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見知らぬ人達

 青々とした葉の上で、朝露が光を反射して煌く。


 キャベツはギッシリと葉を茂らせ、地中からは色鮮やかな人参が、ひょっこりと顔をだしている。


 様々な種類の野菜がたわわに実った、見事としか言いようのない野菜畑だ。


 そこに、ほっそりとした体躯に似つかわしくない大きなじょうろでもって、慣れた手つきで水を撒いていく一人の少女がいる。


 半袖短パンという出で立ちで、ほっそりとした手足を惜し気もなく晒し、腰まで伸びた赤茶色の髪を一纏めにし、白い頸を陽に晒している。


 額や首筋に汗を滲ませ、少女は無駄のない動作でテキパキと畑仕事をこなしていく。


「おじいちゃん……これ食べたら元気になるかな」


 収穫したばかりの野菜の土を払いながら、少女──ラズリはぽつりと呟いた。


 彼女にとって、家族と呼べる人間は祖父一人しかいない。両親は、ラズリが物心つく前に事故で亡くなったと聞いた。


 だから、祖父には少しでも長生きしてもらいたいと思っているのに、最近の祖父は明らかに元気がないのだ。


 どこか、身体の調子でも悪いのかな?


 以前の祖父なら、ラズリ一人に畑仕事を任せることはなかった。


 一日に何度も畑へ足を運んでは、野菜の成長具合や病気の有無をチェックし、楽しそうに水やりをしていた。


 年齢のせいで足腰が痛むことがあっても『年寄り扱いするな!』と言って、畑へ通うことをやめようとはしなかった。


 そんな祖父が、家から出なくなったことに気付いたのはいつだったろう。


 毎日キビキビと一日中忙しなく動き回っていたのに、ある日突然、家からはおろか、部屋からもほとんど出なくなった。


 食事をする時などは当然出てくるのだが、話しかけても心ここにあらずといった様子で、返答も曖昧。食事が終わると、またすぐに部屋へと戻ってしまう。


 村長でもある祖父は、村人から相談を受けることがたまにあり、その事で頭を悩ませる事は今までに何度かあったけれど、数日も経てば普段通りに戻るため、そこまで気にした事はなかった。


 なのに、今回だけ、どうして……。


 こんなにも長い間、沈んだままでいる祖父は見たことがない。


 今までは『ただ頭を働かせるより、体を動かした方が良い考えが浮かぶ』と言って、悩んでいる時ほどせっせと体を動かしていたのに。


 どうして急に、ああなってしまったのか。


 以前から兆候はあったのに、自分が大して気に留めていなかったせいで、あそこまで酷くなったのだろうか?


 こんな風になる前に、もっと早く、外出しなくなった時点で話を聞いていたら……。


 何度もそう思ったが、後悔先に立たずとはよく言ったもので、今更どうすることもできない。


 最初に異変を感じた時、いつもと少し様子が違うような気はしたが、また村人からの相談事だろうと思ったから、気にしないようにしていたのだ。


 自分が心配気な様子を見せると、逆に祖父が気を遣って、わざとらしいほど明るく振る舞うから。


 悩みを抱えている祖父の負担を増やしたくなくて、わざと異変に気付かない振りをしていた。


 まさかそのせいで、祖父がああも酷い状態に陥ってしまうなどとは、露ほども思わずに。


 日に日に口数が減り、必要最低限しか自室から出てこなくなった祖父は、そうなる前はいつも楽しそうにラズリの話を聞いてくれていたのに、最近ではこちらの声が聞こえているのかさえわからなくなる時がある。


 ただ悩み事があるというだけで、ここまでの状態になるものだろうか?


 それともなにか、精神的な病にかかってしまったとか?


 心配でたまらなくて、村の誰かに相談しようかとも考えたが、村人に余計な心配をかけるのは祖父の立場上嫌がることが分かっているから、それもできなくて。


 為す術がないまま、ただ日を過ごすだけの毎日が、もう何日も続いていた。


 本当に、どうしたらいいんだろう……。


 いい加減、なんとかしたい。


 自分なんかが祖父の相談にのれないことは分かっているけど、それでも、これ以上放っておくことはできない、と思う。


 一体自分に何ができるだろう?


 今の祖父にしてあげられることなんて、あるだろうか?


 ああでもない、こうでもないと何日も必死に考え続け、結果ラズリが思いついたのは、普段の食事に輪をかけて栄養満点の食事を作ってあげることぐらいだった。


 何日も考えてそんなことしか思い付かないのかと些か自分に絶望したが、それしか思い付かなかった以上、とりあえずやるしかない。


 それに、部屋に篭ってばかりいるせいか、最近の祖父は食も細くなり、見るからに痩せてきたように思える。いや、寧ろやつれていると言うべきか。


 ならば、少量でも満足な栄養が摂れるような食事を作るのは当たり前のことであり、その他のことは思いついた時にやるようにすればいい──今の所、他には全く何も思い付かないのが、問題ではあるけれど。


