になってくれた。ありがとう。そして、おめでとう」
その言葉にさっきこらえた涙がまた出てきそうになった。さっきよりも必死に涙をこらえて、
「お父さん、ありがとう」
とお父さんにも満面の笑みで返した。
家を出ると、城の物であろう馬車が家の前に止まっていた。私は前髪で右目を隠して馬車に近づいた。すると、馬の横に立っていた男の人が私に気づいて
「お前が今年の使いか」
と言った。
「お前って、もう少し丁寧な言い方できないの?そちらの都合のせいで選抜されたんだけど」
「黙れ。余計な私語は慎め。もちろん王女様の前では特にな」
「それくらい分かるわ」
私が睨んでそう返すと男の人は、「ふんっ」と言って運転席っぽいところに戻った。
馬車のドアの前には、もう一人男の人が立っていて、ドアを開けてくれた。私は馬車に乗り込むと窓から上を見上げた。すると、二階の窓からお母さんとお父さんが心配そうな顔で私を見ていた。
私が笑って手を振るとお母さん達も優しく笑って手を振りかえしてきた。
ドアを開けてくれた男の人が馬車に乗り込むと馬車は走り出した。
私はぼーっと外を眺めながら考えていた。この国の王女の事を。
王女は、人間嫌いだと昔から言われていた。なのに、なぜ召使いを連れてこさせるのか。人が嫌いなら自分から人を近づけなければいいのに。そんなに人が足りないのだろうか。それともただ、人を殺す口実を作りたいだけなのだろうか。だとしたら相当性格の悪い王女だ。それに、今まで連れていかれた人たちはみんな一度も帰ってきたところを見たことがない。助かった人なんているのだろうか。ほんの噂にすぎないが、いろんな性格や性別の人達が城に連れていかれたが、どんな人もだめだった、と言われていた。ある男は優しい雰囲気で話していたが急に王女が怒りだし、処刑された。ある女は忠実で王女の事を褒めまくっていたが、嘘っぽいという理由で処刑。別の女はクールで興味の無いようなそぶりをしていたが、王女の機嫌を損ね、そく処刑。そんな噂が町の中では有名だった。そりゃ、みんな行きたがらないわけだなと私は噂を聞いたときに思った。
そんなことを思っているとますます自分が助かる気がしなくなってきた。
王女はどんな人なんだろう。昔からといわれているから、結構年はとっていると思うけど。
そんなことを考えていると城に着いた。
さっきの男の人がまたドアを開けてくれた。
降りると目の前に大きな門があった。
(これが、王女の城)
「ほら、さっさと行かないか!」
門を見上げていると、運転していた男の人が後ろから怒鳴った。
「そういうあんたはそこから降りないけど、中入んないの?」
「我は、王女様の関係者ではない。許可も無しに城に入れるか!」
「なんだ、関係者じゃなかったの?」
「いいから早く行け!」
運転手は冷ややかな目で私を見るとさっさと行ってしまった。
私は門の下をくぐった。
(わぁ、庭はすごく綺麗)
庭には、いろんな種類の花が植えられていて、植物好きな私にとってはとても良い庭だった。
歩いて行くと、城の入り口であろう大きな扉が見えた。扉の前には兵士のような人達が立っていた。
「止まれ!」
そう言われて止まると槍を向けられた。
「お前、何用だ」
「毎年恒例の召使い選抜できました」
そう答えると兵士は槍をどかして一歩後ろにひいた。
「そうか、それは失礼した。王女様がお待ちだ」
扉を開けてもらい中に入ると大広間に出た。
「あの、どこへ行けば?」
「真ん中の扉の奥だ。王女様にくれぐれも無礼のないように。連続十人目の死体となるぞ」
「どうも」
(十人目・・・か)
連続ってことは、九年間、一人も助かっていないということだ。・・・私は大丈夫なのだろうか。
扉を押すと、ギギィー…という低い音を立てて
扉が開いた。
前を見ると、少し離れたところに王座があり、そこに王女が座っていた。
その場から王女はよく通る声で
「待っておったぞ。早くこちらに来い」
と言った。
私が歩いて王女の前にいくと驚いた。彼女は、顔立ちがとても若かった。私はてっきり三十から四十くらいだと思っていたけど、彼女はどう見ても十代なのだ。下手をすれば私より年下の可能性もある。肩の辺りまである黒い髪。丸く見えるけど、少しだけ鋭い目。どちらかというと美人な方だった。
王女は私の様子に気がつくと不思議そうな顔をした。
「どうかしたのか?だまっていないで何か言ったらどうじゃ?」
すると、王女の隣に立っていた男が叫んだ。
「おい!名を名乗れ!」
そう言われて私はハッとした。
「す、すみません。私は優生といいます。王女様が意外にも若かったので、驚いて」
「若い?いくつだと思っておったのじゃ?」
「昔から、とよく話をされてきたので。三十くらいかと」
「おい!無礼なことを!」
また、男が叫んだ。
「まぁ、待て。そなた、わらわの召使いになりたいと思おておるか?」
「え?・・・正直、嫌」
「なっ!?」
私の答えに男は驚いた顔をした。
「お前!なんと無礼な!」
「おい、お前さっきからうるさいぞ。少しこやつと話をさせろ」
「し、しかし」
「同じ事を二度言わせるな。あまりしつこいとお前を処すぞ」
王女に睨まれ、男は下がっていった。
「すまぬな。話を続けよう」
「あ、はぁ」
「そなたは正直じゃな。今までの奴らはみな、ほら吹きであった」
(ほら吹き?嘘をついたということか?)
