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角が生えた少年  作者: 紅いろ 葎
第二部
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27/31

少年は奮闘する

ごろごろ......ごろごろ......



ごろごろ......ごろごろ......






右から左に体を捻りながら左へと一気に転がる。

捻り切ったらそれを解かないように這いずって右に戻り、また勢いよく体を転がしていく。


縛られた体で内から解くのが難しくても、どうやらそこまで強度のない古い縄のようだ。繊維が少しずつちぎれていって、少しずつ希望の目が見えてくる。


安堵と希望に縋るジェルトの表情は、床にぶつかり合った体の節々の痛みも今は感じていないようだった。それでも幾らか息は浅く、僅かに汗が滲んでいる。



「あと、少し」

自分を奮い立たせるように、呟きは幾ばくが大きい。ずりずりと体をくねらせながら右に這いずって、息を止めると思い切り左に体を転がした。

すると。



ぶちっ



部屋の中に確かに縄が切れる乾いた音が響いた。反射的に体を起こして足元を振り返ると、バラバラに繊維が飛び散って確かに縄は切れていた。

はあ、と思わず息が零れた。緊張がすうっと引いていくと、今度は何もいたわらずに床中に擦り付けた肩や腰が鈍くがんがんと痛み出して、思わず顔を顰める。


ジェルトは奥の歯を無意識に噛み締めながら、ゆっくりと縛られていた足を引き寄せた。巻き付けられた縄は未だ足に巻き付いたままだったが、とりあえずの自由は戻ってきた。体をゆっくりと起こして、とりあえず蹲って座り込む。



「やった......」

両腕はまだがっちりと固められたままだが、これでこの部屋から脱出する一歩を踏み出したわけだ。膝に埋めていた顔をゆっくりと上げて、もう一度足首に目をやると、じわじわと達成感が湧いてきた。そしてそれが、次の一歩への勇気へと繋がっていく感覚が零れてくる。






ゴーン......ゴーン......


遠くで四度目の鐘が鳴る。

咄嗟にジェルトは振り返って鐘の音が鳴る方を凝視した。次の瞬間にはまだ覚束無い足を奮い立たせて、よたよたと立ち上がる。この鐘は二時限目の終わりを知らせる鐘だ。誰かが来るかもしれない。何も知らない違う学年の生徒達か、それとも一年生か......。



あれほどに待ちわびた誰かの登場も、一年生が来るかもしれないと思うとじわりと冷や汗が伝う気分になった。誰かが来るかもしれない。廊下にも人が出ているかもしれない。とにかく外に出なければ。



ジェルトはざっと部屋を見渡した。出来るならば両手も解放出来ないか。何か、腕の縄を切れそうな物は。そこで、ジェルトはぴたりと目を止めた。壁に掛けられた一本の真剣。ドアの両脇には一刀ずつ真剣が縦に立て掛けられていた。鞘に嵌められるでも無く、刀身を下に向けられて飾られてある。ジェルトはゴクリと唾を飲み込んだ。





重たい足を引き摺るようにその真剣に近付くと、高さが十分に腕の縄に届くのが確認出来た。これに縄を擦り付ければ、縄が解ける。


ジェルトはゆっくりと息を吐いた。そしてその真剣に向かって体を横に向けると、ゆっくり身体を真剣に付けた。心臓がどくどくと騒がしく動くのを感じながら、擦り付けるように一気にしゃがみ込んだ。


「痛っ!」

バラバラと解けた縄と一緒に、床に倒れ込んだ。

恐る恐る縛られていた腕に目をやると、縄と一緒に当たってしまったのだろう。二の腕あたりからじわじわと赤黒い小さな染みが滲んできた。目に映る光景と温かくじわじわと刺すような痛みに顔を酷く顰めたまま、少しの間その光景に見入る。しかし次の一瞬ではっと目を軽く見開くと、腕の自由を確認して一心不乱にドアを開けて、部屋から飛び出した。



と、思ったのだが。


「え?」

「お?」



恐らく教員なのだろうが、どうにも教員には見えない小柄で華奢な女性が一人立っている。ドアに手を掛けようとした所なのだろう。片方の手が掴むべきものを失ったまま空に投げ出されて、驚いたように口をぽかんとあけて立っている。

高く括りつけられた薄いピンクブロンドの長い髪がさらさらと揺れている目の前の女性は、教員にはとても見えないが、纏っている防護服は学生向けでは無いことからやはり教員なのだろう。




「君、ここで何してるんだ?」

その女性は目を瞬きながらジェルトに質問をした。ぽかんとした表情から、不振がるような目に変わっていく。ジェルトがわけも分からないまま口を薄く開くと、ジェルトの顔からその目線を下げていった女性が何事かと驚いたように声を上げた。



「君、腕をどうした?傷がある」

ジェルトはまだ一言も言葉を発していない。しかしそんな事はお構い無しに、その女性はジェルトの左腕を掴むとぐいっと力強く引き寄せた。ジェルトは傷から走った思わぬ痛みと、まだ覚束無い足がバランスを失った事で、驚気とともに思い切り尻もちをついた。


