正念場
すっかり遅くなってしまいました………
のろまですが、地道に更新していきます!
見つからない。
こんなにも必死になって探しているのに、手がかりも何も見つけられない────。
ミルドが新たな任務を受け、王宮を出発してから早や一週間。
寝る間も惜しみ、来る日も来る日もラズリと赤の魔性の痕跡を探し続けたミルドは、しかし全く成果の出ない現状に、頭を抱え込んでいた。
「ミルド様、次はどこを捜索いたしましょうか?」
部下に問われるが、すぐには答えを返せない。
姿を消した二人を探す為、ラズリが住んでいた村を拠点とし、周囲にある街という街、村という村を探し回った。
なんらかの情報を隠し持っていそうな人物は徹底的に追求し、多少強引な手段を使ってでも口を割らせた。
それでも最初のうちは、高を括っていたのだ。
特にこれといった特徴のない、ただの人間であるラズリはともかく、派手な色彩をその身に纏った魔性ならば、手がかりなどすぐに見つけられると。
しかし、その考えは、いとも容易く覆された。
予想に反し、どこへ行っても、魔性の目撃証言を聞く事は出来なかった。
目当ての赤い魔性は勿論、他の魔性の目撃証言さえ、何一つ耳にする事が出来なかったのだ。
街や村は至って平和で、近辺に魔性が現れた事などないと、皆が皆、口を揃えて言った。
しかも、人々の興味は専ら先日の森の大火事へと向いていて、あれは一体何が原因だったのか、被害はどうだったのかなどと、逆にこちらが質問攻めにされる始末。
本当に彼らは何も知らないのか?
或いは魔性に脅されて嘘を吐いているのでは?
それらを誤魔化す為に火事へ論点を逸らしているのではと疑いもしたが、怪しいと感じた人間は単に、過去、罪を犯しただけであったり、王宮騎士というものに畏怖を感じていただけであったりと、誰一人魔性と関わりのありそうな人物はいなかった。
尤も、魔性と関わりを持った時点で生命の危機に晒されると言われているから、既に生存している者がいないだけなのかもしれないが。
「これ以上の街や村をまわるとなると、更に日数がかかるな……」
顎に手を当て、ミルドは眉間に皺を寄せた。
世界は広い、途方もなく。
そんな事は分かりきっていたが、正直ここまで痛切にそれを感じたのは初めてだった。
ルーチェに命じられ、正体不明の娘を探していた時ですら、そんな風には思わなかったのに。
「いや、そもそもあの頃とは状況がまるで違うか……」
あの時はただ、年頃の娘を探し、王宮へ送り届ければそれで良かった。
これといった特徴は何もなく、ルーチェより僅かばかり歳下の娘だという情報しか与えられなかったから、近隣の村から順番に、片っ端から一人残らず、条件に当てはまりそうな娘を否応なしに王宮へと連れて行けば、それだけで済んだのだ。
それでもあの頃は、連れて行った娘の数が百を超えても達成されない任務に、疲弊し切っていたが。
今なら、あれがどれ程楽なものであったのかがよく分かる。
今回の任務により、どこの誰かも分からない特徴のない者を手当たり次第に探すより、ハッキリと分かっている人物を探す方が、余程大変な事なのだと実感した。
誰でもいいわけではない、特徴が分かっているからこそ、確実にその人物を探し出さなければならないのだ。
その難易度の、なんと高い事か。
どこにいるのか、どこで誰に見かけられたのかが全く分からない為、とにかく一人一人に話を聞くしか探す方法がない。
しかも、単に尋ねるだけでは素直に話したがらない者もいる為、そういう場合はお世辞を言って機嫌をとったり、金を握らせて喋らせたりと、精神的にも金銭的にも負担を強いられる。
追い詰められた今の状況で、そんな悠長な事をしている時間も金も体力もないというのに。
しかも探す相手が魔性なだけに、ミルド達がちんたら地上を走っている間にも、相手は空中を悠々と飛んで移動している可能性だってあるのだ。
こんな効率の悪い事をしていては、いつまで経っても対象に辿り着けない気がする。
そのうえ、これだけの苦労をしても目撃情報は未だ無いに等しく、有益な情報は一つも得られていない。
焦りと不安だけが募り、ミルドは空を飛べない自分の足を呪うが如く、足元の地面を睨み付けた。
