表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/18

美しくも非情な王

時系列がおかしくて、直していたら話の展開が若干変わってしまい、前話と繋がらなくなっています。

書き直したら投稿しますので、ご容赦を

 生まれて初めての、村の外への外出──まさかそれが、こんな形になるなんて。


 肩に担がれたまま、否応なく外へと連れ出されたラズリは、悔しさに唇を噛み締める。


 外へ出たいと渇望していた時期はあった。けれど、こんな風に出たかったわけじゃない。

 むしろ、こんな出かたをするぐらいなら、一生出られなくても良かった────。


 木々のざわめき、小鳥のさえずり──大好きだったそれらも今は、ラズリの心の慰めにはならない。


 『人違いだったら、帰される』


 ミルドはそう言ったが、もし人違いでなかった場合、自分は二度と村へは戻ってこられないのだ。

 いや、そもそも自分などが王宮に関わりがあるとは到底思えないから、そんな心配をする必要はないのだろうか?

 だけど、万が一……。


 そこで不意に、村から連れ出される時の光景がラズリの頭に浮かんだ。


 そういえば、あの時の村人達の反応は、どことなくおかしかったように思う。

 ずっと一緒に暮らしてきた仲間が連れ去られるとなったら、普通は反対の声をあげるものだろうに、あの時は祖父以外誰一人として、反対どころか制止の声すらあげてくれなかった。


 村長である祖父と自分の存在を秤にかけた場合、村の人達にはどうしたって祖父の方が重いことは理解できる。

 でも、それでも。

 せめてもう少しぐらい引き留めたり、悲しんだりしてくれてもよかったんじゃないだろうか?


 今までずっと同じ村の中で暮らしてきて、良い関係を築いてきたはず。

 村のみんなは自分にいつでも優しかったし、相談にも親身になってのってくれた。

 だから自分もみんなの為にできる限りのことはしたし、困っている人には必ず手を差し伸べてきた。


 なのに、自分が連れ去られる際のあの反応はなんだったんだろう?

 若干の迷い程度は認められたものの、心底反対する様子はまったく感じられなかった。


「どうして……?」

 

 思わず声が漏れる。

 人違いと認められれば帰されると聞いて、確かにみんなが安堵したのは分かったけれど、それでも一時の別れには違いないのに、誰もそれを悲しんでいないようだった。


 どうせ帰ってくるのなら、少しの間ぐらい、いなくてもいいということ?

 村から王宮への往復だけでも、何日かかるか分からないのに。

 村の人達にとって、私はその程度でしかなかったということなの?


 思い悩んでいたラズリの思考は、しかしそこで、いきなり遮られた。


「では、行きますよ」


 唐突に何かの上に下ろされ、両手足の縛を解かれる。


「へたに動くと落ちますので、そのままの姿勢でお願い致します」


 抱えられていた時より更に視線の高さが上がり、自分は一体どこに下ろされたのかと、恐る恐る下を見る。

 刹那、視界に飛び込んできた長い鬣と、ブルルという鳴き声で、ラズリは自分が馬に乗せられたのだということを認識した。

 