「わわ!」

なんとも情けない上ずった声と共に、床にすとんと崩れるのを見て、女性はすぐにジェルトに寄って迷いなくしゃがみ込んだ。慣れない女性との距離に思わずジェルトは息を呑む。女性がこれは少々深そうか......と呟くと、またも迷いなく腕の袖をがっと上げて傷を食い入るように眺めた。



「一体何をしてこうなった。止血も出来ていない」

目線をジェルトに向き直して女性は食い入るように見つめてくる。

「あの......剣で......」

対するジェルトはしどろもどろである。



女性は周囲の光景と、腕についた縄の跡を交互に見つめて一人納得したように一度軽く目を伏せた。

壁に掛かる真剣と、床に散らばった解けた縄を確かに確認した。ジェルトの腕から一度手を離すと、すかさずジェルトの背中と膝下にほっそりとした両腕を通して一気に抱え込んで立ち上がる。いわゆるお姫様抱っこである。



突然の出来事と、見た目からは考えられないほど軽々と持ち上げられた事。今の状況にジェルトは顔を真っ赤にして息を止めると、ひっ、と小さな声を上げた。

小柄な女性の顔は持ち上げられた事によってジェルトとの距離をずっと近付けて、キラキラと真っ直ぐな深く紅い目がじっとこちらを見つめている事がよく分かった。



「え!え?あの、降ろして!」

力なくばたつくジェルトを一度きっと睨み上げると女性は思いもよらない程の大声でジェルトを一喝する。


「黙れ!君の様な一年の学生が、このようなところでこのように血を流しているのがどれほど異質かわからぬか!」

訳の分からない展開と、その女性の突飛な行動。極めつけは怒鳴り声である。少女を思わせるような声からは想像も出来ないような凛とした剣幕に、ジェルトは肩がすくむのを感じた。

女性はジェルトが静まったのに満足すると、足元に転がった縄を一部しゃがみ直して引っつかむと、すたすたと部屋を背に歩き出した。









廊下には生徒もほとんどいなかった。

闘技場を出た頃に三時限目を告げる鐘が響いたので、ジェルトは心の中で少しばかり安堵した。

女性の剣幕に完全に根負けしたものの、一応男の子であるジェルトにはなかなかに恥ずかしい格好である。顔を埋めようとすると自然と女性の胸元に向いてしまって、顔を向ける方向にも戸惑ってしまう。内心ははらはらとしながらも、黙っているしかないジェルトは、支えられた背中と膝下に妙な力みを感じながら、黙って顔を伏せていた。



二人はそのまま何を話す事も無く、すたすたと進んでいく。




やがて本館に戻り階段を登ると、女性は医務室の引戸を足で器用に押し開けた。

医務室に誰も居ないことを確認すると、一番手近なベッドにジェルトをさっと寝かせた。


ジェルトが見上げるのを気付いていないのか、お構い無しに一度ベッドを離れてカーテンを引くと、その奥からかちゃかちゃと何かを探す音が聞こえてくる。



ベッドに転がされた状態のまま、一度ゆっくりと震える息を吐き出すけれど、ジェルトの心臓はばくばくと暴れて言うことを聞かなかった。不覚にも、どきどきとしている。我ながらなんと呑気な事だろうかとも思うけれども、不意の出来事とはいえ女性に抱き上げられるなんて初体験なのだから。自分とそれほど歳の違いを感じない小柄な女性。おまけにふわふわと、柔らかい胸元に顔があったなんて。頭は混乱してパニックである。天井を一点に見つめながら、とにかく冷静さを取り戻そうと必死なのだ。


ふぅー、と軽く息を吐いたつもりだったのに、やはり小刻みに震えているのがわかった。


とにかく......助かったのかな?

そう心の中で呟いたところで、もう一度カーテンがしゃっ!と音を立てて開いた。女性の前には治療用の細々とした薬や医療具を載せたワゴンがある。




「探すのが面倒になってな。体を起こせるか?」

「あの、はい」


気だるくなった体をずるりと起こしたのを見ると女性はひとつ頷いて、ベッドの前に置かれた椅子にちょこんと座り込んだ。そうしてジェルトを見上げるとじっと見上げる。


こうして改めて見てみると、女性の華奢な体や少し右寄りのてっぺんに括りつけられたストレートの長い髪、ジェルトを見上げるキラキラとした深く紅い瞳がどれも少女地味ているのが分かった。

知らずにごくりと息を呑む。


女性は食い入るようにジェルトを見上げたまま、細い手でがっちりとジェルトの腕を掴んだ。




「さぁ、見せてみろ」

強引に引かれた腕と、女性の顔を交互に覗き込みながらジェルトは言われるがまま腕を差し出した。晒された傷を初めて自分の目で見たが、我ながら痛々しい。思わず顔を顰めたが、女性は気にする素振りも無く傷の様子を食い入るように見つめた。




女性は後ろに置かれたワゴンを軽く引いて、ジェルトをもう一度見上げた。


「痛いだろうが、耐えたまえよ」



そう言ってかちゃかちゃとワゴンをいじり始めた。微かな消毒液の匂いを感じながら、ジェルトは不安に少しぶるりと震えた。

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