「このままでは、全員の命がないかもしれない……」
呟き、思い出すのは、今は亡き友人の姿。
騎士として優秀であり、副隊長として自分を支えてくれた、かつての友人。
死ぬ必要などなかった、今後も自分を支えて欲しかった、それなのに───。
ルーチェが、ミルドから彼を奪った。
自分の目の前で、友を殺した。
王に対して不敬を働いたというだけで。
不敬と言われるほど大した事をしたわけではない。
自分達がやっとの思いで連れ帰った娘を、一目見ただけでルーチェが首を横に振り、次を連れて来い、と言ったから、つい逆上してしまっただけの事。
それだって、声を荒げて意見してしまっただけで、王の胸ぐらを掴んだり、暴力に訴えたわけではない。
なのに、たったそれだけの事で、不敬を働いたとされ、粛清された。
その瞬間、ミルドが茫然自失となっていなかったら、友人が行動を起こす前に留める事ができていたなら、恐らく結果は違っていたに違いない。
だが、実際その時のミルドは呆然としていた為に、友人が主君へと食ってかかるのをつい他人事のように見つめてしまい、対応が遅れたのだ。
まさか、その数秒の遅れが友の命運を左右する事になるなど、思いも寄らなかった。
「いい加減にして下さい! 本当はそのような娘、最初からいないのではないですか? 見た目は勿論、ハッキリとした年齢さえも分からないなど、探す我々を馬鹿にしているとしか思えない。そもそも、そのように相手を見ただけで判別しているということ自体──」
「や、やめろ! お前は主君に対し、なんて口を……口を慎め!」
部下である友人の愚行に気付いてすぐ、ミルドは背後から友の口を塞いだが、その時には既に手遅れとなっていた。
なぜなら、満面に笑みを浮かべたルーチェと目が合った瞬間、彼は興奮冷めやらぬ友を押さえつけるミルドに向かって、こう言ったのだから。
「残念だったね……」
と。
その意味を瞬時に理解すると同時に、ミルドは慌てて床へ這いつくばった。
「お、お許し下さい! この者は疲労のあまり──」
しかし。
謝罪を述べるミルドの言葉を遮るかのように、ゴトン、と何かが音をたてて、彼のすぐ横に倒れた。
倒れる物など側にあっただろうか?
数瞬考え、あまりにも音が近かった為、確認しようとミルドがそちらへ視線を向けた刹那。
「………………っ!」
あまりの衝撃に、言葉を失った。
「あ……あ、あ……あ……」
驚愕に目を見開き、震える手をゆっくりと伸ばす。
物言わぬ石像へと姿を変えられた、ついさっきまで友人であった物へと。
「あ、ああ……な、なぜ……」
それほど酷い事を言ったとは思えない。
確かに主を疑うような事は言ったかもしれないが、それでも命を奪われるような内容ではなかった筈だ。
ましてや、これが二度目というわけでもない。
初めて犯した罪で裁かれるにしては、あまりにも重い罰だった。
「何故だ…‥何故、こんな……」
納得できない。
大切な友であり、部下であった人間を、このように失うなど。
隊長として頼りない自分を、彼は副隊長としてずっと支えてきてくれた。
ここまで心折れずに頑張って来られたのも、挫けそうになる度、彼が懸命に励ましてくれたからだ。
だというのに、何故こうも簡単に、突然石にされなければならないのか。
「……ル、ルーチェ様っ」
「無理だよ」
「え……」
まだ何も言っていないのに、縋るように名を呼んだだけで、無理だと返された。
訳が分からず、理由を尋ねようと再度口を開く。
だが、ミルドが声を発するより早く、ルーチェが次の言葉を口にした。
「その石像を元に戻してほしいんだよね? でも、それは無理だよ。というか、出来たとしても戻すつもりなんてないよ。主である僕を疑い、不敬を働いたんだから、生きていたところで死刑確定。だったらそのままでも問題ないよね?」
はい、終了。
あっさりと言って、ルーチェは顎をクイ、と扉へ向ける。
「直ちに!」
それに素早く反応した壁際の男が、足早に謁見室から出て行った。
と思ったら、すぐに数名の男達を伴って入室し、石と化した友人を、別れを惜しむ間もなく運び出そうとする。
「まっ……!」
思わず制止しようとミルドは声をあげたが、ふとルーチェが気になって、玉座へと視線を向けた。
