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今生の別れ

 唐突に自分の目の前に現れた人物に驚いたのは、ラズリとて同じであった。


 見ず知らずの男達から逃れ、全速力で走りながら、若干遠回りをして家へと続く一本道へと足を踏み入れたまでは良かったが──その途端、ほど近い距離に感じた人の気配。


 え、誰?


 急には止まれず、現れた人物に思い切りぶつかって尻もちをついたラズリの瞳に映ったのは、先刻野菜畑で自分に声をかけてきた青いマントの男達で。彼等がまだ村から出て行っていなければ、再び遭遇してしまう可能性もあるとは思っていたけれど、まさかこんなにもすぐ顔を合わせることになるなんて、思いもしていなかった。


 まだ、いたんだ……。


 彼等と顔を合わせてから、まだそこまで時間は経っていない。けれどここは、狭くて何もない村だ。どうせすぐに帰るだろうと思っていたのに。


 舌打ちしたくなる気持ちを抑えながら、ラズリは青いマントの男達を見つめる。


 彼等が今立っている場所は、村から少し離れた祖父の家へと通じる、一本道の入り口だ。という事はつまり、既に彼等は祖父に会ってきたのだろう。


 突然部外者に家を訪問され、祖父はどれだけ驚いただろうか。


 早く、帰らないと……。


 祖父の事が心配で堪らない。暴力を振るわれてはいないと思うが、最近の祖父の様子から、自分の目で無事を確認しなければ、安心は出来なかった。


 男達の足元に、ラズリはチラリと視線を向ける。


 一本道の道幅は狭く、彼等に若干端へ避けてもらわなければ、ぶつからずに通り過ぎることはできない。だが、言葉を交わすと無駄な時間を奪られそうだし、一刻も早く祖父の元へ帰りたかったラズリは、結局無言のまま彼等の横を強引に通り抜けることに決めた。


 立ち上がると同時に力強く地面を蹴り、加速するタイミングで上手く男達の横をすり抜ける──瞬間。


 いきなり伸びてきた手に、ラズリは腕を掴まれた。


「痛っ……!」


 それと同時に反対方向へと強い力で引っ張られ、再び尻もちをつきそうになる。しかしそこをうまい具合に抱え上げられ、マントを着けていない男の肩に、軽々と担ぎ上げられてしまった。

 

「なっ……ちょっと、下ろして!」


 突然のことにわけも分からず抵抗するが、肩に乗せられ身体を二つ折りにされた状態では、息をすることすら難しい。そのうち両手両足を他の男達によって拘束され、口に布を咬まされると、ラズリの身体は横抱きに抱え直された。


「……っ、ううーーっ!」


 やめて、離してといくら叫ぼうとしても、口に入れられた布のせいで、くぐもった声しか出せない。


 どうして? なんで? この人達は私をどうするつもりなの?


 聞きたい事は色々あるのに、その一つさえ口にする事はできなくて。


 もがくラズリの顔を上から覗き込むように見てきた青いマントの男は、満足気に微笑うとこう言った。


「なかなか活きのいい娘さんですね。まさか、自分から我らの元へ飛び込んできてくれるとは、思ってもいませんでしたが……。私はあなた様を探してはるばる王宮からやって参りました、ミルドと申す者。以後、お見知り置きを」


 丁寧に頭を下げられたが、そんな事はどうでも良い。


 この人が誰で、何処から来たかなんて、興味すらないのだから。


 知りたい事は、一つだけ。


 どうして私がこんな目に遭わなければならないの?


 ただ、それだけだった。


 しかも、ラズリにとって彼の告げた内容は、全くもって分からない事ばかりで。


 王宮について詳しくは知らないが、ミースヴァル島を治める最高機関だということぐらいは知っている。


 ただ一人の王の下、選ばれた少数精鋭の者だけがそこに身を置くことを許され、その中でも上位にある者は金も権力も、欲しいままに持つことができるという──。


 それゆえ一度王宮勤めに選ばれることができれば、一生の安寧が約束される夢のような場所──村にあった王宮について書かれた本の中には、どれもそのような記述があった。


 そんな場所に住んでいる人が、自分を探してここまでやって来た?


