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角が生えた少年  作者: 紅いろ 葎
第二部
24/31

行方はわからず

『ジェルトがいない』



教室を出て一度階段とは逆方向の、奥の廊下で

三人は顔を見合わせた。



アデルとフィオナを廊下に残して、ライラスが中へ

ジェルトを探しに行ったけれど

どうやらその中には誰もいなかったそうだった。


生徒達は授業の教室がある三階に向かってしまって、一年生で二階に残っているのはアデル達だけ。




『どこに行ったのかしら......すれ違いようが無いわ』

三人はお互いの顔を見合わせた。

確かにその通りなのだ。西棟と東棟は四階しか繋がっていない。トイレが各階の一番奥に設置されているのだから、すれ違うはずなのだ。



『この階の他の教室にいたりしないかな』

それくらいしかアデルは思い付かなかった。

階段までの廊下を振替って、どこかから物音がしないものかしばし耳を澄ましてみたが、ここからだと何も聞こえなかった。


鐘は間もなく鳴ってしまう。

ライラスは仕方ないとため息をついた。


『各教室を確認しながら、三階に向かおう。この階にいなければもう授業に向かっている可能性もあるだろう』

フィオナとアデルは頷いて、階段までの教室をのぞき込みながら三人は階段へと向かっていった。






三人が授業のある教室に付いたのは、鐘がなるギリギリだった。一つ一つの教室を急ぎ足でのぞき込みながら向かってきたが、結局ジェルトの姿はどこにもなかった。

廊下側に残された席に三人で着席して教室を見渡したけれど、やはりここにもジェルトの姿は見えない。



『いないわ......』

『どこに行ったんだろう』

『調子が悪いって言ってたから、医務室かもしれないな。でもここからじゃ少し遠い......』


フィオナは心配そうに顔を潜めて、教室から見える廊下に目を向けた。

鐘が鳴ってしまったからか、廊下はがらんとして静かなものだった。



アデルは鞄に仕舞っていた時間割のカードをもう一度取り出すと、三時間目の欄に目を向けた。

三時間目の欄には護身術と書かれている。教室は闘技場を指していた。



『三時間目の授業は闘技場だ。それまでジェルトが現れなかったら、授業の前に医務室に寄れるかも』

フィオナも、自分の時間割に目を落とした。

『女子は闘技場の奥ね......。実習小屋だわ。そうね、急げば医務室に寄れる。二階だからなんとかなるはずよ』






それから先生が教室に到着するまでの時間、時計を眺めたり廊下に顔を向けたりしながらアデルは入学の日の事を思い出していた。

あの日もジェルトは迷子になっていたのが、ぼんやりと頭に浮かんだのだ。


双子はあの時先生に連れられて来た生徒が、ジェルトだとは気付いているのだろうか。



ジェルトはどこにいるのだろう。

本当に医務室にいるのだろうか。

ならば何故、誰もジェルトを見掛けなかったのだろう。



もう一度出会ったばかりのジェルトの顔を頭に思い浮かべると、妙な気分が身体に広がった。遠ざかっていくような焦燥感を感じたように。



たった二日前の出来事なのに、遠い日の思い出のように思えてしまう。

無性に胸が騒いだ。顔を見たい。早く元のように話がしたい。そしてお礼を言うんだ。




そうしてぼんやりと思案するアデルを横目に見ながら

フィオナとライラスも、ジェルトの行方を黙々と考えた。

深く考えることは無い。恐らく医務室にでもいるのだから。そう言い聞かせはするけれど、忽然と姿が見えなくなった不思議に、なんとも言えない不安を感じる気がしたのだ。






鐘がなってから五分ほど経った頃、一人の先生がせかせかと教室に入ってきた。大きなタペストリーを丸めて抱え込んで、もう片方の腕には随分と大きく古めかしい本を抱いている。


どことなくエイムと似た雰囲気持つ、長身でひょろ長い先生だった。分厚いまん丸の黒縁メガネが、とても印象に残る。




先生は教壇のデスクに、抱え込んだ大量の荷物を無造作にぶちまけると教室をぐるりと見渡した。

上機嫌な表情を浮かべて満足そうに一度頷く。


『こんにちは、皆さん。メルンデール史を担当する、マイル・グリゴールだ。宜しく頼むよ。まずは出席を確認したい。呼ばれた生徒は返事をしてくれ』


ぱん、と一度手を鳴らすと、デスクに置かれた荷物の中から名簿を一冊引っ張り出して咳払いをひとつ。

そうして、グリゴール先生は軽快なテンポで一人ずつ名前を読み上げ出した。




アデルは早々に名前を呼ばれた。程なくしてヴィルエッドが呼ばれると、窓際の方から返事が聞こえる。

そらからしばらくしてジェミニ兄弟も名前を呼ばれ。



『ジェルト・ゴージ』

グリゴール先生がジェルトの名前を読み上げた。

教室が一度静まり返える。

グリゴール先生は名簿から一度目を離すと

教室をぐるりと見渡すと、ぴくりと眉を上げた。


『ジェルト・ゴージ。いないのかね』



グリゴール先生がもう一度名前を読み上げたあと、静まり返った教室を遠慮がちに見渡しながらフィオナがすっ、と片手を伸ばして立ち上がった。


『先生、ジェルトは......体調が優れないようで、この時間は医務室で休むそうです』

そう言って、フィオナは顔を伏せた。




グリゴール先生は指で顎を軽く撫でるとそうか、と呟いてもう一度名簿に目を落とした。


アデルは静かに座るフィオナに一度目にやると、

その視線の済でヴィルエッド・グリフォンがこちらを振替っていることに気が付いた。


アデルがそちらに視線を移そうとすると、ヴィルエッド・グリフォンは何事も無かったかのように前に向き直った。





生徒全員の出席が確認できると、グリゴール先生は持っていた名簿をぱたんと閉じて、デスクに積み上げられた荷物の上に、名簿を適当に載せた。





さて、と呟いて生徒に向き直る。


『まずは授業を始める前に、三時限目の授業についてお知らせしよう。通常は時間割の通りの場所で講義を行うが、本日は初めてなので特例で場所を変更なさるそうだ。男子も女子も、西棟3階で、男子が3-A教室、女子が3-B教室となるので忘れないように』



思わず三人は顔を顰めた。

これでは医務室に様子を見に行けないし、ジェルトに伝えられないではないか。



『どうしたらいいかしら......ジェルトはこの事を知らないわ』

フィオナが小声で小さく呟く。

ライラスとアデルはお互いに顔を見合わせて

声を詰まらせた。


フィオナが廊下に目線を移したのにつられて

二人も廊下を振り返ったが、やはりそこは誰も歩くことの無い静かな廊下のままだった。


フィオナが何故廊下に目をやったのか、アデルには何となくわかる気がした。

探しに行きたくなったのだ。アデルだって同じ気持ちなのだから。





マイル先生が授業についての説明を始めたが、

三人は何処と無く上の空だった。

黒板に掛けられたタペストリーの大きな地図を眺めながら、アデルも肘をついて考えていた。





ジェルトは体調を崩して、医務室に向かった。

本当にそうなのだろうか?

心配し過ぎているだけなのかもしれない。

しかし......。


そんな、漠然とした不安が何故か三人の心を蝕んだのだ。

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