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黒い靄

 騎士の男に抱えられたまま、村の出口へと運ばれていたラズリは、騎士が歩を進めるたび周囲の景色が見知らぬものへと変わっていくことに驚いていた。


 既に自分は十年以上もこの村に住んでいて、知らない場所などないと思っていたのに、今目の前に広がる景色は何なのだろう。


 村の外へ出てはいけないという祖父の言葉を遵守するあまり、ラズリは今まで村の外側にある草むらさえも越えたことはなかったから、ただ草むらを越えただけで、ここまで周囲の景色が違うものになるなど思いもしていなかった。


 騎士の行く先には樹木が生垣のように張り巡らされており、その間に一部だけ、かろうじて人一人が通り抜けられる程の隙間が空いている。


 恐らくそこが村の出入口なのだろう。普段は雑草などで分からないように擬態されているらしく、その隙間に生えていたであろう草はその殆どが踏み倒され、門のような役割を果たしているであろう樹木には、内側に擦れたような傷が幾つもついていた。


 明らかに、何人もの人間がその場所を無理矢理通った証。


 あそこを越えたら、本当に村の外に出てしまう──。


 以前は外に出ることを切望していたにも関わらず、それが現実のものとなった途端怖くなって、思わずラズリは身を震わせた。


「どうした?」


 ラズリの震えに気付いたらしい騎士が、上から声をかけてくる。聞かれたところで口に布を詰められている為答えられないのだが、騎士は兜越しにこちらを見つめ、答えを待っているようだ。


 口に布を押し込んできたのはミルドだから、ラズリが喋れないことに目の前の騎士は気付いていないのかもしれないが、見ただけで分かるでしょう、と騎士の男を睨み付ける。


 だが、ラズリを抱えている騎士の男はどこまでも鈍いようで、そんなラズリの視線に気付く様子すらなく、言葉を重ねてきた。


「急に震えて……今更怖くなったのか?」


 口に詰められた布のことには気付かないくせに、震えた事には気が付いたのか。


 ラズリにとって気付いて欲しい事には気付かず、どちらかというと気付いて欲しくない事だけに気付く騎士の態度が腹立たしい。もしかしたらわざとやっているのでは? と疑いたくなってしまう程だ。


 しかしラズリは、村から出される事が怖くなって震えたなどと知られたら馬鹿にされそうな気がして、結局無言で首を横に振った。


「え、違うのか。じゃあ……まさか、生理現象か?」


 そうしたら何故か今度は、あらぬ疑いをかけられた。


 王宮騎士には、デリカシーというものは存在しないのだろうか? 女性相手に何の遠慮もなく生理現象と口にするなどあり得ない。


 でも、考え方によっては有りかも……。


 あり得ないと思いながらも、これは使えるかもしれない、とラズリは思い直した。


 生理現象のせいで震えたなんて、もしそれが本当であったとしても答えは当然『否』だが、もしも『是』と答えたら、少しの間だけでも縛めを解いてくれるのではないだろうか?


 無論そうしてくれない可能性もあるが、それでも僅かながらでも可能性があるなら、それに賭けてみても良いかもしれない。ならばここは、恥を忍んで頷くだけだ。どうせ相手はデリカシーも何も持っていないらしい王宮騎士なのだから、気にする必要はないだろう。


 そう結論を出しつつも、けれどやっぱり恥ずかしさが捨てきれず僅かながら躊躇して、それからラズリは勇気を出すと、ゆっくり分かりやすく男に向かって頷いた。生理現象によって震えた、ということを騎士に分かってもらう為に。

 

 それを見た騎士の男は納得したようにラズリを地面に下ろすと、素早い動作で手足の縄を解きにかかった。その見るからに慣れた様子に、普段からやっているだろう事が窺える。


 無論、彼は仕事として悪人などを捕らえる事も当然あるだろうし、縄を縛ったり解いたりする事に幾ら慣れているからといって疑うつもりはないが、それでもやはり、他の村や町でも自分と同じような娘達を同じように攫っているのでは? と心配になってしまう。


 これから自分が連れていかれる所は本当に王宮なのだろうか? 自分は本当に用が済んだら村へ帰してもらえるのだろうか? 