 一体何の冗談なんだろう。


 自分は誰かに探される覚えなんてまったくないし、ましてや王宮から使者を遣わされるような立場でもない。


 産まれた時からずっとこの村に住んでいて、王宮と関わり合いになるどころか、村の外へ出たことすらないというのに。


「王宮では、あなた様をお待ちになっている方がいらっしゃいます。ですから私はあなた様を王宮へとお連れし、その方と引き合わせる為に、ここへと遣わされたのです」

「…………?」

 

 ラズリが心の内で抱いた疑問に、答えるかのようにミルドは言うが、いや、それこそありえない、とラズリは思った。


 どうして王宮に、自分を待っている人がいるのか。


 そもそもその人は、何故自分の存在を知っているのだろう?


 聞けば聞くほど、疑問は大きくなっていく。


「取り敢えず、あなた様を早急に王宮へとお連れしなければなりませんので、詳しい話は道中でさせていただくことに致しましょう」


 ラズリを抱きかかえた男を先導するように、ミルドが村の出口へと向かって歩き出す。


 このままだと、本当に攫われる……!


 危機感を抱いたラズリが滅茶苦茶に暴れようと、全身に力を入れた瞬間──聞き慣れた声が、彼女の耳をうった。


「ラズリ!!」


 それは、最近ではあまり聞くことのできなくなった、大好きな声だった。


 久し振りに聞く、祖父の声。口数が減り、ほぼ喋らなくなってしまってからは、聞く事のなくなった、自分を呼ぶ声。


 もう一度呼んでほしい。できる事なら、何度だって。


 そんな気持ちを込めて、ラズリは祖父の声に答えるように、精一杯の声を出す。


「んんーーっ!」


 口に布を詰められている為、発せられたのは、言葉にもならぬ声だけだったけれど。


「ラズリ!」


 それだけで、祖父は気付いてくれた。


 このところ、あまり接点を持っていなかったとしても、やはり祖父は祖父だ。自分の異変に、ちゃんと気付いてくれた。


 その事が嬉しくて、祖父の姿を一目見ようと、ラズリは足をばたつかせてしまう。


 けれど、想い合う二人の再会に、水を差す人物がいた。


「これはこれは、先程のご老人ではありませんか。私どもに何か用事でも?」


 道幅を利用して老人の行く手を塞ぎ、ミルドは穏やかな声で問い掛ける。


「……き、貴様ら、儂の孫をどこへ連れて行くつもりじゃ!」

「無論王宮に決まっているではありませんか。私は先程王宮から来たと、きちんと貴方に申し上げましたよ?」


 ここまで走ってきたのだろうか。


 肩で息を吐いているかのように話す祖父の声に、ミルドが冷静に言葉を返す。


「そんなに心配せずとも、用が済めば娘さんは村に帰して差し上げます。ただ一度だけ、私の主君に謁見していただければ良いだけですので」

「それは本当か?」


 えっ、そうなの?


 老人の声と、ラズリの心の声が重なる。


「本当です。私は栄えある王宮騎士の小隊長をも任される人間ですよ。誓って嘘など申しません」

「そ、そうか。それならば、まだ……」


 逡巡しつつも祖父の声に安堵の響きが宿ったが、残念ながらミルドの言葉は、それだけで終わらなかった。


「ですが先程貴方は、この村に娘さんは一人もいないと仰いましたよね。なので我々が見付けた此方の女性は、村の侵入者として排除しておきますね」

「なっ!? ま、待て! 待ってくれ! その娘は儂の……」

「連れて行け」


 慌てる老人を無視する形で、ミルドがラズリを抱きかかえている部下に指示を出す。


「ううっ!? うぅぅ~っ?」


 侵入者ってどういう事なの!? この村に娘はいないって……本当におじいちゃんがそんな事を?


