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赤い魔性

 無理、無理、無理、無理!

 怖い、怖い、怖いぃぃぃぃぃぃぃ!


 風を切って走る馬の背にしがみつき、目も開けられず、ラズリは必死に恐怖と戦う。


 最初こそ初めて見た馬に感動し、その背に乗っていることを嬉しくも感じられたが、それはあくまで馬が立ち止まっていた時の話で。

 一度走り出してしまえば、振り落とされないようしがみつくことしかできず、景色を楽しむ余裕すらない。


 駆ける蹄の音は軽快で力強く、こんな状態でさえなければ楽しめたのかもしれないが、今はただただ止まって欲しい、それが無理ならせめてもう少し速度を落として欲しいと切に願っていた。


 そんな最中、ふと臭ってきた焦げ臭さに、ラズリは眉をしかめる。


 ……なんだろう? 


 まるで料理を焦がした時のような、なにかが焼け焦げる臭い。


 まさか、服が燃えてるわけじゃないよね……?


 それなら熱さを感じる筈だから、違うだろうと思いつつ、心配になって臭いに意識を集中させる。


 一体どこから?


 けれど、馬の背に乗っている状態では臭いも風に流れてしまい、方角さえも知ることができない。


 この速さで走ってる馬から落ちたら、最悪死ぬわよね……。


 せめて体だけでも起こせたら……と思うのだが、体を起こすなら当然今馬の首にしがみついている手を放さなければならないし、今でこそかろうじて落馬せずに頑張れているが、手を放したら確実に落馬する未来が視える。

 馬上はかなり高い位置にある為、馬が止まっている状態で落馬したとしても、絶対に無傷では済まないだろう。


 加えて今は、とんでもない速さで駆けている最中なのだ。

 そんな状況で体勢を変えるなど、自殺行為としか言いようがない。


 臭いは気になるけど、目線を上げたところで原因が分かるかどうか分からないし。危ない事はしないのが一番よね、うん。

 でも、気になる……う〜ん……。


 悩んでいる間にも、馬はスピードを落とす事なく森の中を進んでいく。


 そのうち臭いが段々と薄らいできて、原因から離れた事が窺えたが、そうなったらそうなったで余計に臭いの元が気になってしまい。

 悩みに悩んだ末、ラズリは意を決して体を起こした。


「うわっ……!」


 それに驚いたのは、同乗していた騎士である。

 馬の首にしがみついていたラズリが突然体を起こすなど、彼は夢にも思っておらず、また、かなりスピードを出して馬を走らせていた為、咄嗟の出来事に対処できなかったのだ。


 結果、驚いた騎士は体勢を崩して馬の手綱を力一杯引いてしまい、馬は大きく嘶いて前脚を跳ね上げた。

 

「きゃあっ!」

「お嬢様っ!」


 当然の如く馬から振り落とされたラズリに、騎士は手を伸ばすことすらできず、茫然と見つめるしかない。

 ラズリが乗せられた馬の前後にいた者達も慌てて馬を止めたが、どう足掻いても助けられる状況ではなかった。


 まるでスローモーションのようにゆっくりと景色が流れ、ラズリの身体は否応なく地面に叩きつけられる───筈だったのだが。どうしたわけか、そうはならなかった。


「あ、あれ……?」


 当然襲ってくる筈だった衝撃が一向に襲って来ず、不思議に思ったラズリは、恐怖で強く閉じていた目を恐る恐る開ける。

 瞬間、ふわりと身体が地面に着き、同時に空から声が降ってきた。


「あっぶねえなあ……俺が助けなかったら、お前今頃死んでたぞ?」


 驚いて頭上を見上げたラズリの瞳に映ったのは、真っ赤な髪と瞳をした青年。

 否、髪と瞳だけではない。その身に纏うものすべてが真っ赤に染め上げられた、赤一色の青年だった。


 しなやかな体躯に、およそ日焼けとは無縁であるかのような、象牙の如き白い肌。

 容姿端麗とはこういう人のことを言うのだと、思わず納得してしまうほどに非のうちどころのない美青年。


 しかしその格好はというと、まるでその美貌と相反するかのようにだらしなく。

 炎のような色をした赤い髪は、短くて乱れ放題。服装に至っては、上掛けを軽く羽織っているだけで、見ようによっては単に赤い布を纏っているだけのようにも思えてしまう無頓着ぶり。