 不安に思い始めればキリがなくて、ついその気持ちのまま男に視線を向けると、器用に身体の向きを変えられた。そしてそのまま、襟の後ろを力強く掴まれる。


「いいか? 暫くの間だけ、俺は後ろを向いていてやる。だからお前はその間に用を足せ。……逃げようなんて考えるなよ」


 気持ちは分かるが、こんな風に襟元を掴まれた状態で、どうやって逃げ出すと言うのだろうか。ついでに言えば、本当に用を足したかったとしても、これ程の近距離で異性に襟を掴まれていたら、普通にできないと思う。たとえそれが同性であったとしても。


 あまりにも、女の扱い方を知らなさ過ぎる……。


 同時に、この男相手に逃げ出す事など不可能だと悟った。


 口から外した布をその場に落とし、ゴミにならないようハンカチを出して包む。逃げられない事に絶望しながら、それをポケットにしまおうとした刹那。


 草むらを掻き分ける音と共に、誰かが自分を呼ぶ声がした。


「ラズリを離せ!」


 やって来たのは、ラズリの住んでいる村の人達だった。


「王宮騎士だかなんだか知らねぇが、この村で勝手なことしやがって!」

「ラズリを何処へ連れて行く気だ?」


 恐らく自分が攫われそうになっていることに気付いて、助けに来てくれたのだろう。


「みんな!」


 慌てて立ち上がろう──とするも、騎士の男に襟首を掴まれているため、立ち上がる事ができない。服の留め金を弛めて何とか顔だけ後ろに向けると、そこには確かにラズリのよく知る村人達が、束になって立っていた。


「みんな! 来てくれたんだね」

「ラズリ! そこにいたのか!」


 駆け寄れない代わりに声を出すと、村人達は漸く自分の存在に気付いてくれたようで、安堵したように顔を綻ばせる。だが、その場を支配した和やかな雰囲気とは違い、村人達は皆畑を耕す鍬やら鋤やら思い思いの農具を手にし、どこか引き攣った笑いを浮かべていた。


「ラズリ……今、助けてやるからな」


 その言葉を嬉しく思うも、騎士に手を出すのは危ない気がして、素直に頷く事ができない。助けに来てくれたのはありがたいが、単なる村人が束になったところで騎士に勝てるとは思えないからだ。


 しかも、話していた時の雰囲気的に、ここに居る騎士の男はミルドとかいう体調格の男より性質が悪いような気がする。けれど助けて欲しいのは事実であるし、危ないからやめてと言う事もできず、ラズリはただ言葉に詰まって眉尻を下げた。


「たかが村人風情が、王宮騎士であるこの俺様に敵うとでも思ってんのか?」


 何故だか楽し気な響きを含んだ声で、騎士の男が挑発めいた発言をする。


「ちょっと、やめ──」


 それを阻止しようと開いたラズリの口は、男の大きな手に塞がれてしまい。


 もがくラズリの首筋に舌を這わせると、男は驚愕する村人達にいやらしい笑みを向けた。


「この嬢ちゃん、結構俺様の好みなんでな。もしかすると王宮に着く前に食っちまうかもしれねぇなぁ」

「な、なんだと!?」


 それは、仕掛けられた罠であったのかもしれない。否、確実に罠だったのだろう。しかし怒り狂った村人達は、まんまとそれに引っ掛かってしまった。


「いくら王宮騎士だとはいえ、大事な娘を傷物にされたとあっちゃあ黙ってられねえ!」

「その娘は嫁に行くまで、俺達が大切に守っていく筈だったってぇのに」


 言いながら殺気を漲らせ、村人達はじりじりと騎士との距離を詰めてくる。


 駄目……やめて。この男は王宮騎士なのよ。みんなに勝ち目なんてない……。


 そう言いたいのに、男が耳元で「一言でも余計な事喋りやがったら、村人を容赦なく殺すぞ」などと囁いたせいで、言葉を発する事ができない。


 そんなラズリの様子に気付かず、激昂した村人達は騎士の周囲を取り囲むようにしながら、ゆっくりと農具を振り上げていく。


 やめて! みんな……駄目よ!


