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頭痛の種

 幾頭もの馬達が、蹄の音を高らかに響かせて全速力で森を駆ける。

 赤い髪の魔性に目当ての少女を連れ去られてしまった王宮騎士達は、それを団長であるミルドに報告すべく、脇目も振らず元来た道を戻っていた。


「なあ、俺達大丈夫かな?」


 ラズリと共に馬に同乗していた騎士が、隣を走る騎士へと不安気に声をかける。


「何がだ?」

「何がって……俺達大事なお嬢様を魔性に攫われちまったんだぞ? 今度こそ……って思ってたのに、それがダメになったなんて言ったら……」

「最悪、殺されるかもしれんな」

「な…………!」


 あまりにもアッサリと言われ、話を振った騎士は言葉を失う。

 その様子に、答えた騎士は力なく首を横に振った。


「俺だって死にたくはないさ。できればこのまま逃げちまおうかなんてことも考えてる。けどな、逃げた所で行く所も金もない。その上逃げた俺達の罪はそのまんま団長の罪になり、そのせいで団長は殺されるかもしれん。そしたらどうだ? お前はそれでなにも気にせず生きていけるのか? 俺は、俺はそんなに図太くできてねえよ……」

「………………」


 団長であるミルドは自分達を信じて娘を任せてくれたのに、自分達はその気持ちに応えることができなかった。

 それだけでもミルドの顔に泥を塗ったも同然であるのに、その上責任逃れの為に逃げたとあっては、二度と日の光の下を歩く事はできないだろう。


 誇りを失った王宮騎士の行き着く先は、狭くて汚く、光の差し込まない路地裏のみ。

 なぜなら栄えある王宮騎士に任ぜられた者は、その誉れの為国民に周知され、以後どこに行っても注目の的となってしまうからだ。

 隠れ住もうにも顔と名前はどこまでも知れ渡っており、貧民のみ住む路地裏でさえも、寂れた町以外では身バレしてしまう危険があるほど。


 王宮騎士は、栄誉退位まで漕ぎつくことさえできれば、あとは死ぬまで安泰に暮らすことができると言われているが故に、その競争率はとんでもなく高い。

 が、数々の難関を突破して見事王宮騎士に任ぜられたとしても、その後には地獄が待っているのだが、それについてはほぼ知る者がいない為、他職の追随を許さぬほど憧れの職業となっているのだ。


 ゆえに、栄誉退位以外での退位は基本的に許されず、それでも退位した場合、多大な犠牲を払わされることになる。

 どこへ行っても『逃げ出した王宮騎士』と呼ばれ、蔑まれ、嫌がらせをされ、町中の人たちに暴力を振るわれる。


 王宮騎士としての生活が地獄なのだという事を訴えても、誰一人信じないどころか、それを口に出してしまったばかりに殺された者までいるほどだ。

 その為、何も知らないまま王宮騎士に憧れ、その夢を叶えた者は、最後まで使命を全うする以外に、生きる術はない。


 王宮騎士を続ける事が地獄なら、寂れた貧民街で顔を隠しながら一人生きていくのもまた地獄。

 どちらも地獄ならば、まだ家族と一緒にいられる地獄の方が、幾らかマシというものだろう。


 それに、栄誉退位まで漕ぎ着けることができれば、その後の幸せは約束されているのだ。

 だとしたら、今逃げるべきかどうかは考えるまでもなく分かるというもの。


 二人は恐らく同じ事を考えたのだろう、目を合わせ同時に頷くと、弱音を吐いた騎士の鎧を、答えた騎士が鞭で軽く打った。


「…‥まあとにかく、あのお嬢様が元いた村へ向かった事だけは間違いないんだ。俺達はそれだけでもキッチリと団長に報告しようぜ」

「ああ、分かったよ。本気で逃げようと思ったら、別に今じゃなくてもいつでも逃げ出せるわけだし……」

「おいおい、まだそんな事──」


 そこで最初に話しかけた騎士が馬に鞭打った為、強制的に彼らの会話は打ち切られた。

 彼は何度も馬に鞭打ち、先へ先へと一人で先行して行く。


「………………」


 先へ行った騎士の後を一定の距離を空けて追いながら、残された騎士は難しい表情でじっと何かを考えていた。







「ラズリ様に逃げられた!?」


 ミルドの大声は、森の木々を震わせた。


「一体どういう事だ? あの状態からどうやって……」

「申し訳ございません!」


 限界まで頭を下げて謝罪する部下達を見て、ミルドは大きなため息を吐く。

 ラズリを預けて先行させた部下達と合流したのは、先程のこと。


 ラズリの村の始末を終え、部下達と合流するべく馬を走らせていたミルドは、目の前からやって来る見覚えのある集団に眉を顰めた。

 近づいて見ると、彼らは間違いなく自分の連れていた部下達であり。馬を止めさせ事情を聞き──状況を把握した途端、ミルドは激しい頭痛に苛まれたのだ。


「ここまで来て、なんたることだ……」


 ようやく、永く辛い任務から解放されると思っていた矢先だった。

 村から王宮まで距離はあるものの道筋は簡単である為、部下に任せても問題はないだろうと思っていた。

 