友人とこんな風に別れたくはないが、謁見も中途半端なこの状態。
ここで友の石像について退室などしたら、自分も罰を与えられるかもしれない。
だが、かといって……。
優先順位は分かっているのに、これで友人と二度と会えなかったらと思うと、背を向ける事ができない。
どうする、どうしたら……。
悩みに悩み、ミルドが石像とルーチェの間で交互に視線を動かしていると、意外にもその問題を解決に導いたのはルーチェだった。
「もう話す事はないし、謁見終了でかまわないよ。別れを惜しむ気持ちとか、僕にはよく分からないけど……このまま君の知らない間に石像を片付けて、後々恨まれるのは面倒だからね」
どこまでも、人間の感情が削げ落ちた言葉ではあったが。
それでも退出の許しを得た事に安堵して、ミルドは一礼すると、すぐさま友人の後を追った。
謁見室を出てすぐ、石像となった友人を運ぶ者達を見つけ、声をかける。
「……おい、彼はこの後どうなるのだ?」
彼等に追いつき、同じ速度で歩きながら問うと、問われた男は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐにミルドが何の事を言っているのかに気付き、ああ……と石像に目をやった。
「取り敢えず保管庫に運んで……その後は業者待ちだな。引取り手があればそっちへ回されるが、なければ廃棄か……でもこれは元が騎士だし、衛兵替わりに入口へ配置するのもありかもな」
「そうか……」
友人であった石像に手を添え、ミルドは唇を噛み締める。
心を占めるのは、『連れて来なければ良かった』という思い。
報告へは、やはり自分一人で来るべきだった。
いつも自分だけに任せて申し訳ないからと、副隊長として自分も付き添いたいという彼からの申し出に頷かなければ、こんな事にはならなかっただろう。
若しくは、彼がルーチェに楯突く前に、押さえる事ができていれば。
そうしていたら、彼は今も生きていたに違いないのに。
冷えた石の感触と後悔に、胸が締めつけられる。
王宮騎士となってから、彼は最初にできた友人でもあったのに。
「…‥こういう事は、よくあるのか?」
知らず人前で涙を浮かべそうになり、気を紛らわせるように、ミルドは別の疑問を口にした。
幾ら石になっているとはいえ、元は人間であったものだ。
それをこうも作業的に運搬するなど、普通の精神状態では有り得ない。
元々精神に異常があるのか、若しくは日常茶飯事により神経が麻痺してしまったのか。
もし、後者だとするならば、ルーチェはそれだけの数の人間を石に変えている事になるが。
「まあ……そうだな。クビを宣告されても王宮から出て行かない者もいるし、罪人も普通に死刑を執行するより、こっちの方が再利用できて経済的だからな」
この方法を思いついたルーチェ様は凄い、と、男は感嘆を込めて言う。
だが、それを聞いたミルドは、男に唾を吐きかけてやりたい気持ちに駆られ、それを懸命に堪えながら曖昧に頷いた。
再利用できて経済的だと?
元は人間であったものなのに、それを道具か何かのように……。
やはり、精神に異常をきたしていると思う。
しかも聞いている限り、ルーチェの人間を石に変える能力の事を、随分と好意的に捉えているようだ。
もしかしたら、明日は我が身かもしれないのに。
そういう風には考えないのか?
いや、考えられないから、このような事を言っていられるのだ。
恐らく彼等も、最初の頃は恐怖を感じていた筈。
だが、こういった事を仕事にするうち、感覚と神経が麻痺してしまったのだろう。
男の口振からして、ルーチェは頻繁に石像を作り出しているようだから。
ミルドもルーチェの能力については以前にも聞いた事があったが、実際にそれを見たのは今回が初めてだった。
あの時はちょうど床に這いつくばっていた為、どのようにして石化させたのかは分からないが、ほぼ一瞬の出来事であった事には間違いがない。
あれでは抵抗も逃走も不可能だ。
あんなにも簡単に人を石に変えられるのであれば、逆らう事など誰にもできない。
無言になって歩きながら、ミルドはふと王宮内の静けさが気にかかった。
以前来た時は、もう少し賑やかだったような?