 歯を食いしばって、大きく首を横に振る。けれど、必死なラズリの願いも虚しく、村人達の動きは止まらなかった。


「ラズリを返せぇぇぇぇぇっ!」


 勢い良く、騎士に向かって鍬が振り下ろされる!


 だが、騎士の男は素手で難なくそれを掴むと、そのままの体勢で大きな笑い声をあげた。


「ははははっ! そんなへっぴり腰で俺様に当てられると思ったのか? 笑わせてくれる。人を攻撃したことなどないくせに」


 村人から鍬を乱暴に取り上げ、騎士の男は適当にそれを遠くへ放り投げてしまう。


「わあっ! 大事な鍬が!」

「あはははっ! そんなに大事なら、使わず倉庫の奥にでも仕舞っておけば良いのになぁ。捨てるんじゃなくて、へし折ってやれば良かったか」


 慌てて鍬を拾いに走る村人を見た騎士が再び笑い声をあげると、武器を振り上げていた村人達は、躊躇うかのようにお互いの顔を見合わせた後、一斉に騎士へと襲い掛かった。


「笑うなっ! ラズリを返せ!」

「そうだぞ! いくら王宮から来たと言っても、こんな人攫いのような真似、許されるわけがねぇ!」

「とっととラズリを置いて、村から出て行け!」


 攻撃の合間に、一人の村人の手がラズリへと伸ばされる。


「…………!」


 一瞬それに助けを期待するも、すんでのところで騎士に阻まれ、ラズリはまるで荷物のように再び縄をかけられた。


「ちょっ……何これ、どうなって……」


 縄の中から抜け出そうとするも、次から次へと絡みついて来て、身動きが取れなくなってしまう。


 そんな事をしている間にも、村人達による騎士への攻撃は続いていて──。


 とうとう、太い枝が折れたような、木が悲鳴を上げたような、大きな音がその場に響いた。


 「あ、ああ……わしの、わしの鍬が……」


 愛用の農具を無惨に折られた村人が、力無くその場に膝をつく。


「わりい。つい手に力が入りすぎちまった」


 騎士の男は謝罪を口にするものの、声の調子から、悪いなどとは思っていない事が伝わってくる。


 既に村人達は何人も男にやられ、未だ立っているのは、ほんの数人だけ。


「さあ、どうする? 俺としてはもう十分に遊んだし、そろそろやめてやっても良いが」


 お前らには借りがあることだし? と男は愉快そうに続けた。


 それに首を傾げたのは村人達だ。


「借り……? 一体何の事だ?」


 問えば、騎士の男は堪えきれないといった風に笑いを溢し、答えを返した。


「くくっ……。思えば最初からお前達は親切だったよな。当てもなく森を彷徨っていた俺達に、この村の場所を教えてくれたばかりか、道案内までしてくれて……。そうして今度は、あまりにも呆気なくて面白くないと思っていた所へ、こうして雁首揃えてやって来てくれたんだからな」


 こんなにも親切な人間がいるとは思わなかったと心底楽し気に笑い、森の中にその声がこだまする。


 本当に、なんて嫌な人なんだろう。こんな人が王宮騎士になれるだなんて、王宮はどうなっているんだろうか。


 こんな最低な人間が王宮騎士になれるなら、その主君である王様も、大した人物ではないかもしれない。


 ミースヴァル島を統べる王様に対し、随分失礼だと思うものの、ラズリはどうしても、そう思わずにはいられなかった。


 それにしても──この騎士が言った内容は、どうにも不可解で。


 彼の言葉を鵜呑みにするなら、騎士達を村に案内したのは、村人達だという事になる。けれど、そんな事あり得るのだろうか?


 今までずっと、誰一人として村に入れた事のなかった村人達。そんな彼等が、いくら相手が王宮の人間だからといって、村長である祖父に何の相談もなく、勝手に人を招き入れたりするだろうか?