 任せるとは言っても、実際村の始末を終えたらすぐに追いかけるつもりであったし、その為に全力では馬を走らせぬよう指示していたから、まさか……まさか、こんな予測できない事態に見舞われるとは。

 

「なぜ今なんだ!」


 大声をあげると共に、目の前の大木を力一杯殴り付ける。


「今更、どうやってあの中に……」


 忌々し気に唇を噛み締めるミルドの目に映っているのは、おびただしい量の炎と煙。

 ラズリの住んでいた村で発火したものが延焼して広がり、徐々にではあるものの、森全体を侵食し始めている。

 それによって村へと続く道は完全に塞がれ、そこから先へ進むことはできなくなってしまっていた。


 ラズリ様は確実に、この先にいるというのに……。


 仕方なく、数人の部下に別の道を探るよう命じてはあるものの、連絡は未だない。

 恐らくどこも似たり寄ったりの状態のため、探索に時間がかかっているのだろうが、こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎ去っていく。


 たとえ村へと通じる道を見つけたところで、ラズリが立ち去った後では意味がない。


 一刻も早く村へ戻る道を見つけ、ラズリ様を連れ戻さなければ……。


「でなければ、何のためにここまで来たのか、分からなくなってしまう……」


 絶望をありありと表情に浮かべ、ミルドは呻いた。


 ここでラズリを見失うことがあれば、この先はどこをどう探せばいいやら見当もつかない。

 彼女が歩きで移動するというならともかく、魔性と一緒であるなら、空を飛んで移動することだって十分有り得る。


 そうなったら、この広い大陸中を探し回らなければならなくなるし、空を飛ぶ相手など、見つけたところで捕まえることなど到底不可能。

 それに何より、ミルドには最早そこまでの時間がなかった。


 ……そろそろ、王宮へ向かわねば。


 王宮では、ルーチェが今か今かと、自分の帰りを待ちわびているだろう。

 こんな事なら、変な報告をしにもどらなければ良かったと思うが、今更後悔しても遅い。


 あの時はああするのが最善と思ったのであるし、まさかそれがこんな風に裏目に出るなど、予想することすらできなかった。

 あまりに戻るのが遅くなれば、任務失敗とみなされ、代わりの部隊を差し向けられるかもしれない。


 そうなれば自分達の帰る場所がなくなるだけでなく、王宮へ戻った時点で退職クビ───若しくは、死刑宣告をされる恐れすらあるのだ。


「急いで戻ったところで、結局は失敗だからな。死刑になるかもしれないが……」


 瞬間、ルーチェの土色の瞳を思い出し、ミルドは微かに身震いした。

 同時に、頭の中を突き刺されるような痛みが、瞬時に走り抜ける。以前にはなかった、一瞬の激しい痛み。

 痛むといっても、長時間痛んだりするわけではなく、いつも一瞬で消えるため、気に留めてはいなかったが。


 ここ最近になって、急激に痛む回数が増えてきたような気がする。

 しかも、ルーチェのことを考えた時に限って。


「……いや、まさか。考えすぎだ」


 頭を振って、馬鹿げた考えを思考から追い出す。

 特定の人物のことを考えた時にする頭痛があるなど、聞いたことがない。


 こんなものはただの偶然……或いは、単に自分の中にある、ルーチェに対する拒否症状のせいなのだと、ミルドは自らを納得させた。

 主君に対して拒否感情を抱くなど、臣下としてあるまじきこと。


 頭ではそう理解しているのに、しかしミルドはどうしても、彼の土色の瞳が苦手だった。

 あれを見るたび、胸がざわつくような気がして。


「そういえばラズリ様も、同じ色の瞳をしていたな……」


 初めて彼女を見た時の、第一印象がそれだった。

 さすがに、胸がざわつくということはなかったが。


 あれが何か、ルーチェ様が彼女を求める理由に、関係しているのだろうか?


 ミルドの中で、そんな考えがふと脳裏をよぎった。

 けれどすぐに、まさか……と独りごちて首を振る。


 土色の瞳なんて、特に珍しい色というわけではない。探すまでもなく、その辺にごろごろと転がっている、極普通のありふれた色彩だ。

 それをこんな風に疑うなんて、自分はどうかしてしまったのか、と。


 自嘲の笑みが、口元に浮かぶ。 


「私としたことが、なんというくだらない考えを。疲れているとしか思えないな……」


 このところ任務続きで、休暇らしい休暇をとった覚えは、もう何ヶ月もない。

 だからだろうか? おかしなことを考えてしまったのは。

 自分でも気付かぬうちに疲労がたまり、そのせいで思考回路に異常をきたしたのかもしれない。


 あながち嘘ともいえぬ思いつきに、ミルドはため息を一つ吐いた。


「この件が、なんとか片付けば良いのだが……」


 自分の思考が、これ以上支障をきたす前に。

 もちろん、原因不明の頭痛もまた、彼の心配の種であったのだが───。 


 その時ミルドは、不意に背後から自分へと向かい近づいてくる、蹄の音に気が付いた。


「ようやく戻って来たか」

 