話し声も聞こえなければ、すれ違う人もいない。
長い廊下を歩く自分達の足音だけが、唯一聞こえてくる音。
「なんだか……閑散としているな」
思わず口に出せば、先程答えたのと同じ男が言葉を返した。
「最近また大規模な粛清があってね。大切な人を受け入れる準備だとかで、使えない人間はみんな追い出されちまったのさ。今は有能な人間を探してる最中ってところだ」
「そうなのか……」
ルーチェが国王になってから、王宮内は驚く程に内部で働く人間が減った。
前国王の時は、少しでも貧しい者達の助けになろうと、王が能力ある者を貧困者達の中から探して来ては召し抱え、事あるごとにそれを繰り返した結果、王宮内がまるで街中であるかのようにごった返していたものだったが。
国王がルーチェへと替わった途端、彼の求める能力以下であった者達は、一斉にクビを宣告されたのだ。
王宮の仕事に就いてクビになるなど前代未聞であるし、急に言われても行く場所も家もない者達ばかりであった為、一ヶ月の猶予は与えられたが。
当然ながら、貧しかった暮らしから何不自由ない王宮暮らしへと変わった者達が、現在の暮らしを手放す筈はなく。
王命であるというにも関わらず、仕事を放り出して部屋に閉じこもる者、何事もなかったかのように働き続ける者、無謀にも直訴を試みる者など、各々やり方は違えど反発し、全員が全員、一人も王宮を去る事なく居座り続けることを選んだ。
その厚顔無恥さは、前国王が慈悲深く、死刑や拷問などといった非道とも思える行為を、一切行わなかったせいもあるかもしれない。
長年ぬるま湯に浸かり続けた彼らは皆、王命に背く事への危機感がなく、罰せられる事すらも軽く考えていたのだ。
だが、ある日彼らは唐突に知ることとなった。
新しく玉座に就いた若き美しい王は、太陽のように輝く微笑みとは裏腹に、優しさの欠片も持ち合わせていないという事を───。
実はその時何が行われたのか、ミルドは知らない。
ただ、任務の合間に王宮へと出向いた際、しん、とした内部の様子に首を傾げた事は覚えている。
いつもうるさい程に騒がしかった王宮が、突然静かになったのだ。
疑問を感じない筈がなかった。
「王宮内で、一体何があった?」
いつも謁見室の扉を守っている衛兵に、あの時ミルドは、そう声をかけた。
彼ならば知っている筈──そのように当たりをつけて聞いたのだが、衛兵の男は気まずそうに視線を逸らした後、無言で首を横に振った。
知っているが話したくない、という事なのだろう。
しかしこちらは、それを知りたくて声をかけているのだ。
何も聞かずに引くつもりは毛頭なかった。
「誰にも言わないから話してくれないか? いくらなんでも、ここまで急に人が減るのは妙だろう」
優しく尋ねるような口調で問う。
だが、それでも首を横に振られ、苛立ったミルドは男の喉元に素早く手を当てると、低い声で凄んだ。
「階級は俺の方が上だな? 逆らうのならこのまま喉を潰すが構わないか?」
王宮内での階級は絶対。
下位の者が上位の者に背いた場合、何をされても文句は言えない。
たとえ命を奪われようとも。
「俺の問いに答えるか、喉を潰されるか、好きな方を──」
「と、突然いなくなったのです! クビを言い渡されていた者達がすべて!」
それは、ミルドにとって想定外の答えだった。
「いなくなった……?」
まさか。
人間がある日突然いなくなるなどありえない。
しかも、一人や二人などではなく、大量に。
ミルドは、クビ宣告された者達の人数を正確には把握していなかったが、それでも、かなりの人数がいたという事ぐらいは知っていた。
そのあまりの人数の多さに、当時の王宮内は騒然としていたからだ。
確かに、あれだけの人数が一度にいなくなったとしたら、王宮内がここまで静かになるのも頷ける。
だが、突然いなくなったというのは?
「クビを宣告された者達は、全員同時に姿を消したのか?」
「は、はい。期限最後の日に最終的な意思確認がなされ、そのまま……。ただ、気付いたらいなかったというだけで、全員同時かどうかまでは分からないのですが……」
最終確認は謁見室で行われたものではなかった為、自分にはそれ以上の事は分からない、と男は続けた。
「王にクビを切られたにも関わらず、王宮に居座り続けた者達だけが姿を消したという事は……単純に、処刑されただけなのではないか?」
「ですが、処刑された形跡もありませんし、追い出されるところを見た者もおらず、本当にある日突然いなくなったという感じで……」
聞きながら、ミルドは小さく唸った。
話している様子から、彼が嘘をついているようには思えないが、素直に信じられるかといえば、それはまた別の話で。
処刑されたわけでも、追い出されたわけでもないなら、彼等は一体どこに行った?