 本来ならば、その美しすぎる美貌のせいで圧倒されてしまうのだろうが、容姿と格好の不均衡さのせいか、青年から迫力のようなものは微塵も感じられない。

 もの凄く格好良いんだけど、なんだか残念な人──というのが、ラズリの青年に対する率直な感想だった。


 けれど、それよりも。

 驚くべきは青年の見た目などではなく、彼が今いる場所だった。


 腕を組み、不敵な笑みを浮かべてラズリを見下ろしている青年は──宙に、浮いていたのだ。


「………………!!」


 驚愕して、ラズリは言葉を失う。


 どうして浮いてるの?

 この人は一体なに?


 沢山の疑問が頭に浮かび、脳内を埋め尽くす。


 なんで全身真っ赤なの?

 私を助けてくれたって、どういう事?


 けれど一つも言葉にならない。

 ポカンと口を開けて青年を見つめるばかりで。


 そんなラズリに赤い髪の青年は人好きのする笑顔を向けると、指を二本ピン、と立てた。

 

「お前……どうしたい? そいつらと一緒に王宮へ行くか、それとも俺と一緒に行くか。……選んでいいぞ」


 こっちの指は王宮行き。でもって、こっちは俺と一緒。


 好きな方を掴めとばかりに、青年が指を突き出してくる。


 突然現れた彼が、なぜ自分にそのような選択をさせるのか。

 そもそも、青年のことなど何一つ知らない自分が彼を選ぶ選択などする筈がないのに、どうしてその二択なのかが分からない。


 しかも自分は、王宮へも行きたくないのだ。 

 だから、そんな二択を提示されても答えられない、答えられる筈がない。


「………………」


 青年の指を見つめたまま、ラズリは唇を噛む。


 こんな、選べもしない選択肢を提示されたって……。


 せめてもう一本。

 三本目の指を立てて『村に帰る』という選択肢を出してくれたなら、自分は迷わずその指を掴むのに。


 そんな風に考えていたからだろうか。

 青年は困ったように頬を掻くと、ゆっくりと三本目の指を立てた。


「この指は──」

「村に帰りたい!」


 青年が言うより早くラズリは叫び、彼の三本目の指を両手で掴んだ。


 最初から自分の答えは決まっている。

 これ以外の選択肢をいくら提示されようとも、自分は絶対に選ばないから。


「あ〜……うん、まあ……そう、だよなあ」


 やっぱそうくるよなあ……。


 と呟きながら、青年はガッチリと掴まれた自分の薬指から、ラズリの手をやんわりと外す。

 そうして、次の瞬間彼は、信じられない事を口にした。


「けどまだ残ってっかなあ? あの村、かなりの勢いで燃え……」

「貴様、魔性だな! お嬢様をかどわかすつもりだろうが、そうはいかんぞ!」


 突如大声をあげた騎士が、青年の言葉を遮るようにして、ラズリと青年の間に割って入ってくる。

 騎士はラズリを青年から隠すようにして立つと、腰にぶら下げていた剣をスラリと引き抜いた。


「お嬢様、魔性の言葉などに惑わされてはなりません! あやつらは平気で嘘をつき、我ら人間を騙す生き物なのです。信じたが最後、必ず痛い目に遭わされます!」

「おいおい、酷い言われようだな。俺、そこまで嘘ついた覚えねえんだけど?」

「黙れ! 魔性たる貴様が、本当の事など言う筈がないだろう!」


 叫ぶと同時に、騎士は猛然と目の前の青年に斬りかかっていく。が、魔性である青年は、それをいとも簡単に躱す。

 どちらも同じ場所に立っているなら勝負になるのかもしれないが、空中を自在に飛び回る相手では、どうしたって飛べない方は不利だ。


 それを分かってやっているのか、青年はわざわざ攻撃が届きそうな位置で停止し、ひらりひらりと騎士の攻撃を躱しつづける。

