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捨て去った矜持

「……では、私達はこれでお暇させていただきますね」


 ミルドは力無く項垂れる老人にそう告げると、村の出口へと足を向けた。


 質問に答えることを最初は嫌がっていた老人だったが、王宮騎士を騙した罪で死刑にすると脅せば、簡単に口を割った。


 閉じられた村を作った理由については単純極まりないもので、宝の存在を期待していたミルドにとっては落胆しかなかったが。それでも、娘の秘密について知った時には、それを遥かに凌駕する驚きと喜びに胸が満たされた。


 どこからどう見ても平凡で、どこにでもいそうな娘が、まさかあんな秘密を隠し持っていたとは──。


 今の任務に就いてからというもの、辛酸ばかりを舐めさせられてきたが、これでようやく報われるかもしれない。永かった任務を終わらせることができるかもしれない。


 そんな期待をするには十分だった。


 後は王宮へと無事に娘を連れて行き、主君を頷かせることさえできれば、任務は完了する。それによって昇格を果たし、こんな働き蟻のような立場からおさらばするのだ。


 任務完了の際、褒賞として一つだけ願いが聞き届けられることになっており、今回ミルドは、それを利用して王宮勤務への配置換えを願い出るつもりだった。


 王宮勤務は普段危険が少ない分手当てなども少ないが、そんなことは微々たる問題であると、今回の任務で痛感したからだ。


 危険な任務に身を晒し、如何に金を稼いだところで、命を失っては何にもならない。


 よしんば命が助かったとしても、任務が長引けば長引いた分だけ扱き下ろされ、追加の金すら与えられず、身銭を切ることを強要されるなど以ての外だ。


 今までは特に何の問題もなく、順調に任務をこなせていたから気付かなかった。今回のような事態に陥って、初めて外勤務の法外ともいえる給金の高さの理由を理解したのだ。


 こうなる前に気付くことが出来ていたなら、せっかくの貯えを減らさずに済んだというのに。


「くそっ」


 とても騎士とは思えぬ一言を発すると、ミルドは膝程の高さの草むらを越えた。


 そこで、信じられない光景を目の当たりにし、思わず足を止める。


 ……なんなんだ、これは。


 幾人もの村人達が、そこかしこで倒れ、呻き声をあげていた。


 全員命に別状はないようだが、余程手酷くやられたのか、起き上がることはできないようだ。


 何とかして身を起こそうと試みている者もいるが、その度に呻いては、再び地面へと突っ伏している。


「人選を間違えたな……」


 瞬時に誰がやったのかを理解し、ミルドは背後に付き従っている部下を一瞥すると、盛大に舌打ちした。


 少しでも娘からの心象を良くするために、村人には手を出すなと言っておいた筈だった。老人を拘束したのも、ミルドからすれば配慮のつもりであったのだ。


 騎士の力で下手に押さえつけるより、縛った方が老人の体にかかる負担は少ないだろうと考えたうえで、ああした。


 しかし、あの部下は──アランは、もしかするとあれで誤解したのかもしれない。


 邪魔をする者を縛る──無力化することは許される、と。


 ミルドの率いる部隊内でも一、二を争う程に好戦的なアランなら、そう解釈してもおかしくはない。寧ろ、常にそっち方面へ持って行こうと考えを巡らせる様は、然しものミルドも辟易する程だった。