 これが馬……。


 本でしか見たことのない動物を目の当たりにして、感動を覚える。

 つい先程まで落ち込んでいたのは嘘ではないが、それはそれ、これはこれで。

 あたりを見回してみれば、ほとんどの騎士が馬に乗っていて、その種類の多さにラズリは目を輝かせた。


 凄い……。


 本で見た馬は、いろんな顔をしているものが多かったけれど、実物はみんな優しそうな表情をしている。


 本物の馬…‥初めて見た……。


 そのまま、自分が格好良く馬を走らせている姿まで想像したところで、いきなり馬が歩きだし、ラズリは思わず鬣にしがみついた。


「えっ? な、なに?」


 突然のことに驚き、手元にあった綱のようなものを慌てて握りしめる。

 後ろには先程まで自分を担いでいた騎士が同乗していて、落ちないよう両側にロープを回してくれていたが、それだけで安心できるはずもない。


 なにせ初めて乗った馬の背は、高いし揺れるしで、掴まれる物といえば目の前にある一本の綱と鬣のみなのだ。

 そんな頼りない物しかない状態で、安心できる者などいないだろう。

 それなのに。


「少しスピードをあげますので、しっかりつかまっていてください」


 と、無情にも騎士は言った。


「えっ、ちょ、まっ……」


 待って。とも、どこに? ともいう暇を与えられず。

 焦るラズリをよそに、騎士は馬の腹に蹴りを入れ、速度を上げた。







あちらこちらで火の手があがり、真っ赤に燃え上がる村を見つめながら、うまく任務をこなした筈のミルドは、しかしなぜか厳しい表情をしていた。


「これでようやく……」


 呟き、手にした野菜を無造作にかじる。

 そのまま地面へと落とし、グシャリと踏みつけると、彼は先日王宮であった事を思い返した───。







 大陸随一の大きさを誇る、ディランカ帝国。

そこの首都を誇っている街───マセドアの中心部には、空にも届くかという程に高い、立派な王城が建っている。


二年程前までは様々な人種の民達が訪れ、賑わっていたそこは、今では分厚い門戸に閉ざされ、城の兵士のほかは、時たま商人が出入りするだけになってしまっている。

その王城の中で最も奥詰まった部分にある玉座の間で、ミルドは頭を垂れて主の登場を待ち望んでいた。


「……やあ、待たせて悪かったね」


玉座の真後ろにある扉が開き、一人の青年が姿を現す。

色とりどりの宝石がこれでもかとばかりに散りばめられた、とても煌びやかな洋服を身に纏っている青年だ。


腰まである灰色の髪は無造作に伸ばされているものの、切れ長な土色の瞳をした彼は、女性どころか男性までも一目で心奪われそうな、人間離れした端整な顔立ちをしている。

身長はミルドよりやや低いものの、すらりと伸びた長い手足は均整のとれた体を窺わせ、優雅な身のこなしは思わずため息が出てしまうほど。


そんな美貌の主である彼こそが、今の王城の最高権力者だった。


「報告に戻ってきたと聞いたけれど。成果はどうだったのかな?」


ゆっくりとした動作で玉座へと腰をおろし、青年が視線を向けてくる。

それを緊張した面持ちで受け止めると、ミルドはこれまでの経緯を、順序立てて簡潔に説明した。 


「───ですので手筈通りにいけば、八日後の昼過ぎにはこちらへ戻って来られる予定です」


自信たっぷりに言い切る。

難しい任務を、見事に果たしたという達成感を胸に抱いて。 


願わくば、労いの言葉一つでもかけてもらえたら言うことなし。いや、難しい任務を達成したのだから、それは当然あって然るべき───の、筈だったのだが。


そんなミルドの願いは、しかし無残にもあっさりと踏みにじられた。

話を聞いた青年の、あまりにも淡白すぎる反応によって。


「ふぅ〜ん、そう」


報告を受けた青年が発した言葉は、それだけだった。

感情の動きなどはまったく見受けられず、声には退屈そうな響きまでもが宿っている。

ミルドの話になど、まるで興味がないとでも言わんばかりに。


てっきり褒めてもらえると思っていただけに、予想外すぎる反応を受け、ミルドは動揺した。


「そ、それだけですか? 僅かな情報を頼りに、懸命な努力で隠された村があるであろう場所を探し出した───我々の必死の努力に対する、それがルーチェ様のお言葉ですか?」 


いくらなんでも、この反応はありえない。

何かの間違いではないだろうかと、ミルドは動揺を押さえつけながら問う。


もしかしたら、自分の説明の仕方が悪かったが為に、どこかで勘違いされてそんな返答になったのかもしれない。

既に任務達成はみえているのだから、それを理解してさえもらえれば、今の態度はありえない筈……。


今度こそ、という気持ちを持って、ミルドはルーチェと呼んだ青年の答えを待つ。

しかし青年は、そこでまたも予想外の言葉を口にした。


「まさかとは思うけど、僕に褒めてほしいわけじゃないよね?」


ずばり核心を衝かれ、ミルドの息が止まる。

まさかそんな風に返されるとは、夢にも思っていなかった 。

 てっきり次こそは労いの言葉がもらえると、それに対する返事を用意して待っていただけに。 


 なぜ、ルーチェ様は自分を褒めてはくださらないのだろう?


 ミルドの中で、純粋な疑問が頭をもたげる。


 この場面で、自分からの報告を聞いて、褒められたいのか? などと聞く方が間違っているのではないか?


 自分はしっかりと任務を果たしたのだから、そうされることが当たり前であり、それ以外ないように思う。

 なのになぜ、ルーチェ様はそのような問いを口にするのか。


どうしても青年の態度に納得がいかず、だからミルドはもう一度問い返す。


「申し訳ありません、ルーチェ様のお言葉の意味がよく分からないのですが……」


 瞬間、青年は驚いたように目を瞠り、それから大仰にため息をついた。


「僕からしたら、君が今日ここへ戻ってきた意味が分からないんだけど? 褒めてほしいのでなければ、君は一体何の為に、ここへ来たんだい?」

「何の為……と申されましても、任務の報告の為に来たとしか……」

「だからさあ、僕が君に与えた任務は彼女を見つけ出すことじゃなく、僕の前に連れてくることだったよね? なのに今回の君の報告内容は、彼女がいる可能性が高い村の場所を見つけたというだけで、まだ本人を見つけたわけでもないじゃないか。そんなあやふやな報告をされたところで、言うことなんかないんだけど?」


 僕の言ってる言葉の意味、理解できる?