「わらわは、今まで来た者たち全員にこの質問をしてきた。だが、みな、もちろんだ、と答えるばかり」
「それが嘘だとなぜわかったんだ」
私は思わずタメ口で話してしまった。慌てて口をおさえると、王女は目を丸くした。
「なぜ口を塞ぐ?・・・もしかしてタメ口を気にしておるのか?気にするでない。年の近い者が来たのは久しぶりじゃ。思ったことを言うてみよ。遠慮はするでない」
(あれ?意外といい人?)
そう思った時、一瞬王女の目がギラッと光ったような気がした。
「こほん、では、改めて。なんでその発言が嘘だと思ったの」
「わらわは分かるのじゃ。人の本音が」
「それで今まで、たくさんの人を殺したのか」
「そうじゃ。甘い言葉をうわべだけで語る。そんな人間はわらわには必要ない。だから殺す」
「・・・じゃない」
「ん?何か言ったか?よく聞こえなかったのじゃが」
「冗談じゃないって言ったんだ!」
そう叫ぶと、王女はビクッとした。扉のところにいた兵士も慌てて私のもとへ走ってきた。
「危険だ!取り押さえろ!」
口々に兵士がそう言って私の腕を掴んだ。
「そんなことで、人を殺すなんてどうかしてる。それが本音だった人だっていたかもしれないのに。自分勝手な不信感で殺すなんて」
王女は少しイラッとした様子で
「いるわけがないであろう。人はみなほら吹きじゃ。お前は正直だったから、少し気に入ったが、やはりだめじゃ。この者を処刑するのじゃ」
兵士たちは一瞬戸惑ったが、すぐに気を取り直し、私をおさえる力を強くした。
「私を殺すのはかまわないから、もう今回で、人を毎年呼ぶのはやめて。家族が簡単に殺されて悲しんでる人だっているんだから」
「それは無理じゃ。わらわの城には人がおらん」
「だったら、殺すことだけでもやめて」
「わらわに指図するでない!早く連れていくのじゃ!」
「離せ!まだ、あの王女と話はついてない!」
暴れていると、急に王女は、兵士達を止めた。
「待つのじゃ!そやつを離せ」
王女に言われ、兵士たちは私の腕を離した。
私は床に座り込んだまま、下りてくる王女を見上げていた。
「そなた、なぜ眼帯をしておるんじゃ」
王女に言われて気づいた。さっき暴れた時に前髪がずれたのだ。
私は慌てて眼帯を隠した。
「な、何でもない、です」
「ん?急に威勢が無くなったのう。そんな弱気になるほど、見せたくないものなのか?」
「いえ、た、大したものじゃないので」
「それなら見せてもよいではないか」
そう言うと、王女は私の眼帯に手を伸ばした。
「触るな!」
私は、つい、王女の手を思いっきり払ってしまった。
「あ、すみません」
謝ったが、彼女は黙ったままだった。
(怒らせたかな・・・)
そう思った次の瞬間、私はドサッと床に押し倒されて、腕をおさえられた。
「お、王女様?!」
兵士たちは驚いていた。
「ちょっ!なにすんだ!離せ!」
暴れたが、意外にも彼女の力はそこそこ強く逃げられなかった。
王女はパッと私の眼帯を外した。
私は目を見開いた。そして、王女の力が緩んだ隙をみてすぐさま手を振りほどいて目を手でおさえた。
(見られた・・・!)