 それでも今回、村を訪れるにあたって伴ったのは、その性格に見合うだけの実力があったからだ。それなのに──。


「こんな老人ばかりの村だと知っていたらな……。間違っても指名したりしなかったんだが」


 額に手を当て、ミルドはやれやれとため息を吐いた。


 これではもう、娘の機嫌をとるどころではない。


 馬に乗せて王宮まで連れ帰らなければならない関係上、抵抗されるのは御免被りたかったが。


「まさか荷物のように、馬に縛り付けて運ぶわけにもいかないしな。……くそっ、頭が痛い」


 なかった筈の問題が新たに増えたことに、ミルドは頭を抱えた。


 その刹那──。


「ラズリは……娘は、もう戻っては来ないのか?」 


 不意に背後から、追い縋るかのように声をかけられた。


 それが誰の声かなど、顔を見なくとも分かる。


 つい先程まで尋問のため、ずっとその老人のしゃがれた声を聞いていたのだ。


 まさか追いかけて来るとは思わなかったから少々驚いたが、ミルドは老人が草むらを越えないよう移動して足止めすると、曖昧な笑みを浮かべた。


「その問いに対する答えを、私は持ち合わせておりません。すべては……王のお考えによるものですから」


 嘘だ──。


 たとえこの村の娘が主君の目的の人物でなかったとしても、あのような秘密を持つ以上、帰されるわけがない。


 それを知りつつ老人に教えなかったのは、最後の情け。


 この後、村人達は全て始末されることになっている。ならば、へんに期待や絶望を抱かせるより、曖昧にした方が良いと思った。


 特に絶望は、時として人に思いも寄らない力を持たせることがあるから──。


「そう……か。では、最後にもう一度会えたりは……」


 老人のその言葉には、しかしミルドは無言で首を横に振った。


 別れなど、惜しんだところでキリがない。


 最後にもう一度会わせるぐらいなら、先程無理矢理引き離したりなどしなかった。


「お気持ちお察し致しますが、これ以上は辛くなるだけかと……」


「そうじゃな……。うむ、分かっておる……分かっておるのだ……」


 元々ダメ元であったのだろう。


 がっくりと肩を落とすと、老人はそれ以上何も言うことなく踵を返した。


 その後ろ姿を見送りながら、ミルドは安堵の息を吐く。


 倒れた村人達が老人に見つからなくて幸いだった。もし見つかって騒がれでもしていたら、娘の心は更に荒れていただろう。


 今の状態ですら気が重いというのに、これ以上面倒事を増やしたくない。


 既に娘を手中に収めているにも関わらず、それでもミルドには、慎重に慎重を期してもまだ足りないだけの不安があった。


 これで駄目なら、もう本当に後がない……。


 再び出口へと足を踏み出しながら、ミルドはこれまでのことを思い浮かべる。


 今の任務を受けてから、すぐに大陸中を端から端まで巡り、条件に当て嵌まる年頃の娘を、片っ端から王宮へと送り込んだ。


 一巡目は『これだ』と思える娘だけを選んで。


 だが、それでは駄目だったから、二巡目は全ての娘を捕獲し、王宮へ連れて行った。


 大陸に存在する娘を漏れなく全員連れて行けば、必ずその中に目当ての娘がいる。例えどれ程時間が掛かろうとも、大陸を何周もするよりは余程確実だろうと踏んで。


 しかし、その最後となる娘を連れ帰っても、主君は首を縦に振らなかった。


 何故だ──。


 その時のミルドの心は、最早折れる寸前であった。


 大陸中の町や村を訪問し、端から端まで探し回って、抜けなくすべての娘を捕らえた筈だ。なのに主君は『違う』と言って首を振る。


 これはもしや、単なる嫌がらせではないか?


 一瞬、そんな考えがミルドの脳裏を過ぎった。


 元々自分が主君に好かれていないことは知っていたから、余計にそう思ったのかもしれない。


 だが、自分への嫌がらせのためだけに、小隊の隊員達まで巻き込むのは不可解だった。


 主君であるルーチェは、とにかく無駄なことが嫌いで、必要経費とあらば湯水のように金を遣った前王とは、正反対の人物なのだ。


 どんな内容の任務であろうと、小隊の人数は一貫して変えなかった──恐らく人数編成が面倒だったのだろうが──前王と違い、ルーチェは任務の内容毎に、毎回人数と必要経費の見直しをし、最低限で当たらせていた。


 彼が何故そうするかは分からなかったし、それによって任務を熟すのがキツくなったことで、一時期王宮騎士達の不満が噴出したのだが──。


 気付けば、みな黙って従うようになっていた。


 新しい君主に対し、不平不満を言っていたことなど、まるでなかったかのように黙々と。


 みなの態度が急に変わった理由がミルドには分からなかったが、単に首を切られたくなかったんだろうと思い、深く考えることはしなかった。元より自分はさほど経費を遣う性質ではなかったから、困ることはなかったし。


 そんなルーチェが、今回の任務に限っては、多過ぎと思える程の人員を割いてきたのだ。勿論、必要経費として渡された金も今までの比ではなく、二度見、三度見をしてしまうほどの金額だった。


 ──結果として、その金は全て遣い切り、人員も半分程に減ってしまったが。


 これが嫌がらせだとするなら、金も人員も無駄にし過ぎている。


 単純にミルドが気に入らないというだけなら、こんな回りくどい真似などせず、適当な理由をつけて排除することだって出来ただろう。その方が余程簡単だ。


 なのに、それをしないということは──。


 まさか本当に、主君であるルーチェの求める娘が何処かに存在しているのか?