 回数を重ねる度に騎士の息は荒くなっていくが、青年の呼吸はまったく乱れない。


 これが魔性なのかと、青年と騎士のやりとりを見つめながら、ラズリはその存在について、以前少しだけ祖父に聞いた話を思い出していた。


 人知を超える能力を持ち、天使亡き後この世を瞬く間に支配したといわれる魔性。

 その性格は凶悪にして残忍。少しでも逆らう意思をみせようものなら、言葉を発する間もなく惨殺される。


 故にもし魔性に出会うことがあったら、決して逆らわず、彼らの言いなりになるしかないのだと。

 そう聞いた時、魔性とはなんと恐ろしい存在なのだろうと思い、恐ろしくて眠れなかった。

 もしかしたら村に現れるかもしれないと、外に出る度空を見上げて怯えていたものだ。

 

 そんなラズリの様子に気付いた祖父が、自分達の住む村は魔性にも見つからず安全だよと微笑んでくれたから、少しずつ恐怖を忘れていくことができたのだが。

 現実として、その恐るべき存在が今、目の前にいる。


 見た目だけなら、人間より余程綺麗で眩しい存在──もしかしたら、自分はただその美貌に騙されているだけなのかもしれないけれど。

 それでもラズリには、美形のくせにちょっと残念な赤い髪の青年が、とてもそんな恐ろしいことをするような存在には思えなくて。


 ぼんやりとしていた目の焦点を彼に合わせると、満面の笑顔を返された。


「あ……」

「お嬢様! 魔性などに目をやってはいけません!」


 予想外に高鳴った胸を押さえると同時に、数人の騎士達によって視線を遮られる。

 しかし、それを逆手に取ったらしい、誰かに背中をつつかれて振り返ると、いつの間に背後へと移動したのか、赤い髪の青年がにんまりと微笑ってそこにいた。

 

「あなた……!」

「ところでさぁ、いつまでもここで遊んでていいわけ? 早く戻らねえと、あの村、灰になっちまうけど?」

「え……っ!」


 言われた瞬間、馬上で嗅いだ焦げた臭いの事を思い出し、ラズリは慌てて自分が来たであろう方角に目をやった。


「………………!!」


 刹那、あまりの光景に言葉を失う。

 視線の先で、森が真っ赤に燃え上がっていた。


 どす黒い煙を吐き、火花を散らしながら、森一帯が白いもやを際限なく発生させ続けている。

 この辺りにはまだ被害はないものの、放置しておけば間違いなく森全体が焼け野原と化してしまうだろう。

 一目見ただけでそう感じてしまうほど、炎は激しく燃え盛っていた。

 

「どうして? これは一体どういうこと……?」


 自分が馬に乗せられてどれだけの距離を来たのか分からないが、いつの間にこんな事になっていたのか。

 村は……大好きな人達が住んでいる村は、大丈夫だろうか?


「行かなくちゃ……」


 行って、村が無事かどうかを確かめなければ。


 無意識に足を踏み出したところで、乱暴に腕が引かれ、ラズリは乗せられていた馬の前までずるずると引き戻された。


「お嬢様、万一巻き込まれないともかぎりません。私たちは王宮へ急ぎましょう」


 言うが早いか、騎士は再びラズリの身体を縛りつけようとする。

 それを懸命に振り払って逃れると、ラズリは目に涙を浮かべて叫んだ。


「嫌よ! こんな状態で王宮になんて行けるはずないじゃない! 私は村に戻る。今すぐ村に帰して!」

「それはできません」

「だったら、貴方達とは行かないわ!」


 隙あらば自分を捕まえようとする騎士達からじりじりと遠去かり、身構える。

 ここで彼らに捕まれば、今度こそ間違いなく王宮へと連れて行かれるだろう。

 