 確認するまでもなく、近づいて来るのは部下の乗った馬だと分かる。

 良い報せがあればいいと思いつつ、期待はせずに、ミルドは振り向いた。

 

「何か成果はあったか?」

「ははっ。残念ながら、村への道を見つけることはできませんでしたが、代わりに工作部隊を森の中で発見いたしました」


 馬を降り、礼をとって部下が報告する。

 工作部隊というのは、ミルド達が任務を終えた後、村を焼き討ちする為森に潜ませておいた部隊のことだ。

 焼き討ち自体はミルドも行ったが、彼等とは完全に別行動をとっていた為、焼き討ち後の動向までは把握していなかった。


「彼らをどうした?」

「もしかしたら、何かまだ用があるかもと思いまして、取り敢えずは見つけた場所で待機させています」

「そうか、よくやった。ならば次は……」


 腕を組み、次の手を考える。

 せっかく見つけたのだから、このまま大人しく工作部隊を帰す手はない。ラズリを見失った今、捜索の人手は多ければ多いほど望ましいのだから。


 それに、なんといっても彼らは、ラズリを目撃しているかもしれない可能性がある。

 自分はあの時部下達に合流する為、用を済ませた後すぐさま村から離れてしまったが、村の最期を見届けたであろう彼らなら、或いは何かを見たかもしれない。


 彼らがラズリを目撃したかどうか定かではないが、それでも聞いてみるだけの価値はあるだろう。

 目撃していれば、その情報を元に捜索し、目撃していなければ、更に捜索範囲を広げて探させるだけだ。


 どちらにしろもうこれ以上、一秒たりとも無駄にできない。

  

「……よし、たった今方針が決まった。私はこれより単身王宮へと急ぎ、帰還する」

「で、では私達はどうすれば……」

「お前は工作部隊のところへ戻り、ラズリ様を見た者がいないかどうか話を聞いてくれ。その上で、工作部隊と共にラズリ様の捜索を続行。私が王宮から戻るまでに、何としても手がかりの一つぐらいは掴んでおくのだ」

「しょ、承知致しました。ですが、もし誰もお嬢様を目撃していなかった場合、どこを捜索したらいいのか……」


 至極尤もなその質問に、しかしミルドは解答を持たなかった。

 ミルドとて、その部下と考えている事は同じだったからである。


 ここでラズリの目撃情報を得られなかったら、この後右へ向かえばいいのか、左へ向かえばいいのかさえ分からない。

 村を失った事でラズリは完全に行き場を失ったわけだが、行き場がないからこそ、次にどこへ向かうのか全く見当もつかない。


 たとえ魔性を味方につけたとはいえ──本当に味方かどうかは限りなく疑わしいが──王宮に文句を言いに乗り込んでくるほど考えなしの娘には見えなかった。


 だとしたら、寧ろ王宮とは逆方向に向かうという考え方もあるか……?


 だがそれだけでは、明確な指示は与えられない。

 今はこんなことを考えている時間すら惜しいというのに……。


 無能な部下に苛立ちを感じながら、それでもミルドはなんとか彼らへの指示を懸命に捻り出した。


「もし目撃情報がなかったら、お前達は取り敢えず王宮へと向かえ。ルーチェ様への報告が終わり次第私も村へ向かうから、その方が早く合流できるだろう」

「了解しました」

「それから、たとえラズリ様を発見しても、私が戻るまでは監視だけに留めておくように。何しろ魔性が一緒なのだ、下手な手出しがどんな結果を生むか、想像もつかないからな」


 聞いた話では、ラズリを奪われそうになった時点で部下達は魔性に斬りかかったと言うし、怖い者知らずもいいところだ。

 幸い今回は何もなかったから良いようなものの、次も無事に終わるという保証はない。


 その魔性がどれほどの能力をもっていたかは知らないが、下手をすると一個師団を簡単に全滅させられるような能力を持つ者もいると耳にしたことがある。

 それゆえ大した情報も持たずに魔性に手を出す事は、最大の危険事項なのだ。


 であるのに、そもそもの魔性の目撃情報が少なすぎる事と、その能力についての情報が出回っていない為、一定の人物以下の者達は危機感が低い傾向にあった。

 ミルドの部下達も、その御多分に洩れず魔性の事をよく知らないがゆえ、安易に攻撃などしたのだろう。


 一度目は見逃されても、次はないかもしれない。

 王宮から戻ったはいいが、部下が一人残らず魔性にやられていたなど、笑い話にもならないではないか。


「分かったな? 魔性には絶対に手を出すんじゃないぞ!」


 強目に言って、釘を刺す。

 それに対し部下達は、全員姿勢を正し敬礼で答えた。


「了解致しました。すべてミルド様のご指示通りに!」

「では頼んだぞ」


 ようやく得られた返事に笑みを浮かべ、ミルドは馬に鞭を打つ。

 可能な限り、全力で王宮へと走らせるつもりで。


 成功したのならまだしも、失敗の報告をするために帰還するのだ。

 一刻も早く、ルーチェの元へ急がなければならなかった。





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