 半信半疑ながらも、ミルドは三度目の正直とばかりに、今度は町や村だけでなく、森や岩山など、ありとあらゆる場所を含めて探索した。


 深い森の中で道に迷い、岩山では滑落し、逃げ出したい気持ちを無理矢理押さえつけて。


 精も根も尽き果て、ただ使命感によってのみ突き動かされる日々。


 そんな中でようやく見つけた、隠された村と一人の娘。


 何の変哲もないただの娘かと思いきや、不可思議な秘密を持った特殊な娘。


 例え今回またハズレであったとしても、交渉材料として使う価値がありそうだ。


 だから絶対に逃がさない。


 何が何でも王宮へと連れて行く。


 ミルドは強くそう思ったが、そのためには──どうやって馬で運ぶかが問題だった。


 これまで連れ去った娘は、両手を結び、馬に同乗する騎士に縛り付ければ、さして抵抗らしい抵抗はせず、みな大人しく王宮へと運ばれた。


 だが、あの娘はどうもそれでは危険な気がするのだ。


 こんな小さな村に閉じ込められて生きてきた関係上、馬に対する知識など持ち合わせてはいないだろうし、僅かな接触で知り得た性格だって、女らしいとは言い難かった。


 そんな娘を不用意に馬に乗せたら最後、何の躊躇いもなく馬の腹を蹴る可能性がある。


 かといって、足まで縛ると流石に危険だし、馬の腹を蹴ると危ないと教えたところで、言うことを聞くかどうか分からない。


「せめてアランのやつが馬鹿な真似さえしなければ、もう少しやりようがあったかもしれないが……」


 当初の計画では、一度王宮へ行きさえすれば村へ帰れると、言葉巧みに信じさせて連れて行く算段だった。


 だが、娘の祖父だけでなく、村人達にまでも乱暴を働いたとなれば、それを言ったところで大人しくついては来るまい。


 今でこそ両手足を拘束しているから村の外までは連れ出せているが、この先はそうもいかないだろう。


 となると、残された手段は一つしかないわけなのだが。


 それとて完璧とは言えない方法であるし、完璧でない以上、一抹の不安が残る。


「どうしたものか……」


 悩みながら、ミルドは狭い門のような木の間を通り抜け、村から森の中へと出た。


 そこで待ち構えていたアランから、村を出たすぐのところでラズリが意識を失った、との報告を受ける。


「そうか。それなら……」

 

 意識がないうちに馬に乗せ、少しでも距離を稼ぐか──と言いかけて、ミルドは口を噤んだ。


 それよりも、もっと良い方法を思いついたからだ。


「どうせ始末するんだ、後でも先でも変わらない。いや、寧ろ先の方が生きる気力を失くして、大人しくなるかもしれないな?」


 明言したわけではないのに、何のことか分かったのだろう。


 呟くように言ったミルドに、未だラズリを抱えたままのアランが瞳を輝かせた。 


「隊長を待つ間に準備は進めておいたんで、すぐにでも実行できますよ!」


 どうやら、指示を出してもいないのに、勝手に動いていたらしい。


 そんなアランにミルドは感心しつつも、そういう方面に関しては本当に動きが早いなと、苦笑を浮かべた。


 まさか、こっちの作戦を早めるために、わざと村人達に手を出したわけじゃないよな?


 一瞬そんな疑いを持ってしまったが、さすがにないか、とため息を吐いて、その考えを追いやる。


 今はそんなことより、作戦を実行する方が先だ。


 本来なら、娘を先に出発させてから決行する予定の作戦だった。


 しかし状況が変わった今、そんなことは言っていられない。


 娘を確実に王宮へと連れ帰らなければ、自分達に平穏は訪れないのだ。


 ミルドとて、不用意にラズリを傷つけたいわけではないから、できることなら知らせずに済ませたかった。必要に迫られなければ、彼女にはその事実を知らないまま、生きていって欲しいとも思っていた。


 だが、今更仕方がないことだ。


 これは自分のせいだけではない。ラズリとて悪いのだから。


 お前が素直にこちらの言うことを聞いていれば、こんなことにはならなかった。そうしなかったお前にこそ、非があるのだと、ミルドは思った。


 未だ意識を失ったままのラズリにチラと視線を向けると、ミルドは躊躇いを切り捨てるかのように、大声で部下達に指示を飛ばす。


「……いいか! 五分後に第二の作戦を決行する! 全員配置に着け!」


 栄えある王宮騎士である自分達が、こんな人殺しのような真似をする日が来るなど、思ってもみなかった。


 いや、これは人殺しの真似などではない。明らかな人殺しなのだ。


 意識すると、沈んでしまいそうな気持ちを叱咤しながら歩を進め、ミルドは全員の配置を確認する。


 騎士として、犯罪者や危険人物を手に掛けたことはこれまでに何度もあった。だが、無実の人間や民間人に手を掛けたことは一度としてない。


 それがミルドの騎士としての自尊心プライドであり、矜持でもあった。


 今日までは──。


 


 

 


 


 







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