 あれだけ大きな火が見えているのに、それを無視して王宮へ行こうとする神経が信じられない。

 今ここにいる全員で火元へ行けば、もしかしたらなんとかなるかもしれないのに。


「聞き分けのない方ですね……」


 やれやれといったように肩を竦め、騎士達が顔を見合わせる。

 それから少しの間、ラズリと騎士達の追いかけっこが繰り広げられたが、簡単には捕まえられないと察したのだろう、一人の騎士がラズリの前へと進み出ると、事務的な口調でこう告げた。


「大変申し訳ないですが、あなたは村へは戻れません。我々はただ、あなたをあそこから連れ出す際に、できるだけ穏便に事が運べるよう、あの場はああして申し上げただけなのです。本当は最初から、こうする手筈になっていました」

「こうする手筈ってなに? まさか……まさか、あなた達が森に火を……?」

「正確には森ではありません。我々の目的は最初からあなたの村のみでした。あなたの心残りを無くす為、仕方なく。森は貴重な資源ですから、出来る限り被害を抑えなければなりませんし。ですが、ここまで火が大きくなってしまうとは……計算違いでした」


 それによって、あなたにバレることにもなってしまいましたしね……と、悪びれることなく口にする。


「しかしもう良いではありませんか。炎の状態から察するに、あなたの村はもう焼け落ちてしまっている筈です。今更戻ったところで悲惨な現状を見るだけのこと。だったら今は一刻も早く王宮へ向かい、別の人生を始められた方が幸せだと思いますがね」


 馬の手綱を引き、騎士は大股でラズリへと近付く。

 目の前まで来たところで恭しく手を差し出されたが、ラズリはそれを力一杯叩き落とした。

 

「いや……嫌よ! 私は王宮になんて行かない!」


 騎士達が村に火を放った? 自分の心残りを無くす為に?

 たったそれだけの理由で?


「酷い……ひど……い」


 自分達が……村の皆が何をした?

 外部から隠れ住み、慎ましくも幸せに暮らしてきただけではないか。


 それなのに、なぜこんな酷い目に遭わされなければならない?

 悪いことなど何一つしていないのに、どうして村ごと焼かれなければならないというのか。

 自分の心残りを無くすなどという、くだらない理由の為に!


 胸が詰まり、ぐっと何かがこみ上げてくる。


「一つだけ聞かせて。……私が王宮へ行っても行かなくても、村は焼かれる予定だったの?」

「申し訳ありませんが……」


 言葉だけはすまなさそうに、でも声の響きからまったくそう思っていない事が感じられ、ラズリはかっとなって叫んだ。


「酷い! あなた達に一体何の権利があって、そんな……人の命を、そんな簡単に……!」


 堪えきれず涙を流すラズリの肩を、騎士の手がそっと掴む。

 そうしたうえで、騎士はラズリを宥めるように、一言だけこう言った。


「……仕方がなかったんです」


 今回のことは、すべて任務の一環だったのだから───と。 


「我々とて、やりたくてやったわけではありません。任務でさえなければ……」

「任務だったら、何をしてもいいと言うの?」


 思い切り騎士を突き飛ばし、ラズリは乱暴に涙を拭う。


「任務でさえあったら、どんなことをしても許されるの? 大勢の人を殺して……それでも許されるって言うの? そんな筈ない。……悪魔よ、あなた達は人間じゃない、悪魔よ!」


 任務だから───そんな簡単な一言で、大好きな人達の死を片付けられたくはないし、片付けることなんてできない。

 なんの躊躇いも、胸の痛みさえ感じることなく、ただ任務のため……そのためだけに、あっさりと村一つを焼き滅ぼすなんて。


 そんな残酷な行為が、許されていいわけない。

 こうも簡単に、実行されていい筈がないのだ。


 とても耐え切れなくて、いくら強く歯を食いしばっても、嗚咽が漏れる。


 けれど騎士の話は、それで終わりではなかった。

 悲しみに打ちひしがれているラズリに、非情とも思える言葉を、追い討ちのように浴びせかけてきたのだ。


「気持ちは分からないでもありませんが、これからのことを考えたら、あんな村のことなど早く忘れるのが身の為です。それならいっそ、なくなってしまった方が清々するというものでしょう?」