 村の場所を教える事自体ありえないのに、そのうえ道案内までするなんて……。


 どうもおかしいような気がする。だけど──。


 その時、騎士の男がまた別の事を口にしようとした。


「そういや、あのキノコはそんなに美味いのか? 熱心に採ってたようだったが──」

「言うなああああああああ!」


 男の声を遮るように、残った村人達が叫び声をあげて、一斉に騎士へと突撃する。


「ふはっ!」


 楽し気に笑う、騎士の声。


 男は一番近くにいたウォルターからの攻撃を難なく躱すと、その腹を、重い甲冑を着けた足で蹴り飛ばした。


「ぐっ……!」


 受け身を取る事すらできず、ただ無防備に吹っ飛ばされるウォルター。


 どうして突然。


 敵わない事なんて、最初から分かりすぎる程に分かっていた筈なのに。


 どうして、また攻撃を?


 村人達の心情が理解できず、ラズリはただ頭を悩ませる。


 さっきの騎士の男の言葉が、何かいけなかったの? 言われたくない事でも言われたとかなの?


 考えて、考えて──ラズリが自力で答えに辿り着く前に、全ての村人を片付け終えた騎士の男が答えを告げた。


「こいつら、よっぽどお前に自分達の失態を知られたくなかったんだな。……必死すぎて笑える」


 倒れ伏した村人達を見回し、騎士の男は楽し気に肩を揺らした。


 彼等の失態? この男は何を言っているんだろう?


 訝し気な目を男に向ける。すると彼は、ラズリの目の前にしゃがみ込んで聞いてきた。


「知りたいか?」


 反射的に頷きかけて、ギリギリのところで思い留まる。


 敵わないと知りつつ村のみんなが騎士に向かって行ったのには、それなりの理由があったのだろう。そしてそれはきっと、ラズリには知られたくない事だった。


 でなければ、無理と知りつつ騎士に向かって行く筈がない。それが分かったから、好奇心のまま聞いても良いものかと、逡巡したのだ。


 けれど、そこまで村人達が隠したい事って何なんだろうと、気になってしまう自分もいて。


 だから結局頷いてしまった。好奇心を抑えきれずに。


「ラ、ラズリ……」


 後生だから聞かないでくれとばかりに、村人がラズリの名を呼ぶ。


 しかし、村人達の気持ちなど意に介さない騎士は、なんの躊躇いもなく、つらつらと彼等の失態について、ラズリに語ってくれたのだ。


「そいつらにとっては失態だが、俺達にとっては幸運だった。なんせ、俺達が森の中を彷徨ってる最中に、そいつらがキノコを採ってるところに偶然出会したんだからな。これはラッキーってことで、王宮騎士の名の下、この村に案内してもらったってわけだ」


「そうだったんだ……」


 言われてラズリは、ふと思い出した。


 そういえば、ウォルターからお裾分けにと度々キノコを貰っていたが、どこに生えているものなのか、ずっと疑問に思っていたことを。


 本人に聞いても教えてくれなかったし、家に招待された時にさり気なく探してみても、どこにも元となるものが見つけられなかったから、ずっと気になっていた。


 まさか、森へ採りに行っていたなんて。


「すまない、ラズリ……。村長には何度も注意されていたんだが、キノコだけはどうしても村の中には生えないため、森へ行くのをやめられなかった。だが、俺なりに考えて、極力少ない回数、時間のみで採りに行くようにはしていたんだ。そうすれば、大したことにはならないだろうと思って……。けど、そんな俺の考えが甘かったんだな。まさかこんな深い森の奥に人が来るなんて、思いもしなかったから。俺が、俺が最初から村長の言う通りにさえしていれば、こんなことには……」


 ウォルターは地面に這い蹲りながら体の向きを変え、ラズリに向かって土下座するかのように、額を地べたに擦り付ける。


 それを見た他の村人達も、みな同じようにラズリに向かって頭を下げた。


「俺達も同罪だ。すまねぇラズリ、すまねぇ……」


「や、やだ、みんなやめて。私だってお裾分けでキノコ貰ってたし、美味しいからいつも楽しみにしてたんだよ? 食べてた私だって同罪だよ。だから……ね? みんなのせいじゃないよ」


