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角が生えた少年  作者: 紅いろ 葎
第一部
4/31

イリニスタ市場の大通り

朝食を下げて身支度を整えると

エイムとアデルは家を出て買い物へと繰り出した。

アデルの肩にちょこんとお座りしたジャックテリーはなんとも余所行きのおすまし顔である。





キャンベル家が位置する数ある居住区の1つ、ミリー通りは既に人がちらほらと顔を出して賑わいを見せている。



アデルはと言えば、滅多に足を踏み入れない外の世界に確かにわくわくもしていたが

何よりも不安を隠しきれない面持ちで

エイムの横をぴったりとくっついて歩いた。




『どこに行くの?エイム』


アデルはエイムの手を握ろうか、ほんの少し迷いながら顔を見上げた。


『そうだな。全部が揃うのはイリニスタだろう......それほど遠くない』

アデルは後悔した。聞いたって自分には何も分からないことに気が付いたのだ。

外に出ることがないのだから場所の名前を聞いたって想像もつかない。


やはりどうにも鈍いもやもやは、あまり晴れることはないようだった。






キャンベル家から左へ少し、そこを右に曲がると

大通りにぶち当たる広い道が顔を出した。

そこにある郵便屋の建物から物腰柔らかなふっくらふわふわの貴婦人が現れた。


『おぉ、グリッグスさんおはようございます』

エイムは姿を見掛けると片手を上げて貴婦人に声を掛けた。


グリッグスと呼ばれた貴婦人は振り返ると

エイムの顔を見てまぁ、と漏らすと

こちらに近寄ってくる。


『おはようございます、キャンベル先生あら....その子は?』


朗らかに挨拶を終えると、グリッグスは俯き加減でエイムに寄り添うアデルをちらと見た。


『あぁ、この子はアデルと言うんだよ。グリッグスさん。』

『......アデル?まぁ。恥ずかしがり屋さんなのね』

『あまり外を知らなくてね。身寄りが無さそうだったんで私が育てているんだよ。なかなか不思議な子でね......』



エイムが語り出しそうなところをグリッグスは困ったように少し笑い、ほんのりと遮った。


『キャンベル先生。この間の論文を拝見しましたのよ。あなたの研究を無駄だなんていう人は確かにいなくならないけれど、いつも私は楽しみにしているのよ』


ドラゴンの研究についてだった。

今エイムがほり探って何年も突き進めているのは

遠い昔、神話の中のドラゴンについてだった。

空を浮かんだり、山を砕くほどの力を持つドラゴン。


この時代においては夢物語のようなものを

エイムは信じて疑わなかった。



エイムの研究は現実主義者の多いこの世界で

あまり受け入れられることがない。

グリッグスが支持してくれる事を知ってはいたが

そう、褒められるとエイムの頬は僅かにほんのり熱を持った。


『ありがとう。とても励みになるよ』

『えぇ、勿論だわ』


2人はにこにこと微笑み合うとそろそろ行かなければ、とお互いに会釈してそれぞれの方向に歩き出した。






グリッグスは歩き出してから間もなく

身寄りの無い子供だと言うアデルの事をぼんやり思い出し、どうにもどこかで見覚えが......と考えたけれど、今日は何せ忙しい。

そんな考えはすぐに掻き消えた。



『エイム、今の人は誰なの?』

とことこ、と前に進み出した2人はのんびりと景色を眺めながらイリニスタへの道を進む。


『今のはグリッグス夫人だよ。とても素敵な貴婦人だ。旦那様がお国の偉い人なのさ』


エイムのご機嫌な表情を眺めながら、アデルは

『ふぅん』

と相槌を返した。





そのまま真っ直ぐ、大通りを歩いていくと

だんだんと奥から賑やかな声が聞こえ始め、

ふんわりと甘いお菓子の匂いが鼻をかすめて

色とりどりに目を引きつける露店が見えてきた。



『さぁ、まずは何を買いに行こうか』



どうやらイリニスタ市場に到着したようだった。

ごつごつとした石畳。

花や飴や、露店はバリエーションに溢れ

反対側に並ぶアンティークな店達はどれも古いながらも小綺麗だ。