王女は驚いた様子で目を丸くしていた。
「そなた、その目は一体なんじゃ」
そう聞かれ私は、はぁ、とため息をついた。
「見られたからには話すしかないね。これは、生まれつき持った目。毎日色が変わる。医者には原因不明のものだと言われた。町の人からは呪われた目と言われてきた。どう?これで満足?なら、眼帯返してもらえる?あまり見せたいものじゃない」
私がそう言うと、王女は少しポカンとしたあと、あはははは!と笑いだした。
「そなた、面白い性質を持っておるんじゃな。気に入ったぞ。処刑は取り止めじゃ。下がれ、お前達」
兵士たちは顔を見合わせて、部屋から出ていった。それを見ていると
「そなた、優生といったな。詳しい話を聞きたい。わらわの部屋に来るがよい」
「え、ここではだめなの?」
「ここでは、騒がしいからの。兵士どもめ。人が足りてさえいれば、あやつらも不要なのじゃが」
「でも、この城にいるってことは、正直な、いや、否定的な事を言ったの?」
「あやつらは、母上の世代の頃からおるもの達じゃ」
「あぁ、なるほど。でも、部屋に行っても同じなんじゃ・・・」
「安心せい。わらわの部屋には絶対に近づくなと言っておる」
「はぁ・・・」
「ほら、早く行くぞ」
そう言うと、王女は私の手を引っ張って部屋に連れ込んだ。
「そこの椅子に座るとよいぞ」
部屋に入るなり、王女はそう言った。
「ど、どうも」
椅子に座ると、王女は満足そうな顔をした。
「そうじゃ、まだわらわの名前を名乗っておらんかったな。わらわは、レイ・アロウじゃ」
(外国人みたいな名前・・・)
「王女はハーフなの?」
「そうじゃ。ほとんど母上に似てしまったのじゃがな。父上と似ているのは、髪の色くらいじゃろう」
髪の色がお父さん譲りってことは、お父さんが日本人なんだ。
「お母さんはなに人?」
「わらわのことよりそなたのことじゃ!これからわらわに仕えるのじゃから、全て話してもらうぞ」
「それはかまわないけど、なぜ私のことをそんなに知りたがるの?今日あったばかり人間を、自分の部屋に入れてまで。人間嫌いのすることじゃないと思うけど」
「わらわは、優生が気に入ったのじゃ!」
「私じゃなくて、私の目が気に入ったんでしょ」
「ムッ、優生のほうがよっぽど人間不信ではないか」
「不審がってるんじゃないわ。さっき、処刑を取りやめたのは目の話を聞いてから。つまり、この目がなかったら、私は今頃殺されてたでしょ」
「それも一理あるが、最初からわらわはそなたを気に入っておった。言ったじゃろ。正直な奴だから気に入ったと」
「そ、それより、いい加減眼帯を返して!見られたくないものだって言ったでしょ」
「前髪で隠せるのならそうすればよいではないか」
そう言いながらも王女は眼帯を返してくれた。
「前髪じゃさっきみたいに見えちゃうでしょ」
私は、王女からそれを受け取って目につけた。
「なぜ見られるのが嫌なのじゃ?」
「え?さっき言ったでしょ。町の人達から呪われた目だ、と言われてきたって。それに私もこの目は嫌いだし」
「なぜ嫌う?周りと違うというのは良いことではないか?」
「褒められたり、羨ましがられたりするなら、私だってこの目を十五年間恨み続けてないわ。あ、十六年間か」
「む?そなた、十六歳なのか?」
「まぁ、今日でなんですがね」
「なんと!誕生日であったか!それはめでたいの」
私が誕生日なのを知ると、異常なほど王女は喜んだ。
「王女は、本当に人間が嫌いなの?」
「なぜじゃ?」
「人が嫌いなのに、私を受け入れたり、誕生日というだけでそんなに喜んだり」
「正直なところ、わらわは大人が嫌いなのじゃ。自分が助かるために他人をさしだし、選ばれたものは嘘をつく。子供のように無邪気で正直なことを言おうとしない。わらわはそれが嫌なのじゃ。今まで来たのはほとんど、大人じゃ。成人の者から老人まで。わらわと同じくらいの年の者は一度しか来なかった。だからの嬉しいのじゃ。優生が来て、しかも同じ年だから」
「え、王女も十六?」
「そうじゃ。つい一週間前にな」
「そ、それは、おめでとうございます」
軽く頭を下げると王女はフフッと笑って
