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角が生えた少年  作者: 紅いろ 葎
第一部
7/31

憂鬱な学期末

数日降り続いた雨が止み、晴れ間が指したある日。

学校の教室で1人、黒板を消しながら

ため息をつく者がいた。

窓からは夕焼けのオレンジと紫かがった

美しい空が見えた。

窓の外の庭園にある東屋で

ちらほらと生徒が帰る支度をしているのが伺える。


一見美しい夕暮れの風景だ。



『はぁ......』


そうした空を見て、やはりため息をつく。

9歳を少しばかり過ぎた少女アデルの姿だった。

いつかの少女時代よりも背は少しばかり伸びて

スラリと細身に成長した姿は

相変わらず男の子の格好をしていた。

黒くつやつやの髪の毛を襟足だけ少し伸ばして

小さく1本だけちょんと結んでいる。



どうしても憂鬱な事があった。

あと1週間もすれば、学期末がやってきて

進級前なので学校には立ち入ることが出来なくなる。

そして、今生活を置いている寄宿寮も

1度閉鎖されることになるため実家に帰ることになるのだ。





『アディ、まだこんなとこにいたのか』


物憂げに耽って(ふけって)いたところに、声を掛ける学生。

1人の男の子が教室に入ってきたところだった。

長い髪を1本に高くまとめて、学校が指定するカーディガンと膝上までの黒いズボン。その上から剣術用の防護コートを羽織っている。

当然腰には細身の剣が掛かっていた。

アデルよりも幾ばくか背の伸びたこの男の子は

唯一と言ってもいい。紛れもない理解者である。


『去年もこの時期はうだうだしてたなー、お前』

『うっさいな。良いだろいちいち......』



男の子はアデルの事をアディと呼んでいた。

男の子がそう呼ぶのを聞いて、まわりの同級生達は自然と自分をアディと呼んだ。

アディの方はと言うとダリヴレッドと言う彼の名を親しみを込めてリヴと呼ぶのだ。


2人が親友になるまでには、ほんの少しの時間と

少なからぬ事情があったが、それはまたの機会にしよう。




アディはリヴの格好を見て

相変わらずだなぁ、と心の奥で呆れた。アディはリヴをとんだ剣術オタクだと思っている。

大体ぎりぎりとはいえまだ2年生だ。

本来真剣なんか使わない。




『わかりやすい顔すんなよお前は』

呆れたように笑いながら、リヴは1つの机に剣を置いた。続けて分厚いコートを脱ぎ捨てる。


『そんなにわかりやすいかよ』

『あぁ、わかりやすいね。実家に帰りたくない。良くも飽きずに剣術にのめり込むもんだ、ってな』

『......そこまで言ってない』


そうか、とまたひとつ笑うとリヴは1つ隣の机に腰掛けた。



『そんなに嫌なら俺ん家来いよ』

『父様は許さないさ』

黒板消しをかたんと戻して手を払うと、

アディはまたため息をついた。


教室の中を夕焼けが照らす。

リヴはアディをじっと眺めていた。

いつの間にか、とても真剣に。

アディはぼんやりと遠くを見つめて何かを思い出すかのように耽り(ふけり)出す。

アディの黒くつやつやな髪に、夕焼けの色が重なった。アディの姿はとても儚い。



『......昔は、こんなんじゃなかった』

アディは呟いた。


そう、その昔。たった3年ほど前は幸せだった。

もう充分遠い昔だ。







3年前、母の妊娠がわかった。

そしてアディが入学する直前、

ちょうど6月の真ん中に妹は産まれた。

とても可愛かった。全てが。


母に似た自分とは違う髪の色。

瞳の色はアディの目をもっとくすませたアッシュグリーンでキラキラとしていた。

父も母も、もちろんアディも大喜びだった。

ただ一つだけ、アディにはどうしてなのか

分からなくなった事があった。


妹は何故、女の子として可愛いものに囲まれて

小さな手を大事に大事に可愛いオフホワイトの手袋で覆われているのだろう。

自分は何故女の子ではいられないのだろう?

小さな頃から黒や深いグリーンで覆われた自分は

何がこの子と違うのだろう、と。




それまでは、母も父も女の子がいらないのだと

漠然と思っていた。

男の子でいることを望まれたし

そうである事を2人とも喜んだ。


子供心に何度か気になったことはあったが

アディにとって男の子として装う事は

いつしか愛されるための義務であった。





その疑問は、学校に入学してから徐々に

アディにとって深刻になっていった。

その頃はまだ実家から学校に通っていたものの

日々愛らしさを増していく妹と

嬉々として毎日のように着飾らせ可愛がる両親を見ると、アディの心はどこかチクチクと痛んだ。


毎日どこか頭の中をその疑問がぐるぐると回って

あまり学校の勉強に集中する気にはなれなかった。



12月の聖夜の日だったか、アディは学校から初めて出た成績表を持ち帰った。

それを見せた時の両親を忘れられない。

父は酷く憤慨したし、母は苦いものを飲んだかのような複雑な顔を見せた。

アディの成績は今ひとつだったのだ。

特に剣術は最低だった。


酷く両親を落胆させたのだった。



夜、食事を終えた頃。

両親からの贈り物がそれぞれ手渡された。

まだ幼い妹には可愛い鈴付きのぬいぐるみと、フリルをたくさんにあしらった冬用のお洋服。

対してアディに贈られたのはサバイバルナイフと、剣術用のシックな男の子ものの防護コートだった。


両親だって何か思う事があるのかもしれないが

アディにしたって、疑問は膨れるばかりだった。

ただその日はとても悲しかった記憶がある。


あの頃のアディでは、とても理解出来ない感情が胸の奥にじんわりと染み出して、声にも言葉にもならなかった。

手渡された贈り物を握りしめて、包みに顔をうずくめて

ありがとう、と呟いた声は自分にはとても震えていたように思えた。






結局1学年を終えても、剣術と護身術だけは

成績が上がることはなかった。

どうしてもそんな技術を身につけなければいけない自分を受け入れられなかったのだ。


アディは贈り物として受け取ったサバイバルナイフを、ずっとクローゼットの奥から取り出せないでいた。




父は自分に冷たく当たり、時々酷く責め立てた。

そんな有り様を見た母が

耐え切れずに寄宿生徒としての手続きを踏んで

アディは実家を出ることになったのだった。







『アディ、アディ?大丈夫か?』


ふと我に返った。

リヴがアディの目の前に立って、アディの顔元で手を振っている。

どうやらぼんやりと昔のことを考えているうちに

ずいぶんと考え込んだようだった。

夕焼けはだんだんと紫の色味を濃くしていく。

時間もだいぶ遅いのか。


アディは目を1度瞑ると、平気だよ。呟いた。



何を言ったって帰らなければならない。

不幸なのか幸いなのか

妹はアディによく懐いていたし

両親の事も妹の事も本当は大好きなのだから。


ただ、心の奥の方が黒々として、寂しく思う事が怖いだけだ。




いつか両親だって、こんな自分の卑屈な心を

許してくれるかもしれない。

そんな望みを捨てきることは出来なかった。



アディは顔を上げてリヴを見ると

リヴは屈託のない顔でくしゃっ、と笑って見せた。

さぁ、今日の夕食はなんだろうかなんて話をしながら

2人は寄宿寮へと帰っていった。






アディが実家へと帰ったのはその1週間後の事だ。

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