言われてミルドは、小さく声をあげた。


苦労に苦労を重ねて怪しい村の情報を見つけだしたが為に、それだけでもう任務を果たした気になっていたが、実はそうではなかったという事実に、今更気付いたからだ。


命じられたのは確かに、娘を王宮へ連れてくること。

だが、今の自分は娘を連れていないどころか、まだ目当ての娘の姿すら見ていないのだ。

 それで労いの言葉をもらおうなどとは、先走りも先走り。焦りすぎにもほどがある。


勘違いしていたのはルーチェではなく自分の方だという事をようやく理解し、ミルドは羞恥のあまり顔を真っ赤に染めた。


「……い、今すぐ現場へと立ち戻りまして、娘を連れてまいります。出過ぎたことを申しまして、大変申し訳ございませんでした!」


 可能な限り頭を下げ、恥ずかしさに両手を力一杯握りしめる。

 本当に、自分はなんて失態を犯してしまったのだろう。


もし、これでクビにでもなったら、情けなさすぎて生きていられない。

 いや、もしかしたら好機とばかりに、今度こそ首を切られる……のか?


漠然とした不安に襲われる。

 実はミルドは以前から、ルーチェに嫌われているのではないか、という懸念を抱いていた。


 別段嫌味を言われるとか、あからさまな嫌がらせを受けたとか、そういった事があるわけではない。 

 ただなんとなく、青年の普段からの態度……というか、そういったものの中に、自分に対する不快感のようなものを感じるのだ。


そんなのは気の回しすぎだと言われれば、そうなのかもしれないが。

それでもミルドは、どうしてもその疑いを払拭することができず、これまでずっと不安と戦い続けてきた。


今回の失態は、そのため少しでも武勲をあげようと気が急いたあまりに、犯したことだ。

そのせいでクビになったら、本末転倒だというのに。

 

「そ、それでは失礼致します」

 

返答が返されないままの長い沈黙に耐え切れなくなり、ミルドはルーチェの顔を見ることなく踵を返す。

 たとえ顔を見なくとも、ルーチェが今どんな表情をしているのかミルドには分かっていた。


 以前にも見た、心臓が凍りつきそうになるほどの冷気を帯びた瞳──間違いなく、彼は今その瞳で自分を見ている。

 背を向けていても、身体全体に突き刺さるかのように感じる冷気が、ミルドにそれを痛いほど伝えていた。

 

退室さえしてしまえば、この視線から解放される……。


 極度の緊張により手足が震え出し、ともすれば止まりそうになる足を懸命に動かして扉へと向かう。

永遠に届かないかと思われた扉に手が届いた時には心底ほっとし、だからミルドは安堵の笑みすら浮かべ、会釈をして退室しようとしたのだ。


しかし、青年から最後の言葉をかけられたのは、まさにその時だった。


「無能ぶりを見せつけて、あまり僕を失望させないでほしいな」


返答を望む素振りも感じられない、独り言のように告げられた言葉に───。

ミルドは心底、震え上がったのだった。






「なんとしても、なにがあっても、私は彼女を王宮へ連れて行く……」

 

粉々になった野菜を何度も踏みにじりながら、ミルドは誓いのように口にする。

今度失敗したら、褒賞を受け取るどころか、自分の首が危うい。


無能な人間は死刑にする───。


玉座に就いた時、ルーチェが最初に口にした言葉だ。

その言葉通り、これまでも何人か、突然行方が分からなくなった者がいた。

まだルーチェがいない、温厚な王が治めていた時分に、仕事をサボって楽をしていた者ばかりが、立て続けに。


彼らは死刑を執行されたのだ───その時ミルドは、そう信じて疑わなかった。

 無論今でも、そうだと信じている。


ならばそんな恐ろしい仕事は辞めてしまえばいいのだが、そうしたら今度は職に困って生きてはいけない。

ずっと兵士として生きてきた自分は、それ以外の仕事をすることができないのだ。


だから働き続けるしかない。ルーチェの要求に応えるために。自らの命を、少しでも永らえさせるために。

たとえラズリや他人の気持ちや人生を踏みにじっても、一番大切なのは自分自身なのだから。


自分の命を守る為なら、どんなに非情な行いも厭わない。

 むしろすべてを自分の糧にしてやればいい。


 最後の火種を村の家屋へ投じるミルドには、一欠けらの迷いもなかった。

 我が身の保身……ただそれだけを考えていたが故に。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