 精一杯優しく声をかければ──。


 村人達は、声をあげて泣きだした。


「すまねぇ! すまねぇラズリ!」


「俺達が村のルールを破ったせいで、こんなことになっちまって……」


「村長の言葉を軽く考えていた俺達が悪いんだ。すまない……何遍謝ったって足りないとは思うが、すまないラズリ……」


 何度も何度も地面に額を打ち付け、擦り、村人達は謝罪を繰り返す。


「み、みんな! もういいよ、私は大丈夫だから……」


 なんとか村人達の気持ちを落ち着けようと、ラズリが声を発した時──。


「……やれやれ、めんどくせぇな」


 ポツリと呟くような騎士の声が耳に入ったかと思うと、くるりと方向転換され、ラズリは村人達に背を向けさせられた。

 

 そのまま、騎士は何事もなかったかのように歩き出す。


「ちょ、ちょっと待って。まだ私、みんなと話終わってない……」


 ラズリは騎士を見上げて言うが、それには冷たい反応を返された。

 

「もう十分だろう。少しは楽しませてくれるかと期待したが……安っぽい芝居に興味はない」


 無駄な時間を浪費した、と言われてしまえば、それ以上何も言えなくなってしまう。


 ラズリにとっては、大切な時間なのに。騎士の男にとっては、無駄でしかないのが悲しかった。


 村人達も、もうラズリを追うのは諦めたようで、騎士が歩く音以外は何も聞こえなくなってしまう。


「意外と呆気なかったな。もう少し抵抗してくれたら、面白かったんだが」


 つまらなさそうに言う騎士の男に、ラズリは怒りを露わにした。


「村のみんなは、あなたを楽しませるために来てくれたわけじゃないわ! みんなは……私のために……」


 後の方の言葉は、喉がつかえて声にならなかった。


 再び村の出口へと連れて来られ、ラズリは絶望に打ちひしがれる。


 村から出たいと思ったことは何度もあったけれど。


 こんな風に出たいわけじゃなかった。こんな風にみんなと別れたいわけじゃなかった。


 悲しくて、辛くて、涙が溢れる。


 みんなには、もう会えないのかな……。


 おじいちゃんは……少しだけ元気になってたみたいだけど、もっとちゃんと話したかったな……。


 ざわざわ、ざわざわと、心残りや後悔が黒い靄となって胸の中へと広がっていく。


 ずっと村にいたかった。もっとみんなの役に立ちたかった。


 なのにどうして、私だけこんな目に遭うの?


 悪いことなんてしてない。おじいちゃんや村のみんなのために、一生懸命やってきただけなのに……なんで?


 ざわざわ、ざわざわ。


 際限なく増える黒い靄で、胸の中が埋め尽くされていく気がする。


 嫌だ……嫌、行きたくない。


 助けておじいちゃん……。みんな、私を助けてよ……。


 ざわざわ、ざわざわ。


 どうして私だけが連れて行かれるの? 村が見つかったのは、私のせいじゃないのに。


 私は悪くない。なのにどうして私なの?


 こんなのおかしい。悪いのは私じゃないのに。


 黒い靄がもたらしてくる感覚に、気持ち悪いと思う反面、溢れてくる黒い感情を止められない。


 こんなの不公平じゃない。どうしていつも私ばかり……私だけが辛い目に遭うの?


 気持ち悪い……気分が悪い。こんなの嫌、こんな風に思いたくないのに!


 どうして? ()()()もそうだった。()()()からずっと私は……。


 ()()()? ()()()なにがあったんだっけ? 思い出せない……。


 でも、()()()から私は……。そうだ、()()()だ!


 ()()()私は……っ!


 瞬間、ラズリの胸の中が真っ黒になり、視界までもが黒く埋め尽くされる。


 否、埋め尽くされたと思った──刹那。


 突如出現した赤い光が、黒い靄を打ち消した!


「…………っ!」 


 瞬時に頭の中が真っ白になり、ラズリは大きく目を見開く。


 しかしその瞳を、そっと閉じさせる者がいた。


『まだ……早い。お前はまだ……そのままで……』


 どこかで聞いたような優しい声と温もりに、ラズリの尖った感情が丸くなっていく。


 この声……前に、どこかで……。


 思い出そうとして意識を傾けるも、睡魔に襲われ集中することができない。


 あなたは……誰? どうして私……を……。


 頭の中でそう問いかけたのを最後に、ラズリの意識は途切れた──。



 










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