 瞬間、ラズリの中で、ぷつん───と何かが音をたてて切れた。

 押し寄せる波のように溢れかえっていた感情が、突如として穏やかになり、同時に、とめどなく流れていた涙も止まる。


「そっか……そうなんだ」

「ラズリ様? どうかしたの……」

「触らないで!」


 異変に気付き、ラズリの腕を掴もうとした騎士の手を振り払う。が、多勢に無勢。

 逃げ場はなく、四方八方からラズリを捕まえようと手が伸びてくる。


「さあ、観念して我々と来てください。抵抗さえしなければ、快適な旅を保証致しますよ?」


 抵抗さえしなければ、ね。


 脅しの意味合いを含んだ声に、目の前の騎士をラズリは力一杯睨みつけた。


「この…‥人でなし!」


 けれど。

 逃げ場を無くしたラズリが絶望に落ちる瞬間──それは起こった。

 肌に風を感じたと思った刹那、ラズリの身体は空へと舞い上がっていたのだ。


「え……な、なんで?」

 

 突然の出来事に、驚いて下を見る。

 はるか下の地上では、突如ラズリが消えた事に驚いた騎士達が、大声を上げながら右往左往していた。


「これって一体……」


 周囲を見回そうとして、直後赤い瞳と視線がぶつかる。


「俺のこと……完全に忘れてたよな?」

「あっ……! ご、ごめんなさい」


 そういえばそうだったと、ラズリは素直に頭を下げた。


 色んなことが一気に起こりすぎて、もう何がなんだか……。


 それでも、自分を空中へと逃がしてくれたのはこの青年に違いないから、お礼を言うべくもう一度頭を下げる。


「あ、あの、ありがとう」


 しかし青年は、そんな事はどうでもいいと言わんばかりにアッサリ無視すると、ラズリに向かって片手を差し出してきた。


「……で、どうする? 俺と来るなら村に連れて行ってやるけど?」


 それとも、あいつらと一緒に村を見捨てて王宮に行きたいか?


 と、今更分かりきっている事をニヤニヤと笑いながら尋ねてくる。


 …‥性格悪い……。


 反射的にそう思ってしまったが、それは彼が魔性だから仕方ないのだろうか?


 自分は魔性をよく知らない。いや、まったく知らないと言っていい。

 だけど、それが一体なんだというのか。


 任務の為ならと躊躇いなく人の命を奪う人間が、魔性よりマシだという保証がどこにあるというのだろう?

 魔性である青年について行くのは危険かもしれない、村に連れて行ってくれるというのは嘘かもしれない。


 でも、それでも。

 少なくとも今の状況では、人間である騎士達よりも、魔性である青年の方がマシだとラズリには思えた。


「私……あなたと行くわ。だから、私を村に連れて行って」


 真っ直ぐに青年の赤い瞳を見つめ、ハッキリと口にする。


「先に言っておくけど、今更行っても、もうなんも残ってないかもしれねえぞ。それでも行きたいのか?」

「行きたい」


 たとえ手遅れだとしても、炎に焼かれて何も残っていなかったとしても、確かめたい。

 本当にもう何もないのか、誰も助けられないのか、自分の目で確認しなければ何処にも行けはしないから。


「……ま、しゃ〜ないか。分かったよ」


 ふっと優しい笑みを浮かべ、青年はラズリの腰へ手を回すと、ゆっくりと飛び始めた。

 地上では騎士達が後を追おうと、焦って馬に跨っている。


 その様子を見ながら、ラズリは新たな決意を胸に抱いていた。

 この先どんなことが待ち受けていようと、自分はそれを受け入れていくしかないのだと。

 なぜならこれは、自ら選んだ道なのだから。


 小さくなっていく騎士達を視界から外すと、ラズリはすぐに前方へと目を向けた。

 もう後戻りはできない────。








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