 少しでもいいから、祖父に元気を取り戻して欲しかった。


 そしてできることなら、自分が家に帰った時、祖父が元通りになっていればいいのに。


 そんなことはあり得ないと分かっていながら、でも願わずにはいられなかった。


 じんわりと涙ぐみながら、ラズリは優しかった祖父の微笑みを思い浮かべる。


 もう長い間、あの笑顔を見ていない。


 せめてあの微笑みだけでも取り戻すことができたなら。


 そうしたら、もっと頑張れる気がするのに。


 挫けそうになる精神を叱咤する。


 声をかけても、微笑いかけても、大して反応を返されない日々に、ラズリは正直疲れを感じ始めていた。


 祖父が部屋に引き篭もるようになってからというもの、色々なことをやってみたのに、状況は悪化するばかりで、何一つ改善されはしなかったから。


「もう、前みたいに微笑ってくれないのかな……」


 呟き、ラズリが涙を払い除けるかのように立ち上がった刹那──。

 

「お嬢さん。少々道を尋ねたいのだが、かまわないだろうか?」


 不意に、背後から声をかけられた。


「え……」


 聞いたことのない声だった。


 反射的に振り返り、声の主をみとめた瞬間、ラズリはその場に凍りつく。


「………………!」


 目の前にいたのは、見知らぬ三人の男達だった。


 一人は青いマントを羽織り、艶やかな黒髪をなびかせた、どこか気品の漂う人物。


 あとの二人は、なんだかよく分からない頑丈そうなもの──甲冑──に全身を包みこんでいて、顔すら窺い知ることができない。


 初めて見る格好の、明らかに村の空気にそぐわない三人。


 しかし、ラズリが驚いたのは、そこではなかった。

  

「どうして、知らない人がここに……?」


 目の前の事実が俄かには信じられず、何度も目を瞬く。


 産まれてからずっとこの村で生きてきて、これまで一度たりとも村人以外の人間を見かけた事はなかった。


 村の外は危ないからと外へ出してもらったこともなく、同様に、外の人間は危険だから村への出入りは禁止にしていると聞いていた。


 外部との繋がりを一切断ち、万が一にも村の存在が知られる事のないようにと、食料からなにからすべてを自給自足で賄い、村人は一歩たりとも村の外に出ることは許されていなくて。


 村の入口は森の木々で巧妙に隠されている為、外からは分からない──だからこそ、一度外に出たら二度と戻れないと言われていた──から、絶対に外へ出てはいけない、とも言われ、今までずっとそれを守り通してきた。


 もちろん、幼い頃の自分はそんな理由では納得できず、反発して、祖父や村人達をずいぶん手こずらせたと聞いている。


 それでも、年を経る毎に自然と受け入れ、ある程度の年齢になってからは、見知った人達だけに囲まれて過ごす穏やかな生活に、安らぎさえ感じるようになっていたのだ。


 それが、どうして今頃になって……。


 外部の人間に興味を抱いたこともあった。


 見た目はどんな感じなんだろう?服装は?話し方は?どんな所に住んでるんだろう?


 子供の頃に読んだ絵本や、村にある書物からの情報に想像力で色をつけて、あれやこれやと思い描いた事も、一度や二度ではない。


 けれど、こんな風に突然出会う事になるなんて、まったく予想もしていなかった。


 この人達は、どうやってここに入って来たの?


 もう何年、もしかしたら十年以上もの間出入りされなかった村の入り口は、既に森との境目が完全に分からなくなっている筈。


 なのにこの人達は、どうやってその入り口を見つけ、この村に入り込んで来たのだろうか。


 鬱蒼と茂る森の奥深くにあり、普段から近辺に訪れる人は全くいない、辺鄙な場所にあるこの村。


 その性質ゆえ、何かの拍子に迷い込むような場所にはないし、近くを通りがかって見つけられたなどということもあり得ない筈なのに。


 どうしてここが分かったの……?


 どう考えても、村が見つかった理由が分からない。


 今まで一度たりとも、外部の人間に見つけられたことはなかった。


 なのに、どうして、どうやって?


 同じ疑問がぐるぐるとラズリの脳内を回り続ける。


 幾ら考えても導き出せない答えは、目の前の男に聞けばすぐに分かるであろうことは理解しているものの、外部の人間と話すのは怖かった。


 どうしよう……どうしたらいい?


 ラズリがそう考えた時、青いマントの男は再び声をかけてきた。


「……お嬢さん? よければ道案内を頼みたいのだが……」


 無言のまま身じろぎもしないラズリに、焦れたのだろう。


 膝を折り、視線の高さを合わせるようにして顔を覗き込まれた──瞬間。


「っ……!」


 ラズリは素早く踵を返すと、脱兎のごとく駆け出した。


「おい、待て……!」


 後ろで声が聞こえたが、待てと言われて待つぐらいなら、最初から逃げ出してはいない。


 見知らぬ男達は重そうなものを身につけていたから、たとえ追われても捕まることはないだろう。


 ああいった危険なものには関わらないのが一番だ。


 偶然道で彼等に出くわしてしまった事は不運としか言いようがないが、逃げてしまえばこっちのもの。


 この後は恐らく、村人のうちの誰かが良いように対応してくれるだろう。


 村で最年少の自分には、荷が重い。


 せっかくこれから、祖父に美味しい朝食を作ってあげようと思っていたのに。


 驚いた拍子に、抱えていた野菜を地面に落として来てしまった。


 ある程度時間を置いたら、取りに戻らなければ。


 なんでこんな時に……と歯噛みしながら、ラズリはとにかく見知らぬ男達から距離をとるべく、全力で村内を駆けた。









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