 何故祖父がそんな事を言ったのか理解できず、ラズリは思わず声をあげる。


 だが、呻き声しか出せない状態で返答がなされるわけはなく、部下の男はそのまま速やかに歩き出した。


 嫌! 私はまだおじいちゃんに聞きたい事があるのに!


 首だけを懸命に後ろへ向けるが、屈強な体躯を持つ騎士の身体に阻まれては、祖父の姿を視界に捉える事はできず。


 そうして、ラズリと老人──二人は別れの言葉を交わす事すらできないまま、強制的に引き離された。


 これが二人の今生の別れとなる事も知らずに──。




※※※




 娘を託した部下の姿がある程度遠のくと、ミルドは改めて老人へと向き直った。


「ラ、ラズリ……!」


 ミルドに阻まれながらも、何とかして後を追おうとする老人の、健気ともいえる姿に笑いが込み上げる。


 こんな風に追いかけてくるぐらいなら、最初から嘘など吐かなければ良かったのだ。そうすればまだ、別れの言葉を交わす機会ぐらいは与えてやっても良かったのに。


「ラズリ! ……頼む、退いてくれ! ラズリ!」


 あまりにも必死な老人の姿を見て、ミルドはふと意地悪をしてやりたくなった。我ながら性格が悪いと思うが、悪いのは自分ではない。王宮騎士である自分を騙そうとしたこの老人が悪いのだ、と心に言い聞かせる。


「……はて? ラズリとは一体どなたの事を仰っておられるのですか? 先程私の部下が連れ出した娘は、この村の者ではなかった筈ですが」

 

 わざとらしく首を傾げ、心底不思議そうに言ってやった。


 お前の嘘のせいでこうなっているのだと、老人を内心で嘲笑いながら。


「い、いや、あの娘は……」


 ミルドの言葉に心当たりがあったのだろう。言い返す事もできず、言葉に詰まった老人は俯き、拳を握りしめた。明らかに、強者が弱者を虐げている光景だ。


 通常であれば、このような姿を他者に見られるわけにはいかないため自重しているのだが、今いるのは人の目の届かぬ辺鄙な場所にある閉ざされた村だ。何をしようと要らぬ噂をされる心配はない。


 故にミルドは、老人を更に口撃した。


「この村に娘さんがいないと伺った時は残念でしたが、代わりに怪しい娘を捕らえられた事については僥倖でした。そしてそれは、この村の皆さんにとっても同じですよね? なにせ身元の分からぬ怪しい娘を村内から見つけ出し、無駄な労力を使うことなく追い出すことができたのですから」


 その点は私達に感謝して欲しいものですね、と感謝などされぬ事を知りながら、敢えて口に出し、相手の不快感を誘う。


 悔し気に肩を落とす老人の姿が、堪らなく滑稽だった。


 恐らく老人は、娘の存在がバレているなどとは思ってもいなかったのだろう。いないと言いさえすれば、すぐにミルド達が村から出て行くに違いないと、高を括っていた。


 だが、そもそもそれが間違いであったのだ。


 この村に住む人間は、祖父と孫娘の二人だけではない。


 実際ミルドはラズリに出会う前に、村へ入って最初に出逢った村人から、娘の話を聞いていた。だから村長宅へ向かう道中で偶然ラズリに出逢わなくとも、老人に娘はいないと嘘を吐かれようとも、村内に必ず一人は娘がいるということを知っていたのだ。


「まさか本当に一人だけだったというのは、予想外であったが……」


 一人だけでも捕まえられたのだから、まあ良いとする。他は概ね予想通りだ。


 否、この村に何か得体の知れない秘密がありそうな分だけ、予想よりも上出来だろう。


 残る課題は、目の前の老人に村の秘密を喋らせることだけだ。それさえ終われば、後は──。


 真っ青な顔で地面に(くずお)れる老人を見ながら、ミルドは口角を吊り上げた。


 






 


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