どこにでも人目のあるこの王宮内で、どのようにして姿を消したというのだろうか。
「あ、そういえば……」
そこで何かを思い出したかのような声をあげた男に、ミルドは素早く反応した。
「何か思い当たる事があるのか?」
「は、はい。関係あるかどうかは分からないのですが、その事があった後ぐらいに、王宮内に突然石像が増えたとかで、今まではそんな物置いてなかったのに変だな、と。あと、石材業者も何人か来ていました」
「石像が……」
言われてみれば、王宮内にも、そこへ至るまでの城内の廊下にも、幾つかの石像が置かれていたことを思い出す。
しかも、よくある立位式の石像ではなく、つい先程まで動いていたかのような姿勢の物が多かった為、少なからず違和感を覚えた事も。
「あれが全て、元は人間だったとしたら……」
石像としては妙な姿勢だった事にも納得はいくが、果たして本当にそんな事があり得るのかが疑問だった。
魔性であれば、恐らくあり得る。
奴らはそれぞれ人間には思いもよらない能力を持つというから、人間を石にするなど造作もないに違いない。
だが、今回はそうではない──それが問題だった。
王宮内に魔性が現れたとは聞いていないし、警備が強化された──寧ろ人が減って手薄になった気がする──様子もないから、恐らく魔性の仕業ではないのだろう。
だが、だとすると『誰が』王宮内の人間を石に変えたか、という疑問が浮かんでくる。
この王宮内に、人間を石に変える能力を持つ者が存在するのか?
否、人間にそんな能力はないから不可能だ。
では、急に増えた石像について、なんと説明すればいい?
「………………」
分からなかった。
答えの出ないままミルドはそこを離れ、その後も何人かに話を聞いた結果、ルーチェがやった可能性が高い、というところまでは突き詰めた。
が、そこで終わりだった。
まさか自らの主君に『人間を石に変えたのか?』などと問うわけにもいかず、万が一それが本当にルーチェのやった事だとしたら、自分にも降りかかってくる可能性がある。
そんな危険を冒してまで、真実を知ろうとは思わなかった。知りたいとは思えなかった。
何よりも大切なのは、自分の命であったから。
故に、友人が石像に変えられた時、ミルドは『やはり』としか思わなかった。
以前集めた情報通り、ルーチェは人間を石に変える不可思議な能力を持っていたのだ、と。
それ以来、ミルドはルーチェが恐ろしくて堪らなくなった。
これまで崇めていた主君が、実は魔性であったかもしれないのだ。
恐ろしく思わない筈がなかった。
誰も気付かぬうちに王宮へと入り込み、王座に就いたルーチェ。
前王の退位に不審なところはなかったし、美しき次代国王の即位には、狂喜乱舞した者もいたほどだ。
皆ルーチェの奇跡とも思える見目に心酔し、欠片も疑う事なく全面的に彼を信じた。
長く王宮に仕えてくれていた者達を『無能』の一言で切り捨て、全員を石に変えても、それは変わらなかった。
ルーチェ様は正しい、ルーチェ様の為す事に間違いはない、ルーチェ様こそ神が遣わしたもうたお方だと。
彼等曰く、ルーチェが不可思議な能力を使えるのは『神の御技』ということらしい。
そんなこと、あるわけがないのに。
馬鹿馬鹿しくて付き合ってられない、と思う。
だが、いくらそう思ったところで、ルーチェがミルドの主君である以上、どうする事もできない。
刃向かうなど以ての外、これまで通りの従順な姿勢を見せ続けなければならないのだ。
一瞬にして簡単に人の命を奪える主君は、機嫌を損ねたが最後、あっさりと自分達を始末するだろう。
無力な人間でしかない自分には、それに対抗する術がない。
だから、どれほど辛酸を舐めようとも、血反吐を吐く思いをしようとも、現状のまま居続けるしかないのだ。
今の任務を完遂しさえすれば、自分達の状況は幾らか改善される筈。
いくら嫌われていようとも、一応ルーチェの行動には筋が通っているし──だからこそ今まで、無理を強いられても拒み切ることができなかったのだが──見事任務を果たした自分を、無下に扱うことはないだろう。
良くも悪くも、ここが正念場。
逃げる事は──許されない。