「頭を上げよ。今日はそなたの誕生日であろう。何か欲しいものやしてほしいことはないか?わらわからのプレゼントじゃ。何でもいうてみよ」
「なんでも?」
「うむ。ある程度のことはできるぞ。何じゃ?服か?それとも、男か?殺人の依頼でもよいが。それは優生が嫌じゃな」
「では、やめてください」
そう言ったとき、王女から笑顔が消えた。
「一応聞くが、何をじゃ?」
「召使いを町から送らせる制度。町の人達は、」
「愚民達からは“王女への生贄”と言われておるらしいな」
「知っているなら、やめてください」
「・・・なぜじゃ」
「なぜって、人が一年に一度恐怖を抱えて過ごさなくてはならない。私も昔から怖かったわ。もう、そんな人は・・・」
「そうではない」
「え?」
「なぜ、そんなに町の者を気にする。昔から呪われたなどと言われてきたのであろう。なのに、そこまでして町の者を守ろうとするのはなぜかと聞いておるのじゃ。家族を守る理由は分かるが、他人を守ろうとするのはなぜじゃ」
「そ、それは」
私が返答に困ってうつむいていると、
「よいぞ。今年で生贄制度はやめてやろう」
「え、ほ、本当に?」
顔を上げると、王女は笑っていた。
「ああ、ただし、条件があるぞ」
「条件?」
「そなたはこれからわらわの傍らにいてもらうぞ」
「は?」
何かの冗談かと思ったが、彼女は冗談を言っているような様子ではなかった。
「簡単であろう。仕事はほとんどないぞ。あ、さすがに片時も離れるなと言っている訳ではないぞ?わらわが呼んだときにすぐに来てくれればよい。まぁ、できるだけ隣にいてもらいたいという気持ちもあるが、さすがにそなたにもプライベートは必要じゃからの」
(王女は何を言っているんだ。王女付きの使用人?そんな大役、私なんかに任せていいのか?そもそも、そうなったら、王女の横に立っていたあの男はどうなるんだ。まさか殺されたりとか・・・。この王女なら充分ありえる。断るべきか。でも、断ればおそらく生贄制度は続いてしまう)
「どうした?嫌か?」
「あ、いや、私がそれを了承した場合、あの王女の横に立っていた男はどうなるの」
そう聞くと、王女は目を丸くした。
「そなた、本当におもしろいやつじゃの。安心せい。殺したりなどせぬ。位が下がるだけじゃ。門番や飯運びをやる立場にな」
「なんだ・・・。でも、私よりも男の方が良いのでは?同性が隣にいても」
「だから!わらわはそなたが気に入ったと言っておるじゃろ!気に入ってない奴より気に入った奴のほうが隣におってほしいに決まっておるじゃろ!」
そう言われ、私がポカンとしていると、王女は自分の言ったことが恥ずかしくなったのか、だんだん顔が赤くなっていった。
「だ、だから、そんなに、自虐するでない」
「分かりました。王女付きの使用人、引き受けますよ。その代わり、本当に生贄制度はやめてくださいよ」
「もちろんじゃ!わらわは約束は守る」
「お願いします」
その日、町に生贄制度の廃止が知らされた。
その日の夜、私は着替えを渡されていた。
「それを着て、これからわらわには使えるのじゃ」
「・・・あの、私、一応女なのですが」
渡されたのは執事のようなシュッとした服。どう考えても男が着るような服だ。
(まぁ、メイド服よりましだけど)
昼間に廊下でみた女性の使用人は、みなメイド服だった。
「良いではないか。動きやすいであろう。スカートは動きにくいからの」
「執事服もそこそこ動きにくいと思うんだけど・・・」
「少し緩めのを用意したから、動きやすいぞ。多分」
「じゃあ、とりあえず着替えてきます」
王女の部屋を出て、なぜか隣である自分の部屋に行く。
着てみると確かに案外動きやすかった。シャツの上にうすいベストのようなものを着てその上からコートのような丈が膝小僧のあたりまである上着を着ている。ズボンは少し緩いくらいでベルトで止めてちょうどいいかんじだった。
王女の部屋へ戻り、ドアをノックした。
「なんじゃ」
「優生です」
「おお!着替えたか。入って来るがよい」
「し、失礼します」
恥ずかしいからうつむいて中に入ったが、王女の声が聞こえなかった。
「あ、あの、王女様?何か言ってください」