ショーウィンドウや窓からちらちらと除く品物や店員やお客様。

どこを見ても賑やいでいる。



アデルはぐるりと見渡して、ショーウィンドウがある1つの店に気が付いた。

厳格な紳士によく似合いそうな黒い大きなシルクハット、子供が被るであろう大きなリボンを自慢げに見せ付ける麦わら帽。

どうやら帽子屋のようだった。


アデルの視線に気が付いたエイムは

にこやかに頷くとアデルの手をくいっと引いた。



『まずは帽子を買いに行こうか』



アデルはエイムを見上げるとほんの少し、

今日1番のわくわくを感じた気がした。






からん、とドアにぶら下げられた鐘が鳴って、

2人と1匹が帽子屋の中を覗き込んだ。

そんなに数があるわけでは無いものの

棚にはそれぞれの形をした帽子が

何色か似たデザインに分けるように右にも左にも並べられている。

真ん中に古い木で作られたカウンターがあって、その少し奥に椅子がある。


その椅子に深々と腰掛けた老人は、分厚い眼鏡を掛けて1つの帽子を指先でちょいちょいとつついている。

眼鏡の奥の神妙な目はその帽子を真剣に捉えていた。




コツコツと響いた足音を聞いて、老人はゆっくりと顔を上げた。



『いらっしゃい。どんなものをお探しかな』



厳格な目付きとしわしわに乾いた手とは想像がつかない、良く通る優しい声だった。



『こんにちは。この子に良く馴染む帽子を探しに来たんだ』

『ほう.....坊やのその不思議な角は?』



老人の目がすっとアデルを見据えるとアデルは少し怖くなって、エイムの背中に隠れるように半歩だけ後ずさった。

知らずにエイムのベストを握りしめて、小さなしわを作る。


老人はアデルから1度目を離して、つついていた帽子をカウンターに起き、代わりにそこに立て掛けてあった杖を細い指先で引き寄せるとぎぃ、と音を立てて立ち上がった。




『おや、怖がらせてしまったね。坊や、わたしは見た目ほど恐ろしくはない。怯えなくとも取って食べてしまいやしないよ』

『すみません、ご主人。この子は外に慣れていないのですよ』


アデルはじっと、帽子屋とエイムの会話を聞いていた。

背中にくっついたまま、身体はがちがちのままのアデルを見てエイムは困ったように老人を見ると、

しゃがみこんでアデルの肩に手を乗せて、老人の前へくいっと突き出した。



アデルとエイムの顔を交互に見ながら、同じく困り顔をうっすらと浮かべた老人はカウンターから出てくるともう一度、アデルにゆっくりと声を掛ける。


『どうか怖がらないでおくれ、坊や。坊やはどんな帽子が好きかな?』




杖をついた老人は、エイムのようにしゃがむ事は出来なかったけれど腰を少しだけ曲げてアデルに向き合った。

アデルはぷるぷると震える気がした手を両手で握り合わせてくっ、と力を入れると、ゆっくりと口を開いて


『あの......えっと.......つの、角を.......』

頭の中を引っ探ってぽつぽつと呟いた。


どもりたじたじのアデルを焦らせないように、ゆっくりと頷きながら老人は静かに聞いている。

目を逸らして、そわそわと身体をよじらせようとするアデルをエイムもただ見守る。



『角が、その......角を、隠す帽子を』


伏し目がちに老人を見上げたアデルに老人はふむ、と頷いた。



『そうか、そうだね。ぴったりなものを探そう』



アデルは一気に力が抜けた気がした。どうにか伝える事が出来たのだと思った。

エイムの方を振り返ると、にこにこ満足げにアデルに頷いた。


もう一度、老人に向き直って恐る恐る見上げると

はじめに思ったほど怖くは見えなくて不思議な気持ちになった。

老人もにこにこと、厳格な目を細めていた。




老人は幾らか肩の力が抜けたアデルを見て嬉しそうに微笑んで、窓際の小さな背もたれつきの椅子に向きを変えた。

杖を持たないもう片方の手で椅子をすっと指さして

アデルにさぁ、どうぞ。と促すのだった。



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