そう言いながら顔を上げると、そこには固まっている王女が立っていた。
「ちょっ、王女。なに固まってんの?」
声をかけられ、王女はハッとした。
「お、おお。すまぬ。なんじゃ、恥じらうわりには似合っておるではないか」
「あ、ありがとう?」
「なんじゃ!わらわが褒めているというのに、嬉しそうではないではないか!」
「いえ、だって自分じゃ似合ってるとはとても思えないから」
「似合っておるぞ。恥じらうことはない」
そう言って王女は笑った。そして、何かを思い出したように手をぽんっとたたいた。
「そうじゃ!優生、誕生日のプレゼントまだじゃったな。何が良いか?もうあまり時間がないが、明日中にはなんとかできるぞ。一日過ぎてしまうがよいか?」
「えっ、いや、いいもなにも、もう私の願いは叶えてもらって・・・」
「あれは条件付きだったであろう。条件があるのはプレゼントではないからの」
「で、でも。あれ以上の願いは・・・」
「なんでもよいのじゃぞ?欲しいものやしたいことはないのか?」
「うーん。・・・あ」
「なんじゃ?おもいついたのか?」
「一度、家に戻ってはだめですか?」
「ちょっと待つのじゃ。その、しゃべり方が安定しないのはむしゃくしゃする。どちらかに変えられないのか?」
「じゃあ、敬語で。一応使用人ですし」
「うむ。分かった。で、願い事じゃが、家に帰る?なぜじゃ?」
「約束したので。もし殺されなかったらもう一度帰ると」
そう言うと、王女は、いや、王女様は少し考えて口を開いた。
「・・・そなたはいつも人のために動くのじゃな。楽しいのか?その生き方は」
「楽しい?」
「そうじゃ。人は皆、自分のために生きる。自分が不幸にならないように生きている。なのにそなたの今までの話では、必ずそなた以外の人間が出てくる。もっと自分のために生きようとは思わぬのか?」
「楽しいという感情が分かりません。嬉しいとか、悲しいとか、怖いとかそういう感情は分かりますが、楽しいだけ、分かりません」
そう言った後、私は王女様に馬鹿にされると思った。楽しいという感情がわからないのはおかしいことだと思っていたから。でも、王女様は驚くそぶりすら見せず
「そうか。楽しいとは、心が弾むというかなんというか」
「嬉しいとは違うのですか?」
「少し違うのう」
「ふむ・・・」
口元にまげた指をあてて、考えていると
「まぁ、そんなに難しく考えるでない。そのうちきっと分かるぞ」
と、王女様が言ってくれた。
「おかしいと思わないのですか?」
「何をじゃ?」
「楽しいという感情を知らないこと」
「思うわけがなかろう。わらわも悲しいという感情が分からぬ。そう思うような事がなかったのじゃ」
「え?じゃあ、ご両親はまだご健在?」
「あたりまえじゃろう。母上も父上もまだまだ元気に生きておるぞ」
「城では見かけませんが」
「別の国の王となったのじゃ。ここから遠く離れた東の国に」
「悲しいとは思わないのですか?」
「寂しいとは、思ったことはある。でも、悲しいはない。優生、もし寂しいと悲しいの違いが分かるなら、教えてくれぬか?」
「それも、そのうち分かりますよ」
そう答えると、王女様は、少し嬉しそうな顔をした。
「家に帰りたいのじゃったな。よいぞ。明日、帰るがよい」
「っ!ありがとうごさいます」
「ちゃんと夜までに帰ってくるのじゃぞ」
「はい」
「ならば、はやく支度をせい。わらわももう寝る」
王女様はふあぁとあくびをした。
「分かりました。おやすみなさい」
「うむ」
私はお辞儀をして部屋を出た。そして、自分の部屋に戻ると即座に服を着替えた。
(簡単に人を殺すような人だから、てっきりもっとあくどい性格かと思ったけど、普通の女の子だな。まぁ、人を気分で殺す時点で普通じゃないけど。なんであんなに私のことを気に入っているんだろう。やっぱり、この目のおかげだよな)
私は右手で右目を、おさえた。
「初めてこの目に救われたな」
そうつぶやいて、私はベッドに入った。
ココロです。この作品を読んでくださってありがとございます。この作品は連載系になっているので、気に入っていただけたら今後も読んで欲しいです。改めまして、ありがとうございました。